第74話 ギイ商会 カンナ支店10 勇炎祭
勇炎祭
毎年春、3日間に渡りドヴェルグ連合国とシカーク王国の国境近くに在るカンナの町において行われるお祭りである。
祭りの開催自体は3日間とされているが、その前から準備は本格化し町そのものがお祭りムードに移行していく。
開催前日には大体の準備は完了し、宿はほぼ満室になり、気の早い屋台が観光客や地元民達に食べ物や土産物を売り始めている。
そして本格的な祭りの期間に突入すると、通りには普段工房に篭って出てこないドワーフ達が大量に溢れ出てくるのだ。
実はこの期間だけはほぼ全ての工房が休みを取っている為である。何しろ町のメインストリートが出店で占拠され、他の店も休む所が殆どといった有様。仕事をしようにも材料すら届かなくなるため、いっその事工房自体を閉めてしまおうと考えるのである。
その結果、メインストリートは疎か他の道もドワーフ達でごった返すこととなる。彼らは基本工房の中で働いているか、酒場で飲んでいるかの二択なので、街中至る所でドワーフの渋滞が起こるこの状況は大変珍しいものだ。
勿論町中には多くのドワーフ以外の人間達も混ざっている。元々この町に住んでいる者や何も知らずに偶々祭りの時期とかち合ってしまった者もいれば、わざわざこの為にカンナの町を訪れた者も存在する。彼らは普段と違う街の様子を驚きながらも祭りを心ゆくまで楽しんでいた。
そして商人も行商人もこの時期は稼ぎ時である。祭り気分に浮かれ財布の紐が緩くなった者達を相手に様々な商品を売りつけて儲けを出すのだ。
祭りでしか見ることのない軽食類や謎のお土産、ドワーフが作った上等な武具やその真似をした多くの偽物等、商魂逞しい彼らは様々な物を売り続けている。
そんな商人達の戦場で、ケンとハナはギイ商会カンナ支店の前の屋台でとある物を売っていた。
それは普通祭りでは売らないような物であったが、屋台の上に掲載しておいた用途を紹介した絵を見た人達は納得し何人かはチラホラと購入していく。
そしてその売上は1日目、2日目と段々多くなって行き、3日目に入ってからは時間が経つ毎に加速度的に増して行ったのだった。
そして3日目の昼過ぎには準備した販売数を全て捌き切り、屋台には「完売御礼」の札が掛けられた。これを持ってケンとハナの新企画を考える修行は合格を貰えること間違い無しとなった。
そして2人は商売終了後に師匠の許可を得て祭りへと繰り出した。この3日間途中交代しながらも祭りには顔を出していたが、純粋なお客としてはこれが初めての祭りへの参加となった。
なお当然の事ながら護衛としてホドやソレナ、ハゲ3人衆にヘイ、そして今日は流石に休みを貰ったシンに加えてノウやホッコも一緒にいる。
護衛をするに当たって全員纏めて守った方が楽だからである。
彼らは一塊となって祭りへと繰り出した。屋台で軽食を買い、露天を冷やかし、そして世界各地から集まった商人達の販売物を見て行商人としての修行も積んでいく。楽しみながら修行をするに当たってこの祭りは正に最適だったのである。
そんな中ケン達はとある人垣を見つけた。何やら盛り上がっているその場所に行くと、どこかの工房の裏手を丸々使用した本格的な的当て場が広がっていた。
「さ~誰か挑戦する者は居ないか!的に全て当てられた方には豪華賞品をプレゼント!全て外れても参加賞が有るよ~。参加料は銀貨10枚!どしどし参加してくれ~」
どうやらここは本物の弓を使った射撃場になっているらしい。5本有る矢を的に当てれば当たった数によって景品が貰えるようだ。ずらりと並べられた景品はどれも大層な代物だらけだ。その隣には1日目、2日目に出た景品の一覧も張り出されている。只の薬草から、フルプレートメイルまで実に幅広い。これで元は取れているのだろうか?
「へー面白いじゃねぇか、挑戦して見ようぜ」
「賛成や、腕が鳴るで」
「勿論俺もやりますけど・・・アニキ、この店大丈夫なんでしょうか?」
「あ?何が?」
「いや、参加費に較べて景品の質が良すぎる気がするんですが」
「本当よね、あのフルプレートメイルなんて普通に買ったら金貨数十枚の値段でしょ」
「お前ら・・・立派になったなぁ」
突然ヘイは涙ぐみ、ケン達は揃って驚いた。
「おいヘイ、突然どうしたんだお前は」
「だってようソレナ、新米だったこいつらが店を見るなり利益構造について考えるようになるだなんて、成長が実感できて嬉しいじゃねぇか」
「確かにな、姉上は何時の間にやら行商人の視点を持つようになってしまったのだな」
「ケン兄すごいや!」
「あんたら参加するの?しないの?」
ケン達がまごまごしている間にいつの間にやら列の一番前に来てしまったらしい。
そこで司会者に怒られたケン達は揃って参加するのだった。
そうしてケン達は射撃に挑戦したが、これが意外と難しかった。
的までの距離がかなり離れており、しかも的が前後左右に動くものだから狙いが中々付けられない。
おまけに1射毎に制限時間があったため、待つことも出来なかったのだ。
しかし何よりも問題だったのは弓と矢だった。
とは言え性能が悪かった訳ではない、寧ろ高性能過ぎたのだ。
ケンがホドから弓を習い始めた当初から使っている弓は、木製のどこにでも売っている弓である。
しかしこの弓は明らかにドワーフのしかも腕に覚えの有る職人が作ったとひと目で分かる弓である。軽く、強力でしかも腕に馴染んだのだ。
また矢も大した物であった。
ケンが普段使っている矢は、どの街でも売られている木で出来た素矢だ。
しかしこの矢は鋼鉄製の非常に重く、かつ強力な物であり、弓も矢も親方がホド用にと用意していた弓矢と同じかそれ以上の代物だった。
結局何時も使っている弓と矢との違いがありすぎてまともに使いこなせなかった。
唯一好成績を残せたのはやはりと言うかホドだけであり、他は面々は参加賞を貰ってホドが景品を選ぶのを見守っていた。
そしてその間にヘイがこの店の儲けのからくりを解説していた。
「さてお前ら、この店の儲けのからくりは分かったか?」
「いや儲けのからくりも何も、弓を射ただけではないか」
「そうだな。で?その弓はどうだった?」
「凄いよね、軽くて強くて使いやすかった」
「矢も非常に強力だったな。正直資金さえ有るならば軍の装備品として発注したい位だ」
「「あっ!?」」
ケンとハナは今の会話から理解したらしい。ヘイは皆に説明を始める。
「正に今ノウ王子が言った通りなのさ。安い参加費と豪華景品で人を集め、性能の良い装備を「実際に」使って貰う。これがこの店の狙いだ」
「成程、ノウ王子が言ったように資金さえあれば発注が掛かるから十分に元が取れるという寸法か」
「ああ大したもんだぜ。この方法は扱っている製品に余程の自信がなけりゃ出来ないやり方だ。店の名前を覚えておいた方が良いだろうな」
そう言ってヘイはメモを取り出して店名を記録した。
そんな中景品を眺めていたホドが一度ケン達の方へと戻って来た。
「ケンちょっと良いか?景品について相談があるんやけど」
「相談?ホドが貰う物なんだから、ホドが自由に選べばいいじゃないか」
「勿論そのつもりやってんけど、これといった物はもう無いねん。昨日、一昨日で取られたみたいやわ」
成程今日はもう祭りの最終日だ。弓の腕を競うこの内容では、弓が上手い人間が景品を手にするため、ホドのような狩人が欲しい品物は優先的に無くなってしまったという事か。
「そんでな、景品の中に魔物の卵があったんや。こいつを選んでみよかと思ってるんやけどどうや?」
「魔物の卵?」
そう数ある景品の中には魔物の卵が幾つかあったのだ。ホドはそれを選んで良いかとケン達に確認に来たのだった。
「魔物の卵って・・・モンスターが孵るって事?」
「いや聞いてみたんやけど、必ずしもモンスターだけでな無いみたいなんや。ほらここに来る前に川を渡ったやろ?あそこに居たギンぺの卵とかも混ざっているみたいやで」
「いや、でも危険じゃない?」
「それについては大丈夫みたいや。魔物を使役するための魔法が有るらしくてな、卵の段階で魔法を刻み込めば飼い主の言うことを聞くようになるらしいで。魔物使いって奴や」
「その前にホドはどうして魔物の卵を選びたいの?」
「他に良い物が無いってのと、後魔物でも戦力になるやろ?唯でさえワイら少人数なんや、人の数が少ないなら魔物で戦力補ってもええやろと思ったんや」
確かにホドの言うことも一理ある。
話を聞くに、ケン達は勇者一行としてそもそもの数が少な過ぎるらしい。
しかも勇者の国に到着したら更に少なくなるのだ。一応勇者の国に到着後に仲間を募集する予定だが、金も実績も無い状況では参加人数が確保出来るかどうかも分からない。
それなら例え魔物であっても戦力として数えるのはありだろう。ケンはそう考えた。
「俺はホドに賛成するよ。確かに戦力は少しでも必要だからね」
「了解や、ハナはどう思う?」
「私も賛成ね。これから人が増えるとは限らないのだから、確実に確保できる戦力は魅力的だわ」
「ヘイやノウ王子様はどうや?」
「問題ねぇよ。モンスターでも何でも使えるものは使うまでさ」
「こちらも同様だ。マール国には居ないが、他国では魔物使いは割りと見かけるという話だからな、勇者一行に魔物が追加されても何も問題はあるまい」
「なら決定やね、適当に見繕ってくるわ」
勇者一行の中心人物達の許可が取れたのでホドは卵を選びに行こうとした。
しかしそこに待ったが掛かった。
「待ってホド・・・私は出来ればギンペが欲しい」
それはレンゲであった。
そう言えば彼女は川を渡る時にもギンペが可愛いと言っていたのを思い出した。
しかし卵の種類は選べない。様々な種類の魔物の卵を集めておいての運試しといった要素が強いのだ。その事を説明したが、レンゲは首を振ったのだった。
「話は分かった。・・・しかしこちらにはギンぺの卵を見分ける方法がある」
「卵を見分ける方法?そんなんあるんかいな?」
「忘れたの?・・・シン君はギンぺの加護を得ている」
「そうか!」
そうケンの弟のシンは川を渡った際にギンペの抱擁を受け、ギンペの加護を得ているのだ。
確かにそれなら卵の見分けも着くのかもしれない。
「成程な、物は試しや。シン一緒に来てや」
「分かりました。でも卵にまで加護が及ぶか分かりませんよ?」
「ええよ別に、元から適当に選ぶ予定やったんやから。外れてもかまへんがな」
そう言ってホドはシンを連れて景品を選びに行き、暫くすると大きな玉子を1つ担いで戻って来た。どうやらあれが景品であるらしい。
「貰ってきたで、魔物の卵や」
「あれ?ギンぺじゃなかったの?」
「生まれてみてのお楽しみやそうや。暫く経てば孵るらしいからそれまで楽しみにしてようや」
「大丈夫だと思いますけどね。この玉子からはギンぺの波動を感じます」
「ギンペの波動って・・・そんな言葉初めて聞いたぞ」
そうして一行は一旦ギイ商会裏の宿に戻り、事情を説明して卵を預かって貰った。
それからもう一度祭りに戻った。そろそろ祭りも終盤、ニックとイッサ司教様から教わった炎の巡礼路が開始される時間だ。
そうして遂にその時間がやって来た。
すっかり日が落ちたカンナの町のメインストリート、町を東西に横断する道、その真ん中がロープで遮られ、中には炎の教会のローブを着用した多くの教会関係者が列をなしている。ちなみに観光客や見物人はロープの外側に密集していた。
そして鐘が鳴り響くと炎の教会の牧師や司教が一斉に詠唱を開始し、全員舞う様に同じ動きをしながら腕を振るい手の先から出した炎を用いて魔法陣を描いていく。
幻想的な舞踏が終了すると、そこには炎で作られた長い一本道が現れた。
幅と高さは馬車が通れる程度に広く、長さは街のメインストリートを端から端まで突っ切るほどに長い。
そして彼らが歌うように詠唱を紡いでいる間に、スタート地点には各工房から選出されたドワーフの親方達が集まって来ていた。
彼らは防火性の服を身に纏い、その手にバケツを持って待機している。
そしてスタートの旗が振られた瞬間に一斉に持っていたバケツから水を被って炎の巡礼路に向かって突撃していった。
炎の巡礼路は文字通り炎で作られた道である。其処に突入するということは炎の中を突っ切るということで、当然火傷の危険性が有る。その為親方達はまずバケツの水を頭から被り、走っている途中は道の端々から撒き散らされる水をわざと被りながら進んでいくのだ。
当然道の中の親方達が水を被ればその水は周囲に撒き散らされる。そしてそれを浴びるとご利益があると考えているドワーフ達は喜々として水を浴びながら声援を送る。
そして同じ様に観戦している他の種族の人達もずぶ濡れになるというのが何時もの景色だったのだが、今回は様子が違っていた。
なんと観戦している他の種族の人々は、その殆どが濡れない様にレインコートを着用していたのだ。そのレインコートの表面には丸の中に逆茂木が描かれた紋章が見て取れた。
誰がどう見てもギイ商会の商品であると分かる。
これがケンとハナが今回の祭りに合わせて売った商品。レインコートであった。
炎の巡礼路の最中に掛けられた水を浴びるとご利益が有ると考えられているので、ドワーフ達は喜んで水を浴びるという。しかしそれはドワーフだけの考えであり、観戦に来ていた他の種族まで水を浴びたいと考えている訳ではない。
しかし炎の巡礼路を見る為にはどうしても水を被らなければならない。
その事に着目したケンとハナは今回の祭でレインコートを販売したのだ。
それは文字通り飛ぶように売れた。特に3日目、今日来ている人達は皆炎の巡礼路を目当てに来ている人達であると言ってもよかった。彼らは例年通り濡れる覚悟で来ていたが、濡れないで済む方法が提示されていたので揃ってそれに飛びついたのだ。
結果用意したレインコートは完売し、ケン達は大量の儲けを出し新企画は大成功となった。
余談だが、これから毎年ギイ商会ではこのレインコートを売り出し続け、常に一定の利益を得たという。他の商会もケン達の企画を真似てレインコートの販売を開始したが、今回の祭りに来た人達が、レインコートはギイ商会製が良いと広めてくれたのだ。これが新たな商売を真っ先に開始するメリットである。
そうして炎の巡礼路が終わり、ケン達は宿へと戻った。
3日間に及んだ勇炎祭は、こうして最後の最後でいつもと違う景色を見せて終了となったのだった。




