第72話 ギイ商会 カンナ支店8 旅は道連れ
夜、ケン達の姿はカンナの町の酒場の一角にあった。そこにはケン達行商人一行とその護衛一行に加え、町に到着してから別行動していたノウ王子や護衛のホッコ、ケンの弟のシンに師匠のギイと旦那も参加していた。
そして同じテーブルには2人のドワーフが座っている。1人は親方の元から連れてきた新人鍛冶屋のハチであり、もう1人は炎の教会の牧師であるニックである。何故彼らと一緒に酒場に居るのかと言えば、それは今日の昼間親方の工房を訪れた時に遡る。
「お前らの旅にこいつを連れて行ってやってくれねぇか?」
そう言って親方はハチをケン達一行に推薦して来た。その提案にケン達は一瞬呆気にとられ、そして理由を問い質した。
「理由なんざ簡単よ。こいつに世界の広さを教えてやりてぇからさ」
親方曰く、彼は親方の兄の息子つまり甥に当たる人物であり、幼い頃からこのカンナの町で生まれ育ち、両親の背中を見て育った彼は自然と槌を振るう様になったという。そして数年前に流行り病で両親を失った後は親方と奥さんが面倒を見ており、そのまま親方の工房にも入り鍛冶師としての修行を積んでいるとの事だ。
彼は若手の中でもホープとして注目されている程に腕が立ち、幼い頃から鍛冶をしているために経験も豊富だ。しかしその経験豊富さの為に傲慢な態度が目立つようになり、最近は修行自体をサボりがちであるという。
よって親方は見聞を広めるために生まれてから一度も町から出た事の無い甥っ子を旅に出す事にしたのだ。そんな時に親方の工房に勇者をする事になった行商人が現れた為、丁度良いので面倒を見て貰う事にしたのだ。
「いやいや親方、「面倒を見て貰う事にしたのだ」って言われても、まだ了承した訳では無いのですが・・・」
「何だよ、いいじゃねーかよ。お前ら数が少ねぇんだから1人増えるだけで随分楽になるだろう。ついでに仲間に1人鍛冶が出来る奴が居ると楽だぞ。万が一の時に武具の修理が出来れば生存確率が高まるぜ」
「正にそれですよ。俺達はこれから危険な旅に出る訳です。それに親方の甥っ子を連れて行っても命の保証は出来ませんよ」
「それなら問題ねぇな。これから旅をしようってんなら、活性化の影響で結局世界規模で危険になる事には変わりねぇし、お前ら無理せずに生き残ることメインで動くんだろう?なら下手な奴に預けるよりも、お前らと組ませた方がこいつも無事に帰ってくる確率は上がるだろうさ。かあちゃんとも話し合って出た結論だ。考えてみちゃくれねぇか?」
ケン達は「むむむ・・・」と考えて見たが、結論は出ない。
そこでハチ本人から何も聞いていない事に気付いて彼の意見を聞いてみた。
「ああはい、確かに親方からはそんな風に言われていますねぇ」
と、ハチ本人はどうにも煮え切らない返事だ。
詳しく聞いてみた所、ハチはそれ程旅に出たいという考えは持っていないそうなのだ。
確かに彼は今のままでも十分に喰っていけるだけの鍛冶の腕を持っているため、個人的にはこれ以上の技量の向上を望んでいないという。
そもそも世界を見て回った所で鍛冶の腕が上がるとも思えないという。
正直ケン達が聞いても物凄く真っ当な意見に聞こえる。
しかし親方は「それは違う」とハチの考えを否定した。
「ハチ、お前は確かに腕もあり経験もあり若手の中ではトップクラスの実力がある」
「はい、自分でもそう思います」
「しかし逆に言えばそれだけでしか無い。お前の作る武具はここ最近全く進歩していない、何故か分かるか?」
「・・・分かりません」
「だろうな、其れはお前自身に向上心が無くなったからだ」
「は?」
「現状に満足してる奴はそれ以上の成長は出来なくなっちまうんだよ。そんでこういう時は環境を変えることが有効だったりするんでな。まぁ最初の内は小僧達も無理はしないだろうから、観光がてら行ってみろや」
成程、親方は腕も才能も有るがやる気を失った甥っ子にもう一度やる気を取り戻して貰いたいのだろう。その方法の1つとして旅に同行させるという荒療治を選んだ訳だ。しかし本当に効果が有るか疑問がある方法だが、ハチはこれに関してどう考えるのだろうか?とケン達は思ったがハチは意外と乗り気だった。
「ハチ良いのか?正直本当に効果があるのか保証なんて出来ないぞ?」
「確かにそうなんすがね・・・でも現実にオイラの作った武具は進歩して無いんすよ」
「いやだからこそ「もう一度気合い入れて修行を頑張って行こう!」ってなる場面じゃないの?」
「そんな風には考えられなくなっちまったんすよねぇ・・・」
そう言ってハチはブツブツと1人考え始めてしまった。というか彼は親方とケン達とで口調が大分違う。尊敬する親方にはきちんとした言葉遣いをしているが、ケン達にはタメ口だ。流石は職人といった所か、行商人とは真逆である。
結局ケン達は一度他のメンバーと相談したいと親方の工房を離れることにした。そして夜にもう一度話し合いを持つことにし、親方からお勧めの酒場を教えて貰ったのだった。話し合いで酒場を勧めるとは流石はドワーフである。
そして工房からの帰り道、炎の教会が見えてきたのでケン達は立ち寄ることにした。
先日のお礼をするためにイッサ司教とニック牧師に会いに来たのだ。
今回は幸いにも2人は教会内に居り、すぐに会う事が出来た。そして先日のお礼を言い、それからの町での挨拶回りの話をしている最中に先程のハチの同行話が出た所、今度はイッサ司教がニック牧師の同行をケン達に求めてきたのだった。
「チョット待てや司教様コラァ!」
「ニック、言葉遣いが乱れていますよ?」
「すんません!で無くてですね、どういう事ですか司教様!何で俺様がこいつらと一緒に旅に出なけりゃならんのですか!」
「今のこの町に貴方の居場所が無いからです」
「ウエェ!?」
イッサ司教の余りの物言いにニックが絶句する。
しかしケン達はさもありなんという感じでその意見を受け入れた。
最初に出会った時も、次に教会で再会した時もニックの町からの扱いは酷いものであった。彼はこの町では有名な札付きのワルであったらしい。確かにそれではこの町には居場所は無いであろう。
「ニック、貴方が過去を悔い改め、牧師として新たなスタートを切っていることを私は良く知っています」
「それなら!」
「そしてそれと同じくらい、貴方がこの町で築き上げてきた数々の悪行も知っています」
「ふぐっ!」
「そしてこの町の人々は貴方の悪行のみを知っているのです。私が貴方を信用しようとも、貴方が町の人々から信用を得ることは難しいでしょう。文字通り積み上げてきた年月が違うのですから」
「それで何で俺がこいつらに付いて行く事になるんですか?」
「それはケン殿が勇者だからです」
「はい?」
ニックが不意打ちを食らった様な顔をした。そういえばイッサ司教は最初から知っていたが、ニック牧師にはケン達がマール国の勇者であることを伝えていなかった事を思い出した。
その為、ケンはニックに対して改めて自己紹介をした。ギイ商会の行商人見習いであること、つい先日マール国の勇者に任命されたこと、そしてここでの修行を終えたら勇者の国に向かうことを説明した。
ケン達はてっきりニックにも「何で行商人が勇者なんだ!」とか「バカな事言ってんじゃねぇよ!」とか言われると思っていたが、ニックは一言「そうか」と言いそれから何かしら考え込んでしまったのだった。
そしてその態度を不審に思ったケン達が其れについて聞くとニックはこう答えたのだった。
「いや確かに驚いたけどよ、昔馬鹿をやっていた俺も今は牧師をしてる訳だしな。行商人が勇者になってもまぁ『そんな事もあるだろう』位にしか思わねぇよ」
と返してきた。彼も元悪童であり、今は神に仕える牧師なのだ。自分と重ねて思う所もあるのだろう。そうしてニックはイッサ司教に向き直り、話し出した。
「話は分かったぜ、じゃなくて分かりましたよ司教様。要するに俺に勇者の従者として修行を積めと言いたいのですね?」
「いえ違います。正確には『この町以外の場所で牧師としての経験を積みなさい』と言いたいのです。この町では貴方の過去が貴方の今を邪魔しますが、この町以外では貴方の悪行は広がっていません。そこで貴方は一度街を出て、外の世界で牧師としての実績を積んでから帰還すれば良いのです。それならば貴方の過去をこれからの貴方の未来が相殺してくれることでしょう」
「俺はこのままこの町で牧師として働きたいのですが・・・」
「その気持は分かりますが、今のままではまともに話を聞いてくれる人はこの町の住人以外だけとなります。それは貴方の本意では無いでしょう?」
ニックは黙って頷く。馬鹿をやって迷惑をかけまくっていた昔の自分が、今の自分に呪いの様に引っ付いて来ている。これを剥がすためには確かに一度この町を出て目に見える実績を積まないと駄目なのだろう。そうでなければこの町の住人は過去の俺しか見てくれないのだ。
「話は分かりました。・・・オイそういう事だから、お前らの旅に付いて行ってやるぜ」
「いやいや、勝手に決めないで下さいよ!OKなんて出してないでしょうが!」
「何だオイ!何が不満だコラァ!」
「ニック?」
「すいません!何が不満なのですかねぇ!」
「話が急すぎるんですよ!一度他のメンバーと話し合ってから結論を出します。今夜この場所に来て下さい」
そう言ってケンはハチと待ち合わせていた酒場をニックに教えた。ニックも知っている場所だったので了承し、ケン達は一旦教会を後にしギイ商会のカンナ支店に戻ったのだった。
そして店に帰って来たケン達は今回の件をギイに伝え、冒険者ギルドでの依頼を終えて帰って来た旦那達とも相談した。結果、マール国の勇者一行に同行するのならばメインメンバー全員で一度会ってみようという話になり、ケン達に加えてギイや旦那、そしてノウ王子やホッコ、そして将来魔法使いとして合流予定のシンも話し合いに参加する事になったのだった。
そして現在、全員で酒場に繰り出して酒を飲んでいる。ちなみに今回の酒代はギイの奢りだ。同行するにしてもしないにしても、弟子達が世話になった礼として支払いをしてくれる事となった。
ハチもニックも奢り酒という事で気持ち良く杯を傾けている。そして暫く飲み食いした後で、ケンは2人に改めて旅に同行する気があるのかを聞いたのだった。
「はい、オイラは是非同行をお願いしたいです。このままこの町に居続けたら、オイラその内駄目になりそうな気がするんすよ。勇者の一行にオイラがどれだけお役に立てるか分かりませんが、折角親方が用意してくれた道なんです。チャレンジしてみたいと思います」
「俺も同じだぜコラァ!お前らが帰った後に町中を一周してみたけどよ、結局俺様の扱いは変わんねぇのよ。何処へ言っても邪魔者扱いでな、牧師としてはクソの役にも立ちゃしねぇ。このままここに居ても俺は変われねぇ、なら司祭様の勧めに従って勇者の活躍の手助けをしてみるのも一興じゃねぇか」
どうやら2人共乗り気のようである。
それならばとケンは思ったが、ノウ王子が待ったをかけた。
「成程、正直我が国は深刻な財政難に加えて人材不足である。ドワーフが2人も参加してくれる事は僥倖と言わざるを得ないな」
「オウ、王子様にそう言われると悪い気はしねぇな」
「しかし先程も言ったように我が国の財政難は深刻でな、旅の資金も勇者の国に着くまでしか持たないのだ」
「あっ?そりゃ何か?俺らに払う金はねぇって事か?」
ニックがギロリとノウを睨む。しかしノウはゆっくりと首を振った。
「違う、「我々全員の」金が無いのだ。故に勇者の国に到着後は金策をしながら同時に勇者的な活動をする事になる。恐らく勇者を名乗りながらも冒険者ギルドの依頼を受ける様な状況になるだろう。それでも良いのか?ニック殿はともかくとしてハチ殿は我々以外の他の勇者に付いて行く事も出来るだろう?」
話を聞く限りニックはともかくハチは優秀な鍛冶師だ。故にノウは苦労する事が確定しているこの勇者一行にわざわざ参加する必要は無いと言ったのだが、ハチはそれは違うとノウに語ったのだった。
「そりゃ違うっすよ。オイラも親方もケンさんだから付いて行こうと考えたんす。他の勇者に付いて行ったら大変な事になるっすよ」
「大変な事?」
「覚えてるっすかケンさん、フルプレートを着た時にオイラこう言ったっすよね、「勇者っぽくない」って。あれ褒め言葉なんすよ」
どういう事かと聞くと、ハチは親方の付き添いでシカーク王国の勇者やドヴェルグ連合国の勇者にも会った事があるのだという。そしてその誰もが鍛冶師を下に見る傲慢な者達だったと言うのだ。
「他の連中に付いていったら奴隷の様に酷使されるのが目に見えてます。でもケンさんはオイラにも親方にも丁寧に接して下さいました。まぁ勇者を名乗る行商人だからって事も有るでしょうけどね。オイラとしては鍛冶師を対等な商売相手だと思ってくれる人と旅をしたいっすね。ああ金の件は問題無いすよ。オイラ一応世界中の何処へ言っても通用する程度の腕は持ってますから」
ハチはそう言ってグラスに残っていた酒を飲み干した。ケン達は未だに他の勇者達に出会っていないが、どうやらハチが出会った勇者達は性格に問題のある者が多かったようだ。
そしてニックの方を見ると面白く無さそうに酒を飲んでいる。ノウは先程の言い方が失礼に当たると気付いてニックに謝罪をした。
「あ~済まなかったニック殿、貴殿を貶めるつもりは無かったのだが」
「はっ!いいさ、俺は確かに他の勇者には付いて行けねぇだろうからな」
そう言ってニックはケン達に正面から向き直る。
「しかし俺様が世の為人の為に行動したいから牧師になったのは紛れもねぇ事実なんだ。だから例え金が無かったとしても俺は付いて行くぜ。様は冒険者ギルドで人助けになるような依頼を積極的に受ければ良いって話だろ?金を稼ぎながら世界も救う。最高じゃねぇかコノヤロー!」
先程の話を聞いてそういう風に前向きに捉える事が出来るとはニックも中々大したものだ。結局2人はケン達に付いて行く気持ちは衰えず、ケン達一行にも断る理由は存在しなかったので、2人のドワーフがマール国の勇者一行に加わる事がここに決定した。
そうして2ヶ月後、ケン達が勇者の国へと旅立つ際にニックとハチが同行することが決まったのだった。




