第68話 ギイ商会 カンナ支店4 ドワーフとの商談
「あらあらよく来たねぇ。さぁお入りよ。それで何の用なんだい?」
ニック牧師とイッサ司教に相談した後、ケン達はその足で再びドワーフの工房を訪れていた。しかし前回と違いケン達は職場で働いている職人のドワーフ達には話し掛けず、隣の事務所で話に花を咲かせていたドワーフの奥方達に話し掛けた。
ニック牧師はケン達にこう伝えたのだ。
「いいかドワーフってのは女系種族だ。つまり男よりも女の方が偉くて優先される。ドヴェルグ連合国の代表者も皆女だし、工房のトップは親方だが、工房を運営している会社のトップはその奥方だ。だからドワーフと商談したいのなら、まずは工房で働いている女性に声を掛けろ。そして親方の奥方に話を通すんだ。そうでなきゃ工房で働いているドワーフの職人達は動かねぇ。これがこの国の常識だぜコノヤロー」
そう、話を聞かなかったのは上位者である女性を通さずに話を通そうとした為であったのだ。それを聞いたケン達は早速午前中に出向いた工房に立ち寄り、働いていた女性に声を掛けた。するとあっさりと話が通ってそのまま隣の事務所に入室が許されたのだ。
事務所の中は熱気と汗と鉄の匂いが充満する工房とは違い、華やかな香りに満ちていた。しかし事務所の壁には大量の武器が吊り下げられていた。物々しさと華やかさが入り交じる空間にケン達は「異国に来たのだなぁ」と今更ながらの感想を抱いたのだった。
ちなみに男性のドワーフは背が低く、ガッシリとした体格をしており、顔は髭面で強面が多い。そして女性のドワーフは同じように背が低く、ガッシリとした体格をした者が多いが、男性と違って髭はない。代わりに髪が長い者が多く、事務所に居たドワーフの奥様達もまた様々な髪型をしていたのだった。
しかし何時迄も部屋を見回している訳にもいかない。ケン達は畏まって要件を告げた。
「初めまして俺はケンと言います。ギイ商会で勉強中の行商人です。本日は挨拶回りに伺いました」
「同じく行商人のハナと申します。つい昨日この町に到着したばかりでして、当商会の支店長と副支店長から挨拶回りに出向いてこいと言われお伺いしました」
そう言ってハナは手荷物の中から酒瓶を取り出した。すると奥方達は戸棚からコップを取り出し人数分並べる。そして酒瓶のフタを開けるとコップに注いでまずハナに手渡して来た。
これもニック達から教わった通りである。
「いいかドワーフに話を通したいなら何を置いても兎に角酒だ。ドワーフが酒好きってのはお前らも知ってんだろうがオイッ。挨拶回りだろうが商談だろうが、商人が職人に話を持って行くのなら一緒に酒も持って行かなくちゃ話しにならねぇ。職人も事務方も酒を飲みながら話を聞いて酒を飲みながら相手を見定めるんだからなオラァ」
「「酔いた姿を見よ、それこそが欺瞞の皮を脱ぎ捨てたその者の真の姿なり」・・・これはドワーフに伝わる有名な言い伝えです。ドワーフは酒好きではありますが、その一方で酒の怖さをどの種族よりも熟知しています。アルコールというのはドワーフにとっては心地良い物であると同時に、相手の真の姿を見抜くための道具でもあるのですよ」
「だからおめぇらも酒を持って行け。一応言っておくが高い酒を持っていく必要はねぇぞ。いや勿論高い酒は歓迎はされるが、どっちかって言うとお前らが自分の懐と相談して選んだ酒の方が好まれるって事だコラ。そんで酒の飲み方にも一応ルールがある。これからそれを教えてやるぜ。そんな訳でこれから酒場に・・・」
「行きませんよ。そう難しいことでは無いので口頭で十分です。全く貴方と来たら・・・飲みに行くなとは言いませんがもう少し量を控えなさい」
「スイマセンっしたぁ!」
聞けば炎の教会では飲酒を禁じてはいないとの事だ。何しろほぼドワーフしか信徒がいない土着宗教なのだ。酒と切っても切り離せないドワーフ達には聖職者になるためとはいえ酒を断てというのは厳しいのだろう。
そしてケンとハナはニック達に礼を言ってから教会を出た。そして近くの酒屋で懐と相談して店おすすめの酒瓶を8本購入し工房へと立ち入ったのだ。
「商談で」ドワーフと酒を飲むには幾つかのルールが存在する。
・酒は訪れる人数と同数を持って行く(今回はケン・ハナ・ヘイ・ソレナ・ホド・ハゲ三人衆で8本)
・集団の中に女性が居るのなら、その女性が代表として酒を手渡す(今回はハナの役目)
・相手はその酒をコップに注いでこちらに手渡してくる。そしてそれを飲む。
・1人が飲み終わったら次の酒瓶を渡し、同じようにコップに注がれるので今度は別の人物が飲む。まずは女性陣から飲んでいき、最後に男性陣が飲む
これは渡された酒に毒が入っていないかを確認する作業が風習として残ったものである
以上である。因みに折角の酒を全て開けてしまうのかというケンの問いにニック牧師はキョトンとしたが、呆れたように答えたのだった。
「お前なぁ、ドワーフが酒を残すなんざ太陽が西から登る事ぐらいありえねぇぞコラァ」
「余程強い酒でなければ8本程度ではドワーフはビクともしませんよ。寧ろ貴方達の方が心配ですね」
そう言われたのでケン達はおすすめの酒の中でもなるべく酒精が低い酒を選んできたのだった。
そうして一通り酒を飲み終わった所で奥方達は満足した様に1つ頷いて1人が部屋を出ていった。すると暫くして工房で働いていたドワーフ達がゾロゾロと事務所に入って来た。
汗と熱気と人口密度で部屋の中は途端にサウナの様に暑くなる。しかしケン達はドワーフ達に文句も言わずに黙っている。一連の流れの後にドワーフから話し掛けられるまで、こちらから話し掛けてはいけないと言われていたからだ。
ドワーフの中でも一際大きく体中に傷があるドワーフが「ふんっ」と一息ついてケン達に話し掛けて来た。
「どうやらここでのルールは学んできたようだな・・・昼間お前達が無遠慮に工房に入って来た時はぶっ飛ばしてやろうかと考えたぞ」
「申し訳ありません!全ては俺達の不勉強が原因です」
「ふんっ、不勉強も何も昨日町に着いたばかりだという話じゃねぇか。相変わらずギイ商会はスパルタだな・・・久し振りだな坊主。確かヘイとか言ったっけな」
そう言ってドワーフはヘイをギロリと睨みつけた。ヘイは肩を竦めてドワーフに話し掛けたのだった。
「お久し振りですね親方。名前を覚えて下さっていて光栄ですよ。今回は無礼を働いて申し訳ありませんでした。後輩達の修行中だったものでしてね」
ヘイは親方のドワーフとは知り合いらしい。考えてみればギイの修行を受けているのはヘイも一緒なのだ。ケン達が受けた修行ならヘイも経験済みだったのだろう。
「はっ!ギイに連れられていたお前が先輩かよ。月日が立つのは早いもんだぜ。で?今日は挨拶回りに来たって?」
「ええ。これから暫くこいつらがこの町で修行しますんでその挨拶にね。それとは別に師匠から特別依頼を預かっています」
「「「特別依頼?」」」
親方と呼ばれたドワーフと一緒にケンとハナも首を傾げた。2人はギイからそのような話は聞いていなかったからだ。
そしてギイからの手紙をヘイが渡し、親方がそれを読む。すると途端に親方がケンとハナをジロジロと見出した。そして何度も手紙と2人の間を親方の視線が往復して行った。
「なぁ坊主と嬢ちゃん。この手紙にはお前らがギイの2番弟子と3番弟子で、見習い行商人で、そんでもって「勇者」と「王女」って書いてあるんだが俺の目はどうかしちまったのか?」
「いえ大丈夫です、親方の目は正常ですよ。俺はギイ師匠の2番目の弟子で、今回マール国の勇者をやる事になりましたケンと言います」
「同じく3番弟子でマール国王女のハナ=マールと申します。これから暫くの間宜しくお願い致します」
2人は揃って親方に頭を下げる。それを見て部屋の中は急にざわめき出した。
「勇者?」「王女?」「いや嘘だろ?」「女の方はまだしも男は違うだろ」と親方と一緒に入って来た職人達はヒソヒソと囁き合う。それを親方が「黙ってろ!」と一括し、部屋の中はまた静かになった。
そして親方はヘイの方を向いて話しかける。ヘイも質問が来ることが分かっていたために当たり前のように対応した。
「おいヘイ、こりゃあ一体全体どういうこった?」
「どうと言われましても書いてある通りですよ。親方にはケンとハナの装備の作成をお願いします。生き残れる事を最優先に、納入は2ヶ月後までで宜しく」
「そうじゃねぇよ!お前ら行商人だろうが!何で行商人が勇者と王女なんてやってんだ!おかしいだろうが!」
「国王陛下曰く「マール国が存続する確率が最も高いから」だそうですよ。ちなみにハナは元から王女様です。王女様が行商人に弟子入りに来たんですよ。逆なら玉の輿でしょうが」
「ならこの坊主は?見たとこ並の兵士位の力しか無いように見えるが、何か特別な力でもあるのか?」
「ありませんよ。こいつは行商人としても見習いで、勇者には2ヶ月前に無理やり任命されたんです。ちなみに決め手は名前だそうですよ。ケンにジッツマンという家名を付けてケン=ジッツマン、つまり「堅実勇者」だそうです。一応男爵の位を持つ貴族ですよ、2ヶ月前からですけど」
親方を始め、室内に居たドワーフ達は皆呆気に取られている。
「すまねぇ順を追って説明してくれねぇか?」
「長くなりますよ、仕事はいいんですか?」
「構わねぇよ。鍛冶ってのは打ち手の精神状態によって出来が左右されるんだ。こんな訳の分からねぇ状況で良い物は作れねぇからな」
「なら丁度酒も持って来てありますから飲みながら聞いて下さいや」
そう言ってそのまま状況説明兼酒盛りに突入してしまった。
ケン達はドワーフ達との余りの習慣の違いに驚きながらも酒を傾けていくのだった。




