第65話 ギイ商会 カンナ支店
シカーク王国とドヴェルグ連合国の国境近くにある町「カンナ」には何本もの煙突が並んでいる。ここは多くの武器・防具を作る工房が軒を連ねる一大工業都市だ。
ここで作られた武具は東はシカーク王国やマール国、西はドヴェルグ連合国、そしてシカーク王国の北の港を経由して世界中へ運ばれていく。
この町には町の近くに国境があるという理由から幾つか特例が存在する。その一つにこの町で買われた品物はシカーク王国側に輸出する場合は関税が掛からないというものが存在している。
何故ならここにはドヴェルグ連合国から訪れている沢山のドワーフ達が居るからだ。彼らはドヴェルグ連合国各地から集められた精鋭であり、この国境近くの町で作成された武具は関税が掛からない安値でシカーク王国内部を通って行く。
代わりにシカーク王国はドヴェルグ連合国のドワーフ達に、国境の自由通過・税の免除・輸入した世界各地の酒の優先販売権といった優遇措置を与えていた。ちなみにドワーフと言えば酒と言われる程の酒好きの種族であるので、世界各地の酒を呑むことが出来るこの町は彼らにとっては理想郷であり就職の倍率は非常に高い。
世界中の武器の半数はここで作られていると言われる程の工業都市「カンナ」に今ケン達は足を踏み入れようとしていた。
「おおおおおお!すげー!なにこれなにこれ面白過ぎる!」
カンナの町に入ってからケンのテンションは上がりっぱなしである。
この町はとにかく普通の街と多くの違いが見て取れた。
まず城壁が他の町よりも高い。一般的に城壁の高さは5m~10m位であるのに対し、この街の城壁は15mは超えているだろう。その上には多数の弓や投石機、更には大型の弓矢が我が物顔で鎮座しており、かなりの物々しさを感じさせた。
更に町の中も独特だ。遠くには真っ赤に塗られた教会が見え、町のそこかしこに工房がある。メインストリートは何と全て武器防具の販売店である。道行く人達はドワーフが作った性能の良い武具を見て回り、店主との交渉に余念がない。
そしてドワーフである。マール国ではまず見かけない、話でしか聞いたことのないドワーフ達がこの町にはそこら中に居る。彼らは武具を作り、武具を運び、武具を販売している。その数は人間の数よりも多いのではないだろうか。
そしてこの町には多くの行商人も滞在していた。彼らは世界各地から武具の調達に集まった者達であり、ここで仕入れた武具を持って世界各地へと帰って行くのだ。言わばここは彼らの旅の目的地にしてターニングポイントでもあった。
「落ち着けケン。ここには暫く滞在する予定だから後でいくらでも見学は出来るぞ」
「マジっすかアニキ!く~テンション上がってきたー」
「これ以上まだ上がるんかい!凄いなケンは、そこだけ見れば勇者級やな」
飛び出してしまいそうなケンをヘイ達は慌てて引き止める。
マール国の勇者一行は今カンナの町を東側から西側に向かって進んでいた。
一行は今日泊まる宿へと向かっていたのだ。初めてここを訪れたマール国の勇者一行は、ケンと同じくあちこち見て回りたいのが本心では有るが、同時に5日間の旅の疲れを癒やしたいとも思っていた。
だから今日は宿に泊まり、明日から町を散策する予定なのだ。要するにナントーの町と同じである。この世界、町から町へ移動するだけで大変なのだ。到着してすぐに行動を起こすなど流石に出来ないのである。
「それで今日は何処に泊まる予定なのですか師匠?」
ケンがギイに尋ねる。「この町の宿は任せてくれ」と言われていたので、ケン達はギイに宿に関しては丸投げしていたのだ。
そのギイは懐かしそうにカンナの町を眺めている。
以前聞いた話によれば、ギイはケンとハナが弟子入りする前の最後の行商で、この街に武具の買い付けに来ていたらしい。
あれからずっとケンとハナの修行の日々でマール国内だけの行商をしていたギイにとってはここは思い入れがある場所なのだろう。
「宿か、安心しろそろそろ見えてくる筈だ」
そう言ってギイは視線を前方へと飛ばす。そこには1軒の武具を売る店が存在した。いやよく見るとそのマークはとても馴染み深い丸の中に逆茂木が入ったマークだ。そうギイ商会のマークである。ここはギイ商会の支店であったのだ。
そして店の前でお客を呼び込んでいた従業員がこちらに気づくと急いで店の中へと駆け込んでいく。すると中から沢山の従業員達が現れた。どうやら会頭であるギイが来たと気づいて出迎えに出て来たらしい。
一番正面に立っているのはまだ若い男女だ。彼らを見たことがあるような気がしてケンは「むむ?」と頭をひねった。しかし横に座っていたシンは2人を見てすぐに気づいて声を上げた。
「兄さん、あの人達だよ!」
「シンも見覚えあるのか、でも誰だったか思い出せないんだよなぁ」
「忘れたの?ギイさんやヘイさんと一緒に僕らの村に来た行商人の夫婦だよ!」
「あっ!そうか思い出した!」
そんなことをしている間にケン達の馬車はギイ商会の前に到着する。
まずギイがそしてヘイが降り立ち出迎えに来た2人と固い握手を交わした。
「兄さん、姉さんお久しぶりです!」
「サクヤ、ケード久し振りだな。皆元気だったか?」
「勿論ですよ会頭。従業員一同及び妻子共々健康です」
「・・・久し振り父さん。話は聞いている、事実は小説よりも希也ね。後で新人達に挨拶させて」
2人の名前は女性が「サクヤ」で男性が「ケード」というらしい。
そう言えば以前村の宿で会った時は名前も聞いていなかった。
ケンとシンが当時の事を思い出しているとギイにハナが話しかけていた。
「あのお師匠様、私達はこの町で宿泊する宿に向かっていたのではないのですか?」
「ああすまない、宿はこの店の裏にある。この町は武具の買い付けに来る客の為に武具を売る店と宿屋が一緒になっているケースが多くてな、ギイ商会のカンナ支店では店と宿屋を同時に商っているのだ。全員店の中を通って店の奥へと向かってくれ。そこで宿の受け付けをしよう」
「へーそんな作りになっていたのですね」
ハナはお見合いの旅でこの町にも訪れている。
しかしその時は宿屋だけの宿に直接乗り付けたので、店と宿屋が一体になっているこの店のような形態は知らなかったのだ。
マール国の勇者一行はゾロゾロと店の中に入り、質の良い品揃えの武具が陳列された店内を進む。そして進んだ先にあった扉をくぐるとそこは唐突に宿屋のロビーであった。そこで一行はチェックインをして各々割り振られた部屋へと散って行く。
そして彼らは部屋に入って驚いた。
前回ナントーの街で泊まった宿よりも明らかに広くて快適な部屋であったからだ。
落ち着いた調度品に品の良い壁紙、そしてふかふかのベッドに日当たりの良い室内。ギイはこの日のために宿の中でも特に良い部屋を空けておいてくれたらしい。
師匠としての心遣いといった所か。
そして夜、一行はギイ商会総出で歓待を受けた。豪勢な食事と様々な酒でもてなされた一行は夢見心地で部屋に戻り爆睡したのだった。
そして翌日、朝食を食べ終えた一行はギイ商会の従業員達に捕まり、表の店内で売り込みを掛けられていた。そこにはドワーフ達が精魂込めて作った武器や防具、そして世界各国から集められた名品・珍品がそこかしこに並べられている。世界を股にかけるギイ商会の面目躍如といった所か。
通常こういう店に入っても大抵は冷やかしで終わってしまう。何故ならこういう店の品揃えは総じて高く、そして名品・珍品などを買っている余裕はマール国の人間にはないからだ。しかし彼らは困っていた。昨日散々もてなされてしまった以上、無下に断る訳にもいかないからだ。
結果彼らは普段は買わないような高くて性能の良い武具や、大使館に置くための置物などを買ってしまい、その費用を捻出するために冒険者ギルドへ仕事を探しに向かったのだった。
そしてケンとハナは一連の流れをギイに命じられて商会の片隅から見続けており、この町の店が宿屋を併設している理由を知ったのだった。
「うわ~恐ろしい。こういう商売の仕方もあるのか・・・」
「まぁあれだけもてなされたら断れないものね。国同士の外交でもまず相手をもてなしてから要求を突きつけるのが基本だもの。外交も商売も一緒かぁ」
「面白いだろう?この町で店が経営している宿に泊まるとな、大抵同じ目に合うんだよ。尤も分かっている商人なんかは、お目当ての商品を扱っている店の宿に泊まって、仕入れと宿泊を両方得しようとするんだけどな」
「しかしお師匠様、正直我が国の国民に対してこの様な商売はして欲しくなかったのですが・・」
「私も最初はするつもりは無かったのだがな。これは旦那と相談して決行したのだよ」
どういう事かと言えば、今回のマール国の勇者一行の装備品が余りにも貧弱過ぎるのが原因だという。このまま勇者の国へと向かえば確実に笑い者だし、そもそもこれから活性化するモンスターとの戦闘に不安が残る。よって半ば無理矢理にでも装備のレベルアップを図った結果がこのギイ商会での商売攻勢だったらしい。
だから今回売った武具はいつもよりもお得な値段で提供しているそうだ。
無料で提供したりしないのは流石一流の商人といった所か。
従業員達は大分頑張って良い製品を集めて回ったという話である。
ちなみにこれに関してはその日の夜の食事の席で全員に旦那より説明が成された。理由を聞かされた一行は最初反発をしたが、これから先に必要な投資だったと説得され、結局カンナの街に滞在中、各々金策に励み商品の代金を完済したのだった。
そしてケンとハナはカンナの町滞在中はこのギイ商会カンナ支店で働くこととなった。通常の行商の修行と違い、世界中に支店があるギイ商会ならではの、その地域特有の商売の仕方を学ぶのが目的だ。
元々ギイはシカーク王国を回った後に、最終試験としてこの店で修行をさせるつもりであったのだ。かなり前倒しになってしまったがある意味では予定通りである。そしてこの店で修行を受け持つのは、ギイは勿論ギイの娘であるサクヤとその夫でありこの店の支店長でもあるケードであった。
これから2ヶ月、ケンとハナはこの町で最後の修行に邁進するのだった。
カンナの町での修行編のスタートです。




