第64話 ギンぺの抱擁
ケン達がシカーク王国に入国してから15日後、ケン達マール国勇者一行はシカーク王国とドヴェルグ連合国との国境に到着していた。
マール国の国境からナントーの町まで5日、ナントーの町で5日間の滞在、そして更に5日の旅路の末に一行はシカーク王国を横断した形だ。
ケン達はナントーの町ではシカーク王国でよく売れると言われ、国を出る前に大量に仕入れていたマール国原産の農作物を売り捌き、かなりの利益を得ていた。
そしてナントーの町で仕入れたのは魚介類の乾物だ。
これを仕入れた理由、それはケン達がドヴェルグ連合国の内陸部を通って勇者の国へと向かうからである。
ドヴェルグ連合国も北の方は海に面しているが、内陸部では海産物は貴重だ。
国内は山が多く、シカーク王国の様な南北を繋ぐような河を使った交通手段も無いため内陸部では海産物が高値で取引されているらしい。
その事を教えて貰ったケン達は行商で得た利益を使い、可能な限り日持ちする海産物を仕入れてきたのだ。人間何処へ行っても食への探究心はなくならない。
だからこれは売れ筋商品なのである。
そしてドヴェルグ連合国との国境へ向かう為にナントーの町を出発するとすぐに河に差し掛かった。そこでケン達の目の前に現れたのは、多くの船とそれを引く謎の巨大生物であった。
それは腹が白くて他が黒い、くちばしを持った謎の生き物だ。そのには牽引用の紐が体に括り付けられており、船首に居る女性が何事か支持すると体を前に倒し船を引っ張りながら泳いで行く。
中々に素早く力強いその泳ぎは見ているケン達を驚きの渦に巻き込んだ。
よく見ると下流から登ってくる船は皆その謎の生き物に船を引かせていたが、下っていく船は流れと同じくらいのスピードで泳がせていた。
どうやら河を下る際には休ませているらしい。
「アニキ!何ですかあれ!」
「大きいな!あれがヘイが言っていた河登りの方法か!」
見ると他の同行者達も殆どが驚きに目を見開いている。
驚いていないのはギイや旦那やナッカ大使などこの国に来た事のある人物だけだ。
「驚いたか?あれはこの国の湖に住んでいる生物でな「ギンぺ」って言うんだ」
「ギンぺですか?へー面白い。この国にしか居ないのですか?」
「いや、他の国にも海も山にも居るらしいぜ。俺はまだこの河でしかギンぺを見たこと無いけどな」
「しかし大丈夫なのか?あれ程の大きさだと暴れた時に船がひっくり返ってしまうだろう」
「問題ない。ギンぺは図体はデカイけど比較的大人しい性格でな、好物の魚を与えて無理をさせなきゃ黙って人間の言うことを聞いてくれるんだよ。世界にはあんな感じに動物を使って作業をしている国や地域も多くあるのさ」
「結構可愛いのに何か可哀想ですね」
「何言ってんだ、お前だって馬に荷台引かせてるし、村の中じゃ牛やら犬やらが活躍してるだろうが。可愛いからって働かせないなんてのは人間のエゴだぞ」
「それもそうですね」
そう言って一行は川縁へと近づいていった。そこには対岸への渡し船が存在し、僅かな金額で川向こうへの移動を請け負ってくれるのだ。
何しろここ以外の道はかなり上流の森の中と、かなり下流にかかる橋しかないのだ。人の往来がなければ町が死んでしまうため、この渡し船だけは安く提供されていた。
一行は渡し船に乗り対岸へと渡る。マール国にはこれほど大きい河は無いため一行は驚きっぱなしである。船はそれ程の大きさでは無かったので、何回かに分けて対岸へと渡って行く。ケン達はいつものメンバーで同じ船に乗っていた。
「わあああ!!!揺れる!沈む!ヘイ!ハナ様!」
「落ち着きぃ!船は揺れるもんやで」
「この程度では沈んだりはしないから慌てるなソレナ」
「目の前に沢山の船があるけどどれも浮いてるだろうが。つーか痛い!力込め過ぎだ!」
「あっ魚跳ねた」
「ああギンぺ・・・正面から見ても可愛い・・・」
「姫様もレンゲも余裕ですね・・・やっぱ一度旅してると違うなぁ」
「あの船1隻でどれだけの荷物が運べるのですかね師匠」
「あれは中型船だからな精々馬車10台分程度だ。海に浮かぶ大型船では馬車一千台分の積荷を運べる物もあるぞ」
「・・・うぷっ、やはり本の知識と実際の体験は違う。酔いがこんなに恐ろしいなんて」
「大丈夫かい?弟君」
川は比較的穏やかなのだが周囲をギンぺ達が蠢いているために結構波があり船が揺れる。実は時間帯をずらせばそれ程揺れなくて済むのだが、ギイは敢えてこの時間を選んで船に乗っていた。「揺れる船」を体験させるためだ。行商人でない他のメンバーはとんだとばっちりである。
それでもどうにか一行は対岸へと渡りきった。しかしそこでダウンしてしまっている。今回始めて国外に出た者達にこの揺れはキツかったようだ。
周辺には川を渡るための順番待ちをしている人達や、その人達相手に商売をしている屋台などがあった。そしてそんな中で1頭のギンペが川の中から這い上がって来た。そいつはそれなりのスピードで陸を二本足で歩いてケン達の方へと向かってくる。そして少し離れて休んでいたシンの近くまで来ると突然シンの真上に覆いかぶさってきた。
「わあああ!」
「シン!」
「うわぁ!ちょっと!兄さん助けて!」
ケンは即座に槍を持ち出して弟を助け出そうとするがそれはヘイに止められた。
ヘイは「心配するな」と弟弟子に言い聞かせ、シンとギンぺの方を指差す。
そしてその先にはギンぺの腹に包まれたシンが居たのだった。
途端周囲の人達から歓声が上がった。「おおー」だの「すげー」だのといった声も聞こえる。ケンは訳も分からずに兄弟子に説明を求めた。
「アニキあれは何ですか?シンは大丈夫なのですか?」
「心配いらねぇよ。ギンぺはな、腹の下が袋状になっていてああやって子育てするって話だ。勿論シンは子供じゃないが、魔力の高い人間はギンぺに子供と勘違いされるらしくてな。川縁に魔力の高い人間が1人で居るとああやって包んじまうんだそうだ」
「ちなみにああやって包まれた人間はギンぺから加護を授かるという話だ。だから心配はいらない。あれは歓迎すべき事態なのだよ」
そう言ってギイはシンに近づき「暫く抵抗せずにそのままで居るように」と支持を出す。突然の事態にシンは泣きそうだ。その間周囲から責任者らしき人物が現れてケンの元へとやって来た。
「すまないが君があの少年の兄なのかね?」
「えっはい、そうです」
「そうか。私はここの川でギンぺ達の統括をしている者なのだが、弟さんをここで働かせるつもりはないかね?」
「ここでですか?」
突然の申し出にケンは戸惑う。責任者と名乗った男は説明を開始した。
「そうだ。今我々の目の前で行われている行為は「ギンぺの抱擁」と呼ばれていてな。あれが行われた者はギンぺ達と意思疎通が出来るようになるため、この川では非常に重宝されるのだよ」
「意思の疎通!?ギンぺと喋れるようになるのですか?」
「いや何となく言いたいことが分かる程度らしいのだが、それだけでも十分な才能だ。ここで働けば一生食うには困らないぞ。どうだ考えてみてはくれないか?」
ケンはシンの将来について考えてみる。
しかしシンは勇者の国の魔法学校に通う予定なのだと思い出してケンは申し出を断った。
「申し訳ありません。弟はこれから勇者の国の魔法学校に入学することになっているのです。ですからもし働くとしても暫く後からになると思います」
「勇者の国の魔法学校!?それは失礼した。成程あのギンぺが気にいる訳だ、それ程優秀だとはなぁ。すまない今回の件は忘れてくれ。勇者の国の魔法学校に入学する程の天才ではこの仕事は釣り合わないだろう」
そう言って責任者は去っていく。周囲に居た人達はギンぺに包まれているシンが勇者の国の魔法学校に行くのだと分かって興奮状態だ。どうやらシンは周囲にとてつもない天才だと勘違いされてしまったらしい。未だに魔法の一つも使えないのだが。
結局10分ばかり包まれていた後にギンぺはシンを離して川の中へと帰って行った。シンは呆然としていたがケンに話しかけられて我に返った。
「シン無事か、怪我はないか?」
「うん平気だよ。何かポカポカしてるけど」
「そうか無事でよかったよ。ちなみにこれでお前はギンぺ達と意思の疎通が出来るようになったらしいけどどんな感じだ?」
「う~んよく分かんないな。けどさっきのギンぺは「満足した」って事は分かったけど」
「それこそ加護じゃないか!凄いぞシン!」
「あはは・・・」
シンを囲んで周囲はお祭り騒ぎになってしまっている。
しかしこれは大部分がシンへの勘違いから来ているため、ケン達は早急に出発。
名残を惜しまれながら旅を急いだのだった。
そして5日掛けて途中の村々を幾つか経由した後、ケン達はシカーク王国とドヴェルグ連合国との国境に到達。前回の反省を踏まえて買っておいた国旗が描かれたマントを羽織り、国境超えに挑戦した結果今度は問題なく国境を通過することが出来た。
そしてケン達はシカーク王国を抜けて遂に4大強国の一つ「ドヴェルグ連合国」に入国を果たした。
そして一行は国境のすぐ近くに存在する街「カンナ」へと到着したのだった。
ギンペは巨大なペンギンのイメージです。
名前で分かるでしょうけど念の為。




