第61話 賄賂
1000年前の初代勇者の暴走が何とか収まった後、生き残った人々は復興に向けて動き出した。
しかしそこに立ちはだかったのは十分に数を増やし世界各地に散ったモンスター達であった。それらの脅威に対抗するために生き残った人々はまず集合し、村を作り、町を作り、そして国を作った。
そこで国が出来た際、まずは国名を決めようとしたのだが、以前の国々はほぼ例外なく滅ぼされてしまった為に、新しい国名は適当に決められていった。
生き残った人々は滅んだ国の名前を付ける事を良しとしなかったのである。
国土が丸いから「マール国」、四角いから「シカーク国」等はまだ良い方で、4大強国の名前の由来は、初代勇者が暴走する前に話していた勇者の世界の内容が勝手に拡散し定着した結果らしい。
だが1000年も経つと元の国土とは大分形が変わってしまった国も存在する。
マール国は円形だった国土は段々削られて扇形に変わり、シカーク王国は菱形となってしまった。
ケン達は今その菱形の底辺に沿って伸びる街道を進んでいた。
「どうやら町が見えてきたようだな」
国境を超えて早5日、遂にケン達はシカーク王国最初の町へと辿り着いた。
途中で村は点在していたものの、ルート上で初めて出て来た町である。
シカーク王国にはマール国よりも多くの町が存在しており、その首都はマール国の首都を超える規模を持つという。
しかし今回の旅では首都には寄らずにシカーク王国の底辺部分を突っ切って進み、そのまま隣の「ドヴェルグ連合国」へと抜ける予定であった。
今回の旅で立ち寄る町の数は、シカーク王国内では1つだけだ。更にドヴェルグ連合国の中の町に立ち寄りながら最終的に勇者の国の首都へと向かうのだ。
今回の長い旅の最初の目的地、シカーク王国「ナントーの町」の城壁が目の前に現れた。
「大きな町ですねぇ師匠!」
ケンの楽しそうな声が響き渡る。勇者に認定された当初は慌てたものの、成るようにしか成らないと考えた結果、目の前の事に集中し始めたらしい。何しろ勇者の国に入って他国の勇者と顔合わせした後は、本格的に勇者として働かなければならないのだ。残り少ない純粋な行商人人生を存分に味わうことを咎める者などここには誰も存在しなかった。
また、ギイはギイで勇者の国へ到着するまでの4ヶ月間で出来るだけ弟子達を鍛え上げるつもりであった。
今回ギイも旦那と共にケン達に付いては来たが、これは元々師匠として他国での行商を教えるつもりであったので問題は無い。
しかしその後はギイには自らの商会があり、旦那はマール国の冒険者ギルドのギルドマスターとしての仕事が存在するのだ。
ケン達と過ごせる期間は勇者の国到着までという事は全員が理解していた。
[勇者の国へ到着するまでにケンとハナを見習いから卒業させる事]
これがギイが自らに課した目標であった。
ナントーの町には入場口が西と東、そして北に存在している。南にも一応門は存在しているが滅多に使われないため普段は閉ざされている。
何故なら町の南側、より正確に言うとシカーク王国の南には山脈が連なっており、山際に沿って街道が作られているからである。
ナントーの町から東へ向かえばマール国との国境が、西へ向かえばドヴェルグ連合国との国境が存在している。北西へ向かうと首都が存在し、そこから更に北へ向かえば港町が存在している。よってナントーの町は人通りの絶えない交通の要所であり、中々の賑わいを見せる経済都市であった。
ケン達一行は入場待ちをしている旅人達の後ろに並んで入場しようとする。
それを見たナッカ大使が「勇者一行には都市に対しての優先入場権が存在するので並ぶ必要は無い」と進言してきた。
しかしギイは敢えて並ばせたのだ、ケン達の修行のために。
「勿論優先入場権の話は知っております。しかし今回は行商人としての修行も兼ねた旅路、他国の行商人が町に入るに当たっての経験を学ばせるのが目的です」
「経験ですか?しかしそうは言っても町に入るだけですよ?」
「その「入るだけ」でも問題が発生することもあるのですよ。見た所門番は新顔のようですし、まぁここはお付き合い下さい」
そう言われてしまえばナッカ大使は引き下がらざるをえない。
そしてギイはニヤリと笑って事情が分かっている顔をしているヘイや旦那と一緒にナッカ大使も誘って馬車の中に引っ込んでしまった。
結局30分程並んで門番の所まで到着した際にケンとハナはいつもの様にギルド証を提示した。すると門番がニヤリと笑みを浮かべてケン達に話し掛けて来た。
「ほう、お前さん方はマール国から来たのか。遠路はるばるご苦労な事だな」
「はい、この町で行商をした後は更に西へ進み、ドヴェルグ連合国を通って勇者の国まで行く予定です」
「ほう、それは大した長旅だ。ならばそれなりに荷物も多いのだろうな」
「そうですね、50人分ですから野営の荷物だけでも結構な量になってしまっています」
「ふむそうか、では一人頭銀貨50枚で手を打とう」
「はい?この町には入場料は必要無かった筈ですが?」
「ならば町には入らずに素通りして行くのだな」
門番の余りの物言いにケンとハナは一瞬ポカンとしてしまう。
そしてすぐに気付いたのだ。この門番が「賄賂」を要求しているのだと。
「あの、まさかとは思いますが賄賂をご請求ですか?」
「おいおい失礼だな。俺が賄賂?とんでもない言い掛かりだ。貧乏国からワザワザいらっしゃった行商人殿が、立派に門番を務めている俺に心付けをくれるという話だろうこれは」
「ちょっと!幾ら何でも失礼ではありませんか。私の生まれた国を馬鹿にして!」
「嫌なら引き返すのだな、他国で稼ごうなどとは考えずに、自国の中だけで少ない稼ぎを積み重ねるがいいさ」
ケンもハナも一緒に話を聞いていたソレナ他同行者一行も余りの事に呆気に取られてしまった。マール国の兵士達にこんなセリフを言われた事は今まで一度として無かったのである。
しかしこの門番は当たり前の様に賄賂を要求し、他の門番もそれも当然の様に見て見ぬ振りをしている。いやよく見ると別の門番の列に同じ様に並んでいた行商人や冒険者の中には渋々金銭を払って町に入っている者も居るようだ。
ケン達が対応に困っていると、ヘイがひょっこりと馬車から降りてきた。
そして門番に近づいて気軽に挨拶を交わし始めた。
「やあやあこんにちは。お仕事お疲れ様でございます。俺の弟弟子達が何か問題でも起こしましたか?」
「ほう、お前さんはこのガキ共の兄貴分か。何こいつらが心付けに関して無知だったのでな、人生の先達として教えていた所だったのだよ」
「それはそれは、申し訳ありませんでした。ちなみにお幾ら位をお求めでしょうか?」
「これだけの人数で、これだけの荷物だからな。一人当たり銀貨50枚を求めていた所だ」
「・・・へぇそれは随分と吹っ掛けましたねぇ」
「そんな事はあるまい。これだけの人数、日々消費する食料や水の量も馬鹿にはなるまい。ならばお主達は町に入らねば困ること請け合いだ。取れる所から取るのは基本中の基本だろう?」
この門番、荷物の量と人数を鑑みて町に入らなければ補給が出来ないと看破したらしい。
そしてそれは当たっていた。荷物が増えればそれだけ移動速度が落ちるし馬も疲れるため、ケン達は最低限の食料と水しか積んでいなかったのだ。
正直ここで補給が出来ないのは厳しい。
次の町までには確実に尽きるし、途中の村で買えるかどうかは分からないからだ。
勇者一行の中には抗議をしようと考える者もいたが、我慢をしていた。この旅に同行するにあたって、ギイよりケン達の修行には一切の口出し無用と徹底されていた為である。そうでなければソレナなどはすぐに剣を抜いていたであろう。
実際今も抜きたくて堪らなかった位である。
ケンとハナは想定外の状況に困ってしまっていた。ここに入れなければ明日以降の旅に支障をきたすが、賄賂は払いたくない。と言うか50人×銀貨50枚だと何と金貨25枚にもなる。ぶっちゃけ高すぎるのだ。完全に足元を見られている。
「成程成程、では出来ましたら上役の方にお目通り願いたいのですが?」
「上役だと?何故だ?」
「私事ながら、今回の旅はこいつらの修行も兼ねておりまして金銭的に余り余裕がございません。ですので町の中で更なる心付けの無心を起こさないとお約束が欲しいのですよ」
「ほう成程な。まぁこのようなガキ共では稼ぎも知れているか。良いだろう、余り列を待たせるのも本意ではない。今上官を呼んで来てやる」
そう言って門番は門内部の建物に入って行き、すぐにもう一人の兵士と共に戻って来た。
そしてその連れて来られた中年の上官は、ヘイの顔を見るなり顔を青くして慌てて頭を下げてきた。
「これはこれは!ギイ商会の方ではございませんか!本日はお日柄も良く・・・」
「あ~そういうの良いから。あんた状況理解出来ているよな?」
ヘイは途端に口調を変えて門番の上司に詰め寄る。
上司は顔を真っ青にして首をしきりに上下させた。
「勿論で御座いますとも。ギイ商会と言えば国王陛下の覚えも良く、隣国ドヴェルグ連合国にも支店を持つ名店。勿論心付けなど必要ありません。ささっどうぞお通り下さい」
「ふーん、そう。所で俺達総勢50人居て1人頭銀貨50枚も請求されたんだけど、どう思います?」
上司は門番の方を勢い良く振り向く。門番の顔も上司と同じく真っ青だ。彼は聞いていたからだ、数ある行商人の中でもギイ商会はこの国どころか各国の殆どの町や村にフリーパスで入れることを。
何故なら会頭のギイが前回の魔物の活性化現象の後に世界を巡った際に、各国要人と関係を築き、行商の力で各国家の復興に多大なる貢献をしたからだと。
更に言えばギイ商会の商会員達は現在進行形で世界中で商売をし、この国でも多数の商品を扱っている大店だ。
そんな所と揉め事を起こしたらすぐにシカーク王国の中央に知られてしまう。
だから彼や彼が代表を務めるギイ商会の行商人に対して賄賂を要求するなどあってはならないことなのだ。
もしもこれがバレたなら物理的に首が飛ぶ事態も考えられる。
門番の男はその場で膝をつき土下座しようとしたが、直前でヘイに止められた。
「おっとストップ!目立つ行動は謹んでくれよ。俺達は無事に門を通れればそれでいいんだ。でもまぁ何らかの詫びがしたいってんなら受けてやっても良いけどな」
「はっはい、ではこの町に滞在している間の宿代は全てこちらで持たせて頂きます。勿論50人が宿泊しても問題無い宿を手配いたしますので、心ゆくまで町での滞在をお楽しみ下さい」
「そりゃどうも。んじゃこれギルド証ね。宜しく~」
そう言ってヘイはさっさと門を潜って町の中に入ってしまった。ケンやハナもそれに続いて行き、ギイ本人やマール国の前大使、更にこの国でも有名なギルドマスターの旦那が出て来た時には門番も上司も魂が抜けるかと言う程の心境になってしまっていた。
そうしてマール国の勇者一行は全員無事にナントーの町へと入場を果たした。
彼らは宿の手配をするまで詰め所の近くで待って居てくれと言われたので、門の近くにある詰め所付近に陣取った。
そして何が何だか分からないという顔をしているケンとハナに向かってギイが講義を始めた。
「さて2人共どうだったかな?初めての他国での町への入場は」
「あの・・・その師匠、正直何が何だか」
「お師匠様が予想以上に凄い方だというのは分かりました。後その、賄賂の件が・・・」
2人共混乱しっぱなしだ。そこでヘイが会話に加わってきた。
「まぁお前達が体験した通りさ。マール国では無かった賄賂の要求なんかは他の国では結構頻発してるってこった」
「あの門番はかなり吹っ掛けてきていたがな、大抵はもう少し少ない額を要求してくるのでな、場合によっては支払う事もある」
「支払うのですか!?」
「状況次第だ。道中急いでいたり、払っても対して痛くない額ならばすぐに取り返せるからな。儲ける機会を失う方が痛ければ賄賂を支払ってでも商売をするのが商人というものだ」
それに2人は不満そうな顔をする。
それを見てヘイは1つ溜息を付いて弟弟子達に言い聞かせた。
「何だ不満そうだな」
「あ、えっとはい。賄賂って何か嫌な響きですし・・・」
「何か一方的に搾取されている感じがします」
「そうだな、そういう考えで動いている奴も居る。だけどな貼る必要のない意地は貼らなくて良いんだぜ。賄賂を要求する国ってのは治安の面で不安がある場合が殆どだ。「こいつに金を払うことで、この街での安心を買う」と考えればそれ程腹も立たねぇだろ。さっきの奴は欲張り過ぎだったがな」
「ああいう輩は世界中どこにでも居るのでな、お前達に早めに体験させておきたかったのだ。何そう気にすることはない。私も私の商会も有名だからな。ギイ商会の商会員を名乗れば大抵は要求を引っ込めてくる。更にケンは勇者になる訳だから、これから先賄賂の要求など体験することはまずあるまい」
そしてクルッと振り返り後ろで聞き耳を立てていた同行者一行にも説明をした。
「あなた達はマール国という世界的に見ても平和な国に住んでいたのです。これから先、他の国ではこちらの常識が通用しない事も多々あるでしょう。努々気をつけて旅をするように心掛けて下さい」
全員が揃って頷く。彼らは先程の門番とヘイの顛末について語り合っていた。
暫くすると兵士が宿を手配したと連絡が来た。
マール国の勇者一行は久し振りに清潔な寝床と美味しい食事を味わう事が出来たのだった。しかも無料で。
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