第59話 魔法使い見習いのシン
城での勇者認定から既に2ヵ月、今は雪も溶け始め冬が終わり春になろうとしている時期である。ケン達はマール国の街道を隣国へ向けて進んでいた。
あの後すぐに城から騎士達が国中に派遣され、この国の現状を国民達全てが知ることとなった。始めその事を知らされた国民は驚き、呆れ、そして絶望した。幾ら音に聞こえたギイ商会といえども、一介の行商人に国の命運を背負わせるなど有り得ないことだったからだ。
その為報告を受けた人々の中には首都へと抗議に行こうとする者すら現れた。これは大人しい国民性のマール国の人々からすれば正に異常事態である。しかしハナ王女が勇者の旅に同行するという報告を受けると、その動きは途端に沈下した。
ここで役に立ったのが吟遊詩人が広めていた「センターの村防衛戦の物語」だった。
勇者と言えば勇気があり、モンスターをなぎ倒す力を持った英雄の事だ。そして吟遊詩人達が伝え広めていたセンターの村防衛戦の物語の英雄であるケンこそが今回勇者に任ぜられたギイ商会の行商人だと分かり、彼らは納得し国の命運を任せることにしたのだ。
尤もそれを信じずにケンが勇者に任ぜられた事を危惧する者達もいた。それは防衛戦に参加した村人達であったり、センターの村へ派遣された兵士や騎士達であったり、表彰式に参列した国の重鎮達であったりした。
しかし危惧した所でどうにもならないのが現状だ。仮にケンを勇者の立場から引きずり下ろし、ノウ王子が勇者として活躍しようとした所で死ぬ確率はケンよりも上であろうと考えられていたからだ。
今回の勇者に求められる条件は最後まで生き残る「生存力」なのだ。それを考えれば確かに国王陛下がケンを勇者として認めたことは納得できる話なのであった。
だから村人達はせめてもの礼として、少ない稼ぎの中から勇者への支援のための資金を捻出し、ギイ商会へと送り届けた。
兵士や騎士達は同僚達に本物の勇者は伝説よりも弱いから助けが必要だと説得し、王子や王女を守るためという名目でも構わないから勇者の旅への参加人数を増やすようにと要請した。
また、国の重鎮たちの間では資金に余裕の有る者達の間で勇者への支援の輪が広がっていった。それは旅の準備資金や冒険者への依頼という形に変わりケンを助けることとなった。
結局ケン達が準備を終えて出発する頃には歴代の勇者達よりは劣るが、一応最低人数は揃っている程度の勇者様御一行となっていた。この場合の勇者様御一行とは選び抜かれた数名のパーティーではなく、兵士・騎士・冒険者・文官等を含めた正に御一行とも言うべき一団の事である。
その昔、この世界の人々の中には剣で大地を断ち、槍で海を割り、地形や天候すらも変える魔法を放つ者達が居たという。
しかし、現在の世界にはそのような英雄・化物は存在していない。勇者の世直しというのは、各国で選び抜かれた兵士や騎士団によるモンスターへの集団戦の事をいうのだ。
今回の参加人数は合計50名。その中にはケンの弟であるシンも参加していた。
表彰式の後の騒ぎに混じり、ケンやヘイ、ソレナの家族が揃ってギイ商会を訪れた。当然である。何しろ彼らにはこの国が直面している事態に加えて、「息子や娘が貴族になった」という耳を疑うような報告もされていたのだ。
ケンの家族は宿屋が本業にも関わらず家族総出でやって来ていた。それも当然だろう次男が突然「勇者」にされてしまったらどこの家族もこうするに決っている。
彼らはギイ商会の食堂に集められ、事の顛末を聞かされた。中々納得はされなかったがハナやノウ、更にはギイが直々に説明に加わりどうにか現状を受け入れる事にした様だ。
それからノウによりこの国の貴族についての説明が開始された。
「とは言え、別段何が有る訳でもありません。ソレナ殿のご家族ならご存知でしょうが、我が国は国自体の力が小さい為、それに準じて貴族の地位も権力も無いに等しい。他の国々では1代限りの貴族であってもそれなりの贅沢な暮らしが出来ますが、我がマール国では僅かばかりの年金が支給されるだけです。ちなみにケンが授かった「男爵」の地位とて同じこと。年金の支給額がほんの少し多くなり、ケンの血縁が存在する限り続くというだけの事です。恐らく父上は勇者に任じた罪滅ぼしの意味も込めて男爵の地位を与えたのでしょう」
ちなみにこの国では貴族の直轄領は存在していない。この国の土地は全て国有地の扱いであり、国民は国家から土地を借りて生活をしているという体裁なのだ。だから幾ら貴族の地位が高くなろうとも年金の額が上がるか下がるか位しか意味が無いのだ。
「しかしこれはあくまで国内においての話です。他国では他所の国の内情など知られていない場合が殆ど。よってケンが勇者でありなおかつ男爵という貴族である事によって、様々なメリットが得られます。例えば平民を差別する様な輩は世界中何処にだって存在しますが、それに対して貴族の地位は役に立ちます。ヘイやソレナ、ホドに貴族の位を与えたのも同様の理由です。勇者の仲間が平民では困る場合がありますからね」
まぁ理解できる話である。「勇者の仲間は全員平民です」と言われるよりも「彼らは元平民だけど貴族として認められる程の人物です」と言われた方が説得力があるのだ。箔をつけるという意味では貴族の位というのは正に打って付けであった。
「そして皆さんが一番心配しているケン達の安全についてですが、これは心配しなくても大丈夫なレベルの話です。そもそもケン達は行商人として世界を巡るつもりだった訳で、その旅に同行する兵士や冒険者が増えたという話だと思って下されば良い。父上からも「活躍はしなくていいから生き延びる事を優先してくれ」と言われていますので、そもそも十分な安全マージンを取って活動する予定です。いっその事勇者としての活動自体をしないで、期間中行商だけしていてもそれはそれでありかもしれません」
「いや流石にそれは駄目ですね。冒険者ギルドのギルドマスターに話を聞いてきたのですが、勇者達は2年に一度再集結をしてその間の戦果を報告する義務があるそうなのです。そして素行の悪い者や、結果を残せなかった者達は勇者の資格を剥奪されるそうです。ですから敢えて危険な仕事はせずとも、最低限の勇者らしい活動はせざるを得ないと思います」
ノウの言葉をギイが否定する。流石に勇者を名乗っておいて行商三昧は認められないらしい。
「しかし行商人として見た場合、今回のお話は決して悪い話ではありません。私が世界を巡った時期は前回のモンスター活性化現象が収まった後でした。しかしヘイやケンがこれから行商をしながら世界を巡ろうとすると、今回の活性化の時期に被ってしまう。そうすると私が世界を巡った時期よりもモンスターの数も強さも上がっているでしょうし、各国の治安や内情にも変化があるでしょう。それならば寧ろ勇者様御一行として回った方が結局はケン達の為になると考えます」
あれから今回の件について話し合っていた際に、この事に気づいた時は驚いたものだった。確かにケンもヘイもこれから行商人として世界を回るつもりだったのだ。そこに凶悪化したモンスターが襲いかかってくれば最悪死亡という話も考えられるし、戦力が足りずに行かずじまいになってしまう国や地域も存在するかもしれない。それならば寧ろ勇者として活動しながら旅をした方が、結果的に世界を巡るという目的は達成出来るのではないかという結論に至ったのだ。
そこでこれまでの話を聞いていた各家族から意見が出始めた。彼らは余りの状況の有り得なさに大分混乱をしていたが、説明を受けている間に何とか自分なりに現状を理解した様子だ。
そしてその中で比較的ダメージの少なかったのはやはり元貴族であったソレナの実家「リー家」の一族であった。ちなみに以前の家名は別の名だった。これは国王がソレナの名前から編み出した家名だからだ。
「我々としては特に問題はありませんね。実際4年前までは貴族の地位を得ていましたので。毎年少しばかりの年金を頂いていましたが、それ以外はこれと言った義務も権利も存在しませんでしたな」
「ん~父ちゃんも爺ちゃんもそれでいいの?俺は反対するんじゃないかと思ってたけど」
「反対した所で一度貰った貴族の地位を捨てる訳にも行くまい。元々ソレナの目的は貴族の地位の復権だったのだから、これで目的は果たしたという事になるしな。後は貰った地位に対して恥ずかしくない生き方をすれば良いのだ」
「その・・・私は「物語の騎士の様に超人的な力を身に着け大功を挙げ貴族に返り咲く」のが目的でしたから、最初の部分がごっそりと抜け落ちているのですが」
「大功は挙げたではないか。キング・ゴブリンとの一騎打ちの噂はノースの町でも轟いておるぞ」
「いやあれは単なる噂でして、実際は言われる程の活躍はしていないのです」
言われる程どころか、実際は作戦を無視して突撃した上に、馬上から油壷を投げつけただけである。ヘイはそう突っ込みたかったが、話を切るのも憚られたのでスルーする事にした。
「なればこそお前はケン殿を支えねばならん。力が無いなら力をつけ、知恵がないなら知恵を付けろ。さすればお前が夢見た理想の騎士に辿り着くことも出来るかもしれん」
「ちなみに俺もついて行くからね。ノウ王子の護衛だけどさ」
「承知している。子供達がそれぞれ王家の方の護衛を任されるなど身に余る光栄だ。国や家族については心配するな。我らでお前達が帰ってくる場所は守っておいてやる。安心して行ってくるがいい」
そう言ってソレナとホッコは家族の同意を得られた。
流石は元騎士団長の家系、話が早い。
問題は行商人の2人、ヘイとケンの家族である。
しかしヘイの両親は意外にも理解があった。
「分かっています。あなたは行くのでしょうヘイ」
「ギイ殿に弟子入りした時にお前の事は既に認めているのだ、好きに生きるがいい」
そう言ってヘイの両親は今回の勇者の旅の同行についてもあっさりと認めてしまった。
これには流石のヘイも肩透かしを喰らい、説明を求めた。
「そんな事は目を見れば分かります。あなたは昔から旅に憧れていて、ギイさんに弟子入りする時もそれはもう必死になって私達を口説いたではありませんか」
「気づいていないみたいだけどな、お前の目は何時までたってもあの頃のままだよ。旅に出る事を微塵も諦めていない少年の様な眼差しだ。
でもな最近のお前の目には追加で優しさが宿っていたんだ。ケン君やハナちゃん・・・いやハナ王女殿下と接しているお前は兄弟子として2人を守ろうとする意思が感じられた。息子が誰かのために旅立とうとしているんだ。親としては応援するしか無いじゃないか」
「親父、お袋、・・・ありがとう」
「その呼び方は慣れないわねぇ。昔みたいに「父様」「母様」とは呼んでくれないの?」
「あれはもう卒業したんだよ!」
そう言ってヘイは両親と笑う。両親としては息子が危険な旅に出ることは止めたいだろう。しかし止めないのだ。止めても無駄だから。だから止めずに応援するのだ。それはもう6年も前に決めていた事なのであった。
そして最後の1人ケンの家族は大変だった。
とにかく母親が必死になって止めてきたのである。
「駄目よ駄目よ勇者なんて、無理よ無理よ無理に決まってるわ。ケンはケンは確かに昔から冒険譚が好きだったわ。でもね憧れていたとしても実際に勇者になることは無いじゃないの。私、王様に直談判して来るわ」
「ちょっ母さん落ち着いて!何も死ぬと決まった訳じゃないんだから」
「言わないで頂戴、言わないで頂戴!そうよ行商してても危険なら村に帰ってくればいいのよ。宿屋では働けないけど、畑を耕して暮らしましょうよ。嫌よ嫌よケンが死ぬなんて考えたくないわ」
「落ちー着け。ケン、どうしても勇者を降りる事は出来ないのか?」
「どう考えても無理だよ父さん。国王陛下のあの独特な考え方は一朝一夕では治らないと思うから」
今回の件を説明するに当って、ケン達は勇者選定の決め手は名前だったとも説明してあった。まぁ授かった家名を聞けば即座に分かるのだが念の為だ。最初は呆れていた家族達だがそれで勇者にされてしまっては堪ったものではない。笑えば良いのか怒れば良いのか良く分からない状態にされてしまったのだった。
「おーらが「カク=ジッツマン」でシンは「シン=ジッツマン」になる訳か。「確実勇者」には需要はありそうかね?」
「カク兄は行商人ですら無い村人だよ?幾ら何でも無謀だよ」
「「真実の魔法使い」はどうですかね?勇者には魔法使いが必要だと思いますけど」
「シンは学校にも通ってないじゃん!魔法が使えない魔法使いに需要なんて無いよ」
「それについてなのだがな、父上から1つ報告が有る」
国王陛下はケンを勇者に認定するに当たって一応ケンの家族を調べ、弟が魔法使いの卵で有ることを知っていた。そこで彼はマール国に割り当てられていた勇者の国の魔法学園の推薦枠をシンの為に使うことを決定したらしい。
勇者の国にある魔法学園は、この世界に存在する魔法系学校の最高位の場所だ。ここには貴重な文献が山程存在し、その叡智を求めて世界中の国々から優秀な人材が送り込まれて来ているらしい。
「そんな場所へ僕が通っても良いのでしょうか?まだ成人前ですし、おまけに魔法を何1つ使えないのですが」
「「勇者の身内が通うことに意味があるのだ」だそうですよ。残念ながら我が国は魔法使いの人材でこれはという者はいません。ですから将来的に戦力として加わる事が間違いないシン殿に枠を使ったのでしょう。勇者には魔法使いが付き物ですからね」
「そうですか、ありがとうございます。そのお話受けさせて頂きます。ギイさん、本当は以前のお話の通りギイ商会にお世話になるつもりでしたが、僕は兄さんを助けるために国の助けを得て勇者の国で勉強させて頂きます」
そう言ってシンはギイに頭を下げる。
しかしここでノウは慌ててシンに説明を付け足した。
「あっいやその、国が出来るのは推薦枠の確保までなのだ。魔法学園での費用その他は全てシン殿の自腹になるぞ」
その一言で食堂にガッカリした気分が蔓延する。推薦しておいて費用は自腹とはどういうことなのか。この国の貧しさは本当に深刻なのだろう。
「ならばその費用はギイ商会で受け持とう。勇者の国にも商会の支店はあるのでな、シン君はそちらで寝起きすると良い」
「ありがとうございます何から何まで。そういう訳だからさ母さん、兄さんの事は僕に任せてよ。絶対に凄い魔法使いになって兄さんを助けてみせるからさ!」
シンは胸を張って母親に宣言した。兄と弟の立場が逆のよう見えるが仕方ない。
行商人と魔法使いでは明らかに後者の方が役に立ちそうだからだ。
「シン・・・ぐすっ、分かったわ。私もあなた達が家から出て行くことは納得していた筈ですものね。でもケン、決して無理はしないでね。あなたが死んだら悲しむ者がいるという事を理解しておいて頂戴」
「分かってるよ母さん。安心してよ、俺自身が一番ビビリだからさ。絶対に無理をしないで堅実に勇者してくるからさ!」
そうしてケンは家族の理解を得て勇者として旅立つ事になったのだった。
魔法使い見習いのシンを新たな仲間に加えて。




