第5話 ゴブリン襲撃
「弟子を取る」
これは非常に重要な行為だとギイは考えている。自らが試行錯誤して手に入れてきた経験を何も知らない者に伝授して、なおかつその者が「自分で考える」ように仕向けねばならない。
自分自身も師匠に弟子入りし、2年の経験を経て初めて自力での行商に出発した。その際に初めてあれだけ色々言われていた意味に気づいた。何をするにも時間が掛かる、何をするにも上手く行かない。そしてトラブルが起きるたびに師匠の言葉を思い出して対処していく。師匠と共に行商をしていた時には出来た事が途端に難しく感じられて呆然としてしまったのは良い思い出だ。
「人に教えるにはまず自分がそのことについてキチンと理解していることが重要だ。人間なんて意外と適当に生きているから、いざ教えようとすると上手く行かないもんさ。だから弟子の育成は楽しい。「自分が何を知らないか」を確認するのにこれほど効率的なものはないからな」
旅の途中に出会った冒険者の言葉だ。師匠に弟子入りして認められて巣立ち、自力で生きてきて初めて理解出来たと思う。そして思ったものだ、
「俺自身の旅が終わったら師匠の様に弟子を取って育ててみたい」と。
だから故郷に帰って店を構え初めての弟子を取った時に思ったものだ。
「こんなに大変なのか」
そして
「こんなに楽しいのか」と。
今、目の前に人生で2人目となる弟子入り志願者がいる。それは良く知った目だ。最近初めての弟子になった少年の目であり、そして子供の頃から顔を洗うたびに水面に写っていた自分自身の目だ。ギイは決断した、この子を弟子にしようと。だがしかし・・・ギイの決断など関係なく世界は回っているのだった。
「全員起きろぉ!ゴブリンの集団だぁ!!」
カンカンカン!!!カンカンカン!!!カンカンカン!!!
激しく鐘の音が鳴らされる。どんな村にも非常時に備えて鐘やそれに類する物が準備されているものだ。だから村人は直ぐに跳ね起きて寝ぼけ頭を強制的に覚醒して武器や農具を持って各々家から飛び出してきた。
「どこだ!どこから来る!」
「南だ!街道沿い!数は10以上!」
宿の家族も行商人一行も当然飛び出してきた。イザという時は村人総出で危機に対処する。そして村の危機はそのまま村に宿泊している自分達の危機に繋がるため行商人達も対応する。城壁に囲まれた街の外に住んでいる者やワザワザそこへ向かう者達にとってそれは常識であった。
「フエッ!えっ何々?ゴブリン?兵士は?自警団は?」
「こらボケっとすんなしゃっきりせんかい!ここは城壁の外!兵士も自警団もおらん!村の連中と共に戦うぞい!」
「・・・クックック我が魔槍が血を欲しておるわ。」
「あちゃーパニクってやがる。やっぱ早かったんですよ会頭。もう少し街で鍛えてから連れてくるべきだったんじゃないんすかね。後その槍は魔槍じゃないから、俺と同じ数打ち品の槍だから」
「そうだな、明日からは戦闘の訓練を追加しよう。主人我々も助太刀する。サッカすまんが「ヘイ」の面倒を見てやってくれ」
「了解じゃ会頭。こら小僧いつまで騒いでおる!行商なぞしておったらこんなことは当たり前だぞ!」
「は・・・はいっ!申し訳ないっす!もう大丈夫っ!」
ヘイと呼ばれた少年は誰が見ても全然大丈夫ではない。顔は真っ青で体は小刻みに震えている。しかし引く気はないようだ。行商人達は知っている。彼がギイに弟子入りするためにどれだけ苦労してきたかを。そして彼らも先輩として彼には町の外での商売の危険性をしっかりと言い聞かせてある。誰でも初めてはあり、彼にとっては今夜がそれだっただけの話だ。回りがフォローしてやれば良い。そのためのメンバーで来ているのだから。
「あのー兄ちゃん大丈夫かい?何かすごいビビりっぷりだけんど」
「すまない。奴は町育ちで今回が初めての町の外への旅になるのでな。モンスターとの戦闘も今回が初めてなのだ。私も含めた4人は戦闘経験も十分にあるから心配はない。」
「んじゃー頼らせてもらうよ。ゴブリン10匹程度なら問題ないけんども被害が出ることもあるでな。数が多いのは頼りになる。」
そうこうしている内に南の入口に到着した。そこには村人が集まっており、女子供も皆武装している。よく見るとさっきの3兄弟もいつの間にか木で作ったお手製の武具を身に着けていた。母親に戦ってはいけないよとたしなめられているようだが。どうやら戦うのは男衆だけらしい。他はいざという時ために武装して一塊になっているようだ。
「おや行商人さん加勢してくれるのかね?」
「ああもちろんだ。城壁の外でのトラブルには村人も行商人もないからな」
「今回は追加で5人もいるのかね、なら楽勝だねぇ?・・・ちょっとその子は大丈夫なのかい?」
「こやつはこれが初陣でな、何安心されよワシがしっかりサポートするでな」
ヘイは多くの人間に囲まれていてなおかつ皆に悲壮感がないので少し落ちついてきた。大丈夫だ、ゴブリン程度なら大丈夫だと気合を入れる。よく考えれば会頭や番頭はオーガにも勝っているのである。ゴブリンなどに負けるわけがない。
「来たぞーゴブリンだ!数は10以下!・・・えーと7匹!」
「あれ?少ない?おーいどういうこった!」
「すまん松明の数で勘違いしてた!奴ら両手に松明持って攻めて来てやがる」
集まった村人にホッとした雰囲気が流れる。ゴブリン程度一桁なら村人でも十分に対処可能だ。そうでなければ城壁のない町の外で生活など出来はしない。
結局村の衆だけで戦うからお客人は休んでいてくれということになった。行商人見習いのビビリに足手まとい臭を感じたからかもしれない。
「あれぇ?俺の初陣は?えっこれで終わり?出番なし?」
「ふむまぁこんなこともあるわい。安心せいこれから先まだまだ機会はあるからのう」
「ギイさん、僕ゴブリンが来ても平気だよ!怖くないよ!」
「けーががなくて良かったよ。父ちゃん頑張れー」
「母さんも僕も戦いたい」
「あんた達はまだ子供だから駄目よ。成人するまでは大人しくしていなさい」
残った村人たちはワイワイと騒いでいる。ゴブリン達は村人の応戦に為す術もない。これはもうお終いかなと思った矢先に家畜の悲鳴が響き渡った。というか悲鳴と足音がこちらに向かってくる。
「えっ何?何であっちから?」
「しまった陽動か!こいつらは囮で本隊は向こうだ!」
行商人達が直ぐに反応するが他の村人はついて行けない。ゴブリンが陽動なんて聞いたこともないからだ。だが現実は無常で東側にある家畜小屋から数体の家畜とそれを追って10匹以上のゴブリンが雪崩込んできた。残った村人は瞬時に悟った、「ヤバイ、助からない」とちなみにヘイも同じように考えた。しかし残りの4人の行商人は冷静だった。
「全員一列に並べ!家畜が通過次第タイミングを合わせて同時に出すぞ」
「「「了解!!!」」」
家畜が村人の横を通過して村の反対側へ向かっていく。そして一拍遅れてゴブリンが襲い掛かってくる。そのタイミング。正に行商人達に攻撃が届くというタイミングでギイは叫んだ!
「戦闘開始!逆茂木を出せ!」