第56話 行商の理由
謁見の大広間は今まさに大混乱となっていた。
村を守り抜いた行商人達の表彰式だと思っていたら、突然の貴族認定に突然の勲章授与。更に男爵と言えば1代限りではない子々孫々まで続く本物の貴族だ。
それだけに飽き足らず何と行商人を「勇者」として認定してしまったのである。
勇者と言えばこの世界を守る英雄だ。数十年単位で各国から選ばれる数々の勇者達は間違っても行商人から選ばれるべき者ではないのである。
あまりといえばあまりの暴挙に我慢出来なくなったのか、この国の王子であるノウが国王の前に飛び出し実の父を問い質した。
「父上、一体どういう事なのです!訳をお話し下さい!」
そのよく通る声に大広間は静まり返る。
今この場に居る人々は正にそれが聞きたかったのだ。
対して国王はそれ程驚いてはいない。この反応は想定内だといった所か。
まぁ確かに行商人を勇者にしてしまったらこうなるだろう。
少し考えれば誰でも分かることだ。
国王は疲れた顔に更に疲れを張り付かせながら、大広間に集まった者達にも聞こえる声で自らの息子と話し出した。
「聞きたいのか?」
「当然です!百歩譲って貴族認定までなら問題はありませんが、勇者認定はありえません。そもそも今迄は我がマール王家の者から勇者を選出していた筈です。そして勇者たるべき男子が居ない場合は軍の騎士や兵士の中で武門に優れた者を一族の者と結婚させ勇者としていた筈。父上の決定はこれまでの前例を覆すものです。それに見て下さい、あの状態のケンが勇者として役目を果たせるとお考えですか!」
その発言を聞いた者達は思い出したように皆一斉に謁見に来た行商人達を見た。そこには今にも倒れそうな若者と、それを懸命に支えている仲間達がいた。列席者達は瞬時に状況を察して哀れんだ。まだ見習いの行商人が突然勇者として認定されれば自分でもああなるだろうと。
そしてその場にはケン達の師匠であるギイもいた。自分の弟子が貴族に任命されるというあまりの状況に目を白黒させていた所に、勇者認定されたケンが倒れかけたので咄嗟に駆け寄ったのだ。本来謁見の最中にこんなことはしてはいけないのだが、この混乱した状況下では誰1人として咎める者はいなかった。
そしてギイは立ち上がった。師匠として立ち上がらざるを得なかったのである。
「国王陛下、私にも是非事情をお聞かせ頂きたい」
「まぁ当然だな。・・・ところで気づいたかな?」
「ええ、ハナ様を私の弟子とした理由ですね。あなたはあの時からこうするつもりだったのですね。「我がギイ商会の者から勇者を選出する」と」
その発言にギョッとしてハナは振り向く。列席者達は目を白黒とさせていた。
彼らは勿論ギイ商会で王女殿下が行商人の修行をしている事は知っていた。しかしその理由が勇者選定にあったなどとは完全に想像の埒外だったのだ。
国王はクックックッとイタズラがばれた時の様な顔をして笑い、真実を告げた。
「本来はお主の1番弟子にするつもりであったのだがな・・・ハナの報告と弟子達の名前を鑑みて2番弟子の方に変更したのだ。ちなみにハナにはこの事は全く知らせていないぞ」
「それについては理解しています。伊達に師匠はしておりません、ハナ様は笑顔で人を欺くような御方ではない。ですが私が、私達が知りたいのはそうした理由です。本来ならノウ様が次代の勇者となられる筈、何故ケンなのかをお教え願いたい」
「理由は至極単純よ、「この国が存続する確率が最も高いから」だ」
「は?」
「この国は今危機に瀕しておる。それを回避するためにはお主の弟子が必要だった。それだけのことだ」
列席者達の頭には疑問符が通り過ぎて行った。確かに先日のモンスターの大発生は国に大変な被害をもたらした。しかしあれは決して致命的と言うほどでは無かった。事実各村は復興を開始しており、多少の死人と怪我人が出たが、国民達は概ね平和だ。一体何処に国の危機があるのかさっぱり解らないのだった。
それにケンが必要という理由も分からない。勇者と言えばその名の通り勇敢に危機に立ち向かう者を指す称号だ。目の前に居る今にも気絶しそうな行商人には間違っても名乗れない称号だろう。あれならば細身で内政向きと言われているノウ様の方が余程勇者に向いている筈だと列席者達は断定した。
「まぁこのまま説明するのも何だ、準備を」
「分かりましてございます。皆さん用意をお願いします!」
先程の司会をしていた渋い声の男性が合図をすると大広間の扉が開き、次々と椅子とテーブルが運び込まれてきた。更には各種飲み物に加え多数の軽食がテーブルの上に並べられていく。あっという間に大広間は立食パーティーの会場のように様変わりしてしまった。
「取り敢えず表彰式は終わったのでな、各々寛いでくれ。暫く休憩としよう」
「なっ何を言っているのです父上!休憩などしている場合では・・・」
「している場合だ。真っ先に理由を聞かせなければならない者が未だ動けないままだからな。皆の者申し訳ないが長い話になるのでな、それぞれ腹に詰め込んで喉を潤しておいてくれ。勇者ケンが私の話を聞けるくらいに回復したら続きを話そう」
そう言い残し国王は謁見の大広間から出て行ってしまった。後に残された者達は困惑していたが、国王の命令だ、大人しく待機しておく事にし、各々散って食事をしたり飲み物を飲み始めた。
だが一番多かったのは飲み物にも食べ物にも手を付けずに手近な者と今回の件に関して議論をする者達だった。ただ様々な意見は出たがどれも正解かどうかは分からない。結局は大人しく国王陛下の説明を待とうという結論に落ち着いていた。
そして突然勇者認定されたケンは運ばれてきた椅子の一つに座らされぐったりしていた。ホドやソレナが飲み物や食べ物を持ってきてケンに勧めている。しかしケンは心ここに在らずといった様子で呆然としていた。無理もない、突然国の英雄にされてしまったのだ。2人は何と声を掛けたらいいか分からなかった。
そしてその隣ではヘイも同じくぐったりしていた。先程国王陛下はこう言っていたのだ、「本来はお主の1番弟子にするつもりであった」と。ギイの1番弟子はヘイである。つまり自分が勇者とされていた可能性もあったのだと告げられてから、ヘイも挙動不審になっていた。
そしてギイはこの状況に歯噛みしていた。商売の事ならばどのような状況下であろうと適切な助言を授ける事が出来るが、これは余りに想定外だ。旦那や顔見知りの者達が心配して顔を見せに来てはくれたが正直何の慰めにもなっていなかった。
そんな一行の元へドレスのままのハナがやって来た。ノウやホッコも一緒である。
ハナはケンの元まで来るとそのままガバッと頭を下げた。
「ごめんなさい!こんな事になるとは全く思ってなかったの!」
「すまない!完全に想定外の事態だった!」
ハナに続いてノウも同じく頭を下げる。折角無理を言って案内役を買って出て、礼を言ったばかりなのに恩人に対してこの仕打ちである。正直ノウは罪悪感と父親への不信感で怒り狂いそうであった。
そしてハナは申し訳ない気持ちで一杯だった。「ハナの報告を鑑みて」と父はそう言っていた。つまりケンが勇者にされた原因は自分にあるのだ。
最初は行商人になれと言われて訳も分からず心細かったが、同じ時期に弟子になった一つ年下の少年とは非常に仲が良くなり、商会での仕事も楽しく、そのことをたま城に帰った時にはハナは国王である父に余す所なく伝えていた。
それがまさかの結果となって返って来たのだ。
ハナはドレスのままケンに詰め寄って必死になって謝り始めた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
「・・・」
「謝って済む話じゃないことは分かってるわ。それでも言わせてごめんなさい」
「あの・・ハナ」
「でも大丈夫よ安心して、必ずお父様に撤回させるから。勇者になんてさせないから」
「いやあのハナ?」
「何だったら2人でこの国出ちゃいましょうよ!駆け落ちよ!行商の修行も後は国外での行商だけだったんだから問題無いわよ」
「ハナ、おーいハナ?」
「それでお父様の目の届かない場所で2人で行商して暮らしましょうよ!ああでもホドを家まで送り届けないと、そうね最初は3人で移動して最初の目的地はホドの住んでいた町でどうかしら?」
「そりゃ嬉しいなぁ。ワイの家族もきっと喜ぶで」
「そうよね、ホドのご両親やご家族に会えたら何を話そうかしら・・・って」
そうしてハナは我に返った。全力で謝っていたらいつもの調子でホドが会話に入ってきたので、いつものやり取りをしている内に正気に戻ったのだ。
そしてその時にハナは自分がケンの体の上に覆いかぶさっているという事に気がついた。椅子に座っていたケンの膝の上にいつの間にか乗り上げ、ケンを体全体で抱きしめていたのだ。周囲の参列者達は、巷の吟遊詩人の歌のラストは現実だったのかと、悲嘆に暮れた眼差しで2人を見つめていた。
そしてハナはコホンと一つ咳払いをした後、さっとケンから離れて再び謝ろうとしたのでケンはそれを止めた。
「いやもういい、もういいから!」
「でも・・・」
「ハナがこんな事をする筈ないって俺ちゃんと分かってるから!心配しないで」
「でも勇者よ、心配してし過ぎることはないわ」
「それだってまだ何も説明されてないんだ。何かの間違いかも知れないだろ?」
「えっとそれは・・・」
ケンは何とか立ち直った。突然貴族に任命された事は驚いたが、勇者云々に関しては何かの間違いだと考えていた。
しかし世の中そうは問屋が卸さないのである。
「残念ながらそれはないな。国王陛下はああ見えて深い思慮を持った御方だ。お前が勇者になるのは決定事項なのだろう」
「父上はたまにおかしなことをされる時があるが、結果的にそれは皆意味有ることだったのだ。だからケンを勇者にすることは父上の中では何かしらの理由がある筈だ」
そう言って師匠と王子がケンの希望を塞いできた。ケンはまだわたわたしていたが、その時扉が開き国王陛下が再び現れた。
「さて勇者も復活したようだし話の続きと行こうか」
「お父様!ケンから今すぐに勇者の称号をお外し下さい!」
「ケンに勇者なんて無理ですよ。どうか考え直して下さい」
「ケンに勇者など不可能です!ご再考を!」
「ありえへん・・・幾ら何でもこれはありえへんよ」
「私は勇者ではありません、行商人です!」
ケンの仲間達がケンから勇者の称号を剥奪しようと懸命に説得を試みる。しかし国王陛下はそれも想定内だというかのように、先ほどと変わらない声で遮った。
「すまぬがまずは我の話を聞いて貰いたい。異議も意見もその後にして貰おう」
そして国王は話し出す。
それは約千年前、初代勇者から始まったこの世界と勇者と国家の物語であった。




