第4話 弟子入り志願
それらは森の中からやってきた。ゲギャゲギャとやかましい声を響かせながら夜の森を疾走する。数は複数、木で作った棍棒や粗末な剣や槍等を持っているものもいる。着ているものは腰ミノというかボロであり、服には余りこだわっていないようだ。一人だけ頭に防具を被った者も居たがそれだってボロボロだ。手入れも何もない。
彼らは山を超えてやってきた。
彼らは村の明かりを見つけたのでそれに向かって進んでいく。
彼らは村を襲う気満々だ。
彼らはゴブリンと言われているモンスターであった。
突然の弟子入り志願に宿の食堂は一瞬止まった。しかしすぐに視線が次男に注がれる。彼は弟子入りを願った会頭から目を逸らさない。これが一世一代の勝負だと思っているようだ。事実彼自身はそう思っていた。
「ふむこれは驚いたな。君は行商人になりたいのかね?」
「はいっ!僕は昔から行商人さんや冒険者さんや村の皆が語る旅の話に憧れていたんです!いつか自分自身の足で世界を見て回りたいって!ずっとずっと!ずーーーっと思っていたんです。」
「冒険者ではなくて行商人を選んだのは?」
「冒険者さん達も確かに色んな場所に行きますけど、主に依頼目的なんです。それだと適当な依頼がないと自腹になって大変だし、パーティー組んだら皆の意見を聞かないといけないですよね。でも最初から旅をするのが目的の行商人なら問題ないじゃないですか。行った先の品物とか考えるの楽しそうだし!」
「行商人は私以外にも沢山いただろう?なぜ私なんだね?」
「確かに今までうちの宿には沢山の行商人さんが泊まって行きましたけど、皆街から離れないんですよ。街に家があって、そこからそれぞれの村を往復して商売しているんです。さっき母さんが言ってたように遠出したところで隣の国が精々なんです。隣の国どころか全ての国を巡ったって人には僕初めて会いました!」
少年は自身の思いを真っ直ぐにぶつけている。家族はそれを黙って見守っている。行商人達は思案顔で、最年少の少年は喜色満面な顔で会頭に向かい合った。
「いーっすね!いーっすね!分かる!その気持分かる!会頭弟子にしましょうよ!よっしゃー行商人人生2日目で早くも弟弟子ができたぜ!」
「・・・黙れこの青二才、お前はまだ見習いだ。八つ裂きにするぞ」
「そうだなお前少し黙ってろ。これは会頭が判断すべき事柄だ」
「えっ・・・ウッス、申し訳ないっす」
この少年若いと思っていたら行商人歴はまだ2日なのか!と宿屋の家族が驚く間に話は進んでいく。行商人の若い男女は新入りに釘を差して黙らせた。「弟子入り」とはするもされるもノリでするものでは無い事を知っているからである。
「ちょっとよろしいかのぅ?ご両親はこの子が行商人になることに賛成なのですかな?」
「はいーそうですな。この宿はカクが、長男が継ぐことが決まっとりまして。村唯一の宿屋とはいえ家族経営で十分間に合うんですわ。下の2人はいずれ何らかの職につかんといかんのですな。実際オラの兄弟達もこの家を出とります。」
「ああそういえば確か何人かいましたね」
ギイは昔を思い出した。確かに少年に連れられた小さい子ども達が居たはずだ。流石に25年前のことなので誰が誰やら明確には覚えていないがあの内の何人かは今の主人の兄弟だったのだろう。
「この子は本当に、本当に昔から旅の話が大好きでしてねぇ。数年前にはもう
「大人になったら村を出て世界を回るんだー」
って言ってたくらいで。でもね、やっぱりどの商売も大変じゃありませんか。特に行商人や冒険者は町や村の外に出るわけでしょう。危険ですもの、危険ですもの。だからね口を酸っぱくして言ってあるんですよ、
「どんな職についてもそれはあなたの自由だけど、教わる人はきちんと見極めなければいけませんよ」
ってね。この子はギイさんに師事したいと思ったのです。なら親としては応援してやりたいじゃないですか。」
「オラーとしても賛成だね。子供の頃とは言えあんたの事は覚えている。それからずっと行商人として生きててきたのならそれなりにしっかりとした人なんだろうよ。残念ながらオラは行商人の世界には詳しくないのでな、なら息子を預けるのは息子の夢を実際に叶えた人の方が良いだろうさ」
どうやら両親は次男の行動には賛成のようだ。これを見て行商人見習いの少年は羨ましく思った。彼はギイに弟子入りする為の両親の説得にとてつもなく苦労したからである。そんなことはつゆ知らず話は続いていく。
「ケン君だったね、君の目的は世界を巡ることでそのために行商人になりたいのだね?」
「はいっ!あの、でも出来ればお金を貯めて父ちゃんや母ちゃんに土産物を買ってやったり、宿を良くしたり、シンの学費も出してやりたいとは思っています」
「兄さん!それは・・・」
「学費?君は学校にでも通うのかね?」
この世界、各村に学校などは存在しない。街にだってない所があるし、実際この国には首都にしか「学校」と名の付くものは存在しない。そしてそこに通う者はいわゆる「貴族」か「特殊技能保持者」に限られているのである。
「はい僕には魔法の才能があるのです。だから魔法学校に通いたいって思っていて。でも学費は自分で出すつもりなんです」
「ばかっ!学校の学費ってとんでもなく高いんだぞ!大抵皆借金して入学するって前に来た魔法使いさんが言ってただろ。卒業してもその借金を返すために大変だって言ってたじゃないか。」
「そうーだな。借金はいかんぞ。正直に誠実に生きていれば何とか生きていけるが借金をしたために不幸になったなんて話は幾らも聞くからな。親として本音を言えば全額出してやりたいが、宿の稼ぎでは無理だ。多分ケンと合わせても全部は出せん。でも多少なりとも借金の額が減れば返すのも楽になるだろう」
「父さん、兄さん・・・ありがとう」
ここでギイは考えた。本人のやる気もあり自分の商会の考え方にも合致している。。宿屋の息子なら元々客商売だから交渉にもすぐに慣れるだろう。なにより家族の応援があり、彼自身もそれに答えるつもり満々のようだ。
ギイは番頭であるサッカを見た。サッカは頷きそしてケンに真っ直ぐ向き直る。
「話はわかった。我がギイ商会では常に新戦力を募集中でね、君のようなやる気も熱意もあって考え方が合致している人物は大歓迎だ。」
「じゃあ!」
「ああ、だがしかし・・・」
カンカンカン!!!カンカンカン!!!カンカンカン!!!
ギイが結論を話そうとした時に唐突に鐘の音が響き渡る。全員がすぐに立ち上がるとそれと時を同じくして宿の外から怒声が響いてきた。
「全員起きろぉ!ゴブリンの集団だぁ!!」