第45話 ヘイの帰郷
ギイ商会を出発して2日後、ケン達一行の馬車はノースの町へと到着した。
ホドとハナは初めてであるが、ケンは1年以上前にギイに弟子入りに向かう際にこの町を通過しており、ヘイとソレナにとっては生まれ故郷に当たる町だ。
その町に入るために今は門の前に並んでいる。
しかし門から見える町の中の景色を見てヘイはゲンナリとしていた。
「なぁやっぱ帰っちゃ駄目かな?」
「いや駄目でしょうアニキ」
「あれを見て帰るなんてありえませんよ兄さん」
「ヘイやん覚悟決めよーや」
「くっくっくっ・・・楽しみだなぁヘイ」
門の内側には特に変わった物は存在しない。他と同様の普通の町並みだ。
しかし門の奥には1人の女性が息子の到着を待ち構えていた。
仕立ての良い服を着た、妙齢の女性だ。その女性が今か今かと門を潜り抜ける人達を見つめている。いや正確には町に入場する為の列に並んでいるヘイに向かって熱い視線を注いでいた。
言われなくても分かる。あれがヘイの母親だろう。数年前に家を飛び出して行った息子が今日帰って来ると聞いて、居てもたっても居られずに門の前に迎えに来たのだろう。
今にも飛び出して来てしまいそうだが、後ろに立っている老人と男性が女性の肩をガッシリと掴んで引き止めているようだ。
その後ろの厳つい顔をした老人と男性は凄まじい闘気を上げながら仁王立ちしていた。
これも良く分かるソレナの祖父と父親だろう。視線の先がソレナに集中しているのを見れば丸分かりだ。どうやらとにかく怒っているらしい。まぁ原因に心当たりはあるのだが。
そしてヘイがいくら入りたくなくても列は動いていき、ケン達の番が来た。
いつもの様にギルド証を見せて、いつもの様に許可が出る。
当たり前だ、真っ当な商売を続けていたのだから問題なぞある訳がない。
例え入った先で逃げられない問題が待ち受けていようともだ。
そしてノースの町に入ればそこはもうヘイとソレナの故郷である。
実家がある場所であり、家族が住む場所であり、家族からは逃げられないのである。
「ヘイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
馬車が完全に町の中に入った直後老人と男性が手を緩めたのだろう、
弾丸のようにヘイに向かって女性が突撃してきた。
ヘイは咄嗟に避けようとするが、後ろに居たハナが女性に向けてヘイの背中を押した。
前につんのめったヘイは端から見ればお互いに駆け寄った様にも見えた。
事実女性はそう感じた。実際は違うのだが彼女はそう信じたのだ。
「ああヘイ、大きくなって!ああヘイ、ヘイ、ヘイ!良かった無事で居てくれて本当に良かった。私は、私はもう何処かで野垂れ死んでやしないかと心配で心配で・・・」
「あ~いやお袋も元気そうで何より。俺は元気だよ、怪我らしい怪我もないよ」
「俺だなんて!お袋だなんて!ああやはり行商人になんてなったから言葉遣いが不良に!ヘイ正気に戻って!昔に戻って!
以前は「わたくし」だったでしょう、私のことも「母様」って呼んでいたでしょう?」
ブホォ!とケンとホドが堪え切れずに吹き出した。
余りに強力なヘイの母親のインパクトを、
ヘイの昔の言葉遣いが軽く突破していった。
しかし今は6年ぶりとなる感動の再会の最中なのだ、瞬時に誤魔化すと何事もなかったかのように2人の様子を神妙な顔をして見守ることにした。
だが口の端がヒク付いている。2人共ポーカーフェイスの修行が足りないようだ。
そしてそんな中に更に2人の人影が現れた。
厳つい顔をした老人と男性が真っ直ぐにソレナの元へと向かってくる。
ソレナはそれを見てニッコリと笑いかけながら挨拶をした。
「お祖父様、お父様、お久し振りでございます!」
「・・・ああ久しぶりだなソレナ」
「久し振りだ。変わっていない、本当に変わっていないなお前は」
ソレナの祖父と父親は物凄い怒りを噛み殺したような顔をしている。
良く見れば血管がピクピクしている。拳も握りしめている。
どうやら必死に怒鳴り散らしたい所を自制しているようだ。
ケンから見てもそれが良く分かるのだが、
ソレナはそんな事にはまるで気づかずに会話を続けてしまった。
「いやいやこれでも結構腕が上がったのですよ。
あ、紹介しますこちらが今回の護衛対象のケンさんとハナさんです。
こちらが共に護衛をしているのホドさんで、あそこに居るのはヘイの馬鹿です」
「・・・そうか。ご婦人、ここでは人目に付きます。
積もる話もあるでしょうが、ここは一度家に戻っては如何でしょうか」
どうやら彼らは人目のない場所へ移ることを望んだようだ。
まぁこれから何が起こるのか流石のケンでも分かるのである。
懸命な判断であろう。
「えっ?ええそうですね、そうしましょう。皆さんまずは我が家へとお越し下さいな」
「いやお袋、俺達は街の宿屋に泊まろうかと・・・」
「往生際が悪すぎるぞお前は。いいからほれ行くぞ、こっちですハナさん」
そう言ってソレナの先導で一行は町の中心部へと向かって行く。
街の作りはイーストやウエストの町と一緒だ。
町の周囲をグルっと高い壁が囲み、その中に建物が密集している。
街の形は四角形、東西南北に門があり、
門の周辺とそこから続く大通りがメインストリートだ。
街の中心が一応高級住宅街であるが、所詮辺境で田舎の高級住宅街だ。
たかが知れている。
ちなみに中心部から外れると普通の町並みになり普通の人達が住んでいる。
この街に貧民街やスラムは存在しない。
国全体にそこまで富の格差がないためである。
そして一行が足を止めた場所は、メインストリートに位置するそれなりの規模の商店だった。
「はい?ソレナ、本当にここなん?」
「はいここがヘイの実家になります。
ちなみに私の実家は一本通りを入った先の道沿いにあります」
「おお~結構大きな店じゃないですかアニキ」
「何か意外よねぇ、兄さんちゃんとした店の出身だったんだ」
ヘイの両親が商人である事は聞いていたのだが、正直これ程立派な店だとは誰も思っていなかった。その為ケンもハナもホドも驚いたのである。
店の横には馬車も停められる倉庫型のスペースが有るため、
そこに馬車を停めてから一行は店の中へと入って行く。
店の中はギイ商会よりも多少手狭だが十分な広さを持っていた。
従業員も多数おり、
「坊っちゃんが帰って来た!」とそこかしこで盛り上がっている。
町の商人でこれだけの広さの店を持っているという事は、
相当のやり手か先祖が莫大な資産を残してくれているかである。
ケン達はちらりとヘイの顔を覗いた。そのヘイは懐かしそうに店の中を眺めていたのだが、ケン達の視線に気づくと気まずそうに視線を逸らしたのだった。
そして店の奥にある広い部屋に一行は通された。
テーブルの上には多種多様な食べ物が並べられており美味しそうな匂いを漂わせていた。
そしてそこにはヘイに良く似た1人の中年男性が一行を待っていたのだった。
奥の食卓で一行を待っていたのはこの店の主であり、ヘイの実の父親であった。
「ようこそ我が家へ。皆様歓迎いたします。・・・ヘイもよく帰って来たな。
言いたい事は沢山あるがとにかく無事で何よりだ」
「ああただいま、親父」
「おやっ・・・!いやまぁとにかく丁度お昼だ食事にしよう。
思う存分食べると良い。皆様も食べて下さい。積もる話はその後で」
そうやって一行はヘイの実家で食事にありついた。
ちなみにソレナの祖父と父親は一足先にソレナの実家へと帰っている。
食事はどれもこれも美味しかった。聞いた所ではこれらはヘイの好物であるらしい。
そう言えば商会の食堂でヘイが同じメニューを食べていたなと思い出し、
ケンがその事を指摘すると食堂には笑い声が響き渡るのだった。
そうして笑い声が響く食卓を見ながらヘイの母親は涙を零していた。
ヘイは慌てて母親の下へと向かい、今迄の無作法を必死に謝っている。
最終的にこれからは頻繁に手紙を送る事と、
年に一度は帰省する事を約束させられていた。
ケン達はそれを優しい眼差して見続けていたのだった。




