第3話 行商人の旅路
「ええっ!全部ですか?」
食堂の中に少年の声が響き渡る。すでに日も落ち食事も終わり宿屋の家族もお客である行商人達もおのおのくつろいでいた。
そんな中旅の話をせがんでいた宿の次男の声が響き渡る。行商人達も宿に泊まったり、野宿で一緒になった場合は大抵話に花が咲くのでいつものことと思って話している。
何故なら旅の話というのはとても重要だからだ。交通手段も連絡手段も限られているこの世界。離れた地域は愚か隣村の様子でさえも行ってみなければ分からないというのが本音である。そこを「実際に」見てきた話は重要だし、遠くの国の情報など大変貴重だからだ。だから驚いたのである、「全ての国を見て回った」と言った行商人の言葉に。
「本当じゃよ。わしと会頭は国という国を回り、街という街を回り、村という村すら見て回ってきたのじゃ」
「成人してからずっと旅から旅の生活だったからな・・・かれこれ25年か?」
「すげーっす!やべーっす!師匠も番頭も!」
「うーん改めて聞くとすげぇ発言だよなぁ。実際に何人位いるんだろうな?世界中巡った行商人なんて」
「・・・とても少ないのは間違いない。私も一緒に回っていたけど他の殆どの行商人達は大抵は本拠地からは動かなかったし」
「姉さんも世界中回ったんですか!?」
「・・・私は全ては行っていない。それに旅の途中で生まれたから。赤ちゃんの頃はもちろんだけど正直途中からしか記憶がない」
どうやら行商人たちの中でも世界中を回ったのは「会頭」と「番頭」だけで若い3人はそうではないようだ。しかしそれでも凄い話である。その証拠に行商人の周りに宿屋の家族が集合してきた。次男だけではない、皆行ったことのない国や地域の話に興味津々なのである。
「あらあら!あらあら!凄い人生ですのねぇ。良かったら色々お話し聞かせて下さいな。ケンが、あぁうちの次男ですけどね、旅の話が大好きで。もちろん私も好きですよ。家族皆好きですよ。宿屋なんてやっているとね色んな旅人さんが泊まりますけどでも精々隣国くらいでしょう行ったことのある国なんて。それが全部!全部!まぁまぁ何から聞こうかしら?聞いても良いのかしら?」
「母さん落ち着いて、それじゃ行商人さんが話せないよ。」
「おー茶入れてこようか?ケンも飲むか?おいケン?」
見れば次男がフリーズしてしまっている。それをみて家族は瞬時に悟った。「ああこれはいつもの冒険病が出たな」と。その証拠に瞳が物凄い勢いでキラキラしてきたのである。その勢いのまま次男が突撃してきた。
「すっげー!凄い!すごすぎる!
僕が今迄出会った行商人さん達や冒険者さん達の中で一番すげー!
海は見ました?物凄く広くてしょっぱいんでしょ?
船には乗りましたか?グラグラ揺れて吐きまくるんでしょ?
砂漠は行きました?サラサラで物凄く広くて暑くて夜は寒くてサソリが襲ってくるんでしょ?
ダンジョンは潜りました?狭くてジメジメしててでも広くてお宝ザクザクなんでしょ?
ドワーフには会いましたか?背が低くてモジャモジャなんでしょ?
お城とか大聖堂とか入りました?すげーキラキラしていて、お高いんでしょう?
モンスターはどんなのがいたんですか?ドラゴンとかオーガとかには出会いましたか?ココらへんには野うさぎとかゴブリンとかしか居ないんです。」
凄い喰い付きである。家族は心配した。「お客に迷惑がられないか?」と。しかし彼らは笑って対応していた「似たような反応を見たことがある」といった感じだ。行商人の中の最年少の少年が何故か顔を赤らめており、若い2人が冷やかしている。そんな中会頭と呼ばれた男は特に気にせずに質問に答えていく。
「ありがとう、まぁ凄いかどうかは別でな。とりあえず全部行ってきたよ。」
「海はやはり広くて大きくてな、多分君の想像よりも大きいだろう。しょっぱいのはな「海水」といって塩分が含まれている水だからだな。舐めてみれば分かるだろう」
「もちろん船にも乗った。島や大陸に渡るには必要だし、商人からすれば大量の荷物を一度に動かせる海洋貿易はやはり魅力だ。天候によって揺れがひどくなることはもちろんある。嵐に巻き込まれそうになった時は正直死を覚悟したよ」
「砂漠も行ったぞ。全てが砂の恐るべき場所でな、植物は愚か遮るものがないために昼と夜の寒暖差が激しいのだ。さらに毒を持つサソリや砂漠にしか居ないモンスターもいるからな、砂漠超えは大変だったが・・・そこに住んでいる人がいるならば行くのが行商人だ。ああ砂漠にもオアシスという水が湧いている地域があったりするのだよ」
「ダンジョンにも潜ったよ。まぁ初心者用のダンジョンだが話の種にな。あそこは商人よりも冒険者向けだから番頭の方が詳しいだろう。」
「ドワーフは確かにこの国では見かけないな。他の国では普通に街に住んでいるから機会があれば行ってみると良い。見かけはごついが話してみると中々良い奴らだ」
「城や大聖堂は数回だけだな。何度か大商いに食い込めた時に入ることが出来たが正直緊張してよく覚えてはいないな。確かに一目で高価だと思える品が並んでいたよ」
「ドラゴンには流石にあったことはないがオーガには出会ったな。と言うか襲われて撃退したよ。流石に強かったがまぁどうにかな」
会頭はスラスラと質問に答えていく。そしてそこには確かに行ったことのある者だけが持つ「実感」が込められていた。横では旅の様子を思い出しているのか番頭がうんうんと頷いていた。次男と行商人の新米はそれを見聞きして瞳を輝かせまくっている。似た者同士か。
そこへ3男がスッと手を上げた。
「あのすいませんちょっと宜しいでしょうか?」
「ふむ、何かね?」
「僕は商人さんとは利益を追求する人達だと思っていましたし今までうちに泊まっていた行商人さんや冒険者さんもそうでした。でもあなた方は何となく違うように感じるのですが間違っていますでしょうか?」
「フォッフォッフォッ!確かにそうじゃのう。儂らはどちらかと言うと旅をすることが目的でついでに行商をしてたようなもんじゃからなぁ。」
「旅をすることが目的・・・ですか?」
「そうじゃ、旅だけ出来たらよいのじゃろうけどな、現実はそうはいかん。この宿に泊まるにも金が掛かるし、腹が減ったら飯を食う。街によっては入場料を取るところもある、船や橋もタダではない。危険地帯を通るには護衛を雇わなければならんしな。だから儂らは行商をしながら世界を回ったのよ。」
「昔から世界中を見て回りたいという夢があってね。私の子供の頃はちょうど魔物の活性化の時期だったが勇者たちの活躍で世界は平和になったんだよ。だから成人してから行商人を初めてね、時間をかけて世界を巡ったのさ。実はこの宿にも25年前に来たことがあるんだよ。サッカと出会ったのはあの最初の行商が終わった後だったな」
「ああー思い出した!確かにあんた来たことあったな。オラがまだシン位の頃だ。徒歩なのにデカイ荷物背負って再奥の村まで行って帰って来た兄ちゃんだろあんた。帰ーりにやたらと狼の毛皮をぶら下げてたよな」
「おお!主人はあの時の少年なのか!あの時は帰り道で狼の群れと遭遇してな、街に帰ったら思ったより高く売れたので商売に弾みがついたものだよ。お陰でサッカを従業員として雇うことが出来てな、もう25年の腐れ縁だ。今では私の商会の番頭だよ。」
どうやら番頭の爺さんは「サッカ」というらしい。そしてまさかの父親との再会で盛り上がっている行商人に次男がメラメラと燃える瞳で向かっていく。
「あの!僕はケンと言います!この宿の次男です!行商人さんは何とおっしゃるんですか?」
「私かね?ギイと言う名だ。この国の首都でギイ商会の会頭をやっているよ」
「ギイさんお願いがあります!」
そして少年は口にした。今までずっと言いたかったことを、言う人はよく見極めなければ駄目だと両親に言われてからずっと言わずにいた思いを口にした。
「僕も世界を見て回るために行商人になりたいです!僕をあなたの弟子にしてください!」