第34話 9ヶ月後
ケンとハナが初めての行商を行ってから9ヶ月が過ぎた。
早いものでケンとハナが弟子入りしてからそろそろ1年が経とうとしている。
この間2人はひたすらに首都の周囲の村を歩いて歩いて歩き回って行商を繰り返してきた。
気がつけばサウスの町から徒歩で歩き回れる村は全て制覇してしまった格好だ。マール国は首都であるサウスの町が国の南側に存在し、北東・北・北西にそれぞれ「イーストの町」「ノースの町」「ウエストの町」の3つの衛星都市が存在している。そしてその3つの街の周辺にも村が点在し、その先にもそれぞれ山の端まで街道沿いに村々が点在している扇形の国土を持つ国家である。
そして南にある首都サウスの周辺は肥沃な大地が広がっており農業が盛んだ。そのため、村の数は国内で最も多く、それに合わせて人口も多いのだ。その村々を全て回りきった2人は行商人としての自信が段々と着いてきていた。
結局護衛は旦那とソレナの2人が引き続いて行っている状態だ。旦那はギルドマスターという立場上そろそろ誰かに引き継ぎたいと考えているのだが、9ヶ月経った今でも冒険者ギルド内の状況が変わらないため、やむなく護衛を続けているという状態だ。
本来ならサウスの町周辺の行商ならば護衛はソレナ一人でも十分なのだ。しかし悪意を持った人間に襲撃された場合ソレナ一人では太刀打ち出来ないため、実力者が一人、欲を言えば2人以上欲しい所だった。
ちなみに首都の周辺の村々は定期的に国軍が巡回し、冒険者の出入りも多いためモンスターも野盗も殆ど存在しない。居ても精々森の中で群れから離れた一匹二匹に出会えるかどうかだ。
実際2人もこの9ヶ月間の行商で何度かモンスターの襲撃に遭っている。しかし被害は全く無い状態だ。Eランクとは言え冒険者のソレナと国内最強の旦那が居るのだ。問題などある訳がない。
基本2人にモンスターの対処を任せ、余裕がある時はケンとハナもモンスター退治の訓練をしていた。行商人としてはおかしいかもしれないが、武闘派行商人として名を馳せるギイ商会の行商人としては正しい行動なのだ。
むしろ行商を始めて暫くは、野営することに戸惑うことの方が多かった。村や町から出たことのない人間にとって、いつ何時モンスターに襲われるかもしれない野営は慣れるまでがかなり長い。特にハナは一回目の行商の旅では克服出来なかった位だ。結局最初の10日間の行商が終わった後に、町の外で野営の訓練を続けてどうにか克服したのである。
それでも9ヶ月間、雨の日も風の日も雪の日も行商を続け、ようやく周辺の村々を回りきった新米2人と護衛2人と先輩と師匠は新たな段階へと進もうとしていた。
その日、つい3日前に行商の旅から帰って来たケンとハナは食堂でソレナと朝食をとっていた。この9ヶ月の間にすっかり2人の仲間として認識されたソレナは行商の日もそうでない日も大抵2人と行動を共にしており、ギイ商会の食堂も頻繁に利用していた。正直言ってここの食事は外の食事と比べても安くて美味しいのだ。ちなみにソレナはギイ商会の身内ではないので食費は自腹だ。最も身内の護衛として格安で出して貰っているのだが。
しかし今日はギイと旦那から直々に集合するようにと支持が出されていた。3人はそのことについて食事をしながら話し込んでいた。
「今回の呼び出しは何だろう?」
「次の行商の目的地についてだと思うけど・・ソレナは旦那さんから何か聞いてない?」
「ハナさん、その「旦那さん」という呼び方はいい加減直して下さいよ。私達結婚していると誤解されることもあるんですから」
「でもねぇ、旦那って呼び捨てにするのはどうしても抵抗があるのよねぇ」
「ケンさんは呼び捨てですよ。それか私のように旦那殿って呼んだらどうです?」
「でも殿付けもしっくりこないのよねぇ」
話がどんどん脱線していくが割といつものことだ。この9ヶ月でソレナもすっかりハナとケンと仲良くなり、2人をさん付けで呼ぶようになっていた。また2人も最初の暴走以降はソレナの仕事振りを信頼し、背中を任せられる様になっていた。
特にハナとソレナは2人だけの女性ということで急速に仲良くなっていった。ちなみにこの9ヶ月でそれぞれの家庭環境なども大っぴらに話をしており、ハナとソレナには弟が、ケンには兄と弟が居るということで何故か弟談義が一番盛り上がっていた。
「でも真面目な話次は何処へ行くんだろうな?このあたりの村は今回で全部回っただろう?」
「まさか首都の周辺の村全部に行くことになるとは思わなかったけどね。そして半分以上の村で私を知られてなかったとは思ってなかったけどね・・・」
「いやでもそれのお陰で大騒ぎにならずに済んだのですから結果オーライですよ。2度程村を挙げての歓迎会を開催しようとした村人達を止めるのにどれだけ大変だったか・・・」
「歓迎してくれるのは正直嬉しいけれど、大げさにされるのは困るものね。感謝してるわよソレナ」
「構いませんよ。それも込みの仕事ですからね」
やはり9ヶ月も行商をしていればそれなりのイベントは起こっていたらしい。しかし起こった所でここは辺境の国。大事には至らなかったようだ。良いのか悪いのか。
そんな感じで話をしていた所に師匠と旦那とヘイが食堂にやって来た。旦那はかなり難しそうな顔をして、ヘイはニヤニヤと笑っている。それを見たケン達3人は何やら行商人的なイベントがあり、それに旦那が難色を示しているのだと察知した。伊達にこの3人と9ヶ月も旅をしていないのだ。
「さて3人共、朝からご苦労。ソレナ嬢、護衛の疲れは取れたかね?」
「お気遣いありがとうございますギイ殿。今回の旅は残雪が残っていましたが、真冬ほどではありませんでしたので一日休めば十分でしたよ」
そう、ケンとハナが行商を初めたのが春の終わり頃からで、それから夏・秋・冬と行商を続け、今は冬の終わりの頃であるのだ。未だそこかしこに残雪が残るとはいえ、冬真っ盛りの時の雪の中の行商に比べれば何てことはないのである。
ちなみにこの国は辺境であるが、真に雪が降り積もるのは3つの衛星都市より北部地域であるため、この付近では冬でも天気が良ければ行商は可能なのだ。なおケンの故郷は衛星都市の1つノースの北にあり、冬の間は完全に雪に閉ざされるため、そもそも動くこともままならないのである。
「それは良かった。さてケンとハナ、今回お前達を呼んだのは行商人の修行を次の段階へ移すためだ」
「次の段階ですか?」
「その通り。これより一月後よりお前達には「馬車を使用した行商」を行って貰う」
2人の新米行商人が思わず腰を浮かした。「馬車を使用した行商」という事は、徒歩と違い多くの荷物を運び、さらに遠くへ行商に向かうことを指すからだ。
ギイは続けた
「今回で終了したこの町周辺の徒歩での村巡りはお前達の行商人としての訓練の第一段階であり、次が第二段階の修行となる。やはり行商人としては馬車を使って遠くの町や村へ行き品物を売買することがメインであるからな」
「おおお~!遂に馬車での修行ですか師匠!」
「お師匠様、ちなみに行き先はどちらなのでしょうか?ひょっとしたら国外に?」
新米2人のテンションは極めて高い。散々歩き回って行商をしてきたが結局は似たような景色ばかりが続いていた。それもその筈、同じ国内の近い地域ばかりをグルグル回っていたのだから。様々な国を巡りたいと思っているケンも、王女としてではなく一人の行商人として他国に行きたいと思っているハナも馬車を使った「遠出」に憧れを抱いていたのだ。
この時ギイはちらりと旦那の方を見てそれから話を続けた。
「私としてはそれでも良いと思っていたのだがな、護衛をする旦那から物言いが出た。曰く「まだ馬車移動に慣れていない段階で国外は早すぎる。まずは国内を巡ってからでも遅くはあるまい」ということだ。ヘイからも最初は国内が良いと言われたのでな。2人にはまずは3つの衛星都市を経由して、マール国の最奥の地へ往復して貰う」
「ケンは覚えてるだろうけど、俺の最初の行商も国内の旅だったからな。行商人としては国外に興味が向くのは仕方ねぇが、まずは自分の出身国を隅々まで見ておくのも悪くないぜ。他国に言った時に自国の話は話の種にもなるからな」
「それに他国では出没するモンスターも住民の文化も常識すらも変わってくる。護衛としてはまずは国内で馬車移動と馬車での行商に慣れてから国外に行ってくれた方が何かと助かるのだ」
ヘイと旦那がそれぞれ理由を告げてくる。しかしケン達2人共それに関しては特に気にはしていなかった。実際問題いきなり国外はハードルが高いと思っていたし、そもそも2人共首都周辺しか満足に行ったことが無いのだ。この国の端なんて全く知らない状態だ。そこも十分に魅力的な目的地であった。
「分かりました。まずは国内ですね。俺もそれで良いと思います」
「私も問題ありません。それでお師匠様、一月後とおっしゃいましたが、それまでは何をするのでしょうか?」
「初めて行商に行った時と同じだ。お前達はヘイと共に馬車での行商の準備をして貰う。今回はどれだけ短くても往復で1月は掛かる工程だからな、しっかりと準備の仕方を学ぶように。ヘイ頼んだぞ」
「了解です師匠!んじゃお前らやるぞ!」
「「はい!宜しくお願いします!」」
ケンとハナは元気よく返事を返していく。行商人に弟子入りして約一年。2人は遂に馬車での行商を行うことになったのだった。




