第29話 護衛依頼3
「何の騒ぎだ?」
先程までパニックの渦中にあった冒険者ギルドが急激に治安を取り戻していく。
いやそれは治安を取り戻すというよりも、恐怖に支配されると言った方が近いかもしれない。
よく鍛えられた体と刃物のような雰囲気を持ち、歴戦の強者の風格を持つ彼はこの街の冒険者ギルドのギルドマスターだ。
彼のことはこの国に住む人間なら誰もが知っていた。数十年前に起きた魔物の活性化現象。その長きに渡る人類の脅威に勇者と共に立ち向かい、そして生き残った国内最強の戦士。その男が放つ殺気は高くてもDランクしかない冒険者達ではとても抗うことが出来ない程の強さを誇っていた。
「いや、これは・・・」
「おっ俺達はただ依頼を受けようと思って・・・」
故に冒険者達はお茶を濁したような返答をする。
ギルドからはギルドマスターの名前で「王女殿下を特別扱いはしない」との知らせが告げられている。ここで「王女殿下とお知り合いになるために依頼の争奪戦をしていました」なんて報告をしたらどんな目に合うか分からない。
しかしそんな冒険者達の内情など冒険者ギルドの職員は知ったことではないのだ。
「申し訳ありません。只今ギイ商会より護衛の依頼がありまして、それを聞きつけた者達が依頼の奪い合いを初めてしまったのです」
「ギイ商会絡みの案件は私を通すように通達しておいた筈だが?」
「勿論報告をするつもりでしたが、その前に依頼内容が広まってしまったのです」
「成程な」
そう言ってギルドマスターはギルド内を見回す。ハナ様がギイ商会で行商を初めて以来、今までやる気を見せなかった者達も急に積極的に依頼を受けるようになりギルドは潤っていた。
これは王族効果が出たのか?とギルド職員達は噂をしていたが、実際はハナ様が町の外に出た時に護衛依頼を受け王女殿下とお近づきになりたいと考えるバカが大勢いただけの話であったのだ。
勿論町の外に出ればどんな人間であろうとも危険は付き物だ。だから行商人になったハナ様が町の外へ出るのなら護衛を雇うだろう。そして行商の道中で男女の仲がどうなろうとそれは当人同士の問題だ。しかしわざわざ面倒を起こす必要もない。ギルドマスターは溜息を一つ吐くと依頼書を持ち上げてギルド内に聞こえるように声を上げた。
「原因は分かった。この依頼を受ける冒険者は私の責任で選ぶことにしよう」
「!?」
「ちょっ!待てよ、いや待って下さいよギルマス!依頼を独占しようだなんて・・・」
「そうですよ、何の権利があって・・・あれ?」
冒険者達は折角の機会が奪われると考えてギルドマスターを止めようとする。しかしこれにギルドマスターは冷静に言葉を返した。
「権利ならあるに決まっているだろう。私はギルドマスター、この国の冒険者ギルドの責任者だ。そして私にはギルドが受けた依頼をどの冒険者に頼むかを決める権限が存在する。この依頼は難易度は低いが重要度は極めて高い。こういう依頼にはギルドマスターとして口を挟まざるを得ないのでな」
至極もっともな事を言い残してギルドマスターは奥の自室へと戻っていった。残った冒険者達は降って沸いたはずの幸運が手からこぼれ落ちてしまったと自覚し、落胆を隠そうともせずに依頼受付から散っていった。
そして自室に戻ったギルドマスターは依頼書を見て頭を抱えた。町の中ならば良い、どのような事態が起ころうともこの街の中であれば王女殿下であるハナ様の安全は確保出来る自信がある。
しかしこの依頼の様に町の外に出るものはまずい。モンスターや盗賊の襲来、予期せぬ自然災害に加え、いつもなら考えなくても良い護衛である筈の冒険者にも対策を講じなければならない。
ギイ商会の面々は素性も知れているし人間性も理解出来ている。ハナ様以外の3人がハナ様を害する事はないだろう。ならば護衛である冒険者に誰を選ぶかだが・・・考えている内に一つ妙案が浮かんできた。
かくしてケンとハナの初めての行商の日の朝となった。
その日は夜明けと共に起き、早めに準備された朝食を食べ、荷物の最終確認をし、待ち合わせ場所である商会の玄関前に出向いた。そこにはまだ誰もいない。今日これからギルドから派遣された冒険者2人がこの場に来ることになっているのだ。
「まだ誰もいないですねアニキ」
「ああそうだな。予定よりも早く出ちまったかな」
「どんな方が来ますかねぇお師匠様」
「正直分からん。これだけ事前に依頼をしていたのだ、本当なら既に顔合わせをしている筈なのだがな、選定に時間が掛かっているのだろう」
「冒険者ギルドも大変ですねぇ。ううーん楽しみ!」
ケンとハナは初めての行商に朝からテンションが高い。正確に言えば数日前から段々と高くなっていったと言った方が正しいか。
しかしギイとヘイは正直かなり困惑していた。こんな単純な依頼にも関わらず依頼を受ける冒険者が未だに現れないなど今までの行商人生ではあり得なかった。冒険者ギルドに問い合わせても「この件はギルドマスター預かりになっています」という返事が来ただけだ。
「これはひょっとすると何か自分達の想像もつかない事態が起きているのではないか?」と考えるのも無理のないことであった。
そうこうしている内に朝霧の中2人の男女が姿を見せた。
男の方は如何にも冒険者風だ。動きやすそうな皮の鎧と大きめの剣を持ち、土気色の冒険者がよく身に着けているマントを羽織っている。よく鍛えられた体と刃物のような雰囲気を持ち、歴戦の強者の様な風格を身に纏っている。
女の方は逆に冒険者らしくない。真っ白いマントをはおり立派な鎧を着込んだまるで騎士の様な格好だ。いやその鎧は決して高価な物ではない。鉄製の鎧を限界まで磨き上げて無理やり立派に見せかけている鎧だった。勿論そんな物を着込んでいれば相当な重さが掛かる筈だ。心なしか足並みは重く、女の額には既にじっとりと汗が滲んでいる。
「待たせてしまったか?冒険者ギルドからあなた達の護衛の依頼を受けた者だ」
「いえ大丈夫です。これから暫く宜しくお願いします!」
男の挨拶にケンが元気よく返事をする。
しかしその他の者達は誰も口を開かない。まるで今見ているものが信じられないと言った雰囲気だ。
「何で・・・」
「?」
「なっ何でギルマスがここに?しかもお前ソレナか?お前貴族だった筈だろう?一体いつから冒険者になったんだよ!」
気持ちの良い朝霧の中、ヘイの叫びがギイ商会の玄関前に木霊したのだった。




