第26話 初陣
ゴブリンとはモンスターの中でも割りとポピュラーな種類である。
世界中の至る所に生息し、徒党を組んで人を襲う。通常のゴブリンは村人や旅人でも対処が可能な個体であるが、基本群れを作って活動するため油断すると大怪我を負うこともある。
また稀に上位種が発生することもあり、その際には高名な冒険者や国の兵士が出撃する騒ぎになることもある。
何よりも脅威なのはその繁殖力であり、しかも人間の女性すらも襲って繁殖するために見かけたら即殺が基本なゴブリン。その一体が目の前にいるのだった。
ケンは用意していた槍をゆっくりとゴブリンへと向けた。ギイとヘイとハナはその様子を黙って見ている。これがケンの初陣だということは皆分かっているため、もしも逆茂木の作成中にモンスターが出現した場合はケンが戦うと決まっていたのだ。何事も経験しておくべきというのがギイ商会の教えである。
とは言え皆それほど慌ててはいなかった。何しろ当のゴブリンが既に死に体なのである。これでは余程の事がない限り大丈夫だろう。
ケンの方も落ち着いていた。初めて町の外に出た時はビクビクしっぱなしであったが、あれから数日が経ち、町の外にもいい加減慣れた。さらに敵は一匹で師匠とアニキも控えているのだ。更に今周囲には先程まで作っていた逆茂木が多数転がっている。万が一にも負けないだろう。
「ふー」
ケンは軽く息を吐く。もう少しで槍が届く間合いだ。射程に入ったら突けばいい。何度か突き続ければそれで倒せる筈だ。
しかし皆は忘れていた。今、周囲は逆茂木作りの為の道具が散乱しており、それはゴブリンの足元にも転がっていた事を。
「ギャギャギャ!」
もう少しで槍が届く間合いという所でゴブリンが手にしていた枝を投げつけてきた。
ギイやヘイは「ああそうか棍棒でないから投げつけることを選んだのか」と思ったが、てっきりそのまま襲い掛かってくると思いこんでいたケンはビクッとして咄嗟に槍で枝を弾き飛ばしてしまった。
「ギャギャギャー!」
その一瞬でゴブリンは足元に落ちていた斧とノコギリを手に持ち無茶苦茶に振り回しながら襲い掛かって来た。襲い掛かって来たと言っても元々ボロボロな状態だったので大したスピードではない。しかし今回が初の実戦であるケンにしてみればそれはとても恐ろしい存在だった。
「ギャギャギャ!」
「ぎゃああああ!」
「ギャギャ!ギャアアアアアー!」
「あああああ!うおあおあーー!」
ゴブリンとケンがまるで示し合わせたように叫びまくる。お互い無茶苦茶に武器を振り回しているので体には全く当たっていない。いやケンが使っているのは槍なので見た目だけならかなり安全に戦っているように見える。
しかしこれでは万が一が発生する可能性もある。ギイとヘイは示し合わせて周囲の逆茂木を手に取り移動、ゴブリンの左右に寄ったかと思うとその逆茂木を地面にセットして、さらに前と後ろにはアイテムボックスから出した自らの逆茂木を出現させ逆茂木でゴブリンを閉じ込めてしまった。
「あああああーー!・・・あれ?師匠?アニキ?」
「アニキじゃねーよ落ち着け!そんなへっぴり腰で何突こうってんだお前は」
「ふむ訓練と実戦はやはり違うな。安心しろケン、これでもうゴブリンは何も出来ん」
「ケン平気?初陣って本当だったのね。大丈夫よ最初は皆そんなものだから」
そうやってケンに皆が声をかけてくる。ケンは自分が随分と慌てていた事を自覚して急に恥ずかしくなった。
ゴブリンは突然閉じ込められて暴れていたが、その際に斧とノコギリが逆茂木に弾けれて手からスッポ抜けてしまった。今は素手でここから出ようとしているが、逆茂木を登ろうとするとヘイが槍で突いて即席の檻の中に落とされる。その繰り返しであった。
「ほら何ボサッとしてやがんだ、さっさと仕留めろ!」
「はっはい!えっとこれは何ですか?」
「見れば分かるだろ、逆茂木で作った檻だ。これなら安全に倒せるからな、ほらとっとと突く!」
「はいアニキ!おおりゃぁ!」
逆茂木の隙間からケンの突いた槍が伸び、閉じ込められたゴブリンの体に刺さる。その何とも言えない感覚に顔を顰めたが、村の大人達もギイやヘイも殺っていた事を思い出しケンは何度も突き刺しする。
刺さる度にゴブリンは悲鳴を上げて下がろうとするが逆茂木に邪魔されて逃げられない。そして何度か刺され続けある時丁度心臓を突かれた際にそれまでよりも大量の血が吹き出し、しばらくするとゴブリンは息絶えた。
「ふーっ!ふーっ!」
ケンもケンで息も絶えだえだ。ゴブリンを含めてモンスターが死ぬ場面は何度も見てきた。家畜を自分で締めて解体した事もある。しかしモンスターを自分の手に掛けたのはこれが初めてだ。荒い息を吐きながら体が小刻みに揺れていた。
そんな時ハナが近づいてケンの手から槍を離す。見ると手が真っ赤だ、相当強く握っていたのだろう。
「お疲れ様ケン、おめでとう!初手柄だよ」
ハナはニッコリと微笑んだ。流石はマール国の王女だ。スプラッターな状況なのだが余裕がある。こればかりは場数だろう。
「よしよくやったケン。ではしばらくして落ち着いたらゴブリンを解体して魔石を取り出せ。その後は死体を焼いてから逆茂木作りの続きだ」
逆茂木の残りはあと2つ。師匠の容赦ないスパルタ修行はまだ続くのだった。




