第21話 王女がギルドにやって来た
その日冒険者ギルドの職員は暇を持て余していた。今日は朝から生憎の雨模様で冒険者も依頼主もギルドには寄り付かない。
ギルド内はギルド内で王女殿下が城を追い出された等と言った根も葉もない噂で持ちきりだ。もちろん自分もギルド職員としてこの国が貧しいことは知っているが、今の国王は善政を敷き、家族にも優しさを持って接する良君として知られている。
それに王女殿下も悪い噂は聞かない。国の貧しさのせいか他国よりも王族と民の距離が近いこの国では、割と近い距離で貴族や王族のお姿を拝見出来る。絶世と言う程ではないが割りと美人な方だし、兵士に混じって訓練をしているせいか体も締まってスラリとしている。いわゆる健康的な美人な方だ。
最近では見聞を広めるために諸国を周遊され、帰国の後は国の機関で働くのではないかと噂が立っていたのだ。そんな方を追い出すなど意味が分からない。
だから職員は目を疑ったのだ。この国の王女殿下であるハナ様がギイ商会会頭のギイと2人の弟子と共にこの冒険者ギルドに登録に来た時は。
「さてこの冒険者ギルドで最後だ」
「やっと終わり・・・これで終われる。頑張れ私!」
「ハナさん・・・」
「あー大変だな王女殿下ってのも」
冒険者ギルドに来る前に、4人は雨の中行商人ギルドと商人ギルドをハシゴしてケンとハナの登録を済ませた。
行商人ギルドは文字通り世界中に張り巡らされた行商人達の組合である。登録しておけば行商人の資格を得ることが出来、ランクを上げていけば旅先でギルドの施設を格安で使用したり、門外不出の旅の情報を閲覧する権利を得ることが出来る様になる。
商人ギルドは逆に町中の商人の組合である。登録すれば町中の物件の購入や賃貸に補助金が出たり、店を開く時は従業員の紹介や安くて腕のいい職人を紹介してくれることもある。
町の外の行商人と町の中の商人では必要とされるサービスの内容や起きる問題の質が違うため、わざわざ分割して存在しているのだ。
ちなみに2つともランクを上げるためにはギルドに一定額の寄付という名の上納金を収める必要がある。商人の強さとは兎にも角にも「幾ら儲けたか」によるためこのようなランク制度になっているのだ。
殆どの組合員は町中や町の周囲でのみ活動するためその寄付金額は微々たるものだが、世界を股にかけたり、そこまで行かなくても二カ国・三カ国に支店があったりすればそれはもう一流の商人・行商人と認定され、その寄付金額も莫大になる。
だからギイが新弟子2人を連れて来た時は結構な騒ぎになったし、その内一人が王女殿下だと知れた時にはギルドの建物内で大パニックが起きた。今日が雨で人出が少なかったのは幸いだったのだろう。おそらくギイは分かっていて今日の様な雨の日に登録に来たのだろうが。
「ギルドに入るたびに大騒動、登録するのも大騒ぎ、おまけに弟子になったって説明した時のあの狂騒具合!何なのよもう!王女が行商人に弟子入りしたって良いじゃないの!」
「いやいや普通は無いから、今もって意味不明だから。」
「ハナさんは凄い人だったんですね」
「当たり前だろ、普通に生きてりゃ王族と知り合うなんてありえねぇんだからな」
「とは言え今は私の弟子であることには変わりない。何騒ぎも次第に収まるだろう。そもそも行商に出てしまえば町の外はハナのことを知らない人間の方が大半なのだ。」
「僕もハナさんが王女様だって知りませんでしたしね」
村人は基本村から移動はしないし、町の人間も同様だ。この世界ちょっと旅に出ようなんて考えた所で移動手段も無いし、旅の安全確保もおぼつかない。
大抵の人間は自分が住んでいる場所以外に行った事もない。だから他所から来た人間の顔など誰も知らない。ハナはこの国の王女でここは国の首都だ。だからこの町の住人はハナの顔を見知っているが他の町や村に行ってしまえば王女殿下など存在すら知らない者も存在する。テレビや新聞がある訳ではないのだ。
「ところでケン、弟子同士なのだからさん付けは止めてよ」
「いやでも年上ですし」
「年上と言っても1つ違いでしょ。そんなこと言ったらあなたの方が兄弟子じゃない。駄目ならケンさんって呼ぶわよ」
「分かったよハナ・・・これでいい?」
「おっけー!」
そんな軽口を叩きながら4人は冒険者ギルドに入って行く。外は雨で客足もまばらだ。目立つ四人組なので注目が集まる。ギイは有名人だしハナは更に有名人だ、その視線は4人に集中した。
「さて私は依頼受付の方に話があるから登録は3人で行ってきなさい」
「お師匠様は一緒に行ってくれないのですか?」
「つい先日ケンの登録に来たばかりなのだ。勝手は2人が知っている。問題は無い」
実際何かあった所でギルド内ならば即座に対応出来るし、冒険者ギルド内とはいえ今日は雨の日だ。たむろしている冒険者も見当たらない。ギイは王女として常に誰か頼れる人物が居ることが当たり前だったハナに最初の試練を与えることにしたのだった。
そして受付で担当者の度肝を抜いている3人を見ているギイに近づいてくる人物がいた。よく鍛えられた体と刃物のような雰囲気を持つ彼はこの街の冒険者ギルドのギルドマスターだ。
「久し振りだな。・・・話には聞いていたが本当に弟子を増やしたのだな」
「まあな。流石の私も王女殿下を行商人にするために骨を折ることになるとは思わなかったよ」
「それもあるがあの少年の方だ。てっきりお前はヘイしか弟子は取らないと思っていた。そもそも彼を弟子にしなければ王女殿下の弟子入りの話自体無かった筈だろう?」
ギルドマスターはギイに多くの弟子入り志願があったことも知っているしその全てを断っていた事も知っていた。だから新たに弟子を取ったという話を聞いた時は耳を疑ったし確認も取った。
結果まだ正式には認められていないがほぼ決まりで、商会の従業員達は皆ケンが2番目の弟子になる事を疑っていなかった。それは一番弟子のヘイと会計のモウがそれと認めていたからだ。
そして昨日正式に弟子になったと聞いた時は驚いたものだった。・・・尤もその後王女殿下も弟子入りしたという話が伝えられてさらなる驚きに見舞われたのだが。
「目だよ」
「目?」
「ヘイもケンも昔の私と同じ目をしている。目先の利益や功名心ではなく見知らぬ物を見てみたい、見知らぬ土地に行ってみたいという冒険心に溢れた目だ。私の行商の技は私や仲間が世界を見て回る際に身に着けた技だからな、同じ志を持つ者に伝授したいと思ったのさ」
「なるほどな・・・では王女殿下は?」
「王女殿下もあの2人程ではないが冒険心に溢れた目をしているよ。考えても見ろ、いくら父親である国王陛下の命令とは言え普通の王女が行商人に弟子入りなんかしてもやる気なぞ起きないだろう?しかしハナ様はとても楽しげだ。彼女も鍛えれば立派な行商人になる素質がある」
そんな会話をしてる内にハナの冒険者登録は終了したようだ。今は3人で依頼表が貼ってある壁に向かっている。今まで幾度となく見てきた新米達と同じくハナ様はやる気に満ち溢れた顔をしている。明日からのギルド内の混乱を考えてギルドマスターは溜息を漏らした。
「国王陛下は何を考えていると思う?」
「分からんよ、私は一介の行商人だ。しかし仮にも一国の姫を預けたのだ、何かお考えがあるのだろう。「何も聞かずに弟子として育て上げてくれれば良い」と言われているからな、ならばそうするまでさ」
「可能な限り便宜は計るつもりだが、それでも完全ではないぞ」
「理解している。「もし死んだとて罪には問わない」とも言われているが可愛い弟子だ死なせる気は無いさ」
そんな会話が行われていることも知らぬまま、新米冒険者と兄弟子2人はワイワイと楽しげに依頼表を物色していくのだった。




