第14話 弟子入り
会頭が帰還してそうそうギイ商会では罵声が響き渡っていた。
「この馬鹿者が!!」
「そうだぞこの馬鹿!」
「お前のことだヘイ!このバカ弟子が!」
「俺っすか!?」
商会の会頭であるギイが久方ぶりに店に帰って来て見れば目の前で刃傷沙汰が繰り広げられており、しかも片方は自分の一番弟子なのである。おまけにすぐ近くに成人したばかりと思われる少年がおり、手紙で知らされていた通りならば2番目の弟子になる予定の子の筈だ。
余りの想定外の状況に久々に本気で叱らねばとギイは考えた。そして鉄は熱い内に叩かねばならぬから今ここで叱りつける事にしたのだった。
「待って下さい、そもそもさっきのはあの冒険者達がギイ商会を侮辱したのが原因なんです。アニキはそれについて怒ってくれたんですよ!」
「ちげーよバカ!俺は反論しただけだ、どっちかつーとお前の行動に怒ったんだよ!店がデカくなってくるとな、ああいうやっかみを言ってくる奴らなんざ腐るほど居るんだよ。一々相手にしてたらキリがねーんだ。言いたい奴らには言わせときゃ良いんだよ。口だけ回って碌に何も出来やしねーんだ。」
「えっ・・・でもアニキあいつらぶっ飛ばしてくれたじゃないですか」
「ありゃあのバカの沸点が低いのが原因だよ。お前もだけどな、余計な喧嘩を買って怪我でもしたらどうするつもりだ。」
「アニキ・・・ごめんなさいでした。」
ギイの目の前で謎の異空間が展開されている。どうやら自分の一番弟子は予想よりもずっと面倒見のよい性格をしていたらしい。出会ってまだ10日の筈なのにすっかり信頼関係が築けている。まぁそれは良いことではあるが、問題はそこでは無いのだった。
「取り敢えずああなった経緯は分かったがな、今回のことはやはりお前の責任だぞヘイ」
「ちょっ・・・何でっすか?」
「暴走した新人を止めたまでは良かったがな、結局喧嘩になったのでは同じことだ。「余計な喧嘩を買って怪我でもしたらどうするつもりだ」だったか?相手が口だけの相手だから良かったようなものの、もしも手練だったら、いや本人は大したことがなくても手練と知り合いだったらどうするつもりだったのだお前は」
「待って下さい。アニキは僕の代わりに・・・」
「だからこそだ。新人の世話を任されたのならその時点でお前は責任を負っているのだ。負った責任に対して誠実でないのならそれは無責任だ。無責任な事をしたのならしっかりと反省をして同じ間違えを起こさぬようにしなければならない。分かったな?」
「師匠、はいすいません。自分が間違ってました」
言ってヘイは頭を下げる。それを見たケンも同じように頭を下げた。ギイは若い二人を黙って見ていたがしばらくすると「ふー」と息を吐いて頭を上げさせた。
「到着したばかりで疲れているのでな、ヘイお前は新入りと一緒に馬車の片付けと荷降ろしをしておけ。」
「わかりました師匠!あの、それでこいつなんですが・・・」
「それについては食事が終えてからだ。新入りにきっちり仕事を教えてやれよ」
「了解です!行くぞケン!」
「はいアニキ!あの、失礼します」
言って2人は馬車に向かって行く。荷降ろしは初めてなのだろうケンの目はキラキラと輝いていた。ギイはそれを見てやれやれと思っているとモウがゆっくりとやって来た。
「弟子を育てるというのも大変だな。・・・お前実は余り怒ってはいないだろう?」
バレたか、とギイは苦笑した。モウの言うとおりギイはそれほど怒ってはいなかった。何しろ喧嘩の原因が「自分の店を侮辱されたから」なのである。思わず「よくやった!」と褒めたい所だったが、師匠としてはここは叱るべき場面だと思ったのであえてそうしたのだ。
そのことが分かっているのだろうモウは「仕方がない奴だ」と首を振っている。というかギイと二人きりになったら口調が変わっている。どうやらこの2人は気心知れた仲のようだ。
モウとギイは話ながら食堂へと向かっていく。話の内容は今回の行商の結果や不在の間の町の話題だ。そして食事が到着した頃にはケンとヘイの話題に移っていた。
「ほうではお前から見てもケン君は弟子にすべきだと?」
「ああ、決して優秀という訳ではないが素直で真面目で努力家だ。読み書き計算も出来るし最低限鍛えてはいるようだ。どこかの誰かと同じで好奇心旺盛だが言われたことはちゃんと守っているよ。実際にこの10日間で無理をせずに依頼をこなして冒険者ランクがGランクに上がっている。あれは育てれば立派な行商人になるだろうさ」
「ふふっその何処かの誰かの変わりように俺は驚いているがね。ヘイを世話係にしたと聞いて心配が先に立ったがどうやら嬉しい化学反応を起こしているみたいじゃないか。あいつがあんなにちゃんとアニキしてるなんて師匠の俺でも驚いてるぞ」
(どこかの誰かはお前のことでもあるのだがな)と思ったがモウは口には出さずに、ギイにケンが来てからの10日間について詳しく語っていった。
それに時折ふんふんと頷きながら話を聞くギイ。そして一通り聞き終わった後に2人を食堂に呼び出す。
しばらくすると2人は揃ってやって来た。どうやら二人共緊張しているようだ。
「只今到着しました」
「到着しました」
「この場合は「お待たせしました」だな。それはともかく、二人共この10日間について詳しく聞いたよ、ヘイは戦闘訓練がメインでケン君は冒険者ランクがGランクに上がったそうだね」
「はい、こいつが店に到着してから町を案内して冒険者ギルドで登録をさせました。今はFランクを目指させています」
「ふむ、冒険者ギルドには登録させておいて商人ギルドや行商人ギルドに登録させなかったのは何故だ?」
「こいつは師匠に弟子入りするために来たので商人系のギルドについては師匠と共に行った方が良いだろうと判断しました。・・・駄目でしたか?」
「いや正しい判断だ。一介の従業員と弟子では対応も変わってくるからな。ケン君はこの10日間はどうだったかね?」
「はい、アニキやモウさんや他の皆さんに色々教えてもらいながら何とか町の生活に慣れて来た所です。でも知れば知るほど自分が何も知らないってことに気づいてとても楽しいです。」
「知らないことを知ることが楽しいか・・・商会での生活はどうかね?」
「皆さんとても良くしてくれます。ご飯も美味しいですし、初めての一人部屋も嬉しいです。たまに故郷の家族を思い出しますけどここで頑張っていきたいと思います」
2人共ガチガチだが思ったよりもずっとしっかりしている答えにギイは感心した。そしてふと5年前の事を思い出した。あの時も今のようにケン少年は真っ直ぐな視線でギイに弟子入りを願っていた。ヘイも行商歴が2日目だというのに弟弟子が出来ると喜んでいた。
2人共5年経ったというのに目に宿る力は変わっていない。それにどうやら一番弟子にも良い影響を与えているようだ。ギイは決断した。いや元々そのつもりだったがより強く決断した。
「ケン君、君はまだ私の元で行商人の修行をしたいのかね?」
「もちろんです、是非ともギイさんの下で、ギイ商会で行商人の修行をさせて下さい!」
「ヘイから見てケン君はどうかね?」
「そーっすね、じゃなくてそうですね。真面目だし言われたことは守るからお買い得品だとは思いますよ。商人としてどうかは俺にはまだ判別出来ません。でも弟弟子が出来るならこういう奴だと嬉しいです」
「なるほど、よし分かった。ケン君、君を私の2番目の弟子として認める。これからは私のことは「師匠」と呼ぶように。言っておくが弟子にしたからには厳しく行くぞ」
「はい師匠!宜しくお願いします!」
「師匠ありがとうございます!よっしゃーこれで正式に弟弟子が出来たぜ!良かったなケン!」
「はい!改めて宜しくお願いしますアニキ!」
2人が喜び合っていると突然パチパチと拍手が聞こえ始めた。見るとモウを始めとしてギイ商会の従業員が総出で祝ってくれている。照れたように2人が頭を掻いているとギイが立ち上がって宣言した。
「よし今夜は私に2番弟子が出来た祝いだ、行商でも儲かったからな久しぶりにパーっと行くぞ。モウ今日は早めに店じまいにして食堂で宴会の準備をしておけ!」
「了解しました」と返事をしてモウさんが今夜の祝宴の段取りを始める。ケンはそれを見ながらギイ商会に修行に来て良かったと心から思ったのだった。
夜、すでに続々と人が集まり始めている。普段見ない顔ぶれが居るのは、従業員ばかりではなくその家族も呼ばれたからだ。ギイは結構奮発したらしい。
そんな中ケンはヘイに顔つなぎのために挨拶しておけと言われて知らない人物に片っ端から挨拶をしていた。その内に準備は完了し、後はギイの開始の合図を待つばかりとなった。
「でその肝心の師匠はどこに行ったんですか?」
「少し前に兵士が来てな、中央に向かって行ったよ。国外の品物でも頼まれたんじゃないか?」
この国で国外の品物を手に入れるのに一番確実なのはギイ商会に頼むことである。そして逆に言えばワザワザ呼びつける用事などそれくらいしか思いつかない。だからヘイも他の従業員も同じように考えていたのである。まさかあんな理由で呼ばれたとは思いもせずに。
「会頭が帰ってきたぞー」という声が聞こえたので全員が入り口を振り向く。そしてギイは帰って来た。後ろには若い女性を連れている。
その女性を見た瞬間食堂内がしーんと静まり返った。皆驚きの表情で固まっている。ヘイやモウですら固まっていた。しかしケンは女性に見覚えがないために先程までと同じく元気よく挨拶に向かった。
「初めまして、本日からギイ師匠の2番目の弟子になったケンと言います。未熟者ですがこれから宜しくお願いします。もし宜しければお名前をお聞かせ願えませんか?」
その場の2人以外がギョッとした反応をしたが、名前を問われた女性は嬉しそうに返事をしたのだった。
「初めまして、先程ギイさんの3番目の弟子になったハナと申します。このマール国の王女をしております。宜しくお願いしますね兄弟子さん」
そう言って花のような笑顔で微笑んだのだった。




