第13話 師匠の帰還
ケンがギイ商会に住み始めて10日が過ぎた。この間ケンはヘイの言いつけを忠実に守り、日が昇っている間のみ外に出て大通りから余り移動せずに活動し、毎日冒険者ギルドに出向いて依頼表を見てから簡単な依頼を受け続けていた。
3日前には冒険者ランクはGに上がり、あと一つ上がれば外の依頼も受けられるようになる。今日はどんな依頼を受けようかと考えながら食堂で朝食を食べている所にヘイがやって来た。
「おうケン、おはよう」
「おはようございますアニキ」
「相変わらず早いな。今日はどんな予定だ?」
「まだ決めていません。ギルドの依頼表を見てから決めようと思っています。アニキはどうするんですか?」
「俺は今日は兵士の訓練相手かな、最近剣にハマり始めてな。シャレのつもりだったけど意外とおもしれーんだよなこれが」
ケンが冒険者のランクを上げ始めたと同じ頃にヘイもまた冒険者として働き始めた。ケンには「師匠が帰ってくるまでの暇つぶしだ」と言ってはいるが、いざという時に弟弟子を守れるように鍛えなおしているのだという事は商会の人間は皆分かっていた。
あれから一日置きに城壁外でのモンスター討伐と兵士の訓練相手をこなしている。いつもは休む時は休むヘイにしてみればこれはとても珍しいことであった。まぁ弟弟子がケンだからという理由で剣の訓練を開始するのはどうかと思うのだが。
そんなことを言いながら朝食を取っているとにわかに商会が騒がしくなってきた。
どうしたのかと思っていると、この時間いつもは玄関の掃除をしているモウが食堂にやって来た。
「あれ?珍しいっすね、どうしたんですこんな時間に。飯食いそびれました?」
「私はいつも1時間前には朝食を終えていますよ。それよりも2人共、食事を終えたら今日は店の中で待機していなさい。昼前後には会頭が戻って来る筈です」
「師匠が」「ギイさんが!」
2人が揃って立ち上がる。急にソワソワしだした2人を見てモウは帰宅の日時を伝えておかなくて正解だったと考えていた。下手に教えるとこの2人は仕事が手につかなくなるだろうと考えたからだ。だからギリギリまで伏せていたのだ。
「ってアニキ、何でアニキがソワソワしてるんですか?」
「いや当たり前だろ。俺はお前のことを弟弟子だと思っているけど正確にはまだ師匠の許しは出てねーんだ。これで駄目なんて言われたらどうしようって思うだろうが」
「ええっ!僕弟子入り出来ないかもしれないんですか?」
「何しろ5年前の約束ですからねぇ。会頭が駄目だといえばこの話は無しになることもありますよ」
(まぁおそらく大丈夫でしょうけど)とモウは思ったが口には出さなかった。実は10日前にケンがギイ商会に来た後にモウは早馬を飛ばしてギイに連絡を入れている。ギイも5年前に会った少年のことを覚えており会えるのを楽しみにしていると返事を返してきた。
しかしモウはそのことを2人には伝えていなかった。目の前でオロオロしている2人を見るのは実に楽しいのである。
そして待機しながらも時間は過ぎて昼を過ぎてもギイは帰ってこなかった。
「遅いっすねぇ」
「まぁあくまで目安ですからね。正確な到着時間など分かりませんよ」
「モウさん、僕外で待っていてもいいですか?」
「俺も行くぜ、店の中でじっとしてんのは落ち着かねぇしな」
そうして2人揃って店の前でギイを待っているが一向にやって来ない。一度店内に戻ろうかと思っていた時にその声は聞こえてきた。
「はん、ビビリのギイ商会がデカイ面しやがって」
「全くっすね、腰抜け商会なのに店だけはデカイんすからホントムカつくっすよねぇ」
見ると人相の悪いゴロツキのような2人がこちらに向かって歩いてきている。格好を見る限り冒険者のようだ。しかしそれはどうでも良い。弟子入り先が侮辱されたのだ、黙っているわけには行かないのだ。
「あんた達!今なんて言った!」
「あ?何だ小僧、俺らは忙しいんだ物乞いならとっとと失せろ」
「物乞いじゃない!ギイ商会の従業員だ、うちの商会を馬鹿にしただろう!」
「従業員?お前が?はっ!天下のギイ商会も焼きが回ったもんだな、こんなガキを雇うとはな」
「何だと!」
激高するケンをヘイは慌てて押さえつけた。店がでかくなればやっかんでくる人間など腐る程居るのだ、一々相手などしていられない。しかし今は相手をするべきだろう。「ケンのアニキ」としては弟弟子に良い所を見せねばなるまい。
「申し訳ない、弟弟子が失礼な真似をしました。」
「ほーその坊主はあんたの弟弟子かよ。しつけがなってねーんじゃねーか?」
「働き始めてまだ10日ですからね、よく言って聞かせますので勘弁してやって下さい」
「あんたはまともだな、口の利き方ってのを分かってるようだ。良いぜ俺らもガキの相手なんざしてらんないからな」
「ありがとうございます」
頭を下げるヘイを見てケンは衝撃を受けた、アニキがそんなことを言うのなんて聞きたくなかった。師匠を馬鹿にされて黙っているなんて裏切られたと思った。だが文句を言おうとヘイを見てケンは動きを止めた。ヘイが怒りに燃えた目をしていたからである。
「しかし当商会がビビりだの腰抜けだの言われているのは納得出来ません。出来ればその理由を教えて頂きたいのですがね」
「はっ!そんなの言うまでもねーだろうが、手前らが使っている柵だよ柵!デカデカと店にも旗にも描きやがって、モンスターなんぞに真っ向から立ち向かえねぇ奴らを腰抜け呼ばわりして何が悪い」
「それは見解の相違ですね。私達はモンスターを倒すことを商売にしてはおりません。ギイ商会は行商人の店であり、行商人は品物を村や町へ送り届けるのが商売なのです。その際に自らの命と商売品を守るために策を講じるなど当たり前の話です。とやかく言われる筋合いはありませんね。ちなみに柵ではなく逆茂木です。間違えないでいただきたい」
「言うじゃねぇかよ行商人ごときが!」
そう言って冒険者の一人が剣を抜いて切りかかってくる。連れの男はそこまでするつもりはなかったのか呆気にとられた顔をしており、ケンは咄嗟には動けなかった。しかしヘイは冷静に間合いを計り、このバカが「怪我をしない距離で」逆茂木を出現させた。
「うおっ!?」
突然出現した逆茂木に男はたまらず停止する。その一瞬でヘイは隙間から槍を突き出し男の手にあった剣を叩き落とした。
一瞬で無力化されて呆然とする男。ヘイはゆっくりと男に話しかけた。
「とまぁこのように逆茂木は咄嗟の戦闘にも大変役に立つのです。ご理解頂けたのならば剣を収めていただけるとありがたいですね」
ヘイの目は全く笑っていない。そもそもその気があれば先程の一撃で命を取ることも出来たのだろう。そのことを理解した二人組はコクコクと首を動かしてほうほうの体で逃げ出していった。
そしてそれと入れ替わるように数台の馬車がこちらへと向かって来た。丸印の中に逆茂木が描かれた紋章付きの馬車は逆茂木を仕舞ったヘイの前で停止した。
「今の騒動にについて聞くのは後にして・・・久しぶりだなヘイ、そして5年ぶりかなケン君」
ギイ商会会頭のギイが旅を終えてギイ商会本部に帰還したのだった。
サッカとモウとギイで「逆茂木」です。
念の為。




