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その死の運命(さだめ)

作者: 四銃孝


「やあ、過去の僕。僕は、未来の僕だよ」

 ある日、学校からの帰り道、僕の前に現れたその変な人は、そんなおかしなことを言いながら僕の行く手を塞いでいた。

 知らない人のはずなのに、嫌に見慣れたような気もする顔だった。


「おや、それは『誰だろうこの格好良い人は? なんでこんな格好良い人が僕なんかに話しかけてきたんだろう格好良い』って顔だね? まあそう思うのも無理はない。実際僕がすこぶる格好良いというのは事実なんだから。しかし残念ながら、今重要なのはそこじゃあない。確かにそれもこの上なく重要なことなんだけど、僕がこれからするのはそれよりも更に重要なんだ。時間は取らせない。少しでいい。僕の話を聞いてもらえないかな?」

 そんな具体的な顔をした覚えはなかった。

 いやそうじゃなくて。

 意味不明なこと言う不審者が現れたというこの状況。僕は本来ならまず一目散に、逃げるべきだったのだろう。

 だが何故か、僕は逃げられなかった。

 どちらかと言えば、逃げなかった。

 特に僕に危害を加えようと言うわけでもなさそうな彼だが、しかし事なかれ主義の僕の脳髄は逃げるべきだと判断していたのに、それに対し僕の心の中のシンジ君が『逃げちゃダメだ』と叫んでいた。

 逃げよういう意思を、僕は持てなかった。

 結果、僕はこの人に、近くにあったさびれた定食屋のようなそうじゃないような良く分からない店に連れ込まれ話を聞かされることになったのだった。

「ありがとう。僕の頼みを快く承諾してくれて。君はとても優しいんだね。流石昔の僕だ」

 僕の無言を肯定と解釈していた彼は、実に愉快そうにそう言った。


 その店には、不思議なことに人が一人もいなかった。客どころか、店員すらいない。そんなとこで、僕はその人と机を挟み向かい合うかたちで座っている。

「さて、何から話したものかな。筋道立てて説明しないと、ともすれば今の僕に、今っていうか昔っていうかこの時代の僕に、うまく理解してもらう前にタイムがオーバーしちゃうかもしれないからなあ」

「あの」

 ここでやっと、僕は初めて口を開き、一番重要な質問をした。

「えっと……あなたは、一体誰なんですか?」

 実に今更な質問だった。

「……ははっ。何を言っているんだ。さっき言っただろう。君以上に僕のことを知っている人なんてこの世にはいないんだぜ? とりあえず『この』世にはね。まあこの時点での僕の現実に対する適応能力を鑑みるに、僕の言うことが理解できないのも仕方ないのかもね。じゃあ」

 彼はせきばらいを挟んでから、

「改めて自己紹介をさせてもらおう。僕は三十年後の君」

 と言い、更に、

「未来人だ」

 と続けた。

 ……とりあえず。 

 彼の言ってることは理解できた。それが本当だとすれば、彼は三十年後の世界の僕で、未来の世界からはるばる、こうやって、僕に会いに来たのだということだ。

それに対して僕がまず思ったのは、

『何を言ってんだ………………? こいつ……』

 だった。

 ははあん。

 さてはこの人、今時流行りの中二病ってやつだな。厨二病とか邪気眼とかメアリースーとかとも言われるあれだな。年齢的には中年病かな。

 とも考えた。

それが今度こそ顔に出てたのか、

「信じられないかあ。まあその気持ちは良く分かるよ。僕もそうだったからね。僕が未来人だと言ったってそう簡単には信じられないよね。じゃあ話を進めるために、そこを証明する所から始めようかな」

 と言うと彼は懐からおもむろに財布を取りだし、少しその中をまさぐってから、百円硬貨を一枚手に取って僕に示してきた。

 疑問を抱きながらも僕は素直にそれを受け取る。

 眼で促され、手元の百円玉を見てみる。特に変わったところは無いように思えた。

だが。

それに印刻された文字を見て、僕は絶句した。もとよりほとんどしゃべっちゃいないけど。

 なんとその百円硬貨の製造年を表す年号が、平成の、四十六年となっていたのだ。

 これには驚いた。むしろ最低限常識的な判断ができるなら驚かない人はいないだろう。

 なぜなら今この時代は、平成二十六年だからだ。

 だから、そんな硬貨が製造されているわけがない。

 あるとしたら、造幣局か現実か僕の頭か、このどれかが間違っているのだ。

「どうだい、信じる気になったかい?」

 いや、こんなものを出されたくらいで信じるわけにはいかない。日本の技術力は世界一ィィィィィィィィィ!と誰かが言っていた。そんな物を作るぐらい容易いに違いない。僕は彼ら日本の技術者を、巧みの技を信じている。

 きっと、この人が特注でもして作ってもらったのだ。犯罪の臭いがプンプンするが、できないことはないだろう。

 しかし僕には通じない。

「信じられないか。まあ分かってたけどね。分かってて、『バブルへGO!』の再現がしたかっただけなんだけどね」

 茶番だった。

 ていうか本当に何なんだこの人は。さっき時間がないとか言ってなかったか。

「最初から、僕が未来人であることを証明するために行う手段は用意していたさ。君が嫌でも信じざるを得ないような、今のとは比べ物にならないとっておきをね。と言っても、本当に信じさせるためには実質手段はこれしかないのだろうけど。いや思わず推定の助動詞を使っちゃったけど、これは歴代の僕たちが実証してきた事実なんだけど」

 そう言って、最初から変わらぬ、勝手に話を進めるスタンスのままに、彼は僕の手を握って言った。

「OK。準備はいいよ。やっちゃってくれ」

 それが誰に向けての台詞なのかは分からなかった。だが、そんな疑問が吹っ飛ぶほどの衝撃的な出来事が、この後起こった。

 唐突に景色が切り替わった。

 僕の目の前には、一面の廃墟が広がっていた。

 大小のコンクリート片が連なる瓦礫の山がずっと向こうまで続いている。

 核戦争後の都市の姿。

ターミネーターみたいな世界観。

そんな表現が相応しいと思った。

「これは、二十年後のこの街の姿だ。これでもまだましな方なんだよ? 人口密集地の大都市なんかは、もっと酷い。そっちまで行ければもっと分かりやすかったかもしれないけど、時間の移動と空間の移動はまったくの別物みたいでね。その二つは同時に行えないんだ。タイムマシンならぬタイムベルトってことだ」

 今さっきまで正面にいたはずの彼は、僕の手は握ったまま、いつの間にか僕の横に立っている。

 彼の言ってることが、理解できなかった。脳みそが思考を放棄していた。

「そろそろいいだろう。じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 彼がそう言うと、また景色は移り変わって、さっきまで話をしていた場所に戻り、同じ椅子に座っていた。

 これはもう、絶対普通じゃなかった。

 訳が分からない。

 僕が幻覚を見ているという可能性を考えるべきか。

 でなければ――本当に本当なのか。

「信じてくれたかな? 信じてくれたよね? 完璧には信じていなかったとしても、少なくとも少なからず揺れ動いてるよね? じゃあ、とどめにもう一つ。さっきのを見たときに、君が考えたことを当ててみせようか。君はさっきあの風景を見てこう思ったはずだ。『まるで『ターミネーター』の、未来の世界みたいだ』ってね」

「…………!」

 もう何を聞いても驚かないとも思えたが、でも、これにも尋常じゃなく衝撃を受けた。

 具体的には、三点リーダーとエクスクラメーションマークしか絞りだせないくらいに。

「君は八日前に、GEOでレンタルした『ターミネーター(無印)』を観ている。2・3・4・はテレビで観た事があったがそれだけは観た事がなく、かねてから観ようと思っていた『ターミネーター(無印)』を。そしてそれを観た君は、それがテレビでなかなか放映されなかった理由を察してしまい、一人納得していた。それが、そんな連想を無意識にしてしまった理由だ。違うかい?」

 当たっていた。

 『あの光景』に対しての感想はもちろん、その背景となった出来事とそれについて考えたことまで、全て、余すところなく当たっていた。自分でも自覚していなかったことすら、言われてみて納得しまった。

 それらを彼は知っていた。

 僕しか知らないはずなのに。

 この事実が意味することを考えると、もはや信じるしかなかった。

「やっと信じてくれたか。長かったなあ。本当に本当になんて遠い廻り道、だ」

「………………ええ。では、百歩譲って、とりあえずそういうことなんだと『仮定』して、話を聞いてみましょうか」

 癪だったので、そういうことにしておいた。

「ははっ。素直じゃないなー。もしかしてツンデレ? 認めたんなら、そんな風に僕に意地を張る意味なんて無いでしょ? なんたって僕は未来の君自身なんだからね?」

 これが僕の未来の姿だと言うのなら、僕は大人になんかなりたくなかった。

 ていうかそうだとしたら、僕、今とキャラが違いすぎないか? 

 今は萎縮しているから、というわけではなく、僕は普段からあまり喋らない方なのだ。むしろ喋らない。話しかけられても、「……ええ、まあ」とか、曖昧な返事をしてしまう。

 それが、たかが三十年くらいでここまで変わるものなのだろうか。こんな、かぎ括弧の中身がいちいち長くて鬱陶しい人間に。

 そう考えて若干信じる気が失せかけてしまったが、改めて、この店に入ってから今さっきまでの出来事を振り返ってみて、最終的にはこの、現実と呼んでいいのか疑わしくなってきたものを受け入れて、話を聞いてみることにした。

 実のところ結構わくわくしている自分に気づいたが、それもやはり癪だった。


「というわけで、前振りはこんな感じで。いよいよ本題に入ろうか。最初に、さっき一緒に見た光景についての説明から始めようかな。君もそこが気になってるとこだろう。そう。あれは、君の予想通り『核戦争後の都市の姿』だ。さすが僕。察しがいいね。いいセンスだ。お持ち帰りしたいくらいだよ。で、なんで核戦争なんかが起きたかだけどね。きっかけは、二十年後の今日、アメリカ合衆国が某北のあの国に向けて放った核弾頭だった。最初の一発だけじゃ大した被害ではなかったが、すぐさまその国は報復。それが繰り返されてなんやかんやあるうちに戦争は全世界的なものになり、大概の国が主要都市はほぼ壊滅。主要じゃない都市も七割がた壊滅。地球は九十五パーセントくらい滅亡した。そんな世界を救うべく立ち上がった男が一人。その男は、科学者だった。また、べらぼうに頭がよかった。そんな彼はたった独りでの研究の末、なんとタイムマシンを作ることに成功した。そうそれは、引き出しの中にあったり、やっておしまいスカポンタンだったりラベンダーの香りだったり、ようこそ男の世界へだったり第三の爆弾だったり北白蛇神社の鳥居だったりそんな装備で大丈夫だったり禁則事項だったりほむほむだったりするいわば人類の夢! 彼は運が良かった。もちろん彼の才能ありきの結果ではあったけどしかし彼が死ぬまでの十年間でそれを成し遂げたのはもはや奇跡の域でさえあるとさえ言えた。そんな彼は死ぬ直前に、そのタイムマシンを使って三十年前の自分に会いに行った。自分と同じ才能を持つ過去の自分にやがて訪れる核戦争のことを伝えに。また自らの努力の結晶である、タイムマシンの設計図を渡しに。そして――世界を救うという夢を、次の自分に託し。未来を、変えるために。だが、たった二人の自分では世界を救うことなんてできないとはひとり目の彼も思ってはいた。予想していた。だから彼は二人目にも、自分と同じように、タイムマシンを製作し、それを今度はまた次の自分に受け継がせるよう指示した。いつか、世界を救うと言う悲願が達成されるときまで延々とそれを繰り返させることを要求した。二人目以降の彼は予め二十年後に起こる戦争のことを知っていて更にタイムマシンの設計図も持っているわけだから、『一人目』よりもはるかに目的の為に時間を使うことができた。その時間は、世界を救う上で必要となる、他の物を開発したりすることに割かれたりした。さっきも言ったけど、彼はとても頭が良かった。冗談抜きで、彼は知能指数の高さが群を抜いていた。高校生二年生くらいの若いうちから将来の具体的な展望を持ち合わせていれば、特に身体的に非凡な才能を必要としないほぼ全ての職に、彼は就くことができた。その目的の為ならば、自らの性格を矯正することすらした。大抵の場合は何かしらの分野の学者か研究者。時には政治家。資本家だったこともある。そのようにして、エンドレスにテクノロジーをオーバーさせ、様々な情報を集め、その全てを既にもたらされていた物と併せ、またその次の自分に引き継いでいった。そして。

 その四千と七百十人目が。

 今この僕の目の前に座っている君なのさ。

 ねぇ、僕?」

 彼は一気にそうまくし立てた。

 その話は酷く突飛で突拍子がなくて、信じられないような話だったけど、信じたくなくても信じるほかないと思ったので疑うのをやめた。

 でも、なら。

 ということはこの人は。

「じゃああなたは未来の僕でそして――もうすぐ死にそうだからと、全てを僕に託しに来たってことですか?」

 もうすぐ死にそうな人がこんなにピンピンしてるとは思いずらいし、何よりすぐ先の自分の死を自覚してる人間がこんな風に振舞えるとは思えなかったのだ。

「その通りだ」

 即答だった。

「つくづく君は疑り深い。だがそれはいい傾向だ。これからの三十年を、一人で秘密を抱え誰にも頼らず、激しい苦しみに耐えていくことになるかもしれない君にとっては――ああ、『奴ら』は世界中にネットワークを持っていてね、容易に人には頼れないんだよ。でもそうだ。僕は死ぬ。この話の終わりくらいにはポックリと逝く。そうは見えないかもしれないけど、じきに分かる。そういう風になっている。これまでの四千七百八人の僕たちは皆今から、この邂逅から三十年後、戦争の始まりから十年後の今日、一人の例外もなく死んでいる。放射能汚染によるものであろう癌であったり、それとは関係なく心筋梗塞であったり、脳卒中であったり。死因が違っても、それに関わらず肉体的な時間で今から三十年後だ。あるいはそれはタイムスリップによるなんらかの副作用なのかもしれないけど、それにしては死因の種類がばらけすぎている。だとしても、用心深い歴代の僕たちは体に少しの異常も見受けられなかったとしても、ちゃんときっかり命日を選んでくれてたのは賢明な判断だよね。そうやって、次の自分にしっかりと全部託してから、彼らは彼らにとっての、過去の世界で死んでいった。次は僕の番だ」

 そんなことを言われたら、口を挟まずにはいられなかった。

「そ、それじゃあ、ぼ」

「そして君だって、例にはもれない」

 しかし彼は、それを最後まで言わせなかった。

「それすら疑うなら、僕がこれから死んだ後、考えを改めると良い。きっとこういうのを運命というのだろう。抗いようはない」

 もう何も言えない。

 突然告げられた死の宣告。

僕はその瞬間、世界が酷くかすみ、色褪せて見えるようになった気がした。

「でも、なにもそんなに悲観することはないさ。寿命が来たら死ぬという自然の摂理は普遍の真理なのだし。またそれ以上に、未来を知ることは天国をもたらすのだから」

「――それって……」 

 あれ、どこかで聞いた覚えがあるぞ?

「未来を知ることに何の意味があるのか。それが変えようのないものなら知ってもしょうがないんじゃないか。不幸な運命なら知らないほうがいいんじゃないか。いいや、そんなことはない。未来を、運命を知ることができれば『覚悟』ができる。『覚悟』は『幸福』をもたらす。『覚悟』した者は『幸福』であるんだ。……君も知ってるだろう?」

 やはり僕が良く知ってるあれだった。まあ、僕が呼んだ漫画をこの人が知らないわけないんだろうけど。

 ……いやでも確かに、そういう風に考えられれば或いは――?

「とか言って、実のところ僕は覚悟ができなかったから考えるのをやめただけなんだけどね。だから君もそうなると思うよ」

 台無しじゃないか。

 僕の希望を返せ。

「はっはー。そんな目で僕を見るなよ。あくまでこれは『仮定』の話なんだろ? 何を本気になっているのさ」

 ……すごくうざい。

「でもまあ、今僕がこうして君の前に立っているという事実は、君がこれからそんなものにも負けず、折り合いをつけて生きていけることだって示しているんだぜ? だから大丈夫だ。僕が保障する」

「…………………………はぁ……。っふふ」

 そんな風にまとめられてしまったのはうざかった。

 でも、なぜか溜め息の後に、笑いが漏れてしまった。

「とまあ、じゃあ説明はこんなもんでいいかな。なんか質問ある?」

「! え、ええ……。じゃあ、一つ」

「ん?」

「……未来なんて、変えられるんですか?」

「…………………………………………それは一体、どういう意味だい?」、

「さっきあなたは、あたかも運命のように、違う自分が何度同じ世界を繰り返してもみんなその寿命がまったく同じで、同じときに死ぬって、言いました。言いました?」

「言いました」

「で、それが本当に、『運命』と呼べるものなら、核戦争が起きて、世界が滅亡するのもまた運命で、だから変えようとすることに意味なんてないんじゃないかと思って。無駄な、ことだと」

「それは違うよ」

 その否定は、強い確信に満ちていた。

「確かに、今までの僕たちの寿命は一度として違わず、また世界を救うという未来の改変にも今のところ成功していない。だけどそれは、そのことは運命の不可避性を肯定しない。運命というものがあったとしても、それが変えられないものだと決まっているわけじゃない。それに運命は変えるものでもない。自ら切り拓く物なんだ」

 そして、覚悟とは暗闇の荒野に進むべき道を切り開くことだッ!と小さな声で呟いてから彼はこう言った。

「少なくともそう考えなくちゃやってられない」

 身も蓋もない答えだった。

「でも、なんでだ? 僕はそんな質問、しなかったよ?」

 すぐにはその言葉の意味をはかりかねたが少しして、それは彼が三十年前、今の僕と同じ状況にあったとき、その一つ前の僕に対してさっきの質問をしなかったと言ってるのだと理解した。質問はあるかとの問いに、『ない』と答えたのだと。

「確かに僕もそのようなことを考えはした。でもそれはその話を聞いたその時点でのことじゃあない。もっと後になってからだ。それなのに君は。僕と同じであるはずの君が。それは何故なのか。………………は! ははっ」

 そこで彼は、何か重大なことに気づいたような顔をした。

「そう。そうさ。それこそだよ。なんだそうなんじゃないか! おっと。なに『わけがわからない』って顔してんだよ。本当に分からないのかい? それこそが、『運命を変える』ってことじゃあ、ないのかい?」

「そ、そんな些細なことで」

「些細なんかじゃない。いや確かにそれ自体は些細な違いなのかもしれない。けど今までの僕たちは皆一人残らず、その時点ではそんなことを考えはしなかった。驚きとかが先に立ってね。もはや『必然』と言って差し支えない事象であった。それが、その必然がさっき、君の前には崩れ去ったんだ。ならそれ以外の必然、『運命』すらも絶対に、変えられないわけじゃない、というのはそんなに飛躍した論理かい?」

 言われてみると、そんな可能性もあるかもしれないと思える。

 いやむしろ、そう考えた方が自然ですらある。

「嗚呼、なんだか君のおかげで明日に希望が持てそうだよ。僕に明日はないけどね。じゃあそういうわけで、質問ももうないのなら、君にこれから託すものを託そうか」

 そう言って彼は、どこからか古びたお菓子の缶を取り出した。

 いやまじでどこから出したんだ? さっきまで明らかにそんなもんもってなかったぞ?

「この箱には、僕ら四千七百九人の全てが入っている。三千人目あたりからそれらは行き詰まり始めてしまっていたそうなのだけど、でもそんな膠着状態も、君ならきっと打ち破れると僕は信じてる」

 それを僕は、しっかりと受け取った。

 何が入っているのか、大きさの割にとても重い。

「ああ。やっっと渡すことができた。僕の役割も終わりだ。これで心置きなくs」

 タイプミスかと一瞬思ったけど、違った。

 目線を彼のほうに向けると、彼が胸を押さえてうつむき、動かなくなっているのが見えた。

 さながらリンド・L・テイラーの様に。

 ここまでくるともう、この事態に対しての驚きはなく、むしろ納得していた。

 だが一応、本当にこの人が死んでいるのかを確かめてみる必要がある。

 僕は見よう見まねで、よく漫画などで見るように彼の首筋に指を当ててみた。

 自分自身の首筋にも指を当てて比べてみる。

 そこにあるはずの脈はなかった。

 本当に死んでいた。

 その事実はきっと、この数十分で聞いたものをみな現実にしてしまったのだろう。

 僕はもうなんか、吹っ切れていた。

 戸惑いとか迷いとか、そんなものはなくなっていた。

 そして、まずは何をすべきかを考えなくては。

「……とりあえず、この死体はどうしたものかな」

 完

 

これは、一昨年に学校の文芸部誌に載せたものをちょっと修正して投稿したものです。色々突っ込み所があるんですけど、せっかくなので上げようと思いました。あの頃の自分のパーソナリティーがもろに反映されてるのでとても懐かしいです。

あと、なろうに上げるのは初めてなので、何とぞよろしくお願いします。


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