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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
9/78

9 眠気と吹っ掛け

担任に注意され、帰るまでの時間を教室で過ごすようになってから数日後。

校庭で眠る、という習慣を止めた睦人は、


「宮古‼お前、ずいぶん眠そうだな! そんな風じゃいざって時に力が出せねえぞ⁉」

「はあ……」


 中寺に諭され、


「宮古君、目の下の熊さん、結構長くいるけど飼ってるの?」

「いや、飼ってはいない」


 桐生に問われ、


「宮古君、最近授業中も眠たそうですが、夜はしっかり眠っていますか?」

「はい……一応は」


 担任に追及され、


「睦人、もしかして悩みでもあるの?大丈夫?」

「……ああ、大丈夫だ。心配かけてすまない」


 如奈に心配されていた。


「……正直、眠気が限界だ」


 昼休みに、廊下を歩きながら睦人は呟く。誰に言うわけでもないが、思考がつい口から漏れ出す程度には睦人は疲れていた。


あの日から睦人の眠気は徐々に蓄積し、数日たった今は周囲からも指摘されるほどになっていた。


 家で眠るといつもの夢を見てしまい、深くは眠れず寧ろ気疲れする。だからといって、放課後に教室で眠れば解消するのかと言われればそれも違い、浅い眠りを繰り返すだけだった。


「外だと、スッと眠れるんだが……」


 晴れた日の放課後に外を歩いていると、次第に頭がぼんやりとし意識が遠のく感覚に襲われ、短時間だが深い眠りにつける。睦人はその短時間の眠りを中心として、あとは夜に微睡む程度に休むことで普段の生活を保っていた。


 眠いのに眠れない、という状況を初めて経験し睦人は自身で体をコントロールできないことに困惑し、ストレスを感じるようになってきていた。


「変な生活リズムができてしまったのか、まずいな」


 生活の乱れが日常に支障をきたしていることに、睦人は危機感と情けなさを覚える。


 ややおぼつかない足取りで廊下を進み、気分転換と少しでも目を覚まそうと自動販売機に来ていた。


「えっと、牛乳は……」


 パックの牛乳を購入しようと、睦人はお金をいれてボタンを押す。ガコン、とすぐに出てきた商品をとり、手にもってふらふらと教室に戻った。


「宮古君、おかえりー」

「ん、ああ。ただいま」


 桐生の呼びかけにも違和感を持たずに返事をしてしまう程度には睦人は疲れていた。


「あれ、今日は牛乳じゃないんだ。何買ったの?」

「は……?」


 桐生の言ってることが理解できず、席についてから不思議そうに睦人は手の中の物を見る。


「あ……」

「どうしたの、宮古君?」

「……間違えた」


 睦人の手中には、普段買っている牛の絵がプリントされた白い紙パックではなく、真っ赤でみずみずしいトマトがプリントされた飲料があった。


「あー、そういうこと」


 睦人の肩から顔をのぞかせ、手中の物を確認すると桐生はおかしそうに笑う。


「たまにあるよねー、ドンマイ」

「そうだな、仕方ない……」


 はあ、と溜息を漏らしながら睦人はストローを袋から取りだし、パックに刺そうとする。だが、予想以上に力が入ってしまい、ぐしゃっとパックが潰れた。


「え……」

「ぅわっ!」


 ビュッとストローを通じて中身が噴出し、睦人と桐生に吹きかけられてしまった。


 一瞬何が起きたかわからなかった二人だが、先に口を開いたのは桐生だった。


「あー……宮古君、ティッシュある?」

「すまない、桐生!すぐに出す!!」


 慌ててポケットティッシュを取り出すと、睦人は拭こうと桐生のほうを向く。


「……!」


 ドクン、と鼓動が大きく跳ねた。


「あ……」

「宮古君?」


 ティッシュを片手に、睦人は固まった。目を瞬間的に見開き、口が半開きになる。


 桐生の顔から、正しくは桐生の顔を流れる赤い液体から目が離せない。


 早く拭かなくては、そう頭の隅では思うのに、捕らえられた意識はその流れを追ってしまう。


 零れるしずくをもったいないと、何の違和感も持たずに残念に感じる。喉には渇きを覚え、口内に溜まる唾液を無意識に嚥下した。その間にも、また一滴、落ちていきそうな滴りに胸がどうしようもなく高鳴ってしまう。


 掬えないなら、舌で直接。とまで睦人が考えたところで、


「あの、宮古君。それ貸してもらっていい?」


 桐生がそう言って睦人の手中のティッシュを数枚取った。


 はっ、と睦人は思考を現実に引き戻され慌てて更にティッシュを取り出し桐生に渡す。


「睦人、桐生君。よかったらこれ使って?」


 ぱたぱたと如奈が駆けてきて、二枚のタオルを二人に渡す。如奈が部活で使用するもので、粗品で貰ったのであろうか店の名前と住所が書かれている。


「ありがとー、でも僕は平気だよ」

「そう?じゃあはい、睦人」

「……ありがとう」


 タオルを受け取りながらも、自分は何を、と先までの考えに睦人は顔をさっと青くし、茫然とする。


「宮古君さー」

「あ、ああ」


 よくわからない罪悪感からビクッとする睦人に、桐生はティッシュで顔を拭きながら不思議そうに続ける。


「見惚れてくれたのは嬉しいんだけど、早く拭かないと染みになっちゃうよ?」


 それ、と桐生は睦人の全身を指さす。


 桐生は顔だけだが、睦人は首から下にもトマトジュースがかかってしまっている。浅葱色のブレザーはすでに一部が変色しており、シャツの襟など最早手遅れだった。


「うわっ……まずいな」

「睦人、着替えたら?」

「……そうする。如奈、タオルは明日で大丈夫か?」

「ええ、今日はいっぱいもってきたから」

「そうか、助かる。じゃあ行ってくる」


 その場から逃げ出すように睦人は席を立ち、急いで更衣室へと向かった。


 睦人の背を見送りながら、残された二人に一瞬の静寂が降りる。そして、桐生が何かを考えながらポツリと呟いた。


「宮古君、見惚れてたって否定しなかったなー……」


 桐生が手についてしまったトマトジュースを舐めとると、ほのかに青臭くて甘酸っぱかった。


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