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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
77/78

77 親は黒歴史をよく知っている


「すみませんでした」


 言葉と共に睦人は頭を下げる。


「せっかくいただいたものを、無駄にしてしまい……」

「宮古ちゃん、そう謝らないで。仕方のないことだわ。それより、宮古ちゃんが無事でよかったわー」


 如奈の家で、睦人はお裾分けを落としてしまったことを謝罪する。


 対面に座る如奈の母親は、謝られた内容については特に気にした様子もなく、睦人が無事であることに安堵していた。


「昨日、宮古ちゃんのお母さんに電話したのー。そうしたらあの子、這ってでも帰る !! って大騒ぎでねー」

「母に連絡してくださったんですか。……それは、えと、ありがとうございます」


 睦人としては、事故に巻き込まれたことよりもその後にわかってしまったことの衝撃が大きく、また親に言い出せないようなことだったので連絡を躊躇っていた次第である。


「睦人のお母さん、えっと、以前よりも元気になられたのね」

「ああ、最近は起きていられる時間も増えたらしい。……気苦労を増やしてしまっただろうか」

「宮古ちゃん、親が子を気にするのは当り前よー ? それに、あの子は昔から心は強い子だったからきっと大丈夫よー」


 如奈の母親は、母の体調を気にする睦人を励ました。


 その言葉の一部分に、如奈は疑問を抱く。


「お母さん、昔からって ?」

「あら、言ってなかったかしら。私とあの子はね、幼馴染なのよー ?」

「え、そうだったの ? ……睦人、知っていた ?」

「いや、初耳だ……」


 如奈の問いかけに、睦人は首を横に振り、全く、と返した。


 突如発覚した事実に、二人は驚きを隠せない。そんな二人に、如奈の母親はしみじみと語り始めた。


「ふふふ、私の出身はあの子が今いるご実家の近くなのよー ? こっちで再会したときは驚いてねー、しかも二人とも同い年の子供がいたものだから……仲良くなってくれて嬉しいわー」


 没交渉であった時代もあるが、如奈と睦人のそれぞれの母親は浅くはない仲であったらしい。


 懐かしそうに話す如奈の母親は思い出したように、そうそう、と話を繋げる。


「だから、私も宮古ちゃんのことを仲良くお名前で呼びたいのだけどねー。ねえ如奈、ダメかしら ?」

「え ? お母さん、何で私に訊くの ?」

「あら、如奈、覚えてないのー ?」


 心底不思議そうにする如奈に、母親も不思議そうに返す。


 その二人の表情を、似ているな、と睦人は思った。


「あなたが幼稚園の時に、私が『睦人ちゃん』って呼んだのを嫌がったのよー ?」

「え ? ……え !?」

「そんなことがあったんですか !?」


 覚えがない如奈だけではなく、それを聞いた睦人も思わず身を乗り出し驚愕する。


「ええ。最初は睦人ちゃんって呼んでいたんだけど、ある日お家に帰ったら「睦人って呼ばないでー」ってあなた怒っちゃって。如奈も名前で呼んでるじゃないって言ったら、私は良いのー ! って……」

「そんなことを……え、そんな、私は……」

「……」


 如奈は、不意に言われた幼少期の思い出に赤面する。


 そして、睦人はにやける口元を片手で覆いつつ、もう片手は机の下でガッツポーズを作っていた。


 二者それぞれに言葉を失う少年少女を前に、如奈の母親もこれ以上話すのは無粋だろうと判断し、話を最初に戻した。


「そんなわけで、折角治ってきたんだし、宮古ちゃんの無事を確かめたら連絡するから療養してなさい、って言ったら渋々落ち着いたわー。お父さんが出張から帰ったらすぐ会いに行かせるんだー、って言っていたわ」

「そうですか……ありがとうございます。俺としても、母には体を治すのを第一にしてほしいですから……」

「宮古ちゃんは本当にできた子ねー。でも、宮古ちゃんに何かあったら親御さんや私たちに頼っていいんだからね ?」

「睦人、えっと、私でもいいんだからね ?」


 寧ろ自分を頼れとばかりに如奈は主張する。


 そんな篠崎母娘の気づかいに、睦人は目頭が熱を帯びるのを感じた。


「すみません、本当にありがとうございます」


 そうとしか返せず、睦人は深く頭を下げた。


「いいのよー、気にしないで。じゃあ、宮古ちゃんのお母さんには私が連絡しておくから、宮古ちゃんは落ち着いたら電話してあげてねー ? すぐに口に出すと、色々と思い出しちゃうかもしれないから」

「はい……そう、します」


 連絡を躊躇っていることを理由は知らずとも察し、如奈の母親は睦人を窘めた。睦人は肯定を示すものの、その返事はどこかぎこちなく、無意識に視線を俯かせる。


 話が一段落し、如奈の母親はさらに別の話題を提示した。


「そうそう、宮古ちゃん。話は変わるけど、今日は夕ご飯を食べていってねー ? 今支度するからー」

「え、いや、そこまでお世話になるのは……」

「お母さん、私も手伝うわ」

「いいのよー、下拵えはしてあるから。それより、如奈は宮古ちゃんとお話ししていて ?」


 そう言うが早いか、如奈の母親はパタパタと台所に消えていった。


 残された二人は、着席したまま言われたように話し始めた。


「何か……すまないな、何から何まで」

「えっと、きっと気にしなくて大丈夫よ。お母さん、睦人のこと好きだから」

「そうか……」


 好かれている、といっても甘えすぎるのもいけないだろうと睦人は心中で自身を顧みる。


 そして、ふと先ほどの話を思い出した。


「そういえば如奈、さっきの話なんだが」

「さっきの ?」

「ああ。その、俺の呼び方、のことで……」

「……睦人」


 如奈はじわじわと顔が赤くなり、思わず咎めるように睦人の名を呼んだ。


「できれば、その、あまり触れないでほしいのだけど……」


 語尾が徐々に弱くなり、消え入るように如奈は懇願する。


 恥ずかしがる姿が珍しく、どこかいじらしい様子に悪戯心をくすぐられて、睦人はさらに踏み込んだ話を振った。


「ああ、まあ、そうだろうとは思うのだが……俺としても気になることがあって」

「睦人、面白がっているでしょう ?」

「……少し」

「……」


 図星を突かれ、睦人は頬を掻く。しかしその口元は緩んでおり、態度を改める気がないのは明白だった。


「……いじわる」


 唇を尖らせ、如奈はポツリと抗議する。


 その可愛らしいだけの仕草に、睦人の心中は春の嵐のように大荒れになった。


「いや、俺としてもこう……おばさんがダメかと訊いていたことの答えを知りたくて」

「睦人、顔がにやけているわ」

「致し方ないことだ。……まあ、無理に答えろとは言わないが」


 睦人としても、如奈の心を苛むつもりは毛頭ないため引き際をわきまえている。


 しかし、それで幼馴染が引くこともないと何とはなしにわかっていた。


「えっと……」


 案の定、如奈は視線をうろつかせ、困ったように口籠る。唇を噛み不服を示す様子はどこか幼く、存分に睦人の庇護欲と悪戯心を煽る。


 そして、羞恥と誠意の狭間で瞳を揺らし、頬を珊瑚色に染めた艶のある表情に睦人の鼓動は高まりっぱなしであった。


「その、睦人の気分を害するかもしれないのだけど」

「うん」


 それはないだろう、と睦人は心中で即座に否定した。


「……あまり、良い気はしないわ」


 何とか絞り出された答えに、睦人の中で何かが限界を超えた。


「……ふっ」


 睦人が思わず吹き出すと、如奈は弾かれたように顔を上げる。


「睦人 ! わ、笑わないで !」

「いや、そんなつもりはなかったんだが……いや、すまない……ふっ」

「睦人 !!」


 口を手で覆い肩を揺らす幼馴染に、如奈は顔を真っ赤にする。


「そ、そんなに笑わないでもいいじゃない ! その、えっと……もう !」


 羞恥が怒りに変わりつつある如奈は、気持ちに言葉が追い付かない。


 一しきり笑うと、睦人は拗ねる如奈を宥めにかかった。


「如奈、その、悪かった。如奈を貶すつもりは毛頭なくて、あまりに可愛らしいから、思わず笑みが込み上げてきて」

「睦人の意地悪」

「確かに意地が悪かった。如奈がいじらしいから、ついやりすぎてしまった。悪かった」

「……」


 納得はしていないが、睦人の反応が負の感情に由来したわけではないことは如奈に伝わった。


「ああ、それに如奈の答えも全然嫌じゃないから。寧ろ嬉しい」

「嬉しい、の ?」

「ああ、嬉しい」


 聞き返す如奈に対し、睦人はきっぱりと断言する。


「……そう」


 睦人の言葉に、如奈の心も徐々に平穏を取り戻す。


 如奈に寂しい思いをさせた反省から睦人は意識して心中を話しているが、それが功を奏したようだった。


「それなら、その、良かったわ」

「ああ、本当に悪かった」

「うん、わかったわ」


 如奈も機嫌が完全に直り、それ以上の謝罪や言い分は求めなかった。


 睦人もその様子に安堵する。しかし、生まれた僅かな沈黙が何故だか気恥ずかしくなり、二人は雰囲気を払拭しようと何か別の話題を探した。


「えっと……あ、そういえば睦人」

「え、ああ、何だ ?」


 如奈が話題を切り出し、睦人も積極的に応じた。


「えっとね、思い出させてしまって、その、申し訳ないんだけどね。昨日事故にあった方、その、無事なんですって」

「あ、ああ……。そう、らしいな」


 突然昨晩のことを振られ、睦人は思わず身構える。


「何だか色々とあったけど、えっと、大きな被害がでなくて良かったわね !」

「……ああ。ああ、そうだな。その通りだな」


 如奈に言われ、睦人も改めてそう思う。


 追いかけてきた人物のこと、その後の事故で睦人が思い出したこと、懸念事項は多くあるが昨晩の事故が直接の原因で取り返しのつかないことは何も起きていない。


 目撃者として、それは良かったと言ってもよいことだと睦人は改めて気付かされる。


―――しかし、


 睦人の脳裏をある気になることがよぎる。


―――あの感覚は、何だったんだろうか。


 睦人は昨晩の、事故よりさらに前のことに思いを馳せる。


 白髪の、自分たちを追いかけてきた人物を見たとき、睦人は緊張や不安とは別の衝動を覚えた。


 喉が渇き、鼓動が早まる。込み上げたものは思考を奪い、暴力的な感情に身を委ねかけた。


 一過性のものかとも思うが、睦人はどこか引っ掛かりを覚え、捨ておくことができなかった。


「二人とも、お待たせしたわ―。ご飯にしましょう ?」

「わあ ! ありがとう、お母さん !!」

「ありがとうございます」


 如奈の母親が、夕飯の支度を終えて台所から戻ってくる。


 テーブルには温かいご飯が次々に並べられ、それに合わせ如奈の瞳も輝いていく。


 すべて並べ終ると、如奈は嬉々として早速手をあわせた。


「いただきます」

「はい、召し上がれ ? いっぱい食べるのよー ? 宮古ちゃんも、遠慮しないでね」

「ええ、お母さんありがとう 。 睦人、おいしそうね ?」

「あ、ああ」


 如奈に問われて、睦人は同意を示した。


 目の前に並べられた、暖かく作り手の愛情が感じられるご飯の数々。


 それを前に、綺麗で血色の良い笑みを浮かべる幼馴染。


 それらを見て、睦人は思わず喉を鳴らし、瞳の色を変える。 


「とても、美味しそうだな」


 睦人は、あまり考えずに素直な思いを口にした。


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