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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
75/78

75 開き直ると大抵のことは出来る-1


「本当に、色々と迷惑をかけた」

「気にしないでよー。好きでやったんだし」


 弥の家の玄関で二人は言葉を交わす。弥は着流しのままだが、睦人は身支度を整え帰宅の準備をすっかり済ませていた。


「そうは言ってもだな……」

「じゃあ、今度何かお礼してよー。この前みたいにさ」


 この前、というのはスーパーで弥が睦人を助けた際のことを指している。それを察した睦人は、腑に落ちない、と顔に表す。


「……あれは礼にはいるのか ?」

「僕にとっては、とーっても大切なことだからねー」

「そう、か……」


 なおも納得のいかない睦人だが、礼をするべき相手がそれで満足しているのでそれ以上の言葉は呑み込んだ。


「じゃあ、みゃーこさんまた明日ね」

「ああ、また明日」


 挨拶をし、睦人は弥に背を向け歩き出す。


 しかし、数歩進んだところで弥は思い出したように声をかけた。


「あ、そうだみゃーこさん」

「ん、何だ ?」


 睦人が立ち止まり振り向くと、弥は睦人としっかりと視線を合わせてきた。


「気にしてるみたいだけどさ、みゃーこさんはきっと大丈夫だよ」

「…… ?」

「みゃーこさんは、篠崎さんの血を吸ったりしないよ」


 そう言う弥の声は柔らかく、揶揄や嫌味は微塵もない。


「……」


 しかし、睦人はそれを正面から受け止められず、思わず視線を俯かせた。


「……そうだと、いいんだが」


 何とか絞り出された言葉に、弥も苦笑を浮かべる。


「あはは。ごめんね、変なこと言って」

「いや……」


 気にしていることを刺激されたわけだが、悪意があってのことではないので睦人はそれ以上は口にしない。


 ただ、心中に細波を起こすには充分であった。


「引き止めてごめんね。じゃあ、明日学校でねー」

「ああ、明日な」


 話を打ち切ると、弥は再度睦人を送る言葉を述べる。


 応じるや否や睦人は弥に背を向け、そそくさと弥の家を後にした。


「……」


 睦人の姿が消えるのを確認すると、弥は口元に笑みを浮かべた。


「……大丈夫だって」


 睦人が歩いて行った方に視線を送り、弥は小さく漏らす。


「みゃーこさんに血を吸ってほしい相手は、別にいるから」


 はっきり告げられたそれには、隠せない機嫌の良さが滲んでいる。


 しかし、家主のみになった家でその言葉を聴いたものはいなかった。






 弥の家を出た睦人は無意識に歩む速度を徐々に上げ、小走りになって夕暮れの街を進んだ。


 弥と話したことで起きた心中の揺らめきを追い払う様に、より大きな衝動に身を任せただ足を動かす。


 商店街を抜け、住宅街に入る。そして、進みなれた道を行き、ある民家の近くで足を止めた。


「来てしまった……」


 僅かに上がった息を整え、目前の民家を見遣る。表札に『篠崎』とあった。如奈(ゆきな)の家であった。


 ―――話したいから、勢いで来てしまったが。


 会いにくい、としていた睦人だがその後のことで考えに変化があった。


 落ち着きを取り戻し、ふうと一息つくと睦人は焦りを表情に見せた。


「招かれたわけでもないのに、突然お邪魔することはできないしな……」


 全くの考えなしに来てしまったことを、睦人は僅かに後悔する。


「如奈を、拒否した手前でもあるし……」


 吐かれた言葉は睦人自身の心に重くのしかかった。


 明言こそされていないが、弥の家を訪ねた如奈が睦人に会わなかったのは睦人が会いにくいとしたからであろう。睦人はそのことにほぼ確信を抱いていた。


―――身勝手だな、俺は。


 拒否しておきながら会いに来た、その身勝手さに自嘲を漏らす。


 しかし、だからと言って睦人は今更考えを翻さなかった。


「明日学校で……いや、それだと遅いだろう」


 なお、睦人の目的は如奈と話すことだが、電話などを使って話すという発想はなかった。睦人には如奈と直接会って話す、という考えしかない。


 これは今回のことが直接会わないといけないような話だからではなく、「どうせ話すなら会って話したい」という思いが長年かけて習慣化した結果であった。


「……睦人 ?」


 聞こえた声に、睦人は弾かれたように振り返る。


 視線の先には、今まさに思考を占めていた如奈その人が立っていた。公園で今日の修行を終え、ちょうど帰宅したところであった。


「如奈 ?」

「えっと、あ、帰るところよね ?」


 如奈は視線をうろつかせ、遠慮がちに声をかける。


 思わぬ偶然に睦人は如奈の名を口にする。


 自身に用があるとは思っていない如奈はそのまま家に帰ろうとする。そんな如奈を睦人は考えるよりも早く呼び止めた。


「あ、いや、そうじゃなくて……」


 一瞬睦人の胸中にも躊躇が生まれる。しかし、睦人はそれを振り払い話を切り出した。

「如奈、その、俺から会いにくいと言っておいて勝手で悪いんだが」

「う、うん」

「今、話してもいいだろうか ?」

「え…… ?」

「お前と、話がしたくて来たんだ」

「……」


 如奈は、睦人の言葉を受け止め処理するのに数秒を要した。


「……うん」


 そして、神妙な面持ちで頷いて見せた。


「私も、昨日の続き、話してなかったから……」


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