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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
74/78

74 悩みから逸れるのも必要


 何とはなしに、真っすぐに家に帰る気も起らず如奈(ゆきな)は近所の公園へと来ていた。


 事故の影響か、日暮れ前の時間帯にも関わらず人はいない。ベンチに腰を下ろして(ほか)に誰もいない公園を見回した。


「変わってないわね……」


 幼少期から訪れている公園だが、十数年の間にこれといって大きな変化はなかった。ただ、今は色褪せたり錆びついている遊具に見えるものが、幼かった当時はこの上なく輝いて見えてい。それはおそらく、経年劣化によることだけではない。


「……っ」


 昨晩の事故がフラッシュバックし、如奈は眉を顰めた。同時に自身が事故にあった記憶も引っ張られてしまい、眉間のしわが深くなった。


 かと言って、如奈はこの公園に悪い思い出ばかりがあるわけではない。睦人と遊んだことや、キリアに木登りを教わっていること。如奈にとっては大切な思い出も多く存在した。


―――何か、疲れたな……。


 一つ溜息をつき、如奈は自分が疲れていたことを自覚する。


―――体力には自信あるのに。


 睦人と揉め、事故に遭遇し、それらすべてについて如奈は心を痛めひどく悩んだ。

身体的な面よりも短期間での精神的な消耗が大きく、如奈はベンチにもたれかかった。


 視線を下げて俯いていると、何者かが公園へと足を踏み入れた。


 やって来た気配は如奈のもとへと駆けてきて、如奈が顔を上げると見知った姿があった。


「師匠…… ?」

「よっ ! 奇遇だな !!」


 キリアは挨拶をすると、如奈の横に腰掛けた。


「今日は早いんだな ? 荷物多いし」

「今日は、その、学校からそのまま来たので。師匠もお早いんですね」

「あー、俺はその……歩いてたらここに着いた ? 」


 頬を掻きながら、キリアは曖昧に返す。


 弥と別れた後、キリアは頭を切り替え今後のことを考えようとした。しかし、先の会話が頭を離れず動揺や邪推が思考を妨げた。僅かに進んだだけで思考は停滞し、元々あまり考えないタイプのキリアは考えるのを止めた。


 結果的に、集中力が散漫になったままにふらふらとしていたら、無意識のうちに公園に足が向いていたのであった。


「あ……そうだ、折角はやく会えたから、伝えたいことがあるんだ」

「はい、何ですか ?」

「実はよ、えーっと修行 ? はそろそろ終わりにしようと思うんだ」

「え……終わり、ですか ?」

「ああ」


 間を持って如奈は言葉の意味を正しく理解する。


「お前も大分、えーっと上達 ? したし。それと、俺の都合で悪いんだけどよ、ちょっと専念したい、っていうかしなくちゃならねえことがあって」

「そう、ですか……」


 ようは、キリアの事情で修行をやめようとしているのだ。


 言っていて後ろめたいのか、キリアの語尾が弱くなる。すると、如奈が立ち上がりキリアの前に立つ形になった。


「師匠」

「あ、はい……」


 ユラリと立ち上がった如奈は、キリアへと強い視線を送る。気怠そうな瞳は、見方によっては感情の削がれた威圧を感じた。


 僅かに委縮するキリアに向かって、如奈はゆっくりと頭を下げた。


「ありがとうございました」

「……え ?」


 そのまま深いお辞儀を保ち、しばらく後上半身を起き上がらせる。


 そして、状況が呑み込めなかったキリアに向かって微笑みかける。


「えっと、師匠もお忙しいのに、その、修行に付き合っていただいて、本当に助かりました」

「……」


 二、三回瞬きするキリアに対し、如奈はさらに続ける。


「修行以外でも、えと、師匠にたくさんお話を聴いていただいて、その、一歩踏み出せました。ですから、……師匠ともう修行できないのは、えっと……寂しいですが、教えていただいたことを糧に、今後も精進します」


 なんとか礼を言うと、如奈は決して悪い意味ではない寂寥感を、どこか達成感にも似た感情を抱いていた。


「そ、っか……」


 いくつかわからない日本語がありながらも、キリアは礼を言われたことを理解する。


―――そこまで感謝されること、したか…… ?


 キリアとしては、小さな親切、くらいの感覚であったために改まった礼に少々戸惑う。


 しかし、抱いたのはそれ以上の、快感にも似た喜びで、強張っていた表情が緩み自然と頬が笑みを描いた。


「こっちこそ、色々とありがとうな」


 込み上げた感謝をのせた声は柔らかく、後ろめたさはいつのまにか霧散していた。


「日本のこととかよく知らなくて、お前がいて助かった。ありがとうな」

「いえ、えっと、そんなことは……」

「いや本当に。話せる相手が居るって、やっぱり大切だなーって思ったし」


 感謝を返されて如奈が恐縮し照れを浮かべると、キリアもベンチから立ち上がる。


「よし、じゃあ今日は早めにはじめるか !!」

「はい ! よろしくお願いします !!」


 晴れ晴れ、とは言わずとも双方とも声音は先よりも明るい。


 誰もいない公園で、今だけは悩み事も二人に介入できなかった。


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