7 思い出と帰り道(※付き合ってはいません)
まだ日の落ちきらない、徐々に夕日が色濃くなっていく時分に睦人と如奈は帰路についていた。
「ふぁ……」
睦人にとってはまだ眠気が残っている時間帯で、欠伸を噛み殺しどこか億劫そうに一歩一歩足を進める。
「睦人、今日は眠らなかったの?」
「まあ……注意をされたばかりだったからな……」
放課後、いつもならば校庭で眠っている睦人はそのまま教室で如奈の部活が終わるのを待っていた。習慣のせいか眠気に襲われたものの、逆らえないほどのものではなく、悪戯されないようにと念を入れてずっと起きていることにしたのが仇になっていた。
如奈は目を瞠り珍しい物を見る視線を幼馴染に向ける。
「十三年目の驚き……」
「お前は、俺をなんだと思っているんだ」
誇張気味に反応した如奈に、睦人は突っ込みをいれた。
「えっと、万年寝太郎……だっけ?」
「………………」
「それか、寝坊助?」
「…………………………」
睦人は、如奈のマイペースだが芯が通っていて素直な部分を好ましく思っている。幼馴染として長年付き合いがあるせいか、そのような如奈の性格を長所と捉え、意識はしていないが誇らしくも思っている。
その分、今の如奈の言葉が冗談ではなく本心から言われている、悪気のない純粋な思いであることも正しく理解できてしまった。
「睦人?眠たいの?」
「いや、大丈夫だ……」
無反応の睦人を本心から心配する如奈の言葉に、睦人は大丈夫だと見得を返した。
実際のところ、大好きな幼馴染が自分をどう思っているかを知ってしまって凹んでいた。ただでさえ格好つけたい年頃であるのに、自分で尋ねておきながらとても凹んでいた。
「おんぶする?」
「遠慮する」
これ以上の失態はおかせない、と眠たい頭でややずれた決意をし、睦人は如奈の問いに答えた。
「それで、私が部活を終えるまで何をしていたの?」
「……物理の、復習を」
「へえ、偉いわね……」
感心して言う如奈の言葉に、睦人は答えを返さなかった。
「睦人?」
不思議に思い如奈がそうっと睦人の顔を覗き込むと、睦人は眠たそうに目蓋をこすっている。半分閉じられた瞳はトロンとして、抗おうとしているが今まさに眠りに堕ちかけていた。
睦人は自身を覗き込む如奈に気がつくと、はっ、と目を開き、慌てて焦点を如奈にあわせる。
「すまない。えっと……」
「偉いわね、って言ったのよ?」
「あ、ああ」
目蓋を強くこすり、首を振って眠気を追い払おうとする睦人に、如奈は幾分か優しく声をかける。
「せめて家までは頑張って、睦人」
柔らかな声には慈愛が滲み、表情は綻ぶように崩される。
如奈には、眠気を堪えふらふらと危なっかしく歩みを進める睦人と、幼い時の睦人が重なって見えていた。
『如奈ちゃん、眠いよお……』
『お家までは頑張って、睦人君!』
幼い頃、一緒に遊んでいて睦人が眠気を訴えてくることがよくあった。その度に如奈はせめて家までは頑張るように励まし、手を引いて二人で帰っていたのだ。
幼い頃の大切な記憶だった。
そして、ふと幼子のような悪戯心も胸中に湧いてきた。
「睦人、えっと、これ何本指が伸びてる?」
如奈は睦人の眼前に右手を突き出し、唐突にそう問うた。
「……四本?」
「ううん、二本よ」
如奈の手は親指と人差し指が伸ばされ、あとの指は曲げられていた。
「……すまない」
「謝らないで、えっと、寧ろからかってごめんなさい」
睦人もいいかげん自身の眠気を認め、謝罪するしかなかった。別に罪悪感をもってほしいわけではないので如奈も悪質な部分があったと謝るが、してやったりと微笑ましく思う気持ちも嘘ではなかった。
「帰りましょう?」
「ん、ああ……」
如奈の呼びかけに、睦人は何とか返事をする。
いつもより時間をかけて、手をつなぎこそしなかったが、二人はゆっくりと帰路を歩いて行った。