63 吐くと楽になることもある-1
強くなる雨音、蛍光灯の無機質な明かり、冷えたコンクリートの床。事故の直後に向かった交番は、如奈にとって息苦しい場所だった。
「つまり……こういう言い方は良くないが、決定的な瞬間は見なかったんだね」
「はい、睦人……えっと、一緒にいた男の子が、こう、手で目を覆ってくれたので」
警察に連れてこられた如奈は、しどろもどろではあったが自分が見たことを警官に話していた。
裏道を歩いていたら、青年に会ったこと。不審者だと思い、逃げたこと。ブレーキ音ののち、しばらくしたら周囲が騒がしく事故に気が付いたこと。
「そっか、それで彼は……」
警官は言葉を濁すが、その先がわからないほど如奈は鈍くはない。
事故を見た衝撃で睦人は倒れたのだと、そう言いたいのだ。詳細は異なるのだが、大体はその通りである。
「彼、以前に交番に来たときは、少し怖かったが……優しいんだな」
「……はい」
頷く如奈の顔は、交番に来てから一番辛そうであった。
昼休み、食欲がわかずに早めに昼ご飯を切り上げた如奈は、言われた通りに生徒指導室へと向かう。
「失礼します……」
「はい、どうぞ」
中ではすでに担任が待っており、にこやかに如奈を迎え入れる。
「お昼にすみません。篠崎さん、昼ご飯はしっかり食べられましたか ?」
「えっと……あまり……」
「そうですか……。ああ、すみません、そこに座ってください」
促されるままに如奈は担任の対面に腰掛ける。
初めて訪れる生徒指導室にどこか落ち着かない気持ちになるが、担任が微笑みその緊張を和らげる。
「察しているかもしれませんが、今日は篠崎さんに指導をすることが目的ではありません。その点では安心してください」
「……えと、はい」
「単刀直入に言ってしまうと……篠崎さんが昨日事故現場に居合わせたことについてです。警察の方から学校に連絡がありましたので」
やっぱり、と思うとともに如奈は無意識に唇を噛む。
その消沈した表情を見て、担任は慌てて補足を入れる。
「ああ、えと、何も根掘り葉掘り事を訊こう、というわけではありません。寧ろ、篠崎さんが何か言いたいことがないかと思いまして」
「言いたいこと、ですか ?」
「はい。朝から浮かない表情をしてましたので、何か抱えてしまったのではないかと思いまして。……逆に嫌なことを思い出させてしまったみたいですが。すみません」
「いえ、そんなことは ! ……えっと、ありがとう、ございます」
申し訳ない、と思いつつも誰かが気にかけてくれたことで僅かに心が軽くなる。
かと言って、心中にあるものがすぐに言葉として出てくるわけでもない。
「えっと……」
「……急に言われても困りますか。言いたくないことを無理に言わせたりはしませんよ ?」
担任が話を切り上げようとする。
一方で、その言葉に逆に後押しされるように如奈は口を開いた。
「先生……」
小さな声であったが、担任は聞き逃すことなく反応する。そして、身を入れて聴く体勢になった。
「あの、こんなこと言われても困るとは思うんですが……」
「構いませんよ、こちらのお節介なんですから」
「昨日の事故……というか、今日、睦人や桐生君が休んでいることなんですが……」
「はい」
切り出すと、一拍置いてから本題を話し始めた。
「……私のせい、なんです」
そう言う瞳は悲痛に揺れていた。




