51 似た経験をすると仲良くなれる-2
「……メダカ」
キリアが繰り返すと、如奈は頷いて肯定を示す。
キリアの脳内には、小川を泳ぐ小さな魚と大量の疑問符が浮かんでいた。
「今日、えっと、幼馴染が勉強しに家に来てくれたんですが……」
特に「メダカ」の説明はしないで、如奈は続きを話す。
幼馴染が家に来たこと。
けがを心配したら「大丈夫」と返されたこと。
自分が泣いてしまったこと。
つっかえながらの説明なのですべて話すことに時間が掛かったが、その間キリアは黙って耳を傾けていた。
「「大丈夫」って、私を気遣って言ってくれたと思うんです。……なのに、私は、えっと、寂しく思ってしまって」
「泣いて困らせて、自分がされて嫌なことをしてしまったんです」
如奈は一通り話終えたからか、一息ついた。
「だから、私、メダカなんです」
「……そうか」
キリアは、話の流れから「メダカ」は自虐の一種なのだろうと理解した。本当は意味を尋ねたいところであったが、眼前に下手したら泣きそうな子がいるのに、話の腰を折るような質問をするのは憚られた。
ちなみに、「メダカ」というのは、掬いようがない、というのを転じて、救いようがない、という意味で使っており「救いようがないほどダメなやつ」と表している。これが日本語に通じている相手であっても説明が必要なことであるということまで如奈は頭が回っていなかった。
キリアは代わりに、話の確信であろう部分に触れることにした。
「その、嫌なこと、って何か訊いていいか ? よくわからなかったんだけど」
「あ、すみません……。えっと、「大丈夫」って言われると、その、何も言われないような、頼ってもらえないような気がして、寂しくなってしまったんです。……あ、もちろん聞かれたくないこともあるんだと思います」
「うん」
「なのに、自分が泣いたとき、幼馴染が困っているのに、えっと、どうして自分が泣いたのか、言わなかったんです。……多分、余計に困らせてしまいました」
困っているどころか、浴槽に沈んで奇行に走っているのだが、それを知る如奈ではない。
「うーん……」
聞いた話を、キリアは脳内で整理する。
とは言っても、詳しい事情を知らないうえに、相手の幼馴染を知らないので踏み入ったことがいえない立場であることはわかっていた。実際は、相手の幼馴染が誰かを知らないだけで、会ったことや話したことは十分にあるのだが。
「何が悪くて、自分がどうするべき、……ってのはわかってると思うから、俺はそれ以上言わねえけど」
前置きをし、キリアは如奈の頭に手を置いた。
「自分で自分を責めるのは、逃げ場がないからほどほどにな」
そう言って、如奈の頭を撫でる。
「でも……」
「そりゃあ、すぐに納得はいかねえと思うけどよ。そんだけお前も向こうも互いに大切に思ってんなら、あんまり考え込むのも違うと思うぜ ?」
「……」
「お前がその幼馴染を大切にしてるってことは、俺でも言い切れるしな」
木登り頑張ってるし、とキリアは話をまとめた。
「……」
「まあ、俺の言葉は無責任に思えるかもしれねえけど、ちょっとくらいは聞き入れてくれるとありがてえな」
手を頭から退けると、如奈は完全に腑には落ちずとも先よりは翳りの晴れた表情をしており、キリアは安堵に顔を緩ませる。
「……そう、ですか」
ぽつり、と呟くと、如奈は顔をあげてキリアのほうを見る。
「師匠、ありがとうございます」
「いやまあ、大したことはしてねえけどよ」
「いえ、何だか、気が楽になりました。やっぱり、師匠はすごいですね」
如奈の言葉は、先のものよりは力が込められており、気力が僅かながら回復したことが窺えた。詳細はわからずとも、彼女の中で何かが固まったことはキリアにも理解できた。
「私、その……幼馴染と、ちゃんと話してみようと思います」
「そっか……頑張れよ」
「はい、頑張ります」
不安こそまだあるが、如奈の中で一つの決意が成されたことは確かであった。
話を聞く立場にあったキリアも、胸中に巣食うものを今だけは忘れることができた。




