41 待ち合わせぎりぎりで何かすると、大抵は失敗する
日差しが照り付ける昼下がり。
雑居ビルの影は日差しが強いほどその色を濃くし、表道の明るさとは決して交わらない。一種の境界線のように引かれ、自身の領域を主張していた。
「あ、猫さん待ってよー」
表道で群衆に混ざり、呑気な声をあげる青年が一人。
猫を追って、その境界線を越えていた。
「君さー、この間はあっちにいたよね。何?日が強いのが苦手なの?」
青年、桐生弥は猫に声をかける。猫は、みゃあ、と一声鳴いて歩みを緩めた。
野良猫に話しかける、こと自体は何もいけないことではないのだが、それでもある程度は人目を憚る行為である。元々気にしない性格なのか、それとも人の少ない薄暗い雑居ビルの陰だからなのかは判断できない。
猫はそのまま進み、不意に立ち止まる。そこは影が何重にも重なる建物の狭間で、猫は安心するように隅で体を丸めた。
「あー、確かにここ、人も鳥もこなさそだし、いいところだね」
弥の呟きも、表道の騒音にかき消されることなく空間に響く。
人や鳥は、猫が市街地で生きるうえで天敵となり得る代表的存在である。
猫は耳をピクピクとさせ、一応は弥の声を聞きとっているようではあった。しかし、それ以上の反応は示さず、弥を警戒する様子も、かといって受け入れる様子も見られない。つまり、猫にとって弥は『ただそこにいるだけの存在』であった。
「……」
弥は猫との距離をさらに詰め、その傍に屈みこむ。それでも、猫は体勢を変えず、われ関せずという様子であった。
「……いいかな」
問う、というよりは呟くように弥は声を発する。そして、ごくりと唾を飲み込み、腕をそうっと猫の方へと伸ばした。
あと少し、もう少しで届きそう、と鼓動が速り腕に緊張が走る。
いける、そう弥が確信した時だった。
「みゃっ!」
「あっ!!」
鋭い声をあげ、猫は急に駆け出してしまった。それまで丸まっていたのが嘘のように体躯全てを使って一目散にいなくなる様子は、野良として生き延びる中で身に着けたものなのであろう。
「……ああ」
弥から、心底残念そうな声が漏れる。虚しく空を切るに終わった腕は、着地点を失い宙を彷徨うしかできない。
猫が急にいなくなったのは、弥の腕が原因かもしれないが、十中八九違うことが理由であった。
弥の背後から、バイクのものであろうエンジン音が迫ってきている。細い路地裏にもかかわらず、その音は順調に近づいてきている。
「いや、確かにさー。待ち合わせはここだし、時間も、何なら五分すぎてるけどさー」
不満たっぷりに弥は呟くが、その声はエンジン音にかき消され誰に届くこともなかった。
ため息を一つ付き、思考を無理やり切り替えて、弥はバイクが迫ってくる方を向く。先とは異なる理由で腕は緊張に震えていた。
弥の準備ができるとほぼ同時に、眼前にバイクが現れる。
「……こんにちは」
自分の前で止まったバイク、もっといえばその運転者に対して弥は挨拶をした。先までの呑気な声とは違い、その音は硬く、震えないように抑えつけられていた。
「先日は、ありがとうございました」
弥が礼を述べると、運転手はフルフェイスのヘルメットを脱ぎ去る。
その髪は白く、瞳は赤かった。




