4 朝は忙しく、目覚ましは健気に働く
薄暗い部屋は物が少なく、静寂に包まれる様は時が止まっているようにすら思えた。
しっかりと引かれた遮光カーテンは外界の陽光を拒み、満ちる澱んだ空気が肌にまとわりつく。
「ぅ……」
無機質な部屋の、唯一の有機物である主がもぞりと動く。
「ん……ぅ……」
主が呻く中、不意にピピピッという電子音が周囲に響いた。
「……」
少しして、布団からもそもそと腕が這い出る。左右に動き、何かをつかもうとあたりを探すが空を切るだけだった。その間も、規則的な電子音は部屋の静寂を犯し続けている。
「んぅ……」
探す主は煩そうに眉根を寄せるが、未だ覚醒には至っていない。時計は一層大きく鳴り続け、己の存在を主張している。
「…んぁ」
ようやく腕が何かに当たり、その腕がゆっくりと振り上げられる。逃げる術のない時計はそこで悲鳴のように音を上げ続ける。
無情にも腕が振り下ろされると、バキッという派手な音を立て時計は仕事をしなくなり、あたりに静寂が戻ってきた。
「んんっ……あ……?」
腕の主である睦人はむっくりと起き上がると、手中の物体に目をやり、二、三回瞬きをする。
安物の時計、正しくは元時計は、プラスチック片をこぼしながら自身の故障した時間を正確に訴えている。午前七時半であった。
眠気に捕らわれていた意識も徐々に覚醒し、薄く開いた目も焦点を合わせ始める。
「……朝か」
誰に言うでもない事実確認を漏らし、今にも眠りに落ちそうな中、睦人は片手を額に当て霧散する思考をまとめる。
「朝は……米と味噌汁と……魚が残ってる」
時計を隅に追いやりながら、睦人は朝食を考えていた。
八時間ほど寝たにも関わらずすっきりしたとは言い難い気分で、肩や首に疲れの残りを感じる。凝りをほぐすように回し動かすが、あまり意味はなかった。
額にはじんわりと汗をかいているのに、背筋は氷でも入れたように冷えている。胸には夢の残滓がもやもやと巣くっており、お世辞にも良い目覚めとは言えなかった。
頭を振り半ば強制的に思考を散らすと、睦人は布団から起き、部屋から出てキッチンへと向かう。
途中にある、一人には広いリビングに寂しさを感じるが気にしている時間はない。キッチンでやや手間取りながら朝食を準備すると、ようやく目覚めた頭で昨晩準備した米と味噌汁、そして夕飯の残りであるサイコロ状の魚の煮付けをもそもそと食べ始めた。
「味、濃いな……」
そう呟きながら、二か月ほど前まで両親のいた空間に空きがあることに、未だ違和感を覚えている。
睦人が中学を卒業してから母親が体調を崩し、療養のため一時的に実家に帰省している。
両親は、いくらもう高校生になるからといって息子に突然一人暮らしをさせるわけにはいかないと父親だけ残ろうとしたが、睦人も父親は母親のそばにいるべきだ、と譲らず、結局少しの間一人暮らしをして様子を見ようということで落ち着いた。
片づけを済まし身支度を整えると、睦人は学校に向かうために家を出た。時刻は八時十五分を指していた。
「行ってきます」
答える人がいない家に対し、習慣となっている挨拶をしながら睦人は扉を閉めた。