20 誰かを思う女の子はより可愛い
日頃からしていることでも、いざ改めて行うと気になる点が多い。
そのことを如奈はゴミ拾いを通して実感させられていた。
「この瓶は資源ごみで、こっちの割れたものは危険物……」
手元の分別表と手中の物体に交互に視線を送り、どのゴミをどの袋に入れるべきかを一つ一つ確認する。
睦人はゴミを全て集め後に分別する方法をとったが、対して如奈は初めから複数のゴミ袋を所持し、拾ったその場でゴミを分別していた。どちらの方法が良いかは一概に判断できないが、如奈の方法が慣れるのに時間がかかることは明白だった。
「えっと、この缶は潰れているから……」
地面と手元の表の間で視線を行き来させ、如奈はその潰れた缶に手を伸ばす。分別表とにらめっこしながら缶を拾おうとすると、
「ん?」
「あら?」
不意に空中で手が何かに触れた。
反射的に顔をあげると、正面にいた人物と視線がぶつかる。
栗色の髪をハーフアップにし、片腕で鳥のぬいぐるみを抱えた人物が同じ缶を拾おうと手を伸ばしている。その手がまさに、如奈の手と触れてしまったようだった。
「小野寺さん?」
「あ、篠崎さんだったんですか、すみません」
小野寺はパッと手を引き、苦笑とともに手が触れたことを謝罪する。
「え、ううん。私こそごめんなさい」
如奈も戸惑いながら謝ると、小野寺が手を引いたということは自身が拾っていいのか、と文章にして状況を理解し、缶を拾った。如奈が缶をアルミ製だと確認し、袋に入れたタイミングで小野寺は口を開く。
「ゴミを探すと、つい視線が下にいってしまいますよね」
「確かに……今後は気を付けないと」
小野寺の言葉に、如奈はふむ、と納得する。
如奈が取り組み方を自省し一人頷くと、小野寺は、ところで、と話題を変えた。
「篠崎さんは、ずいぶんゴミ袋が多いんですね」
「ん?……ああ、えっと、全部のゴミを分けていたら、多くなってしまったの」
拾えるゴミは全て拾い分別する如奈は、必然的に分別の種類分のゴミ袋を持っている。対照的に、小野寺が持っているゴミ袋は一つで、空いた片腕はぬいぐるみを抱えて離さない。
「小野寺さんは、缶だけを拾ってるの?」
「ええ、そうなんですが……」
そう答える小野寺の声は弱々しい。瞳は憂いを湛えて細められ、唇からは悩まし気な吐息がやや大げさに漏れ出した。
「……聴いてくださいますか?篠崎さん」
儚げな、それなのにどんよりした重さをもった声で小野寺は問う。視線はやや上向きで、こてん、と傾いた細い首は重力にすら耐えられない繊細さを感じさせる。
ようは、小野寺は意図してこうなるように話を誘導し、話を聴いてもらえるように少々演技をしている。しかし、如奈はそんなことに気が付かない。
仮に気が付いたとしても、それを悪いこととは捉えないであろうが。
「もちろんよ!遠慮しないで、小野寺さん!」
十分に庇護欲と正義感を煽られた如奈は、力強くそう言い切った。その様は凛としていて、大いに頼りがいを感じさせる。
今がゴミ拾いの最中で、雑談が憚られることだということは、残念なことに如奈の頭から抜け落ちていた。
「本当ですか⁉有難うございます、篠崎さん!!」
ぱあっ、と笑みを咲かせ、黄色く色づいている明るい声で小野寺は礼を述べる。ぬいぐるみを抱える腕にもぎゅっと力が入り、体全体で喜びを表現していた。
その様子たるや、この笑みを浮かべさせたのが自分だとわかるだけで達成感と自尊心が満たせそうだった。
「私、はじめは中寺君と山寺君と一緒に、三人でゴミを拾っていたんです」
だから、三人で分担してゴミを拾っていたのだ、と小野寺は続ける。
缶を小野寺が拾い、可燃ゴミを中寺が、不燃ゴミを山寺が、というように分けていた。多少の雑談には興じたものの、根が真面目な中寺が中心となって、三人は効率よくゴミ拾いを進めていった。
「それがですよ?あっちの小さな林で、私、仲間はずれにされたんです!!」
あっち、と鳥のぬいぐるみで木々が多い場所を示し、小野寺は不満を露わにした。
「仲間はずれ?」
「そうです、仲間はずれです!」
如奈が聞き返すと、小野寺は仲間外れにされたのだと強調する。よほど気に障ったのか、演技など一切なしの素の表情で怒りや不満を吐露し続ける。
「中寺君が『ぅわっ!!』って声をあげたので、どうしたんですか?って訊いたらですよ?とても慌てながら『危険物があったから、小野寺は見ない方がいい!!』って言って、何かを山寺君のジャージの後ろに差し込んで隠したんです!!」
小野寺はやや早口で一気にそう捲し立てる。言ってる途中でその時の感情がぶりかえしたのか、語尾がどんどん強いものになっていった。
「えっと……」
数秒の間を持って、如奈の頭が情報の処理を終える。
つまり、中寺が山寺と秘密を共有し、その詳しい内容を小野寺には教えなかったのだ。小野寺はそのことを、仲間はずれ、として不満に思っている。
「危険物を差し込んだら、危ないわね……」
「それもそうですが、何で私だけその危険から遠ざけるんでしょうか?……何かあるにしても、もう少し言い方があると思うんですよね」
だから私、適当に理由をつけて二人から離れてきちゃいました、と小野寺は話を締めくくる。
話が一区切りすると、小野寺はふうっ、と一息つき、スッキリしたのかどこか晴れ晴れとした表情を浮かべた。
そして、やや間を置いてから、今度は呟くようにぽつり、と続きの言葉を漏らす。
「でも、最近多いんですよね、私だけ除け者……とまではいかないんですが、距離を感じることが」
「え、そうなの?」
今度の小野寺の言葉には、如奈は素直な驚きを表す。
普段から、それこそ入学直後から教室の一角で中寺と山寺、小野寺の三人はいつも談笑している。たまに外の生徒が混ざったりすることはあるが、それでも三人が一つのグループのような状態で、特別の親しさを持っていることは比較的鈍感な如奈にも感じ取れていた。
「何ていうんでしょうか、こう……男女の壁?っていうんでしょうか。今まで気にしなかったことが急に顕著になった、という感じなんです」
「男女の、壁……」
小野寺は、自分が感じている曖昧な感覚を何とか言語化しようと試みる。その一言一句を如奈は真剣に受け止め、自身の中でかみ砕こうとする。
「篠崎さんは、ありませんか?例えば、そうですね……宮古君と距離を感じるときとか。桐生君が関わったりする時などに」
「睦人と……」
こういう時、例え話の引き合いに出される程度には睦人と如奈の親しさは周囲に認識されている。
ただのクラスメイトであれば、二人の仲がいいな、で済むのだが、似たような状況にある小野寺は如奈にも似た感覚はないか、と気になるところだった。
仲の良さを尋ねるのは下世話だが、急に感じた距離感に不安を覚え、無意識に仲間を求めてしまうのは仕方のないことだった。
「……うーん、言われてみると、あるかもしれない」
「本当ですか⁉」
「ええ、はっきりとは言えないんだけど……睦人と桐生君、って言われると、こう、私が入れない感じがあるような……ごめんなさい、曖昧で」
「いえ、考えてもらえただけで嬉しいです。……でも、そうですか。私だけじゃなかったんですね」
如奈は最近の睦人を思い出し、僅かな不和の存在を感じ取った。
過保護気味なことは昔からだが、それに加えて、最近の睦人は如奈に遠慮していることが多い。心配し、大丈夫かと問えば大丈夫だ、と返ってくる。時には逃げるように話を逸らす。
遠慮されている、と自覚を持ってしまえば寂しさも覚えてしまう。
(睦人と桐生君、このあいだも土で遊んでたし……あれ、遊んでたんだっけ?)
如奈と桐生では当然だが扱いが明らかに異なる。そのことも、小野寺の言う『男女の壁』に似たものなのか、と如奈は感覚で断定してしまう。
「そっか……」
とにかく、男女の云々は胸中にしこりが残るが、如奈は最近の睦人の態度から寂しさを覚えてしまった。
小野寺の悩みとは多少性質が異なるだろうが、如奈にとっては自身の睦人に対する感情が分かったことは確かだった。
「ありがとう、小野寺さん。私、その、難しいことはわからないけど、睦人に何か思ってるってことはわかったわ」
「いえ、私の方こそ、色々と聴いてもらいましたし……お恥ずかしいところも見せてしまいました」
如奈からの感謝の言葉に、小野寺は気恥ずかしそうにそう返す。純粋な如奈の態度を前に、自身が八つ当たりのように語気を荒げたことや、話に無理やりのように付き合わせたことが申し訳なくなったこともある。
「ところで篠崎さん」
「ん?なあに?」
「私たちの呼び方も、遠慮しているようではありません?よろしければ、今後は『如奈ちゃん』って呼んでいいですか?」
どこぞの赤茶色の髪の同級生よりも遥かにスムーズに小野寺は提案する。今回の話や普段の状況が似ていることから、小野寺は如奈に親近感を抱いていた。
「ええ、遠慮なくそう呼んで。えっと、私は、じゃあ……」
小野寺の提案を、こちらもどこぞの万年寝太郎な幼馴染よりも遥かに嬉しそうに、如奈は受け入れた。そして、如奈が小野寺を何て呼ぼうかと思案すると再び小野寺の方から申し入れがあった。
「では、私のことは『小野寺ちゃん』って呼んでください」
「え、『小野寺ちゃん』?」
相手が名前呼びで、自分が苗字で呼ぶことに如奈は違和感をもったが、小野寺は上機嫌に続きを話す。
「はい!私、自分の苗字が大好きなので、そう呼んでもらいたいんです!」
「そうなの……じゃあ、そう呼ぶわね」
そう言われては如奈も、そうなのか、と受け入れるしかない。
「有難うございます、如奈ちゃん!」
「どういたしまして、小野寺ちゃん」
新しい呼び方に、双方から自然と笑みが生まれる。
どこかくすぐったく思いながら、二人の小休憩は和やかに過ぎていった。




