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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
2/78

2 幼馴染みと帰り道

 家の近い睦人(むつと)如奈(ゆきな)は、如奈の部活が終わると一緒に帰る。約束しているわけではないが、繰り返すうちに習慣へと昇華していた。

 

 帰宅部の睦人は、校庭で眠り、自然に起きて校門前で如奈を待っているのが常だった。今日のように第三者に起こされるのは初めてのことで、寝起きに少々いらついてしまった。


「ずいぶん遅くなったな……」

「そうね……お腹すいたわ」


 後片付けを終えて、睦人達が帰るころにはすっかり日も暮れていた。表道の商店街は仕事帰りのサラリーマン達や居酒屋の呼び込みで昼とは違った賑わいを見せている。


「部活の後に悪かったな。如奈、疲れてないか?」

「ええ大丈夫よ。体力には自信があるから」

「そうか。頼もしいな……」


 剣道部に所属している如奈は、睦人達の許に来る前にしっかりと部活に参加してきた。その後も木にものぼり、土を片づけるなどをしたのだが、本人は疲れなど見せずけろっとしている。


 寧ろ、問いかける睦人のほうがどこかぐったりとしていた。。


「睦人、疲れてるの?」

「……少し、な」


 睦人も眠っていたとはいえ、数キログラムの土をそれなりな時間被っていたのである。


 しかし、今の疲労は身体的なものではなく、掴みどころのない桐生とのやりとりによる精神的なものに由来していた。


「おんぶする?」

「遠慮する」


 善意から如奈は訊いたのだが、ここで如奈におぶってもらっては立つ瀬がなくなる、と苦笑しながら睦人は断りを入れた。


「それより、如奈は大丈夫か?部活にはもう慣れたか?」


 これ以上自身のふがいない様子を言及されないように、睦人は話題を切り替える。


 突然の質問に如奈は一瞬きょとんとするが、理解すると笑みとともに応じた。


「ええ、思っていたよりも女子の活動がしっかりしていて、毎日多くのことを学んでいるわ」


 やや興奮気味に返す如奈に、睦人も自然と頬が緩む。


中学から剣道を始めた如奈は三年間真面目に稽古を続けていて、卒業後も文字通り剣道に打ち込んでいる。ただ、高校剣道で女子というと競技人口が少なく、学校が精力的に活動していない場合もあってそのことを如奈は懸念していた。


だが、その心配も杞憂に終わり如奈は安心とともに嬉しさを隠せずにいた。


「そうか、それは何よりだ」


 睦人は剣道未経験で知識もあまりもっていないが、如奈が剣道について語るのを聴くことが好きだった。内容よりも、話している時の如奈の楽しげな声や表情が、聴いている睦人を嬉しくさせた。


「今日は足さばきについて教わったの。私は変な癖がついているみたいで……」


 実際に稽古に参加した感想や部活の先輩のこと、中学と高校の違いについてなどを少し早口で如奈が話し、睦人も時折質問を織り交ぜながら楽しげに相槌を打つ。


そうして話すうちに二人は賑やかな街中を抜け、周囲には住宅がしだいに増えていった。

 その一角を曲がり少し進むと、ある民家の前で二人の足が止まった。二階建ての一般的な一軒家で、やや古い表札には『篠崎』とあった。如奈の家である。


「今日もありがとう」

「いや、どうせ通り道だしな」


 如奈の家は睦人の住むマンションへの道を一ブロック脇にそれた先にあり、帰り途中に睦人が如奈を送るのが習慣になっている。

 

 少なくとも、如奈はそう認識していた。


「……あら?」

「どうした?」

「家の鍵が……鞄の奥に行っちゃったみたいで……」


 如奈は鞄をごそごそと漁りながら家の鍵を探す。周囲が暗く手元が見えにくいせいか、なかなか見つからずに首を鞄に突っ込むのでは、とばかりに中を覗き見る。


「竹刀、持ってようか」

「んー……じゃあ少し、お願い」


 部活の際には大切な竹刀であるが、鍵を探す今は少々邪魔になっている。素直に竹刀を睦人に渡すと、如奈は再び鞄の中を探し始めた。


 竹刀を持っている以外に何も手伝えない睦人は、ふと意識を如奈から外しぼんやりとする。


 夜だから静かなほうではあるが、住宅街特有の生活音やわずかに聞こえる人の声は、睦人をどこか暖かい気持ちにさせた。そんな自分に対し、やはり疲れているな、と睦人は客観的な感想を抱いた。


「……?」


 ふと、その音の一部に違和感を覚え睦人はピクッと反応する。住宅街に似つかわしくない、唸るような音が微かに耳に入った。


「……もしかして、今日は鍵を持たないで出てきたの?」

「……」


 如奈が発する言葉も、普段ならば全意識を傾けて聴くが、今は意識の一部が耳に残った音に集められている。


「近づいて、来てる?」

「……睦人?」


 集中して聴くと唸るような音は徐々に大きくなってきており、それがバイクか何かのエンジン音だと睦人は思い当たった。


 心臓の鼓動が速くなり、焦点が眼前であわなくなる。耳から得る情報が、睦人の脳裏からある光景を呼び起こさせる。


 ありえない、と冷静な部分が否定するが精神的な不安がその否定を弱めてしまう。


「睦人、どうしたの?」

「ああ、大丈夫だ。なんでもない……」


 如奈の声で睦人は現実に引き戻されるが、浮かべた笑みはどこかぎこちない。


 疑問に思った如奈が再び口を開こうとしたとき、エンジン音が思考を邪魔するほどにはっきりと聞こえ、その方向へ弾かれたように睦人は頭を向けた。


「……‼」

「え、何……」


 間髪入れず、曲がり角から一台のオートバイが現れた。如奈もそちらに目を向けるが、ライトの強い光に目が眩む。


「っ……‼」

「眩しい……⁉」


 如奈は反射的に目を瞑ったが、睦人は視界が真っ白になり危機感よりも先に浮かぶ光景があった。


 眩しい視界、迫る無機質な車。

 動かない少女――。


 浮かぶ光景に、睦人は思わず体が強張り手をぎゅっと握る。


「わっ……‼」


 如奈が小さな驚きの声をあげると、バイクは一瞬で二人の間を縫う様に通り過ぎていった。


 すれすれのところを突然バイクが通り、如奈は呆けたように数回瞬きを繰り返す。


「びっくりしたー……」


 心底、という表現が相応しい声で呟き、如奈は心臓を落ち着けようと胸のあたりを抑える。


 立ち尽くしていた睦人は遅れて状況を理解し、ほぼ同時に血相を変えて如奈のほうへ体ごと向いた。


「如奈、大丈夫か⁉けがは……」

「ええ、えっと、大丈夫よ。睦人は?」

「あ、ああ。平気だ……」

「そう、良かった」


 睦人の慌てた様子とは対照的に、如奈はすでに平静を取り戻していた。運転上手だったわねー、と呑気なことを言っている。


 如奈が本当に無事なことがわかりそれ以上追及することをやめると、睦人は未だにうるさい鼓動を抑え、混乱しないように努めた。


「でも、この辺のおじいちゃんおばあちゃんでバイクに乗る人っていたかしら?」

「ん?」


 考え込む如奈に、睦人は問いかける。


「何でお年寄りの方なんだ?」

「えっと、ヘルメットから頭が少し見えたんだけど、髪が白かったなーって思ったの」

「……視力、いいな」


 一瞬の出来事で、しかも反射で目を細めていたのに如奈はヘルメットの中をわずかに見ていた。その事実に、睦人は素直に驚いた。


 別に町内の住民を皆知っているわけではないが、睦人も心当たりを探る。しかし思い当たることはない、とすぐに結論をだした。


 その時、民家から一人の女性が現れた。


「今のは何の音ー?……あら、如奈に宮古ちゃん?」

「お母さん?」


 バイクの大きな音を不思議に思い、如奈の母親が表に出できたのだった。


「今日は遅番じゃなかったの?」

「それは明日よー。おかえり、如奈。宮古ちゃんもこんばんは」

「お久しぶりです」


 のんびりとした口調で笑みを浮かべる如奈の母親に、睦人もぺこりと頭を下げる。


「如奈の鍵がリビングにあったから、いつ如奈が呼び鈴鳴らすのかなーって、お母さん待ってたのよ?」

「そうなの?ありがとう、お母さん」


 危うく家に入れなかったのか、と睦人は胸中で突っ込む。しかし、和やかな雰囲気を壊すだけだと口には出さなかった。


「宮古ちゃんもありがとう、如奈を送ってくれて」

「いえ、俺も家がこっちですし」


 どこかくすぐったい気持ちで睦人は返す。


 先まで胸中にあった不安は既に消えていた。


「それじゃあ、俺もそろそろ失礼します。如奈、竹刀を……」


 そこまで言って、睦人は言葉を切る。そして、袋の上から竹刀の感触を確かめ、固まった。


「……如奈」

「なあに?」


 睦人の改まった呼びかけに、如奈はきょとんとする。


「すまない、その……」


 いたたまれなさを感じつつ、それでもはっきりと睦人は言葉をつづけた。


「……折ってしまった」

「……」


 先ほど手に力を入れた際に、竹刀が折れてしまっていた。ポッキリと、真っ二つに。


 申し訳ない、と睦人は深々と頭を下げるが、如奈は言葉よりも態度のほうに慌ててしまう。


「本当にすまない……」

「えっと、大丈夫よ、睦人。悪気はなかったんだし、今のバイクに驚いたんでしょう?」

「でも、竹刀は大切なものだと常々聞いていたのに…」

「それはそうだけど……今のは誰も悪くないというか、悲しい事故、みたいなものじゃない」


 それより頭をあげて、と如奈はやや焦り気味に言う。


 実際、練習用の竹刀は実践用のものと比べて丈夫さに欠けていた。高校生向けのものであっても、大人と力で大差ない者が毎日使えば劣化はするし時には折れる。

 消耗品と呼ぶには高価だが、たまに壊れても大丈夫なように部室に予備も置いてある。


 もっとも、握っただけで真っ二つに折れるようなものではないのだが。


「……弁償するが、それで間に合うだろうか」

「ええと、確か部室に予備があるし、わざとじゃないんだから……」

「しかし……!」

「はーい、二人とも、そこまでよー」


 見守っていた如奈の母親が二人の言い合いを止めた。


「とりあえず、今日はもう遅いんだから、宮古ちゃんは一回帰りましょう?」

「……でも」

「如奈も予備があるんだから、急ぐ話じゃないんでしょう?」

「ええ」

「そうかもしれませんが、それでは……!」


 なおも食い下がろうとする睦人の言葉を遮り、如奈の母親は続ける。


「それに、お腹が空いてたらきちんとお話しできないわ」


 ね?と念を押す言葉に、後ろの娘はうんうんと強く同意する。こちらはそろそろ空腹が限界だった。


「……そう、ですね」


 二人の勢いに負け、睦人はそう返すしかなかった。

 如奈の母親の提案でもあるため、睦人は強く言い返せない。


 胸中の罪悪感はいかんともしがたいが、急ぐ話ではないのも事実だった。まして、夜の住宅街というのは言い合いにふさわしくない。


 睦人は自身に言いきかせ、提案に納得した。


「じゃあ、宮古ちゃんも遅くならないうちに帰りなさい?」

「……はい、失礼します」


 素直に挨拶をし、睦人は如奈に視線を向ける。


「それじゃあ睦人、また明日。帰り道、気を付けてね」

「ああ、ありがとう。また明日」


 挨拶を交わし、竹刀袋を返すと、如奈と母親に見送られて睦人は来た道を引き返した。


「……帰るか」


 曲がり角のあたりでそう呟き、睦人は帰路につく。


 曲がる前の通りまで戻ると、賑わう街中への方向、つまり自身の家があるマンションとは反対の方向へと歩いていく。


 その足は慣れたように動き、止まることなく当然のように歩を進める。


 いつも通り如奈の家で引き返し、睦人は家に帰っていった。


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