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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
10/78

10 薄暗い道は危険

「睦人、課題の提出って明日までであってる?」

「物理のか?それなら明日までだ」


 放課後の帰り道、如奈は睦人に出されていた課題の確認をする。他愛もない普段通りの雑談だった。


「そう、ありがとう。それじゃあ、また明日」

「ああ……また明日」


 家に入った如奈を見届けると、睦人は、はあ、と一つ息を吐いた。


 眠いせいで周囲に迷惑をかけるばかりか、如奈にも心配をかけ挙句にタオルまで借りてしまった。着替えた後に桐生と如奈に再度謝罪をしたが、気にしていないから大丈夫だと、逆に相手に気を使わせる結果になってしまった。


今日一日の失態を思い出すと睦人は項垂れ、胃のあたりに冷たいおもりがあるように感じた。


「情けないな、俺は……」


 日常に支障を来しては元も子もない、と睦人は今日の放課後はおとなしく校庭で眠ってきた。生活リズムの改善を図るにしろ、それ以前に生活が成り立たないのでは意味がない。


 久しぶりにすっきりした頭で、改めて自己管理の甘さを思い知らされたのであった。


「帰るか……」


 住宅街に、睦人の呟きが静かに消えていく。とぼとぼと歩みを進める姿は、やはり今日のことを引きずっているようだった。


 如奈の家から離れると、睦人はさっきまで如奈と歩いていた道に戻る。真っ直ぐに進めば睦人の住むマンションへとたどり着く、一番に近い道であった。


「……」


睦人はその道の先へと目を向け、薄暗い世界に辛そうに目を細める。

 しばらく立ち尽くすと、一歩踏み出そうと足をあげるが、逡巡したのちに足を戻し拒絶するように頭を横に振った。


「……無理だ」


 暗闇の先には睦人や如奈が幼少期によく遊んだ、睦人がもう何年も行っておらず、その反面ほぼ毎晩見ている公園があった。


十年近い昔に起きた交通事故の後に公園には柵が設けられるなどされたが、未だにその一件に囚われている睦人は事故以来その公園に近づけないでいた。


(やはり俺は、精神的に弱すぎるのだろうか……)


 身体的な面で、睦人は自身の弱さを感じたことはない。寧ろ、自身でさえも辟易するほどに周囲と比べて力が強く壊したものは数知れない。


 それに対して、精神的な面では昔のことを引きずり、情けないと感じるばかりであった。


「とにかく帰ろう。今晩は、煮物をまた作ってみよう」


 そう言うと、睦人はその道に背を向け来た道を再び引き返しはじめた。


 睦人は普段、如奈を送った後に商店街まで戻ると、大通りから外れる路地裏に入り迂回して家へと帰る。人通りが少なく昼でも薄暗い道だが、慣れるとそんなことは気にならなかったし、多少の厄介ごとであれば無理にでも切り抜けられる自信があった。


(如奈には、絶対に一人では通ってほしくない道だけどな)


幼馴染のことであれば、話は別であった。


 何が起きるかわからない昨今では、安全神話など遠い昔の話である。まして女性であるという点からも危険性が高まることは十分に考えられた。


如奈を弱い女性だと思ったことは露ほどもないが、できるならばその障害は少なくあってほしい、と睦人は常々思っている。


そんなことを考えながら、誰もいない路地裏を歩いている時だった。


「ちょっと待て!!」


 薄暗い裏道に、突然響く鬼気迫る声。

 睦人の背後から聞こえたもので、驚きとともに振り向いてしまった。

 

 急に張り詰めた空気の中、睦人の視線の先では見知らぬ人物が仁王立ちをしていた。


「え……?」


 突然のことに、睦人は理解よりも先に困惑と混乱を抱いた。


(何だ、こいつは⁉)


その人物は、季節感を無視した黒のロングコートを羽織り、染めたわけではない日本人離れした金髪をしている。細身だが睦人よりは確実に背丈があり、蒼い瞳は強い意志をもって睦人を真っ直ぐに射抜いていた。


警戒から、自然と体は強張り、空気は緊張を孕み静まりかえる。瞳は本能的に相手を睨むように細まり、睦人は自身を落ち着かせようと努めた。


 今にも弾けそうなピリピリとした雰囲気に、湧き上がる微かな不安とある疑い。睦人は自分が唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえていた。


 立ち尽くす睦人を前に、男は静かに言葉を繋げた。


「お前、吸血鬼だな」


 水面を揺らすように、男の言葉は空間に染みわたっていく。

 睦人は目を見開くと、その言葉の衝撃から一瞬呼吸を忘れてしまい、自身の時が止まったかのように固まった。その一方で、頭の奥ではパズルのピースがぱちりと嵌る感覚を覚える。


(やはり、か……)


 男の言葉に、睦人の疑惑は確信へと変わった。新たな困惑とともに心中には後悔の念が浮かぶ。どうしてこの道を通り帰宅することに、もっと危機感を持っていなかったのか、と。


 しかし、後悔しても既に遅い。細い裏道に逃げ場はなく、後の祭りでしかない。


 一つ息を吐いて、睦人は覚悟を決めると、再び眼前の男を見る。


 男は息を吸い込み、さらに言葉を発した。


「言っとくけどな、俺達ハンターを出し抜こうなんてできやしねえんだからな!!」


 睦人は、その言葉を聞いて、小さく呟く。


「……変質者」


睦人の目には、確信を持ったような力強い光が宿っていた。


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