6
白く清潔な控室の中、長机についた朝顔は、ペットボトルのお茶を一口口に含む。相変わらず包帯と制服に包まれた体をパイプ椅子にのせ、左手には暇つぶし用の文庫本が握られている。
数日前の一件の直後に買ったものだが、慣れない読書のせいで遅々として読み進まなかった。でも、朝顔は自分がしっかりと前を向いて進んでいるような気がしてならなかった。
朝顔は結局、老人たちの勧めに従ってシュテルグを訴えることにした。自らの充実した人生のためと、ナズリの無念を晴らすために。
父親を訴えるなんてことをすれば少しは気が咎めるかとも思ったが、こうして裁判の当日に裁判所の控室にいても、なんの罪悪感もなかった。むしろ朝顔の心はすっきりしていた。早くナズリの無念を晴らしてやりたいくらいだった。
興奮のせいなのか、どことなく落ち着かない気持ちになる。それをごまかす為に文庫本に没頭しようとしたときだった。
こんこん、とドアがノックされた。てっきり老人たちが戻って来たのかと思い、朝顔はドアに向かっておざなりな声を返す。すると、
「失礼するよ」
入って来たのは、見たことのない男だった。歳は五〇歳半ばくらいだろうか? ボクサーみたいに引き締まった体を高価そうなスーツに納めていて、いかにもやり手のビジネスマンという感じの男だった。
ワニみたいだ、というのがその男を見た瞬間に朝顔が抱いた感想だった。自分の周りにある何もかもを餌だと思っているような雰囲気を男が纏っているせいだと、朝顔は遅れて気づく。
「え? えと、どなたですか?」
気後れしながらも、頭の中の失礼な考えを追い払い、余所行き用の声を作る朝顔。
「ああ、そうか、君は知らなかったのか。これは失礼した」
言いながら、男が朝顔の方に歩み寄ってくる。何となく立たないと失礼なような気がして、朝顔は椅子から立ち上がる。
「初めまして。わたくし、こういう者です」
朝顔と向かい合った男は、まるで大人にやるように、朝顔に向かって名刺を差し出す。
「ご丁寧に、どうも」
我ながら間抜けだと思いながら、朝顔は両手でおずおずと名刺を受け取る。名刺には、『経済連合会 会長 マッシュ=ブレード』という名前と肩書きが中央にでかでかと書かれており、その周りに装飾みたいに様々な情報が載せられていた。
もしかして、途轍もなく偉い人なのではないだろうか。そんな人が何でここに、という疑問が朝顔の頭をよぎり、全身ががちがちに固まるその直前、聞きなれた声がした。
「へえ、なんだ、飲み物を買うから待ってろって言ったのに、先に行っちまってたのか」
ドムだった。ジョンと二人で、紙のカップを二つずつ持っている。
「そう硬くなるな」
朝顔の心情を察したジョンが、こちらに向かって歩きながら言った。二人のすぐ横まで来ると、マッシュと少女それぞれに飲み物を差し出しながら、簡単な紹介をする。
「こちらは、我々の協力者で、この街の経済連合の会長をしている、マッシュ=ブレードさんだ。今回、裁判にあたって手助けをしてくださる」
〝協力者〟と言う単語にまるっきり聞き覚えの無い朝顔は、
「そうですか」
とまたもや間抜けな返事をしてしまう。交番で襲われる前にそんな単語を訊いたような気もするのだが、あれ以降色々なことがありすぎて、その記憶が正しいかすら自信を持てなかった。
「ああ。よろしく」
ビジネスマンらしい鋭い観察眼で朝顔がぴんと来ていないのをすぐに見抜いたらしく、朝顔に一度笑いかけると、マッシュは説明を始める。
「我々経済連合としても、ミスター・シュテルグの行動にはいささか閉口していたのだ。事業が急成長するのは結構なことだが、彼のやり方にはいささか目に余るものがある。そんなときに、君に関する一連の悲劇と、二人の老警察官の話を耳にしてね。これは放っておけないと思い、秘密裏に協力させて貰っている」
大仰な仕草で説明するマッシュは、最後に、もちろん、個人としてではなく連合としてね、と付け足す。だが朝顔は、途中からマッシュの話を聞いていなかった。シュテルグがそこまで嫌われていたことに驚くとともに妙に納得し、同時に、今の説明ではそんなえらい人が自分に会いに来る理由にはなっていないのではないか、という思いが浮かんできたからだ。
「それから、君に会いに来たのは、今日の裁判と関係があるんだ」
読心術じみた眼力で朝顔の心を見抜くマッシュに対して、朝顔はどことなくシュテルグに似た印象を覚えた。どこ、とは正確に言えないのだが、やはりビジネスマン同士、つながる部分があるのだろうか。
「裁判、ですか」
そんな感情を表情に出さないように努めながら、朝顔は訊いた。マッシュの言っていることが純粋に不思議でもあった。経済と裁判では、何のつながりもないような気がするのだが。
「そうだ」
マッシュではなくジョンから返事が返ってくる。
「お姉ちゃんの頭には、事件の証拠が詰まっているが、それを取り出すには、生半可な方法じゃあ無理だ」
そこで朝顔は、はたと気づいた。今まで気付かなかった単純な事実に。何で今まで気付かなかったのか不思議なほど単純で厳然な事実。ナズリ殺しの記憶はあっても、人格が変わったせいで朝顔がそれを自主的に取り出すのは不可能であり、いくら目の前に証拠があっても、裁判に全く役に立たないということに。
「そこで、私の出番と言う訳だ」
マッシュがジョンの言葉を引き継ぐ。
「君の頭の中の記憶を取り出すことは、現在の科学力をもってすれば可能だ。少しばかり特殊な医療器具と、途轍もなく特殊なプログラムさえあればね。
だが、いかな進んだ科学とはいえ、記憶と取り出すためのプログラムを作るのは、大変なことだ。そこにいるミスター・ドムがどれほど優秀でも、簡単なことではない」
ドムが、少し照れたような顔をする。
「そこで、我々の出番と言う訳だ。シュテルグに差し出させた基本データに連合が協力して手を加え、君の過去を探り当てるプログラムと作成させてもらったのだよ。
今回のこの訪問は、いわばこれから我が社の商品を買おうという客との面談、といったところかな」
理解したかい、とでも言いたげに、マッシュは朝顔の顔を見る。
「はあ、そうですか」
という虚ろな返事を返す。マッシュの言っていることがよくわからないという以上に、これから自分に対して使われるであろうものが、元々はシュテルグが作ったものだというのが酷く不安だった。
恐らくプログラムのベースは、記憶を暗号化するためのプログラムなのだろうが、あの男の差し出したものを使っても平気なのだろうか。最悪、ウィルスか何かで殺されてしまうのではないだろうかという思いにとらわれる。
「へえ、安心しろ」
珍しく朝顔の気持ちに気づいたドムが、相変わらずの楽観的な調子で言った。
「そのプログラムは、おれも裁判所も確認済みだ。だから、ウィルスが入ってるようなことはねえよ」
朝顔を安心させるための言葉なのに、聞けば聞くほど不安になる気がした。きっと、普段のドムの態度のせいなのだろう。
「なんか、逆にすごく不安」
「おい!」
朝顔は場の空気を変えて自分の不安を少しでも払拭するために、わざと口にだして行ってみる。途端に、三人の男たちの間に笑いが広がる。
「ま、安心したまえ。私が自ら陣頭指揮を執ったものだ。万が一にもそんなことはない。それに、あの男が余計なことを企んでいたとしても、全力をもって防ぐよ。なにせ、バックアップは我々の仕事なのだからね」
そう言って、マッシュはドアに足を向ける。どうやら用は済んだらしく、この辺でお暇しようということらしい。ジョンとドムがマッシュにお送りしましょう、と言って一緒に部屋を出ようとするが、マッシュは、それを丁重に辞退して一人部屋を出て行く。
その背を見送りながら、ジョンがぼそりと呟いた。
「気をつけろよ」
朝顔はその言葉がマッシュではなく自分に向けられているような気がして、何となく気がかりな気分になるのを感じた。
それはまるで、巨大なベッドだった。法廷の中、本来だったら被告人席のある辺りに、それは鎮座していた。
シュテルグの所で使っていたものも相当だと思っていたが、これはそれ以上に、取りあえずベッドに考えうる限りの医療器具とかコンピューターとかを取り付けてみました、という感じだった。極東の島国の開発者が好んで作りそうな奇抜なデザインのその物体は、今回の裁判でメインになるものだった。
朝顔はそこに横向きに寝かされたまま、準備のためにできてしまった裁判の空隙にざわつく法廷の音を聞いていた。そのベッドはいわば、特殊な証言台だった。自分が有罪になるとは一切思っていないのか、余裕の風情で弁護人席の隅っこに納まっているシュテルグ。
老人たちが言うには、今回の裁判の目的はシュテルグに対する有罪の確定だけではないらしい。更なる犯罪を暴くために、ドール社に対する捜索令状を取ることの方がむしろ重要だとか。そのためにも、朝顔にナズリ殺しの証拠と死体のありかを、裁判官の前で証明してもらわなければならないのだそうだ。
朝顔は少しだけ首を動かして、自身の首から出ている配線を追う。それは、法廷の中に運び込まれた大型のテレビモニターに繋がれていた。それが、朝顔の口代わりだった。彼女の見たイメージをそこに投映することで、公平性を図ろうということのようだ。
準備が整ったらしく、裁判長が木槌を打ち鳴らす。
《さて、大丈夫かな?》
途端に、マッシュの声が直接脳裏に響いてきた。驚いた朝顔は、衆人環視の状態で身を縮こまらせてしまう。
《ああ、すまない》
どうやら脳幹の接続器を介することで、別室にいるマッシュの声を朝顔に直に送り届けているようだ。気を取り直すようにしてマッシュが言う。
《それはさておき、開始命令が来た。頑張るんだよ》
はい、とこちらも声なき声で返事をする朝顔。自らの意識がブラックアウトするのに備えようとしたその直前に、朝顔の目はシュテルグの姿を捉えた。自分が有罪になるとは一切思っていないのか、余裕の風情で弁護人席の隅っこに納まっているシュテルグ。何故だか朝顔はそのシュテルグの様子が妙に気にかかった。
だがそんな小さな気がかりをかき消すように、静かな闘志が、朝顔の体を満たしていく。
大丈夫。あなたの無念は、私が晴らすから。
心の中でそう唱えた途端、視界がブラックアウトした。
ついに、始まった。
ぷつんという嫌な音と共に、意識が完全にシャットダウンする。
いや、正確には、意識はそのままだった。あまりにも突然に真っ暗闇に放り出されたせいで、意識を失ったと勘違いしたのだ。
そのまま暫くじっとしていた朝顔だが、暗闇に目が慣れるように、徐々に辺りの様子が掴めてくる。
朝顔は今、まるでドール社のシステムに繋がれているときのように、真っ暗な闇の中を漂っていた。辺りには何もなく、暗い広大な空間が続いている。朝顔はなんとなくその広大な暗闇に向かって手を伸ばしてみようとした。だが何故だか手は伸びなかった。驚いた朝顔が、改めて自分の体に神経を集中させてみると、信じられないことに今の朝顔には、手がなかったのだ。いや、手だけではない。手がないだけなら――義手が情報化されなかっただけならさして朝顔は驚かなかっただろう。朝顔が驚いたのは、今の朝顔は宇宙空間に浮かぶ水滴のような形をしているということだった。手も足も顔も目もなく、ただのボールとして存在していたのだ。
朝顔は一瞬だけぎょっとしてしまうが、すぐに現状を分析できる程度に冷静になる。ドール社のシステムではそんなことは一切ないのだが、どうやらこのシステムには人の容姿を情報化する能力がないらしい。急造のシステムなので仕方がないと言えば仕方がないのかもしれないが、このボール状態のまま記憶を発掘しなければならないのかと思うと、朝顔は少しだけ暗鬱とした気分になる。
手足のないボール状の自分は、かつてシュテルグに捕まっていた時の無力な自分を想起させるし、何よりも手がなければほとんどの作業がおぼつかない。せめて手だけでも生えないものかと朝顔が思ったその時だった。何か体の左右でむず痒いような感覚があったかと思うと、突如として手が生えた(、、、、、)。朝顔のイメージした通りに、慣れ親しんだ自分の手が生えてきて暗闇に向かって手を伸ばしている。あんぐりと口を開けた間抜けな顔のまま――勿論口も顔もないのだが――朝顔は手を透かすようにして眺めたあと、試しに手でボールの赤道辺りを叩いてみる。手は朝顔の指示に素直に従い、ぺちぺちという気の抜ける音が返ってくる。
その現実感の乏しい光景に完全に思考が停止した状態の朝顔は、今の自分はボールから二本の手が突き出したさぞかしシュールな格好をしているのだろうな、とどうでもいいことを考える。せめてボール形じゃなくて人形だったら良かったのにと思った途端、またしても変化が起きる。今まで丸い形をとっていた朝顔の体が、急速に人の形を取り始めたのだ。それは現実世界の朝顔とは似ても似つかない土偶のような姿だったが、確かに人の形を成していた。
またしても起こった変化に、朝顔は度胆を抜かれてしまう。しかし同時に、今ので手が生えてきたのも体の形が変わったのも何となく納得がいった。
どうやらここでは、イメージすることによってものの形を整えられるらしい。何とも不思議な現象だと思わないではなかったが、それよりも今は自らの姿をどうにかするのが先決だと思った朝顔は、ひとまずそのことは棚に上げておいて、自分の姿を整える為に意識を集中する。
しかしいざ自分の姿を思い起こそうとすると、なかなかに難しかった。数字では体のことを理解していても、それを立体に起こすとなると、別次元の作業だった。
それでも、制服――こちらを作るのは簡単だった――の下で蠢く体を必死に制御してどうにか自分の体を形作る。
何とか自分で満足のいくレベルにまで仕上げた朝顔だが、この珍しいシステムを間にして何となく悪戯心が芽生えてくる。どうやらさっき棚の上にあげておいたこの現象に対する興味が、朝顔の手もとに戻ってきたようだ。
大事な裁判の最中に何をやっているのか。心のどこかにいる冷静な自分が突っ込みを入れてくるのを無視して、様々に体を弄ってみる朝顔。義肢ではなく生身の手足を作ってみたり、胸を大きくしたりモデル体型にしてみたりと、様々に遊ぶ。しかもこの空間ではイメージさえできればどんなものでも作りだすことができるらしく、飴玉からバズーカ砲まで、様々なものを作り出せた。その気になれば原子一つ一つの動きを制御することも可能だろう。
これ、ゲームにすれば女の子にすごくうけそう、なんて思いながら朝顔が半ば目的を忘れかけていた時だった。
「っ!」
見るともなく辺りを見回した朝顔の視界に、それは飛び込んできた。今までの面白半分の気分が朝顔の中から一気に吹き飛び、モデル体型になっていた体もすっかり元に戻る。
朝顔が捉えたのは、闇の中を遊弋する巨大な物体だった。しかもその物体は、
「脳、みそ?」
紛れもなく人の脳だった。新鮮なウニみたいな色をした皺だらけの物体。都市のビジネスマンの頭を撃ち抜くことで散々自らが撒き散らしてきたもの。
朝顔の心にある確信的な感情が湧き、思わず胃の中のものをぶちまけそうになるが、電子の世界ではそれも叶わずに、その場に突っ伏してぜえぜえと喘ぐ。
間違いない。あれは、私の脳だ、というのが朝顔の確信だった。ただでさえ衝撃的な事実なのに、それは同時に、あれはナズリの脳でもあり、記憶を得るにはあの中に飛び込まなければならないということも朝顔に示していた。
目に涙を浮かべながら、朝顔はもう一度脳を見る。するとやはり、先ほどと同じ確信がわいた。
まさか、生きながらに自分の脳みそを拝む日が来るとは思ってもみなかった。そのあまりにもショッキングな映像に、朝顔の心が強い不快感を覚える。ただでさえグロテスクなものなのに、それが自分のものであるという確信が不快感に拍車をかけていた。
何度も深呼吸を繰り返してどうにか吐き気と不快感を治めた朝顔は、改めて自らの脳と向き合う。これは本物なのだろうか、それとも作り物なのだろうかというどうでもいい疑問が浮かぶ一方で、通常の状態を取り戻した朝顔の心には様々な感情が湧き上がってきていた。
自分の脳みそと向き合うのは確かにぞっとする行為なのだが、同時に、それが酷く神聖な行為のような気がした。まるで、憧れの人と対面するかのように。だがそれはあまりにも悲劇的な対面だった。ナズリは今や、脳だけの存在になっていて、その脳すらもかつて自らがナズリだったことを忘れているという事実が、奇妙な哀情を誘う。
暫くの間、自らの感情を整理するかのように、朝顔は脳を見つめたままその場でじっとしていた。どうしても、踏ん切りがつかなかったのだ。まるでパンドラの箱を目の前に差し出されたかのような気分だった。開けるべきか開けざるべきか。開けたいという強い誘惑があるのだが、開ければ様々な不幸が飛び出してくるような気がして開ける決心がつかない。
いや、私は誓ったのだ。彼女の無念を晴らし、自らの有意義な生を歩むと。私は、前に進まなければならない。
朝顔は目と閉じ、大きく息を吐く。
そして、かっと目を開くと、
大丈夫私があなたの無念を晴らすから。
心の中でそう唱え、自らの脳に飛び込んだ。
飛び込んだ瞬間、まるで高いところからプールに飛び込んだような衝撃が朝顔の体を襲い、思わず目を閉じてしまう。ごぼごぼと水の中を進んでいるような感覚が暫く続き、唐突にそれが途切れた。
恐る恐る目を開ける朝顔。滲んだ視界に、周囲の様子が映る。
そこは、どこまでも続く海だった。
黄昏色の空の下、透き通るような蒼さの海がどこまで続く空間。その中心に朝顔は立っていた。
夕暮れ時の南洋みたいに綺麗な、しかしどこか不可思議な空間の中に立ち尽くしたまま、朝顔はあたりを見回す。そのあまりにも予想外の光景に、朝顔はぽかんとしてしまう。あたりを茫漠と見回しながら、見たことも無いような不思議な空と普通の海が広がっている空間だと思った。
だがしかし、朝顔はすぐにひざ下ほどの深さがある海水の方が空よりも圧倒的に異質なことに気が付いた。
海水は一見すればただの水なのだが、目を凝らして良く見ると、そこここに格子状の走査線が走っているのだ。試しに水を足でけり上げてみると、走査線も水の動きに合わせてぐにゃりと歪む。まるで大昔のCGの様だった。
また、更に驚いたことに、海水は、0と1によって構成されていた。
興味を引かれた朝顔が海水を手に取って良く眺めてみると、表面に無数の0と1が漂っていたのだ。比喩などではなく、数字そのものが。しかもその数字は表面だけにとどまらず、水の対流に合わせて手の中をしきりに泳ぎ回っていた。
朝顔は海水に顔を寄せたまま眉間に皺を寄せてしまう。海水の存り方があまりにも奇天烈だったからだ。こんな不思議なもの今まで見たことがなかった。0と1が原子みたいに泳ぎ回っている水なんか、どうしろというのだろうか。
そのまましばらく海水の様子を観察していた朝顔だったが、結局は途方に暮れてしまい、何となく手にした水を空中に放り投げてみた。不思議な水が空中で夕暮れ色に染まったかと思うと、朝顔に降りかかり、皮膚の上を滑り降りて行く。その時だった。
突然、映像が見えた。
それは、最後にシュテルグの依頼で殺しを行ったときの記憶だった。朝顔によって全身を穴だらけにされた男の様子が手で触れそうなほどのリアルさで目の前に現れる。銃の引き金を引く感覚まで伝わってきて、さらにはさっきまで途方に暮れていたはずなのに、何故だか、『気持ち悪い。みんな、死んじゃえ』という気分になった。
思わずその場で飛び上がってしまう。放り投げた海水が地に落ちるのを見て海水から足を引き抜こうとするが、一面に海水が張っているここではそれが無駄な行為だとわかりすぐにあきらめる。それに、どうやら足を浸けている程度では今のような現象は起こらないらしい。朝顔は足を引き抜く代わりに、驚愕の目を海水に向ける。
同時に、既視感が襲ってきた。水を手に取っただけでは気付かなかったが、今の事態で思い出した。私はこの不思議な海水を知っている、という強い確信があった。
海水と類似しているもの、それは情報の暗号化システムだった。朝顔が殺しの度に行っているもの。手に入れた情報を0と1に置き換え(秩序立て)てナズリの中に流し込む。まさしくこれだった。
つまり、この大量の海水が記憶なのだ。朝顔の、そしてナズリの。心を海に例える表現を耳にしたことはあったが、まさか本当に自分の心が海になっているとは思わなかった。
膨大な量の海水を前にして、朝顔はちょっと呆然とした気分になる。この中から記憶を探し出すのは、砂漠で落としたヘアピンを探し出すようなものだった。
だがその気持ちはすぐに強い闘争心に打ち消された。呆然としている場合ではないと、心が告げていた。ここからシュテルグの罪の記憶を探し出してナズリの敵を討つんだという思いが湧き上がる。その先にあるはずの有意義な生を求めて、心が体に喝を入れる。
大丈夫。あなたの無念は私が晴らすから。
決意を固め直す為にそう胸の内に囁き、闘志を込めた目で海水を睨む。そして海水を手で救い上げると、大学の卒業式みたいに、強い意志をこめて空に投げ上げた。
結局、自らの手で探すのが一番早かった。あれからかれこれ数時間。海水を投げ上げる以外に何かいい方法はないものかと様々なことを試してみた朝顔だったが、この方法が一番早いということに気づいた。悪戦苦闘の末に朝顔が気づいたのは、水滴が細かく、肌に当たる面積が大きいほど記憶が鮮明に読めるようだ、ということだった。ただし、散水ノズルのような機械的な装置を使って水を浴びてみると、あまりにも情報が目まぐるしすぎて、朝顔の脳が追い付かなかった。だから、最終的には最初の方法に落ち着いてしまった。
朝顔は何度も何度も水を放り上げる。傍から見れば朝顔が水遊びをしているだけのように見えるが、その顔は殺気立っていた。だがそれは、文字通りの殺気ではなかった。それは、深い共感の念だった。朝顔がナズリの記憶に触れるたびに、彼女の苦悩が、挫折が、希望が、朝顔の中に沁み込んで来るような気がしたのだ。
そのたびに朝顔の心は大きく揺さぶられるのだが、同時に強い確信があった。自らの進んでいる道は間違っていないという確信が。このままナズリの記憶を探ることで、自らの人生がより有意義なものになる気がした。今までみたいに一人で悩んでいるよりも何倍も。
こうやって海水を全身に浴びるごとに、自らの空虚だった人生が贖われていく気がする。ナズリと深く一体化することで、自らの生に明確な指針が形作られていくようだ。
大丈夫。私があなたの無念を晴らすから。私が、あなたの分まで生きるから。もう迷わない。一体何をやっているんだろうだなんて、思わない。目標に向けて、自らの人生を歩むのだ。
「きゃあああああああああ!」
突然、朝顔の体に猛烈な痛みが走り、心を真っ黒い何かが襲った。海水を投げ上げた姿勢のまま虚空を睨む朝顔の目は、ナズリが斃れる姿を幻視する(、、、、、、、、、、、、、)。
それは、朝顔の求めるものだった。
痛みで涙を浮かべる朝顔の目に、こめかみを拳銃で撃ち抜かれるナズリの姿がはっきりと映る。(ナズリの死に方。前との整合性)体の痛みが朝顔を襲うと同時に、心の痛みも朝顔を襲っていた。いや、それは痛みなどという生易しいものではない。まるで虎が咆哮するような、慟哭というべきものだった。自らの思いを遂げられない悔しさに、血だらけになりながらも叫ぶ心。
朝顔の心に、これまでにないほどの深い同情の念が湧く。しかしその思いは同時に、自らの将来に向けた闘志でもあった。あの男を、叩き潰して完全な自由を手に入れるのだという決意が、胸の内に燃え上がる。
だがその感情は、体から海水が離れたところで一度急激に冷めた。どうやら、ナズリの記憶が体から離れたせいらしいと思いながら、朝顔は急いで空中にガラス瓶を出現させる。瓶を手に取って今落ちた記憶をすくい上げ、これまた出現させたコルク栓を瓶の口に押し込む。
ついに見つけた。シュテルグの悪事を。
そして自らの有意義な生を。
朝顔は、記憶の入った瓶を、そっと空に透かす。青い海水が緋に染まり、まるで泣いているようだと思った。
その涙みたいな瓶に、朝顔はそっと唇を触れさせた。大丈夫。あなたの思いは私が受け継ぐから。あなたの生が有意義だったことは私が証明する。
唇からその思いが瓶に流れ込むような気がした。
朝顔は瓶から唇を離し、そっと小脇に抱えた。後は、戻るだけだった。
朝顔は敵意を込めた目で空を一睨みする。待ってろよ。今すぐにお前にあたしたちと同じ苦痛をくれてやる。
そう呟くと、朝顔は海水をかき分けて歩き出そうとした。
ちゃぽん!
背後で水音が聞こえたのは、その時だった。
魚でも跳ねたのだろうかと思い、何の気なしに背後を振り返る朝顔。その動きが、途中で止まった。朝顔の視線の先では、およそ信じられないことが起こっていたのだ。
上半身を捻るようにして背後を向いた朝顔の目の前では、海水が隆起していた。初めは、海底に威力の弱い噴水が設置されているみたいに、どうということはないものだった。だがその隆起は次第に大きくなり、やがては朝顔と同じぐらいの大きさにまで成長した。
完全に固まってしまっている朝顔の目の前で、人間大に成長した水は形を失って水面に戻ることもなく、新たな変化を起こし始める。それはまるでスライムのようにうねうねと蠢き始めると、徐々に人の形を成し始めた。しかもそれは、人間の少女の形だった。ほっそりとした手足にくびれた腰。何かの冗談みたいに朝顔そっくりに変形したそれは俯いたまま体の細部を整えていたかと思うと、突如として顔を上げた。
「ひっ!」
後ろを振り向いたままの器用な格好で悲鳴を上げる朝顔。今すぐに目を逸らして逃げ出したいのに、視線を目の前の水でできた少女の目に絡めとられてしまい、逸らすことができなかった。いや、目が合うという表現はこの場合適切ではない。なぜなら、目の前の水で出来た少女には、目どころか顔がなかったのだから。
凍り付く朝顔の前で、水で出来た少女が笑った。平板な顔面に勿論表情などというものは存在し得ないはずなのだが、確かに笑ったように思えた。
恐怖で呼吸することすら忘れてしまった朝顔に向かって、顔の無い少女が手を伸ばす。どうやら、目的は朝顔の抱える瓶のようだ。唐突に、ジョンの言葉が思い出された。気をつけろよ、という呟きが。それがきっかけになった。朝顔は体を前に向けると、前方に向かって転がるように飛んだ。
水飛沫をたてて頭から海水につっこむ。急いで立ち上がると、朝顔は必死になって走り始めた。
一体あれは何なのだろうか、という思いが朝顔の頭を支配する。まさか自分の脳みその中にあんな得体の知れない化け物がいるなんて思わなかった。実際に目にした今も、あれが自分の中に元々あったものとは思えない。なら一体何なのだろうか。いや、そんなこと、問うまでもない。可能性は、一つだ。もしあれが自身のものでないならば、あれは間違いなくシュテルグが放ったものだ。自分ごと記憶を葬り去る為に。
その考えに、ジョンの言葉とシュテルグの法廷での態度が確信を与えた。あれは間違いなく、シュテルグが朝顔を空虚に引き戻す為に送り込んできたものなのだ。ナズリから有意義さを完全に奪ったみたいに、自分からも完全にそれを奪い取るために。
ちゃぽん、ちゃぽん、とまるで魚が跳ねるみたいな音が背後から迫ってくる。足に絡みついてくる水を必死にかき分けながら走る朝顔は、後ろを振り返って顔の無い少女の様子を確認する。
顔の無い少女は、まるで海面を滑るようにして朝顔のことを追いかけてきていた。足を動かしている様子は一切なく、滑るような、という表現がぴたりとあたる歩き方なのに、何故か顔の無い少女の足もとからは水音が一定のリズムで響いて来ていた。まるで、朝顔の心を叩き折ってやろうというように。
そのあまりに異様な様子に、朝顔は恐怖に駆られるままに右手を顔の無い少女に向かって掲げる。咄嗟に、雷撃器を使って反撃を使って反撃しようとしたのだ。しかし朝顔はすぐにそれが不可能なことに気づいた。いくら電子の世界とはいえまわりは海水なのだ。電気を飛ばして敵を攻撃する雷撃器なんか使ったら、間違いなく朝顔も黒焦げだ。
朝顔はそれならばと、今度は手許に拳銃を出現させる。使い慣れたオートマチックの引き金を一気呵成に絞り、顔の無い少女を粉々に吹き飛ばそうとする。しかし弾丸は顔の無い少女を通り抜けるだけで、全くダメージを与えることができなかった。足を止めた顔の無い少女は、いまなにかした、とでも言いたげに首を傾げる。
少し考えれば水に物理的な攻撃が効かないことぐらいわかりそうなものだが、恐怖に取りつかれてしまっている今の朝顔にそんなことを判断するだけの理性は残されていなかった。銃弾よりも強力な破壊力を求めて空中に剣を出現させ、顔の無い少女に投げつける。だがやはりそれも、少女の体を通り抜けるばかりで何の役にも立たなかった。更にパニック状態に陥っていく朝顔に向かって、これで満足か、というように顔の無い少女は再び歩を進め始める。
それを見た朝顔は反撃することを諦めて狂乱状態で逃げ出す。やっと有意義な生を見つけられたのにこんなところで殺されるのが、たまらなく嫌だった。ただ純粋に、死にたくないと思った。自分はまだなにも成し遂げていないのに死んでしまうかもしれないという事実が、心の底に恐怖と口惜しさを蟠らせる。だが気持ちとは裏腹に、五〇㎝ほどの水深があるせいで朝顔の歩みは遅々として進まず、無闇と息が切れた。だが顔の無い少女は朝顔に追いつくことはなく、何故だか一定の距離を保って追いかけてきていた。
ここが記憶の世界なら別にあれに捕まっても平気なのではないか、と心のどこかが足を止めて休むための言い訳を吐き出す。もしかしたら、あの顔の無い少女の目的は朝顔のことを脅すことかもしれない。朝顔が自主的に記憶を棄ててシュテルグの所に戻るようにさせることが。
しかし朝顔の理性はすぐにそれに対して否定を突き付ける。いや、絶対にそんなことはあり得ない。あの男はナズリを躊躇もなく殺したのだ。そんなことをする人間が事ここに及んでそんなことをするはずがない。そう自らに言い聞かせると、酸欠で痛む足を必死になって動かす。
ところがその朝顔の必死の抵抗はすぐに不必要なものとなった。
「痛た!」
必死に海の中を走っていた朝顔だったが、唐突に顔面に痛みが走った。まるで壁にでもぶつかったみたいな衝撃が首から上を襲い、バランスを崩して尻もちをついてしまう。
「え! なに?」
慌てて起き上がる朝顔。一体今のは何だったんだろうかと、今しがた衝撃に襲われた辺りに手を伸ばしてみる。朝顔のいるところはまだ果ての無い海のはずだった。だがしかし、朝顔の手は何か壁のようなものを捉えた。それは見えない壁だった。掌にひんやりとした感触が伝わり、叩くとコンクリートのような質感が返ってくる。どうやら、行き止まりのようだ。無限に見えた世界は、実はただの箱庭だったらしい。考えてみれば脳の容量に限界があることなどすぐにわかるのだが、今の朝顔にそんなことを分析している余裕はない。壁に縋りついている朝顔の背後では、顔の無い少女が確実に距離を詰めていたのだから。
半分パニック状態の朝顔は、そのまま壁に沿って逃げようとした。
壁沿いに走り出そうとした途端に、またしても朝顔の体を衝撃が襲う。絶望的な思いに
はまり込みながらも、朝顔は先ほどと同じように手で目の前の空間を探る。
壁だった。
つまり、朝顔は今まで箱庭の隅に向かって走っていたのだ。絶望が全身を駆け抜けて行く。これでは、どこにも逃げようがなかった。もしかして、顔の無い少女はこれが分かっていたから余裕で追いかけてきていたのだろうか。
朝顔は、壁に寄り掛かるようにしてその場にへたり込む。敵意を込めた目で顔の無い少女を睨み付けるが、それはただ虚しいだけだった。
せっかく有意義な生に辿り着こうとしているのにこんなところで死ぬことになるのが、無性に悔しかった。
朝顔は自分の膝を抱き、押し寄せてくる様々な感情に耐えようとする。しかし死の恐怖は耐えがたく、自然と目から涙が零れ落ちてくる。
朝顔の目の前までやって来た顔の無い少女が、不意に右手を掲げる。朝顔が普段見ているのと寸分違わぬ形の手だったが、それはすぐに見慣れないものへと変形した。水だからなのかここが現実ではないからなのかわからないが、顔の無い少女が掲げた右手は細く真っ直ぐ伸び始め、すぐに日本刀の形を取った。それで朝顔のことを刺し貫くつもりなのだろう。顔の無い少女は右腕すっと後ろに引く。
どうやらここまでのようだ。やっと自分の進むべき途を見つけたのに。朝顔の中でどうしようもない諦観が起こる。顔の無い少女が、限界まで引き絞った手を朝顔に向かって放った。
死を前にした引き伸ばされた時間感覚のなかで、何かが朝顔の体にこつんと当たるのを感じた。もう何の感情も残っていないような目でそれを見る朝顔。それは、ナズリの記憶を詰めた瓶だった。こうなってしまえばこんな物は何の役にも立たないはずなのに、波の動きに合わせて朝顔に打ち寄せるその瓶から、何故か目が離せなかった。
ごめんなさい。これじゃあ、あなたの無念は晴らせない。
朝顔は心の中でそっとナズリに対して謝罪する。それが朝顔の辞世の言葉になるはずだった。だが、心のどこかが、これとは別の言葉を囁いた。それも、今までにない力強さで。
私は一体何をやっているんだろう。
誓ったはずではなかったのだろうか。ナズリの無念を晴らすと。それなのにこんなところで勝手に諦めて。これでは何のために自分が頑張って来たのかわからないではないか。それに、私は未だ、死にたくない。
心が明確に死に対する否定をした途端に、朝顔の中にあるイメージが浮かんだ。だがそれを切り裂くように。無情な一撃が振り下ろされた。
がきん、という音がした。
その金属同士がぶつかり合うような音が、朝顔に意識を現実に引き戻した。まだ自分が生きていることを不思議に思った朝顔が顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
咄嗟に掲げたのだろうか。朝顔の腕が顔の無い少女の刀を受け止めていたのだ。水でできたような日本刀の刃は半ばから折れ飛び、顔の無い少女が驚愕しているのが感じられた。だが朝顔が信じられないのはこれではなかった。
朝顔が信じられないのは、自身の掲げた右腕の方だった。
口径一二〇㎜。口径長四五。
それは、駆逐艦の主砲だった。
死の直前に朝顔が思い浮かべたものが、そこにはあった。自らの名の由来となったものが持っていた力が、肘から生えていた。それを目にした途端に、朝顔の中に新たな意思が吹き出す。
そうだ。私は、戦わなければならない。あの人の無念を晴らし、自分の人生を生きねばならない。
朝顔は、確固とした足取りで立ち上がり、砲口を目の前の敵に向かって向ける。
がちゃんという尾栓が閉じるような音がして、顔の無い少女に突き付けられた馬鹿でかい大砲に砲弾が装填される。
どう反応すればいいのか困り果てているその少女に向かって、朝顔は引き金を引いた。
激動が朝顔を襲い、木端微塵に吹き飛ぶ少女。粉々に吹き飛んだ顔の無い少女の残滓を全身に浴びる朝顔。すると、朝顔の心に今までの人生で味わったあらゆる恐怖の記憶が押し寄せてきた。どうやら、顔の無い少女は朝顔の恐怖の記憶で出来上がっている様だった。
その事実に触れた途端に、朝顔の中に恐怖よりも怒りが湧いた。人の頭の中で好き勝手してんじゃねぇ! そう口に出して思い切り叫びたかった。
怒り心頭といった様子の朝顔の前で、顔の無い少女を構成していた水が再び寄り集まり、人の形をとる。どうやら、水にいくら攻撃しても無駄のようだ。
それを悟った朝顔は、一旦大砲をおろし、意識を顔の無い少女に集中させる。正確には少女の中を泳ぎまわっている0と1に集中させる。そこに、原子の動きを重ね合わせた朝顔は、全ての0と1が静止するところをイメージする。途端に、熱運動を奪い取られた顔の無い少女が、その場で凍り付いた。
「ったくよ。ふざけんじゃねぇぞ」
朝顔は、大砲を構えなおす。
「毎回毎回、あたしのことを何だと思ってやがんだよ」
尾栓が閉じる音がして、弾が装填される。
「人のことを玩具か何かみたいに扱って、あげくの果てには頭ん中で好き勝手やりやがって」
大砲を握りつぶそうとでもするように、朝顔は力強く、しかし静かに引き金を引いた。
「いいか!」
弾が飛び出し、轟音を辺りが支配する。
「あたしは、手前の奴隷じゃない! あたしだって、生きているんだ!」
凍り付いた顔の無い少女が粉々に吹き飛び、今度は再生してくることはなかった。