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4-1

「ん……」

 眠りから目覚め、ゆっくりと目を開ける少女。まだ夜中なのだろうか、暗い天井が、少女のぼんやりした頭と視界に流れ込んで来る。その天井は、慣れ親しんだ手術室や自室のものではなかったし、やけに近くにあるような気がするが、睡眠後の幸福な倦怠感に浸っている少女にはそんなことはどうでもよかった。

 少女はベッドに手をついて(、、、、、)電気コード付きの吸盤がぺたぺた貼り付けられた上半身を起こそうとする。

体を新造した後はいつもこうだった。試験管から取り出されたばかりで体力がないのか、時間の感覚がすっかりなくなるほど眠ってしまう。一体今はいつなんだろう。

「っと……」

 だが少女は、体を起こそうとする途中で貧血みたいにふらついて、ベッドに倒れ込んでしまう。いつもだったらこんなことはないのだが。どうしたのだろうか。まだ寝足りないのか。それともいつもと違う部屋で寝ているから、眠りが浅くなったのだろうか。

 ん? いつもと違う?

 そこで気づいた。少女の頭が、急速に覚醒していく。ベッドに寝転がったまま、目を見開く。

 そうだ! いつもと違う! ここはどこだ? というか、何で手が接続されているんだ。感覚からして足も。自分はあの時、四肢を接続されていなかったはずだ。いやそんなことよりも、確かあの時自分は、自分は……何をやったのだ? 何かとんでもないことをやらかした気がする。頭がぼーっとして思い出せない。確かあの時、意識を失う寸前に、声を聞いた気がする。スーパチャージャー始動とか言う声を。もしそうなら、自分は発動したことになる。今まで発動できなかった、ランキン・タービンの戦闘出力を。

 そうだとするなら、自分は何をした? あの時は最後に非常ベルの音とシュテルグの怒鳴り声を聞いた気がする。もしそうなら、きっとそういうことなのだろう。いや、きっとではなく確実にそうなのだろう。

 自分は、シュテルグに反抗したのだ。

 心の中で明確にその一文を唱えたとき、少女の心に恐怖が到来した。身を焦がすような、とてつもない恐怖が。

 少女は、自分を守ろうとするかのように膝を曲げて胎児みたいな姿勢になると、半狂乱になって体に張り付いた吸盤を剥がしにかかる。ベッドの下から、医療機器が心停止を告げるみたいなぴーっという音が聞こえるが、今はそんなことはどうでもいい。

 ああ、やってしまった。なんていうことだ。それだけは絶対にやらないようにしてきたのに。

 左手でだぼだぼのTシャツに包まれた体を抱え、右手で何度もベッドを殴りつける。特に意味のある行為ではなかったが、そうでもしないと心が潰れてしまいそうだった。

 やってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまった!

 ついに自分はやってしまった。長年夢見ていたことを。でも絶対にやってはいけないことを。こんなことをしたら、あいつが本気で怒るに決まっている。そんなことになったら、前よりもずっと深く空虚の中に押し込められてしまう。自分があいつから離れて行かないように。それは、それだけは絶対に嫌だ。有意義に生きる可能性がひとかけらもなくなってしまうのは!

 少女が発狂寸前でベッドを殴っていると、部屋の中に老人が入って来た。医療機器の訴える異常を受け取ったのだろう。短髪の、ごま塩というより塩ごまみたいな白い頭が浮上してくる。カウボーイとか某大泥棒の相棒である世界一のガンマンみたいな雰囲気を纏った老人が少女の顔を覗き込む。

「お姉ちゃん、落ち着け」

 孫に呼びかけるみたいな声。だが、自分が二段ベッドの上段に寝ていることに気づく余裕すらない少女は、当然老人の言葉を聞く余裕なんかない。

 困った老人は頭を掻きながら下段のベッドに置いてあった医療機器の電源を落とすと、部屋の外に向かって呼びかけた。

「おい、ちょっと来てくれ」

「へえ、さっきからうるさいけど、どうかしたのか?」

 世の中全てなるようになるというような、ひどく楽観的な声が部屋の外から返って来た。


 埃だらけの椅子に座った少女は、砂糖入りの甘いホットミルクを一口啜る。老人たちに、ここの学校の生徒だろ、と言って差し出された新品の学校の制服と相まって、気分が落ち着く。着慣れた型の服を着てミルクを飲むだけでこんなに落ち着けるなんて、ちょっとした発見だった。

少女が今いるのは、交番(ポリス・ステーション)だった。通りに面したオフィスに、奥にある休憩室と仮眠室。ごくごく一般的なつくりの交番(ポリス・ステーション)だったが、どこもかしこも埃だらけで、まるで放棄されたのをさっき再利用し始めたみたいだと少女は思った。

 休憩室で長テーブルについている少女の周りには、二人の老人がいた。めいめいにテーブルにつき、少女の様子をじっと窺っている。一人は、カウボーイみたいな雰囲気を纏った塩ごま頭の老人で、いかにも屈強な老兵という感じだ。もう一人は、色こそしっかりしているものの、大分毛の量が少なくなってしまっている老人で、明らかに研究者とかそんな感じだ。ただでさえ楽観的な雰囲気なのに、薄い頭髪のせいで余計に楽観的に見える。そして両方とも、何もかも払下げみたいな装備を身に纏っていて、少女の記憶が正しければ、この前下校中の少女に声をかけてきた老人たちだ。

「落ち着いたか?」

 老兵みたいな方が言った。分解掃除でもしていたのか、彼の手もとには二丁のリボルバー拳銃とショットガンが一丁置かれている。

「うん」

 いろんな感情が一気に押し寄せてきたせいでブレーカーが落ちてしまったような心で少女は言った。ここはどこ、あなたはだれ、というような疑問がぽつりぽつりと浮かんでくるが、とても口に出すような気分にはなれず、少女は老人たちの話を聞くことにする。

「さて、取りあえず自己紹介からか。俺は、ジョン=リムズ。この街で警官をやっている」

「おれぁ、ドム・ドゥ。警官だ。といっても、そっちと違って科学研究所所属だがな」

 逮捕というよりも手許のショットガンで射殺しそう、混ぜちゃいけない薬品を混ぜて研究所を吹っ飛ばしそう、ていうか何で研究員が現場にいるの、こちらも自己紹介するべきだろうかなどということを少女が思っていると、ジョンが続ける。

「色々聞きたいことはあるだろうが、先ずはこちらの説明を聞いてくれ」

 心が真っ白になっている少女は、否定するでも肯定するでもなく、ホットミルクを一口飲む。それを肯定と受け取ったのか、ジョンは話を続ける。

「さて、俺たちが警官だというのは話したが、我々はここ数年、ある事件を追っている」

「正確には二年前からだな。退職前の最後のご奉仕ってぇわけだ」

 ドムが横から茶々を入れる。二年前といえば自分が作られた頃だ、などと考えている少女の前で、ジョンがまさにそのことについて言及する。

「事件の内容は、レーレン=(、、、、、)シュテルグ(、、、、、)による娘殺し(、、、、、、)

「ぶ!」

 そのあんまりにも不意を突いた言葉に、少女はミルクを噴き出しそうになった。頭に浮かんだ色んな事が全て吹き飛び、え? 何で? という疑問が少女の頭の中に急浮上する。

事件には証拠もなければ証人もいないはずだ。あの男がそんなミスをする訳がないし、今までそんな話を耳にしたこともなかった。なのに、なぜそのことを調べているのか。そもそも、この老人たちは、何をどこまで知っているのか。

「う、そ。あの事件は、証拠なんか、ないはず」

 白いひげができてしまった口をカップから離して、少女は辛うじて声を搾り出す。心臓が早鐘を打ち始め、頭の血管が血流で焼けそうになる。

これは果たして、味方がいることに対する頼もしさなのか、それともシュテルグに対する恐れなのか。がたがた震えだす少女の体。それを知ってか知らずか、軽い雰囲気を纏ったドムが説明を引き継ぐ。

「証拠なら目の前にあるで。おまぇさんが娘の脳を乗っけた内臓人形(オルガロイド)だってのは、ちゃーんと分かってる。だからこそ、おれが出張ってきてるわけだ」

 体の震えが強くなり、血管がいよいよ切れそうになる。何もかもお見通しだなんて、なんていうことだろう、という気分になり、この情報はどこから出てきたのだろうかとか、細かいことにまで気が回らなくなっていた。

「それで、本件とそれに付随する様々な事件の解決を図る俺たちは、君にアプローチをかけることにした。君に貼りついていれば、いつか何かのチャンスが来るだろうと思って」

 〝付随する様々な事件〟その言葉が、少女の心臓の鼓動を更に高める。この言葉が因子するのは、この老人たちは、娘の殺人だけでなく、少女自身が犯した罪についても知っているということだ。涙が、溢れそうだった。味方がいたという事実に。

「そぉしたら案の定、おじょおさんが奴の本社ビルの中のありとあらゆる警報を鳴らしてくれたってぇこと」

「あとは、緊急措置を盾に奴の会社に押し入り、証拠物の留置権を使って君と君の手足を回収した」

 そこで説明が終ったのか、ジョンは口を閉じる。あ、手足を繋いだのはおれね、というドムの軽い調子の言葉が妙に大きく聞こえる。

 少女は、完全にどうしていいのか分からなくなっていた。老人たちの言葉があまりにも予想外であり、たいした情報量でもないのに、脳でうまく処理できないのだ。ただ、この老人たちの言葉から今分かることは、どうやら男の支配から抜け出せるかもしれない、ということだけだ。真っ暗だった自分の人生に一筋の光明が見えた気分だ。本当に、泣きたいような気分だ。

「協力者の意向もある。こちらとしては、君に早く回復してもらいたい」

「協力者?」

 声が湿ってしまわないように気を使いながら、少女が疑問を返す。この二人の後ろに何者かがついているのだろうかということが純粋に気になってもいたし、自分の味方がまだいることがうれしくもあった。

「ああそうだ。あの男をやっかんでいるのは我々だけではない。この都市の経済界も――」

 こんこん。そこで、休憩室のドアが誰かにノックされた。ぴたりと話をやめて顔を見合わせる三人。嫌な予感を覚えて、少女の泣きたい気分も一気に吹っ飛んでしまう。

来客だろうか? と顔を見合わせる。だが一秒後には、全員が首を横に振る。いや、そんなはずはない。ここは交番(ポリス・ステーション)の一番奥にある部屋だ。こんなところまで侵入してくるなんて、よっぽどの大事件でもない限りありえない。それにもしそうなら、ノックなんかせずに部屋に飛び込んでくるはずだ。

 敵! 嫌な予感が明確な象を結ぶ。さっきまで希望の中にいたせいなのか、まだ体が震え始める。嬉しさのせいではなく、怖さのせいで涙が溢れそうになる。せっかく味方が見つかったのに、こんな所で捕まってしまうのか、という諦観が少女を支配する。

 少女が顔に絶望の色を浮かべて固まっている前で、老人たちは無言で行動を起こしていた。ジョンがドムに向かってリボルバーを渡し、自身はショットガンを手に取り、残りの拳銃をホルスターに納める。

固まってしまっている少女を無理矢理立ち上がらせ、小脇に抱えるようにして扉の横まで歩いて行くジョン。同様に、ドムも扉の反対側に陣取る。こうすれば、扉越しに敵に撃たれることはないし、入ってきて敵に奇襲がかけやすい

「ああ、今開ける」

ショットガンを構えたジョンが緊張した面持ちでドアを開ける。もし良からぬ者なら、即座にぶっ放す構えだ。少女は、恐怖のあまりついジョンにしがみついてしまう。ジョンによって押されたドアが、僅かな軋みをあげながら開く。するとそこには、

『ん?』

「あ、あ……」

 一人の少女が立っていた。サブマシンガンを手に持った少女。ジョンの横で震えている少女と全く同じ顔をした少女。内臓人形(オルガロイド)だ。

その表情のない顔を確認した途端、ジョンの横でこのままばらばらに分解してしまいそうな勢いで震え始める少女。少女の心を真っ暗な恐怖が満たしていく。もう駄目だという考えが心を埋め尽くす。このままあの男の使者である内臓人形(オルガロイド)に捕まってシュテルグの支配下で生空っぽの人生を送っている自身のイメージが、少女の視界を塗りつぶす。

 ばん!

 頭を抱えてがたがた震えている少女のすぐそばで、少女の考えを打ち砕くような銃声が響いた。

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