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「さあパペット、聞かせてくれ。成果を」

 だだっ広いオフィスの中にある高価そうなデスクについた男が言った。男の名はレーレン=シュテルグ。年齢は三〇代半ばといったところで、適度に引き締まった体をスーツで包み、その顔には人のいい笑顔が浮かんでいた。

 だがパペットは知っていた。シュテルグの笑顔が、決して額面通りのものではないことを。パペットはシュテルグに向かって報告を始める。血にまみれたままの姿で。だが報告の内容は、今日のものではなかった。いや、いつのものでもない。今までにした報告全てが混じりあった、内容を把握することができないものだった。しかし自分がどういう趣旨のことを言っているのかは想像がついた。シュテルグの希望にそえなかったという意味のことを言っているのだろう。

 ああそうか。これは夢なんだ。どこかでこの世界の様子を傍観しているパペットの心が答えを導き出す。もう何度見たか分からない、悪夢であり過去の光景である夢。自分はそれを見ているのだ。そんなことを思っていると、夢の中のシュテルグの表情が唐突に変わった。

「どうしてなんだ!」

 ヒステリックな叫び声をあげて顔に怒りを貼りつかせたシュテルグは、デスクの引き出しから拳銃を取り出すと、撃った。パペットに向けて。

「どうしてなんだ、どうしてなんだ、どうしてなんだ!」

 シュテルグの口から言葉が飛び出すたびに、銃口から弾が飛び出す。パペットは黙って自分の体に弾丸が撃ち込まれるのに耐えるが、ついに耐えきれなくなって、その場に仰向けに倒れてしまう。

「なんでだ! なんで俺の言った通りにできなかったんだ!」

 シュテルグは倒れたパペットに向けてなおも弾を撃ち込む。シュテルグの怒りの原因は明らかだ。パペットが、シュテルグの要求を守れなかったから。何度やっても、雷撃器(ガントレット)やランキン・タービンを駆動できなかったから。存在するだけで自分の価値を高めてくれるはずの(パペット)が、そこらのガラクタと変わらないような存在でしかないから。自分に心酔して栄光を運んで来てくれるはずの存在が、心の底では男のことを嫌っているから。理想と現実が乖離しているから。それが我慢ならないのだ。

 突然、目の前の光景が変化した。

 パペットは、ベッドに載せて運ばれていた。

 相変わらずの三人称視点で周囲を見回す。回りは、シュテルグの部屋ではなかった。酷く無味乾燥でそのくせやけに広い部屋だった。部屋の真ん中には、床と天井を繋ぐようにして円筒形の物体が置かれている。シュテルグやエンジニアに囲まれ、種々雑多な機器が取り付けられたベッドはそこに向かって進んで行く。

 死んでいるのだろうか?

 真っ黒い血と訳のわからないべっとりした液体に包まれた自身の体を見ながら、パペットは考える。だがやはりその問いは、半分正解で半分外れだろう。目の前の自分は、ある一点の自分ではなく、今までの記憶が幾重にも重なったものなのだ。あるいは全身麻酔で寝ているのだろうし、あるいは部分麻酔で起きているのだろうし、あるいはシュテルグに叩き込まれた弾丸によって体はすでに死んでいるのだろう。シュテルグに犯されたせいで全身精液まみれなのかもしれないし、血で汚れている以外はいたって清潔なのかもしれない。

 円筒形の前まで運ばれて行ったパペットは、そこで延髄の辺りを切開された。脳幹に埋め込まれた接続器の一部が露わになり、露出した接続部に次々にケーブルが接続される。パペットに接続されたケーブルの反対の端は、ベッドに取り付けられた雑多な機器へとつながっていた。

 シュテルグが円筒の基部に付いている機械を弄る。すると、部屋のあちこちの床が盛り上がり、円筒を囲むようにして同心円状にコンピューターとコンソールの群が出現する。科学者たちがそれらの取りつくと、そこここからコンピューターの起動音が聞こえ、ベッドの機器がケーブルで部屋のコンピューターと接続される。

 そのベッドの機器のUSBポートに、シュテルグがメモリを嬉々とした顔で差し込む。紛れもなく、パペットが殺しのときに携行しているものだった。

 USBを差し込まれた機器の液晶画面の中では、すぐに特殊なプログラムが起ち上がる。同時にパペットは、ベッドに横たわる自らの体に吸い込まれるようにして三人称から一人称へと視点が変化し、自身が真っ暗な空間に放り出されるような感覚を味わった。

 条件反射、と心のどこかが正鵠を射た結論を出すが、それではパペットの幻視は止まらなかった。プログラムの進行に合わせて、情報――明らかにパペットが殺しのときに奪ったものだった――が流れ込んで来るのが分かった。

 不意にパペットは円筒形の中の物体と繋がる感覚を覚え、そちらに目を向ける。

 円筒形の中には、パペットが浮いていた。

 溶液の中を虚ろな表情で漂う自分自身。

 だがパペットは、それが自分自身ではないことを知っていた。

 それは、シュテルグの娘だった。

 良く見えれば、パペットと娘の顔は、細部が異なっていた。パペットがどこか人工物を思わせる整った顔をしているのに対して、娘の方は正真正銘生まれたままという感じなのだ。それに何より――

 娘の体には、脳がなかった。

 一応は形が整えられているものの、外から見てもそこが空っぽであることは一目瞭然だった。でもそれも当然だ。何しろ、娘の脳は、私の頭の中(ここ)にあるのだから。

 すっかり見慣れたグロテスクなオブジェを見ながらそんなことを考えていると、パペットの感覚に再び変化が訪れた。頭の中にあった大量の情報が娘に向かって流れ込んでいく感覚を覚える。まるで水門が開かれたかのように、情報が濁流と化す。だが、それはただ徒に流れるだけでなく、水門を通り抜ける際に、きちんと論理立てられていた。情報の濁流が0と1に置換され、正しい数式(アルゴリズム)によって整理されていく。

 それは、情報の暗号化だった。パペットの脳を使って情報を暗号化し、有機コンピューターと化した娘の体に蓄える。必要な時に、シュテルグだけが取り出せるように。それこそが、シュテルグがパペットに行わせていることの胆(、)だった。

 歪んだ愛情。

 流れゆく情報を感じながら、パペットはぽつりと呟いた。

 やにわに目の前の光景がまた変化する。

「もっとだ! もっと完璧に仕上げるんだ」

 それはパペットの原初の記憶だった。耳も目も、体すらない状態で機械越しに聞いた記憶。自我が形成されるかされないかの瀬戸際の記憶だ。

 広々とした会議室の一角に設置(、、)されたパペットを前にして、シュテルグと科学者たちが議論を戦わせている。

「お言葉を返すようですが、全身を機械部品で置き換えるのは不可能です」

「それをやって見せるのが貴様らの仕事だろうが!」

 科学者が弱音を吐くのを聞いたシュテルグが、イライラした様子で目の前のテーブルを叩く。

「ですが……その、人間の脳は内臓からのフィードバックがなければまともに機能しません。手足だけなら人工部品と置き換えることも可能ですが、全身となりますと……それに、この内臓人形(オルガロイド)計画は資金がかかりすぎます。パッケージ化することでお嬢さんの脳は辛うじて助かりましたが、体を与えても元の人格を取り戻せるとは思えません。また、この計画がうまくいったところで、会社に対するメリットが……」

 ――会社? メリット?

 パペットは茫洋たる無意識下で議論に耳を傾けるでもなく傾ける。

「五月蠅い! いいか、これは決定事項だ! 貴様らはさっさと研究に戻れ!」

 科学者たちが口をそろえて難色を示す中、シュテルグはヒステリックに一喝すると、科学者たちを蹴り出すようにして部屋のそとに追い出してしまう。

 それから、一度大きく息を吐きだすと、ゆっくりとした足取りでパペットの方へと近づいてきた。

「全く、あいつらにも困ったものだ」

 先ほどとは打って変わった優し気な声で呟きながら、シュテルグはパペットの納まったユニットのガラス部分を撫でる。どうやら、脳だけの自分のことを愛でているらしいとパペットは考える。だが何故だかその行為は、ひどく倒錯的なものに思えた。

「大丈夫だ。心配するな」

 シュテルグが言葉を続ける。

「今度は、間違った道になんか踏み込ませない。大丈夫だ、お前は俺の娘なんだ。俺の言う通りにすれば、絶対にうまくいく。今度は、お前を完璧な存在にして見せる」

 シュテルグは最後にいっそう優しくパペットのこと撫でた。

 ――完璧? 間違った道……

 しかしそれは、パペットの中に安心をもたらすことはなかった。代わりにもたらされたのは、ひどく心を乱す厭悪の念だった。この男は、決してパペットのことを心配しているわけではないのだ。心配しているのは、シュテルグの理想の娘であって、決してパペット自身ではない。茫漠とした心に、そんな考えが浮かんだ。

 どうやら、先ほどの続きのようだ。

 シュテルグが銃を放り出すと、許容量以上の弾を食らって虫の息のパペットに近づき服を脱がしにかかる。血まみれのパペットの体を愛おしげに愛撫する。

「ああ、すまない、パペット。私はまた、何ていうことをしてしまったんだ」

 愛おしむようでいて実は全くパペットのことなんか愛おしんでいないシュテルグの動き。その様は、まるで傷ついた自分の心を慰めているようで、気持ち悪いというのがパペットの偽らざる感想だった。いや、事実その通りなのだろう。

 やがて男も服を脱ぎだす。シュテルグのモノ(、、)が自分の中に割り入ってくるのをパペットは感じた。それは、体ではなく心を犯す行為だと思った。こうやって体を犯すことで、パペットの人格を否定しようとしているのだ。そうすれば、パペットが自らの思い描いた通りに生まれ変わるとでもいうかのように。

 私は一体何をやっているんだろう。シュテルグに犯されながら、パペットの頭にいつもの台詞が浮かび上がる。こんなことをしていては、自分の理想のためだったら平気で他人を踏みにじれる人の近くにいたら、自分まで空っぽになってしまう。

 そこで、目が覚めた。

 いや、目が覚めたというよりは悪夢から醒めたと言った方が正確だろう。パペット――少女は未だ現実世界には帰還していないのだから。

 少女は真っ暗な中を制服姿で漂っていた。悪夢と同じぐらいに慣れ親しんだ世界。シュテルグの会社にあるスーパーコンピューター。自分は今、地下の秘匿された手術室から脳だけの姿でそれに繋がれ、疑似的な神経信号を送られていることだろう。髄液で満たされたパッケージごと体から切り離されて。いや、もしかしたらもう体は完成していて、後は自分が意識を取り戻すだけなのだろうか?

 ほとんど無に近い空間を漂いながら思考する少女。そんな空間にいるせいなのか、いつものごとく思考はシュテルグに聞かされた自分の過去に向く。

 少女は元々、シュテルグの娘だった。今も確かに娘ではあるのだが、こんな内臓人形(オルガロイド)なんかじゃなくて、ちゃんとした生身の。

 だが娘は、ある日父親に殺された。原因は聞かされていない。いつも少女にやるみたいに、行動した後で悲しみに襲われたシュテルグは、取りあえず少女の脳と体を保存した。

 その上で、当時からそれなりの規模でもってロボット兵器やサイボーグ技術を販売していた男は、それらの技術全てを使って娘の新たな体を作ることを命じた。自分の地位を高めてくれる最高の娘として。

そしてそれは、内臓人形(オルガロイド)となった。

内臓人形(オルガロイド)が〝内臓人形〟と呼ばれる所以は、その部分だけが生身だからではない。内臓人形(オルガロイド)内臓人形(オルガロイド)と呼ばれる理由は、内臓によって生かされているからだ。

 世間一般にはオルガロイドは脳を持たないロボットということになっているが、実際は違う。手足こそ最初からオミットされているが、クローン技術によって死んだ娘の細胞作られた立派な人間だ。およそ人格と呼べるものを持たず、戦闘プログラム以外のものはインストールされていないけれども、ちゃんと脳だって持っている。

 そして人間の脳は、内臓を中心とする体からのフィードバックが無いと生きられないことが少女を造る初期の段階から分かっていた。だからシュテルグは、整備性とかそんな問題ではなく、少女の体に内臓を残した。できれば全てを完璧なものに置き換えたかったらしいのだが、残さざるを得なかった。

 こうして少女は、生まれた。一度死んだことでかつての記憶と人格を失った脳を人工の体に載せられて。内臓(オルガン)によって生かされる体に雷撃器とランキ(特別な)ン・タービン(装備)を乗せられた、意思の無い人形(アンドロイド)として。

 少女の予備の体である内臓人形(オルガロイド)はタービンの一部と雷撃器(ガントレット)をオミットされて男の商売の一部となり、少女は男に富をもたらす存在になった。

 それ以来少女はただひたすらに男の道具として男のビジネスを助けた。不幸な事故で手足を失ったがそれでも健気に父親を助けて生きる、人々の羨望を集める最高の娘として。邪魔になる相手を殺し都市を駆け上がるための情報を集める存在として。

 そして娘はと言えば、やはり脳の無い体をシュテルグに捉えられ、男の出世の秘密として、今もこのビルの中で薬液で満たされた瓶の中を漂っている。内臓人形(オルガロイド)のために作られたナノマシーンを使って脳の無い体を有機コンピューターに作り変えられて。この有機コンピューターは、ある意味少女以上にシュテルグのビジネスの要だった。

 シュテルグが彼女の体の中に、少女に集めさせた情報の全てを蓄積していた。しかも少女の脳を使って暗号化した上で。蓄積するのにも引き出すのにも少女の脳を介さねばならず、もし仮にそれ以外の方法で娘の体を調べても、わかるのはナノマシーンによって異常な成長を続ける神経の成長記録ぐらいのものだ。

歪んだ愛情。少女はこの果てしなくおぞましいシステムに、こっそりとそんな名前を付けていた。

 私は一体何をやっているんだろう? 過去をまさぐっているうちに、少女は自分の中にある最も根源的な言葉にたどり着いた。それは数年前に少女という存在が生まれたときから呪いみたいに付きまとっている言葉だった。自分は何なのだろう、ではない。そんなことは考えるだけ無駄だと少女は思っていた。生まれが他人と違うことぐらい、何とも思っていない。自分は自分だ。この人格が男に与えられた(インストールされた)ものではないということがわかっていれば、それで十分だ。

 問題は、今の自分には有意義さが決定的に欠如していることだ。シュテルグの狂気に囚われ、意思もなく、脳ではなく内臓によって生かされている自分。こんなの、死んでいるのと同じだ。他の人たちが楽しそうに送っている人生とは、全く違う。逆らう術も意思もないまま、自己実現の道具として金や地位と一緒に有意義さを空っぽのシュテルグに吸い込まれた自分。シュテルグに有意義さを奪われたせいで、まるで操り人形(パペット)のような自分。こんなの、死んでしまったほうがずっとましだ。

 でも心のどこかでは、そのうち有意義な人生を送れるのではないかと期待する自分もいて、自殺する気になんかなれないのだ。もっとも、自殺したところでシュテルグに蘇生されるのが落ちだろうけど。

唐突に、少女の体を浮遊感が襲った。慣れ親しんだ感覚だった。どうやら新しい体が完成し、ビルのシステムから切り離されようとしているらしい。闇が急激に払われていく。

 闇が完全に取り払われる直前、少女は何か懐かしいような感覚を感じた。まるで、旧友にでも会ったみたいな感覚を。これまた慣れ親しんだ感覚だった。きっと、新しい体と脳が接続されるときに感じる幻肢痛の類だろう。少女は目覚める直前の心でいつもと同じ結論を出した。

 ああ、今回は一〇人か。目覚めてすぐ、少女はそう思った。まだ手足の接続されていない少女は、仰向けに寝た状態で顔だけを動かして手術室の一角を見た。するとそこには、ばらばらに切り刻まれた少女と全く同じ顔をした内臓人形(オルガロイド)が転がっていた。特に状態のいい個体からさらに状態の良いパーツだけを取り出す。それが少女の体を造るときのやり方だった。

 すっかりすり切れた感情。本当なら悲鳴を上げるレベルの出来事だが、少女の心にはぼんやりとした倦怠感が去来するだけだった。手術台に寝かされていた少女は、医師によって体を起こされて台の上に座らされる。座らされたことで、少女の目に自分の体が映った。裸の体のあちこちにみみず腫れみたいな縫い跡が走っていて、まるでフランケンシュタインみたいな体。幸いにして縫い目はしばらくすれば消えてくれるが、これを見るたび思い出すたびに、自分体が替えの利く道具でしかないと言われているようで嫌な気分になる。

 日常の一部と化してしまった嫌な気分に少女が顔をしかめていると、医師によって顔の向きを無理矢理変えられた。首の向きを変えられたことで少女の目は死体の山とは別のものをとらえる。

 そこには、自分がいた。いや、自分の抜け殻がいた。胸にぽっかり穴が開いて、首から上を切り刻まれ脳を失っているが、まだ辛うじて形を保っている顔面が虚ろな目で天井を見上げていた。二種類の血と白濁にまみれた自分の体。シュテルグに取り込まれて中身をなくして、その上汚れに汚れてしまった体。込み上げてくる嘔吐感を我慢しながら、少女は思う。こんなもの、どうやって言い訳するんだろう。

 首に痛みが走った。疑似的な神経信号を送るために首の肉を貫いて脳幹に納まっている接続器に繋がっていたケーブルが引っこ抜かれたのだ。何本もあるケーブルのうちの一本が引っこ抜かれると、次いで少女の後ろ髪が上げられ、ちくちくとした痛みが走る。ケーブルが抜けた穴を縫い合わされているのだ。少女は動くこともできずに心と体の痛みに顔をしかめながら自分の死体とにらめっこをする。

 その死体こそが、シュテルグの悪事とビジネスの秘密だった。明日の朝には少女の古い体は警察に引き渡されるだろう。実業家殺しの犯人として。シュテルグに破壊された暴走内臓人形(オルガロイド)として。少女と内臓人形(オルガロイド)のDNA構造が全く同じであることを利用した悪事。少女も内臓人形(オルガロイド)も同じDNA構造なので鑑定をやっても無駄だし、胸や脳の空白が軍事機密で説明できる。まさか誰も、人間が体を乗り換えているとは思わない。

 こうやって少女が体を乗り換えることで、プログラムによって動くロボットやサイボーグではこなせない、暗殺と知的財産や相手の弱みといった行為を安全にできる。全ては内臓人形(オルガロイド)の暴走事故ということでカタがつく。警察には事件を解決させつつ、同業者には圧力かけることができる。都合よく暴走する内臓人形(オルガロイド)によって。何故かシュテルグが持っている様々な情報によって。少女によってもたらされたものによって階段を昇るシュテルグ。

 そんなことを考えていると、ますます自分の死体が忌避すべきものように見えてくる。べったりと張り付いた血液や精液が、シュテルグの放つ汚濁に思えてくる。今すぐに汚濁に絡めとられた自分の体を台から蹴り落としてその辺のメスか鋏でめった刺しにしたい衝動に駆られる。

「目が覚めたかい?」

 少女が今にも衝動を実行に移そうとする体を押さえていると、手術室のドアが開いて男が入って来た。夢の中の男と同じ男。シュテルグだ。シュテルグの顔を見た瞬間に、少女の胸を闇雲な苦しさが襲い、頭が恐怖や怒りや殺意なんかで焼ききれそうになる。

 それに気づいていないシュテルグは、丁度縫合の終わった少女に歩み寄ると、少女を抱きしめた。まだケーブルのほとんどは繋がったままだったが、シュテルグの登場によって医師は処置を中断していた。

「ああ、いつもすまない、辛い思いをさせているね。でも大丈夫。これからも一緒に正しい道を進んで行こう。そうすれば、きっと幸せになれるから」

 心の底から少女のことを慈しむような声。だがその声は、どこまでも自分勝手で虚ろで偽物だ。シュテルグの声は自分を気にかけているのではない。金や地位をもたらしてくれる存在がシュテルグから離れて行くのを恐れているだけだ。もし労わっているとすれば、それは少女を傷つけたことで傷ついた自分の心だ。

 自分は一体何をやっているのだろうか? いつもの問いが心に浮かぶ。自分の今の状況に、しきりに否を唱えたくなる。

「ずっとずっと、俺がお前の面倒を見てやるからな」

 シュテルグの言葉に、過敏になっていた少女の心が反応する。「ずっとずっと」? つまり、自分の人生はこれから先いつまでもこの男の空虚に囚われたままなのだろうか? 自分が望む有意義さとはかけ離れた人生。他人の与えた地位(社会的地位)とか金とかを空っぽの自分に詰め込むだけの人生。自分でその穴を埋める努力もせず、有意義さを掴みとる努力もせず。ただただ外部のものに縋って生きる人生。他人を自分の空虚に巻き込むだけの人生。

 そんなのは、嫌だ!

 少女の中で、今までぐつぐつと煮立っていたものがついに爆発した。心が声なき叫びをあげる。

 その瞬間。

《神経安全弁の破壊を確認。第二及び第三タービン(スーパチャージャー)始動》

 どこからともなくシステム音声が響いてきた。限界まで高まった内圧を開放する、容赦ない声が。

 え? なに?

 訳の分からない感情。全身に走る痛み。少女の視界はブラックアウトし、体が手術台に倒れ込む。どこか遠くで、シュテルグの叫び声や非常ベルの音、悲鳴や怒号が聞こえた。

 ルビを振りなおすのが、ものすごく面倒くさいです。

 ワードからのコピペなのでルビが落ちるのは仕方ないのですが、「内臓人形オルガロイド」と「オルガロイド内臓人形」の二つの落ち方が混じるのはなぜなのか。

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