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《さあ、派手に行こうぜ!》
声にならない声でそう叫ぶと、少女は腕下のガトリングガンの引き金を引いた。秒間一〇〇発の発射速度を誇る巨大な物体が咆哮すると同時に、少女の目の前にあった鉄扉は跡形もなく吹き飛んでいた。
少女が今いるのは、ビルの地下にある保管庫。その中にぎっしり詰まっていた内臓人形一体に、意識を接続しているのだ。同時に、社内ネットに繋がっている彼女の脳みそ本体は、多数の内臓人形やマーメイド型のロボットの動きを制御してもいた。今の彼女は、現場の一兵士であると同時に、シュテルグを殺すための鋼鉄の軍隊の司令塔でもあった。
保管庫の扉が爆砕されたことを検知した非常装置がけたたましい警報を鳴らす中、少女は砕けた鉄扉を、それをやってのけたロボットに手をかけながら乗り越える。左手に搬出入用の貨物エレベーター、左手に非常階段があるだけの狭い廊下は、狂ったように回転する赤色灯の光によって斑に照らし出されていた。廊下に立つと、少女はロボットの手から、武器庫からもって来させたオートマチック拳銃を受け取る。
初弾を薬室に送り込み、呼吸を整える。さて、行こうか。そう心の中でつぶやくと、叫んだ。
《ムーヴ!》
映画で見た軍隊の指揮官を真似て、ネットワーク上に高圧的な命令を流す。それとほぼ同時に、命令を受け取った部隊が動き出すのが感ぜられた。他の場所にあるロボットの保管庫の中では鋼鉄の兵士が目を覚まし、少女の背後では内臓人形が生き返る。
背後から我先にと外にあふれ出してくる内臓人形の波が過ぎ去るのを待って、少女自身も、拳銃を片手に歩きだす。その後ろには、まるで姫を守る騎士にようにロボットが付き従う。
歩き出してみると、量産品の内臓人形の体は様々な面でワンオフ品の体に劣ることがわかったが、特に問題はないはずだ。これから相手にするのは、ただの人間一人なのだから。
最上階にあるシュテルグのオフィスを目指すべく、少女は階段へ向かう。固く唇を引き結び、眉間に深い皺を刻んだその顔は、決意に満ち溢れていた。
私は、進まねばならない。この先に自分の求めるものがあるのかはわからない。もしかしたら、また死ぬほどつらい目にあうのかもしれない。でも、それでも人生から逃げるのだけは、嫌だ。またあんな状況に戻ることだけは、あってはならない。足を止めてうずくまっているわけにはいかないのだ。それは最悪の行動だし、何より、自らの手にかけた人たちに対して、申し訳が立たない。
ちーん、という間抜けな音が聞こえた。
「GO! GO! GO!」
くぐもった怒号がエレベーターの扉越しに聞こえてくる。その命令が終わるか終わらぬかのうちに、エレベーターから人影が踊りだす。軽い発射音が連続したかと思うと、背後のロボットに着弾に火花が散った。
ゆっくり、だが無駄のない動きで振り返った少女の目に、三人の人影が飛び込む。手にはサブマシンガン、体は防弾チョッキでそれぞれ固められている。お互いがお互いの動きをカバーしあう三人。無駄のない動きだが、軽火器でマーメイド型に立ち向かうのが土台無理な話だった。少女はロボットの影に身をなくしながら、悠々と狙いをつけ、引き金を引き絞る。ロボットを攻撃するのに夢中になっていた三人の額に、真円の穴が開く。どさどさと倒れこむ三人を確認すると、少女は心の中で謝りながら階段に向き直った。ごめんなさい。あなたたちの死は絶対に正当化はできない。でも、私が受け止めるから。
今の少女の中にあるのは、覚悟の念だった。たとえどんな事態に陥ろうとも、目の前の出来事を全て受け止めて前に進む。今まではこの覚悟がなかったせいでさんざん迷ったし様々な人々を巻きこんできた。でも私はもう迷わない。それが今まで巻き込んできた人たちに報いる方法だと思うから。
胸中でそう繰り返し、少女は地上へと続く階段を一歩一歩昇ってゆく。足を一歩踏み出すたびに、強烈な感情の波が襲ってきた。自らが前に進んでいるのだという、強い実感が。
そこで再び敵が来た。上階から下階に向かって、銃を撃ちおろしてくる。そこかしこに着弾や跳弾の火花が散り、数発は少女に命中するが、少女はそんなこと気にもしない。今まで味わったことに比べれば、そしてこれから待ち受けているであろうことに比べれば、このぐらいどうということはなかった。
少女は拳銃を上に向けると、無造作に撃った。一発分の銃声が敵の何十倍もの銃声に混じって響く。すると、からからと音を立てながら、手すりの隙間からサブマシンガンが落下してくる。少女はそれを空中でひょいと受け止めると、一度弾倉を引き抜いて残弾を確認すると、残っていた弾を全て上に向かって撃ち返した。
次々と悲鳴が上がり、火線が少なくなっていく。それを感じながら、少女の頭に浮かぶのはナズリのことだった。
彼女は少女のことを説得し終わると、最後に言った。笑顔で。自分を殺してくれと。もはや人生を生きることがかなわない自分は生きていても仕方がない。それに、体内記憶なんて言うボーナスステージとは十分に楽しんだし、勘違い娘を説得するという義務も果たした。もちろん未練はあるが、これが自らの生の結末なのだと。だから、殺してくれと。
今の少女には、正直に言って彼女の台詞の意味はわからなかった。せいぜい、二度も撃たれるのはいやじゃないのだろうか、という疑問が出てくるのが精いっぱいだ。だが、こうも思っていた。きっと自らの生を精いっぱい生きれば、あんないい顔をして自らの結末を受け入れることができるのだろう、と。
火線が全て途切れたところで、少女は再び歩き出す。空になったサブマシンガンを放り捨て、何事もなかったかのように階段を昇ってゆく。倒れている敵から武器を取り上げ、途中でロボットと別れ、ひたすらに上を目指す。襲ってくる敵を全てなぎ倒し、鍵がかかっていた扉を破壊して最上階の廊下に進み出る。
途中で拾ったサブマシンガンと一体化させた視線を素早く左右に振るが、そこはエレベーターホールと少女が辿ってきた非常階段、瀟洒な扉だけがある空間だった。目的の男が遠ざけたのか、それとこここまで到達されると思っていなかったのか、周囲に人影はない。
少女はそこで一旦呼吸を整えると同時に、意識を別の場所に集中させる。ビルのあちこちで暴れまわっているロボットや内臓人形の群れの情報が脳裏に流れ込む。その中に、目的の一体が着実に標的に近づきつつあるのを確認すると、少女も、また歩き始めた。
そうして扉の前まで来ると、マシンガンを構えて撃った。おそらくはきっちりと鍵がかけられているだろう扉のノブと蝶番にありったけの弾を叩きこんで、そっと扉を押す。扉は、ゆっくりと、だが着実に枠から外れ、部屋の内側に倒れこんだ。きっとこのビルの実験区画でも、同じように巨大な扉が破壊されいるはずだ。
少女の目の前のには、余裕の表情で椅子に座っているシュテルグの姿があった。少女が裏切ることなど絶対にないと思っているのか、それとも説得できるつもりでいるのか、部屋の中には警備員の姿は全くない。
「やあ。遅かったね。反乱ごっこは楽しかったかい? ほら、君の勝ちだ。だから、銃を置いて、こっちにおいで?」
部屋と廊下の境目に立つ少女に向かって、シュテルグは言った。これまでも何度も聞いた言葉。だが、決して聞き入れてはいけない言葉。この男は、これからも、もしかしたら生まれ変わったとしても、こういう生き方を続けていくのだろう。こうやって他人を人とも思わずに、自らの人生のための犠牲にしていく。そして自らは、他人を犠牲にすることしか知らない空っぽな体を抱えて、ひたすらに上昇していくのだろう。
ああ、なんてくだらない。
少女はそう思いながら、サブマシンガンを放り捨てる。一瞬だけシュテルグの顔が喜色に染まるが、それはすぐに凍り付く。少女は、マシンガンを捨てた代わりに、シュテルグに向かって拳銃を構える。
シュテルグの顔が怒りで赤くなるのがわかったが、少女は無視して別の場所に意識を集中させる。すると、今の少女と同じように、ガトリングガンを構えた存在が知覚される。それは、先ほど別れたロボットだった。そしてその銃口の先には、ナズリの入ったガラス製の円筒容器があった。
「パペットォ!」
男の声を聞きながら、少女は引き金にかけた指に力を込めてゆく。今までの自分と決別するために。
さようなら私。
そして銃声が耳を圧し、目の前の男は――自らの過去を象徴するものは、死んだ。
同じように、ナズリも。
少女の動きに同調していたロボットのガトリングガンに切り裂かれて。
銃口から硝煙がたなびく中、少女は細く長く息を吐き出すと、その場に崩れ落ちた。音のしない部屋の中に、少女の息遣いと階下から聞こえてくる銃撃戦の音や集まってきたパトカーの音が響いてくる。
その音を聞きながら、少女はこの惨状をどうやって収めたものかと考える。これだけのことをしでかしたのだ。おとがめなしという訳にはいかないだろう。
そんなことを考えていると、少女の口から、唐突に乾いた笑いがこぼれた。その笑いに気付いたとき、少女はとてつもなくおかしな気分に包まれた。
ああ、くそ! 先のことを考えるとこんなにつらくて苦しくて、とても笑ってなんかいられないはずなのに。体も脳みそだけになって、もしかしたらもうすぐ死ぬのかもしれないけど、私はいまとても充実している。笑いが、止まらない。こんな状況で笑っているなんておかしいってわかってる。でも!
私は今、生きている!
私は今、自由だ!
外付けHDDに残っていたバックアップを読み込んだら出てきたので、最後まで。そういえば、書き上げた直後ぐらいに内蔵HDDが物理的にクラッシュしたんだっけということを思い出しました。必要なデータは全てサルベージしたので実害はないです。面倒で、一年ほど経つのに一部は未だ解凍していませんが。
久々に読み直して思ったのは、何か、無駄に勢いだけあるなということです。確か、小説における主題ってなんぞ? ということだけをテーマにして書いたんだったか。結論、よくわからんとことは覚えています。
主人公の女の子が最後に脳みそだけになることのみは初めから決めていたような記憶が。なぜそんな落ちにしたのか。自由とは解放であり、解放とは肉体からの解放である的なことですか? 怪しげな宗教ですか?? ちょっと、思い出せないです・・・
あと、出てくる名称はの多くは第二次大戦ごろの艦船から取りました。図書館に行き、頭と胸付近の解剖書と艦船の書籍、蒸気タービンの解説書を積み上げて変な目で見られたような記憶が。
ランキン・タービン→ランキンサイクル(蒸気タービンの一連のエネルギーサイクル)
朝顔→若竹型駆逐艦の5番艦
後は、思い出せないです。