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恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
8/26

第三章 別の人 (1)

ジュンは、奈緒の体と心を心配し、献身的に対応した。そして段々と奈緒が元に戻って行くと、やがてそれは、自分の心へのストレスとなって行きます。それには気付かずに安易に竹宮を食事に誘います。竹宮は喜んで誘いに乗りますが。

第三章 別の人


(1)


竹宮は、シンガポールから帰って来てから、一度、山之内とデートはしたが、その後が続いていなかった。山之内が、仕事が終わると声をかける機会もないままに、急いで帰るからだ。

元々部署も違うので、共有カレンダーにアクセスすることも出来ず、早々には、都合が見えない。社内メールという手もあるが、監視されていることを考えるとその手を使う気にはならなかった。

あいつ最近、帰社時間が見えないな。プロジェクトミーティングで、今度話しかけるか・・

そう思いながら、IPOからの帰りにエレベータから降りて自分の部署に行こうとすると、目の前を山之内が歩いて来た。同僚と一緒だ。一瞬、声を掛けようと思って躊躇していると、山之内が目の前で歩きを止めた。

何か用なのと言う顔をすると

「あっ、竹宮さん、プロジェクトの件で、確認したいことが有るんですけど、後でメールします」

そう言って自分の横を通り過ぎて行った。もう、もうちょっと何か言えないの。せっかく久々に声かけておいて・・。そう思いながら自分の部署に戻って行った。


 竹宮は、マンスリーローリングレポートを利用して、売上と原価、販売費などの相関グラフを作っているとメール着信のポップアップが表示された。

そのポップアップを消してメールソフトをタスクバーから表示すると、受信メールボックスに山之内からのメールが入っていた。

題名はプロジェクト進捗についてだった。どういう事。進捗は、プロジェクト会議で毎週行っている。個人同士で行うことではないはないでしょ。と思いながらメールを開けると

<竹宮さん、シンガポール以来一度打合せしただけなので、その後の進捗確認をしませんでしょうか。 山之内>

と書かれていた。

そう言う事か。これなら、万一確認されても意味は仕事の様に見える。題名だけなら仕事メールだし、中身を見てもプライベートには見えない。余程考えないと目元に微笑みを出しながら、山之内からのメールに心が何故か弾んだ。そして

<山之内さん、了解しました。それでは、SL0630で如何でしょうか。 竹宮>

返信をキーボードから打ち込むと送信をクリックした。

しばらくすると

<竹宮さん、了解しました。山之内>

とだけ返信して来た。これなら分からないだろうと思うと腕時計を見た。なんとなく心が軽くなりながら、五時二〇分か。六時に出れば大丈夫だな。そう考えると目の前の仕事を続けた。


ジュンは、心の中で何かストレスを感じていた。その理由は、自分自身では、理解できていなかった。奈緒は、とても大切な女性。毎日の様に会いに行き、少しずつ元気になって行く奈緒の顔は、自分自身が作ってしまった心の負荷を少しでも和らげてくれた。

だが、それは、別のストレスを生む理由になっていたことをジュン自身が分かっていなかった。このことが、最近身近に感じている竹宮への誘いを呼ぶことになった。そして、それは、ジュンにとって大きな変化をもたらすことになる。


山之内君が、誘うなんて珍しいな。あれ以来だ。何かあるのかな。まあいいか・・。竹宮は、自分の気持ちは、何となく分かっている。シンガポールの時、そして帰国してからの一回だけのデートで。

でもそれをはっきりさせる程には、自分の心は進んでいないと感じていた。相手は彼女持ち。わざわざその中に飛び込む必要はない。でも身近にいてほしかった。いつも手の届く距離に。

そんな自分自身の心の状況だったが、シンガポールから帰国後は、一度会ったきりだ。それもこちらから仕掛けたのだ。その後、プロジェクト会議以外では会うことがない。それだけに今回の山之内からの誘いは、内心嬉しかった。

新橋SLが見える位置に来ると少し遠巻きに見た。SLの先頭部分で待合わせの人が多い中、紛れて立っていた。何を見ているわけでもなく視線を何気なく投げている感じだ。

SLの後ろから気づかれないように近付くと、耳元に顔を持って行って声を掛けた。

「山之内君、待った」

ジュンは、その声にくるっと振り向いた時、目の前に竹宮の顔が有った。唇が触れるまで後、数センチ。

うわーっ、やばい。この距離どうする。でも・・竹宮は、まさかのジュンの行動に一瞬だけ期待した。


 ジュンも声を出そうとして、その距離に驚くと何も言えず、ほんの数秒そのままにした後、

「あっ、竹宮さん」

その時は、もう三〇センチは離れていた。

竹宮は、特にジョークでやったつもりの耳元のささやきが、まさかの状況を生み出すとは思わず、顔を紛らわすように

「あはは。ちょっと驚かしちゃった」

顔とは別に何か言いなさいよ。全く。どきっとしたじゃない。いきなり振り向くんだから・・。と思って目の前にいる男の言葉を待っていると何も言わない。

「どうしたの」

じっと相手の瞳を見つめると

「いや、竹宮さん可愛いなと思って」

なにーっ、今頃気が付いたのか。こいつは・・。表情には出さず、

「ありがとう」

少し微笑みながら

「どこ行く」

「うん、取りあえず渋谷にしよう」

「そうね」

全く、もっとましな言い方はないのか。まあいいか。一歩進展だ。頭の中で考えながら、自分の右で新橋駅の方向に歩く男をチラリと見た。

 階段を降りて改札を通り、この前の様に右にくるっと回って更に階段を降りてプラットホームに降りると、結構人が一杯いた。

「結構いるね」

「帰宅時間だからね」

「今日はどこ行く」

「渋谷着くまでに考える」

プラットホームに銀座線が入ってくると、降車客と入れ替えに他の乗客と一緒に乗った。


この前の様に中に入ることが出来ず、結局ぴったりと体を合わせることになった。手元にバッグを持って距離を取ろうとしているが、結構近い。

「混んでるね」竹宮から漂う甘い香りを鼻に受けながら言うと

「うん」

 竹宮さん、さっきから下を向いてばかり、どうしたのかな・・。状況が少し分からないままに、下を向く竹宮を見つめた。顔を起こせば、たぶん顔の距離は数センチ。山之内の背の高さと自分の身長プラスヒールの高さでちょうどいい感じだ。

竹宮は、このまま、顔を上げれば、待合わせの時がもう一度再現する。自分の胸の鼓動を聞きながら何とも言えない気持ちで、次の駅虎の門に着くのを待った。

虎の門駅に着くと降ろされないようにしながら車両の中に移動しようとすると竹宮の体にいやでも触ることになった。

竹宮も特に抵抗なくジュンにくっ付いている。やっと中ほどに移動できると、何とか二人が普通に立って入れる距離スペースを取ることが出来た。

竹宮さんに触れちゃった。奈緒の事しか知らないジュンは、竹宮の柔らかにどきっとしていた。

山之内君に触られた。男の人と体が触れ合うなんて経験のない竹宮は、こんな些細な事でも心が恥ずかしくなっていた。言葉を頭に浮かべながらも無言でそれを隠すように広告を見ていると、自分を見ている視線を感じた。

「山之内君」

「あっ、いや」

もう、何か言ってよ・・。

「どうしたの」

「えっ」

参ったな。ジュンはさっきの感覚が残っている中で、頭の中がそっちのけになっている自分に気づかないままに

「どこ行こうか。行きたいとこある」

自分で誘ったんだから。自分で決めなさいよ。そう思いながら

「別にない。山之内君が決めるところでいいよ」

「分かった。じゃあ、電車降りたら、電話で確認する」

へーっ、ちょっと期待だな。竹宮は、ちょっと心に期待しながら、また黙っていると

「和食でいい。美味しいお酒置いてあるところ」

竹宮とまた酒が飲めることを無意識に期待しながら言うと

「うん、いいね」

「じゃあ、そうする」

途切れ途切れの会話で、何とか継ぎながら二人の距離を維持していると、やっと銀座線が渋谷のホームに入った。


ふーっ、やっとついた二人が同じ考えで降りると、ジュンはポケットからスマホを取り出して、アドレスリストから店名をタップすると数回の呼び出し音の後、

「今から二人、予約したいんですけど」

「そうですか」

「はい、一〇分位で行きます」

「はい」

スマホをオフにすると

「竹宮さん。大丈夫だった。ちょっと歩くけど」

「ありがとう。山之内君凄いね。電話一本で予約できるところ知っているんだ」

「いやっ、前に行った時、結構良かったからスマホに登録しておいたんだ」

竹宮は、ジュンに言葉は返さずにそのまま付いて行った。センター街の十字路を四つほど抜けて右に曲がると東急ハンズの下に抜けた。パルコ方向にちょっと上がった左に階段がある。

「この上」

そう言って、ジュンが先に昇ると竹宮も付いて行った。狭いが砂利が敷かれ簡単に打ち水がしてある。引き戸を開けるとガラガラと音がした。

へーっ、洒落たところ。そう思ってジュンの後に付いて中に入ると仲居が待っていた。

「山之内ですけど」

「お待ちしておりました」

今では珍しく、きちんと着物を来て、丁寧な対応をする仲居に、へーっ、凄い。友達と行く安居酒屋とは違うな。感心しながら二人のやり取りを見ていると

「どうぞこちらへ」

と言って仲居が歩き出した。安い居酒屋なら、靴を下駄箱に入れて、素足で上がらせるが、そんな無粋な事はしないことに竹宮はちょっと感心していた。

仲居に付いて行くと障子毎に仕切られた和室が両サイドにある。突き当りを右に行き、左にある部屋に案内された。どう見ても四人は楽に座れるスペースだ。それに大したテーブルが置いてある。

「こちらです。今、おしぼりとお品書きをお持ちします」

そう言って、仲居が戻ると

「山之内君、凄いじゃない。こんなところ知っているなんて」

「いや、言う程じゃないよ」

「でも、素敵だわ。この前一緒に行ったところとは大違いね」

そんな話をしていると仲居が、おしぼりとお品書きと膳のセットを持ってきた。

「決まりましたらお呼びください」

そう言って下ると

竹宮は、おしぼりを手にしながらお品書きを見た。

えっ、何この値段。この前のお店よりはるかに高いじゃない。心配そうな顔になった竹宮に

「竹宮さん、今日は僕が誘ったのでご馳走します。好きなものをオーダーしてください」

やったあ。と思いながら

「えーっ、悪いよ。割り勘にしよ」

「いいですよ」

「じゃあ、ありがとう。ごちそうになります」

ふふっ、嬉しいな。私じゃ入れない。そう思いながらお品書きを見ていると

「取りあえず、最初の飲み物たのもうか。僕は取りあえず生中」

竹宮の顔を見ながら言うと

「うん、私も」

そう言って、にこっとした。

 ジュンは、側に有るボタンを押すと、少しして仲居が来た。

「生中二つ。その間にオーダー考えます」

「ありがとうございます」

そう言って下ると

「刺身の盛り合わせと焼き鳥の盛り合わせ。二人で食べましょう。竹宮さんも頼んでください」

二人で食べる。なんと。少しの驚きと期待に

「うん、サラダ系がいいな。板前さんのお任せ頼もうか」

「じゃあ、決まり」

そう言うと側に有ったボタンを押した。仲居が来て、生中を二人の前に置くとオーダーを聞いて下った。ジュンは、生中を持つと

「久しぶり。そしてお疲れ様」

「お久しぶり。お疲れ様」

ジュンは、三分の一程一気に飲むと

「うーん。やっぱりいいね」

と言ってジョッキをテーブルの上に戻した。

竹宮も女性らしく五分の一程飲むと

「美味しいわね」

そう言って微笑みながらジョッキをテーブルに置いた。

竹宮は、ジュンの顔をじっと見ると

「山之内さん、やっと二回目だね」

「えっ、二回目って」

あほかこいつは。もう少し汲みなさいよ。と思いつつ

「うん、こうやってデートしたの」

少しの間の後、

「あっ、そうか。そうだね」

ごまかし笑いするような顔をする山之内に

「それも山之内君から誘ってくるなんて。あっもしかして、彼女となんか有ったんでしょ」

一瞬ドキッとしながら

「えっ、そんな事ないですよ。そもそも彼女いないし」

奈緒には、会社の同僚と食事をする。と言ってある。胸に一抹の苦しさを感じながら言うと

「そうだったわね」

ジョッキを手に少しだけ口に含むと、ジュンをまたじっと見た。こいつ本当かな。単に彼女と上手く行かないから。その気持ちは、自分自身を傷つけると思うと、いや、そんな事ない。私に会いに来たんだ・・。敢えて気持ちを封じ込めた。

やがて仲居が、注文した料理を持って来て置き始めると、ジュンは何とは無しに奈緒を思い出した。最近の出来事で心に溜まるものが有ったジュンは、それをちょっとだけ横に置きたくて竹宮を誘った。だが、奈緒の事を思い出させられて、あの時のことが思い切り甦ってきた。

「山之内君」

「えっ」

「えっじゃないわよ。仲居さんが料理を置いた後も、目が焦点合っていなかったよ」

「あっ、ああ、少し最近仕事が忙しくて、疲れたのかな」

「もう、大丈夫」

「大丈夫、大丈夫」

頭を切り替えようとして、しっかりと竹宮を見ると

「どうしたの。何か私に付いている」

「えっ、いや。食べようか」

「おかしな山之内君」

ふふっと笑いながら、頼んだ板前さんのお任せサラダを山之内の皿と自分の皿に取り分けた。


久々の山之内との食事に心の中は見せずに、なるべく冷静を装う竹宮。さて来週は、段々とジュンと奈緒、竹宮の関係が変化していきます。

お楽しみに。

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