表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
PR
4/26

第二章 あなたは (1)

西伊豆の旅行以来、ジュンは、奈緒の気持ちを理解していても決してのその線を超えることはしませんでした。それは奈緒への愛情、大切にしたいという気持ちからでした。この章では、ジュンの仕事を通して新しい人間関係が始まります。

第二章 あなたは


(1)


奈緒は、電車の中で何も話さなかった。ただ、ジュンの側にピタリと付いていた。やがて小田急経堂駅に着くと二人は、改札を出て、左手のコーティの方に足を向けた。

奈緒の家は、コーティのちょうど駅と反対方向の端の向かいにある路地を少し入ったところだ。

路地の入口まで来ると、奈緒はジュンの右手を引いて、一〇メートル程中に入った右手の隙間に行くとジュンの顔を見ながら目を閉じた。

ジュンは、ちょっとだけ周りを見て人がいないことを確認すると、奈緒の可愛い唇に静かに自分の唇だけを合わせた。

奈緒が、急にジュンの背中に腕を回して唇を強く押し付けて来た。ジュンも奈緒の背中に腕を回すと、そのまま奈緒の唇を受けるようにしていた。

やがて自分から唇をはずすと

「ジュン、ありがとう。もう家はそこだから、ここまででいい」

ゆっくりと名残惜しそうに体を離しながら言う奈緒に、もう一度だけ軽く自分から唇を当てると、軽く頷いた。

 奈緒は、そのまま、右手方向に路地を歩くと二股に分かれた道を左方向に行き、少しだけ歩いたところで、簡単な金属の扉を開けるともう一度、ジュンの方向を見てから中に入った。


 ジュンは、そこまで見送ると踵を返して、路地の出口に向かった。歩きながら、自分の唇に左手の人差指を当てて、さっきまでしていたことを思い出した。

奈緒。僕だってずっと一緒にいたいよ。・・ジュン自身も自分の感情に揺れていた。本当は、思い切り奈緒を抱きたい。でもそんなことすれば、若い分だけ、知らない奈落の世界に落ちる気がしていた。大切だからこそ、幸せにしたいからこそ、守りたかった。

 小田急線を豪徳寺で降りて、世田谷線山下から三軒茶屋に向かった。そして、田園都市線に乗り換え腕時計を見ると、もう午後一〇時を過ぎていた。


「お母さん、ただいま」

「お帰りなさい」

玄関に出て来た奈緒の母親は、娘の顔を見ると明らかに心が揺れているのを読み取った。少しだけ娘の玄関から上がるしぐさを見て、

「奈緒、お風呂入りなさい」

そう言って、また、リビングの方に消えていった。

 奈緒の部屋は、二階にある。階段を上がり、左に折れるとすぐに自分の部屋のドアが有る。少しだけ開いているドアを開けて部屋の中に入ると、ドアを閉めて寄りかかった。

なんなんだろう。この気持ち。ジュン、もっと一緒にいたい。出来ればあなたの・・自分自身の中にまだ理解できないもの・・いや十分に理解しているからこそ、それを思い切り出すことのできないことが分かっているからこそ・・揺れている心を我慢することがきつかった。


 西伊豆の旅行に出かけてから、奈緒は、ジュンと会う時、前みたいになんでも思い切り甘えることをしなくなった。ただ、ジュンの側にいるだけで心が落ち着くからだ。

 今日も渋谷で会っていた。食事の後、通りにあるワンショットバーのカウンタで並んで座りながら、

「ジュン、あれからもう二か月だね。・・・」

「うん」

ジュンは、旅行から帰ってからすぐに会った後、奈緒の心が落ち着いてきたことに、ほっとしていた。毎週、水曜日と土曜日、そしてたまに金曜日も会っているが、特に奈緒が、あの時のような心の揺れを見せなくなっていることに安心していた。今日は、久々に金曜日の夜、会いたいと奈緒からの連絡で会っていた。

 奈緒が、急にジュンの左耳に顔を近づけると小さな声で

「ジュン、今日。だめ」

「えっ」

「大丈夫な日だから」

「えっ」

奈緒の言っていることの意味を理解すると

「あの時以来、何か体の中に理解できないものがある見たいなの。今まで考えたこともなかったことが。それが、そうしてほしいという風に言う時がたまにある。でもジュンは、旅行の後、我慢するように言った。あれから二か月も経った。もういいでしょう。ねっ」

ジュンは、さっきまで頭の中が、ゆったりと、目の前にあるジャックダニエルの琥珀色が氷と触れ合うようにしていたが、今の奈緒の言葉に、いきなりガツンと殴られたようなショックを受けた。

 自分自身が、心の奥の中にしまい込んでいたものを強引に開けられたような気がした。自分の耳から離れた奈緒の顔を、今度はジュンがしっかりと見ると、奈緒は心を決めているような、心の揺らぎを見せない顔に、心が揺らいだ。

いいのか、せっかくここまで来たのに。あの時のことは、全くの偶然性から起きたことだ。だが、今は、偶然性はない。ここで帰ることも出来る。奈緒の事を考えれば、今ここで無理しなくても。そう思いながらも自分を見つめる奈緒の真剣なまなざしを避けることが出来なかった。ジュンは、軽く頷くと

「奈緒、出ようか」

そう言ってカウンタの椅子を立つと奈緒も椅子を立った。店を出ると左に行けば、そちらへ行く。右に行けば駅だ。奈緒は、まだ渋谷のそういうところは知らない。いま、右に行くことによって、奈緒を守ることが出来る。右に行こうとした時だった。奈緒が自分の左手を握った。そして強い視線でジュンの顔を見た。

「奈緒」

強く自分の手を握り自分を見つめる奈緒に

「分かった」

そう言うと、奈緒が少し微笑んだような気がした。


腕の中にたまらなく可愛い寝顔がある。おでこについている髪の毛を軽く触ると、ここに来るまでの事を思い出していた。

店を出た後に、奈緒をその方向連れていくまいとしたが、奈緒の強い気持ちに押された。ただ、そういうところには連れて行きたくなかったので、赤坂見附までタクシーで行こうと思ったが、止めて新しく二四六沿いにできたホテルにした。

奈緒は、あの時とは別人のようだった。まるで体全体で感じるように反応した。ジュンが、最後突き上げるように自分の思いを出すと、奈緒も体を反らしてピークを感じたようだった。可愛くそして美しい顔が、目を閉じてそれを表現していた。

そして、いま、自分の隣に可愛い寝顔を見せている。ジュンは、これからの事を思うと少しだけ心が重くなった。今回の事で、今まで強く張っていたものが破れた。

これからはごく普通にこういう風になるだろう。それは、奈緒にとって必ずしも好ましい事とは思えなかった。かといって、結婚という言葉を出すには、あまりにも時間が早すぎた。

仕方ないか・・。そう思いながら、軽くおでこに唇を当てた。寝ていたと思っていた奈緒が、目を開けるとにこっとして

「ふふふっ」

と笑って、

「しちゃった」

また、微笑むと

「ジュン、このまま泊まりたい。明日は土曜だし。ねっ、いいでしょう」

奈緒の言葉に驚くと

「だめ、今日はしっかりと帰って、明日また会おう。ご両親も心配する」

「大丈夫、今日は両親いない。今日から日曜にかけて二人で旅行に行っている。弟だって好きな事しているだろうし」

その言葉に

「奈緒、だめ。そんな時だからこそ、きちんと家に戻る。それにもう十一時過ぎだ。シャワーを浴びて帰ろう」

「ジュンのケチ」

「そう言うこと言うとこうするよ」

と言って、奈緒の唇をふさいだ。自然と左手が奈緒の右胸に行った。


 結局送ったのは、午前二時近かった。直接、家のそばまでタクシーで送ると確かに奈緒の家は暗かった。

 奈緒は、ジュンに

「ジュン、じゃあ、明日ね。今日遅くなったから明日は、十一時にしよっ。それから一緒に昼食ね」

そう言って、家の中に入って行った。


 自分もタクシーで戻り、静かに玄関を開けると

「ジュン、今帰ったの」

一階にある、両親の寝室から母親の声が聞こえて来た。

「ごめん、遅くなった」

お母さん、まだ起きていたのかそう思うと二階に上がった。


あれから三か月が経ち、九月に入ろうとしていた。結局、ジュンの想像通りになった。月に一度は奈緒と体を合わせた。だが、ジュン自身もいつの間にか抵抗がなくなっていたのも確かだった。

不思議なことに、奈緒は、旅行前よりわがままを言わなくなっていた。ジュンに寄り添うようにいつも二人でいた。


ジュンは、いつもと同じ様に会社に出社するとデスクでPCを立ち上げてメールを読もうとしていた。その時、後ろから声が掛かった。

「山之内、今時間あるか」

声の方向に振り返ると

「柏木部長」

ちょっとの間を置いて

「はい、大丈夫です」

「ちょっと」

と言うと、まだ朝早いせいか、予約もしていないが開いている会議室の一つに入った。

「どうだ、仕事は」

「ええ、順調にこなしています」

「そうか。ところで、お前も知っている、わが社が独自開発したシステムを海外に展開することになった。本社からの指示だ」

黙ったまま、聞いていると柏木は続けた。

「今、日本語の仕様を英文に書き換えた後、手始めにそれをシンガポールに展開する。実働は、現地人が行うが、英文の仕様の説明を彼らにしなければいけない。勿論、こちらに来てもらうが、少しは、向こうでも説明を必要とする」

「Webミーティングでは出来ないのですか」

「それだけでは、不足のこともある。なぜお前に話しているか。理由は言わなくてもわかるな。このプロジェクトは、来週から開始する。事前ミーティングが今週中にある。それに出席して概要を掴んでくれ」

断ることなど出来るはずもなく、また、成功すれば自分にとって限りなくプラスであることを考えると、直ぐに引き受けたいところだが、

「今抱えているプロジェクトが二つあります。並行で行うのは厳しいですが」

「ああ、それについては、引き継ぎを考えている。それまでは、何とか継続してくれ」

少し納得は行かないままに

「分かりました」

と答えると、柏木は、会議室を出て行った。


 一時間後、メールで水曜日に概要説明会を開く故の通知が有った。開催時間は、午後五時からだ。奈緒には会えないな。そう思うと、まだ火曜日であることを考え、スマホのラインで奈緒に連絡した。これをすれば、周りに分からずにチャットが出来る。

<奈緒、ごめん、明日は、夕方から会議が入った。会えない>

少しして

<何時に終わるの>

<午後五時から始まるから七時を超えると思う>」

<だったら、待っている。ジュンは、三〇分で来れるでしょ。八時から会っても二時間は会っていられる。>

奈緒の強気に少しだけ微笑むと

<分かった。終わり次第、連絡するから>

と返信した。再度

<分かった>

と返信が来るとそのままスマホをオフにした。

水曜日の午後五時に指定の会議室に行くと、柏木部長を始めとして六人のメンバが居た。その中に部署が違う竹宮瞳がいた。ジュンが会議室に入ると

「山之内君、久しぶりね」

「はい、竹宮さんも元気そうですね」

二人は、同期入社だった。ジュンは、最初からシステム部だったが、竹宮は、インダストリーコンサル部へ行った後、営業に行ったと、同期の別の人間から聞いていた。仕事柄、あまり会うことがなかった。

 やがて、会議が柏木部長のプロジェクト主旨説明から始まると段々と深くなっていた。竹宮は、今回のプロジェクトの営業面でのメンバらしい。ジュンも積極的に発言をして、結局終わったのは、七時半を過ぎていた。

参ったな、奈緒待っているだろうな。そう思いながらスマホをポケットから取ろうとすると

「山之内君。どう久々に会ったし、他の人たちとちょっと行かない」

竹宮の声に、躊躇すると

「そうか、その顔は約束が有ったのね。こういう日は入れない方がいいよ」

といって自分の側を離れた。

君に言われる筋合いはない。と思いつつ、入社時から目立っていた竹宮瞳の後姿を見た。引き込まれそうな素敵な後姿だった。ちょっとはにかむ様に微笑むと急いでスマホのラインを見た。

やっぱり来ている。奈緒からいつ終わるの。というメッセージが入っている。着信は七時二〇分だ。今、七時四〇分。急いでスマホに手をやると、奈緒の電話番号にタップした。少しの呼び出し音の後、

「ジュン、遅い。もう七時四〇分だよ」

一方的に言う奈緒に、苦笑いすると

「分かった、すぐに行く。TUTAYAの一階のコーヒーショップで待っていて。あそこなら人も多いし」

「分かった」

そう言うとジュンは、スマホの電話をオフにして、急いで会議室を出た。その様子を竹宮は、見ていた。

「ふーん、山之内君、彼女いるんだ」

竹宮は、ジュンより二つ下の二五歳だ。ジュンは院卒だが、竹宮が学士で入っている。だが、その容姿を買われたのは、間違いなかった。勿論成績も抜群だが。


 ジュンは、走るようにして地下鉄駅まで行き銀座線に乗ると結構人がいた。

こんな時間でも結構いるなと思いつつ、いつものように渋谷方面銀座線の先頭車両に乗った。


 ジュン早く来ないかな。まだかな。本を開きながら、ちらっとスマホの時計を見た。八時五分。もう少しか会っていられない。と思いながら、止まり木の様なカウンタの椅子で待っていると、急に右肩を触った人がいた。

 なに、と思って振り向くと

「ごめん、奈緒待った」

急に自分の顔が笑顔に変わっていくのが分かった。

「もう、待ったぁ。待ったぁ」

思い切り甘えた声で言う奈緒に

「分かった、じゃあ、奈緒の好きなものごちそうする。何がいい」

「ほんとー」

ますます、嬉しそうな顔に変わりながら

「じゃあ、たまには、お寿司食べたいな」

「えーっ」

一瞬、声が大きくなったのに気が付いたジュンは、自分の右手で口を塞ぐ仕草をすると

「だって、いま、奈緒の好きなものって言ったじゃない」

そりゃ、そうでだけど。給料日まで一週間なのにと思いながらまあ仕方ないかと割り切ると

「よし、じゃあ行こう」

そう言ってジュンは、微笑んだ。




同期入社の竹内瞳と新しいプロジェクトで再会します。そしてジュンと奈緒の新しい展開が始まります。次回をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ