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恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
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第六章 かげろうの中に (6)

ジュンを昼食に誘い、豪華なレストランで食事をする瞳。ジュンは、瞳の気持ちを理解しながらも、自分には大切な奈緒と春奈がいる。しかし、自分自身何故か、瞳に強い態度で決別することが出来ないでいた。

そして営業3課という場末のポジションに飛ばされながら、悔やむことなく前向きに仕事をしていたジュンに出た突然の辞令をさらに覆す辞令が出た。

(6)


「どうお、悪くないでしょ。このお店」

どう見てもランチのお店ではない。二人の側には、食事中でも、少し離れて給仕が付いている。

「瞳、ランチ食べたいと言うから」

「ランチ、一緒に食べているでしょ」

有無を言わせない言葉に、ジュンはただ黙って目の前に有るプレートに乗る料理を食べていた。とてもランチで食べる料理ではない。どういうつもりだと思いながらフォークとナイフを進めると

「ジュン、昨日話した事。考えてくれた」

ジュンは、いきなり連れていかれたホテルの一室での事を思い出した。手が止まりいやでも昨日の事が甦った。


流れの中で抗い様がない状況で瞳を抱いた。腕の中で寄り添いながら

「ジュン、聞いて」

自分の腕の中で、博多人形の様に透明な肌を見せながら、自分に寄り添う瞳が

「あの女性(ひと)と別れて。・・勿論、十二分な生活に困らない保証を一生する。ジュンが、子供の事を思うなら引き取ってもいい」

あまりにも理解出来ない言葉に、ジュンの目が吊り上がり、罵声を発しようとした時、瞳の手が自分の口を塞いで、真剣な眼差しでジュンを見ると

「もう少し聞いて。・・あなたは、我、竹宮家の跡取りとして、今の会社のオーナーに、そして他二〇社のオーナーになる。もちろん、あの女性(ひと)と会うことも良い。でも私の夫で有ってほしい。そして私の体にあなたの子供を・・」

流石に言葉を失った。

そこまでして自分を。何も声が出なかった。ただ、天井を見ていた。

「ジュン。すぐに返事はいらない。考えて。まだ時間はある」

少し黙ると

「あの女性(ひと)のお父様の会社も葉月コンツェルンの傘下よ」

それが何を意味するのかすぐに分かった。

昨日の事を思い出しながら時間が流れると

「ジュン、大丈夫。目が止まっているわよ」

いきなり現実に戻され、目の前にいる女性が微笑むと

「まだ何も考えられない」

ちょっとの間、見つめると

「瞳、聞きたい。今日の人事は、君の考えか」

その言葉に

「ふふっ、ジュン。それは、間違いよ。もし私が、お父様に頼むなら、ジュンを社長にする。と言うか、あの程度の会社の社長ではないわ」

「あの程度・・」

今の会社は、一部上場企業。それも優良企業だ。それをあの程度と言う瞳の頭が、理解出来なかった。黙っていると

「ジュン。信じて。今回の人事は、私は関与していない。というか。まだ私の事、会社は知らない。知っているのは、社長と人事部長だけ」

何か、自分がいつの間にか瞳の手の中にいる様な気がした。


食事が終わるともう二時を過ぎていた。

「ジュン、会社にばれるとまずいから途中で降りて、別々に戻ろう」

何も言えないままに頷くと、会社から二つ手前の信号でタクシーを止めた。先に降りる瞳が

「じゃあ、会社でね」

と言って、さっさと歩いて行ってしまった。呆れた顔をしていると

「お客さん。料金七三〇円です」

仕方なく払うと自分も会社に向かった。

一時間以上遅れて会社の入口に入り、エレベータで五階に戻ると、何か突発的な用事が有った顔をして席に戻った。

「山之内。昼長すぎに、人事部長がお前の事、探していたぞ」

「えっ、人事部長が」

「そうだ。席に戻ったら、すぐに人事に来るようにとだ」

「えーっ」

真面目に驚くジュンに

「山之内、お前何かやらかしたのか」

「知らないよ。心当たりない」

「だよな。俺が知る限り、女性にも手出せないものな」

一瞬こけそうになりながら

「まあな。とにかくちょっと行って来る」

そう言って、システム部の自分の席から、一度廊下に出て人事部に向かった。

人事部の壁にあるプレートに自分のIDをかざす、カチャッという音がしてドアのロックが外れた。そっとドアを開けて体を入れると、人事部長の席に数人の人が立っていた。近づくと人事部長が

「山之内君」

いきなりの声に驚くと、周りの人の目も違っていた。

「山之内君。辞令だ。今日課長になったばかりだが、それは取り消しになった」

えーっ、やっぱりおかしいと思った。システム部もパーかな。と思って急に不安な顔をすると

「がっかりするな。課長は取り消しだが、君をシステム部長にする」

「えーっ」

流石に声が出た。

「どういうことですか。自分は昨日まで営業三課で・・」

「山之内君。営業三課のことは全て忘れてくれ。とにかく君に今からシステム部を任せる。これは取締役会の決定事項だ。これが辞令だ」

そう言って人事部長から手渡された辞令には、確かに山之内淳。貴殿をシステム部長に任ず。と書かれていた。


全く状況が理解出来なままに、周りから拍手とおめでとうの声が掛かりながらシステム部に戻ると

「山之内、いや、山之内部長。昇進おめでとうございます」

システム部に戻ると、昨日まで入社同期の仲間が、半分呆れた顔で言った。

「どういうことだ」

「俺にもさっぱりわからん。営業三課に飛ばされたと思ったら半年してこれだ。俺が聞きたいよ」


 呆れながら仕方なく自分の、今日課長席に持ってきたばかりの私物を部長席に移動しようとすると同期が

「若いの。何やってんだ。早く山之内部長の荷物を部長室に移動しろ」

「はっ、はい」

システム部に今年配属された新人二名が、急いで動いた。

部長室は、ガラスで間仕切りのある個室だ。勿論システム部全体が見渡せる。仕方なく部屋に入ると、信じられない事に名刺とIDカードが既に用意されていた。

どういうことだ。手回しが良すぎる。疑問を感じながらジュンは、部長席の前にある今までの二倍以上のデスクに手を置いた。


瞳は、家の玄関に入ると久々に見る靴が有った。お父様そう思うと急いで上がりリビングに行った。

「お父様」

思い切り嬉しい顔をして言う娘に

「瞳か、お帰り」

「お父様、いつお帰りになったの。瞳に連絡を頂ければ、お迎えに行ったのに」

瞳は、久々に会う父思い切り甘えた声で言うと

「瞳さん、とりあえず着替えてきたら」

母親の言葉に確かにそう思うと

「はい、すぐに着替えてきます」

二階にある部屋に戻ると心が浮いた。お父様が帰っている。小さい頃から瞳は父との接点が少なかった。理由は父親の出張が多い為だった。

 父親は、瞳が生まれた時、女の子だった事に少しだけ残念な気持ちを抱いたが、その愛らしさに、いつの間にか溺愛するようになった。

会う時間が少ないこともあったせいだろう。そして、二人目が生まれなかったことも理由だ。


 着替えが終わると、ドレッサーの前で軽くお化粧を直して階下に降りた。娘の足音を聞いた母親が、

「瞳さん、今日は三人で夕食です」

「えっ、待っていて下さったのですか」

既に一九時を過ぎている。

「はい、お父様が、瞳さんと一緒に食べたいと言われたので待っていました」

「本当ですか。お父様。うれしい」

娘の喜ぶ顔を見ながら

「お父さんもうれしいよ」

と言って微笑んだ。


食事が終わり、リビングでブランディを嗜む父親のそばに座り、一緒に飲んでいると

「いつの間に、お酒飲めるようになった」

一緒に飲んでくれるのを嬉しそうに顔に出しながら聞く父に

「何を言っているの。お父様、瞳はもう二七です。お酒も嗜む年齢です」

「そうか、二七か」

「娘の年齢を覚えていないのですか」

「いや、それはないが」

含み笑いをしながら口に少しだけブランディを含み、ゆっくりと広げた後にのどを通すと

「ところで、瞳。山之内といったな。彼は。とりあえずシステム部長に据えた。後は、あの男がどうでるかだ。営業三課に回しても、腐らずにきちんと成績を半年で右肩上がりにした。社長も驚いていた。まさか、オフセールスの人間が売り上げを向上させるとは、想像もしませんでした。やはりシステム部に戻すべきか。と言っていたよ」

一度、話を切るともう一度ブランディを口に含み

「ただ、システム部に戻すと言っても、そのまま戻しては意味がない。そこで課長にという話になったが、話を聞いた所、シンガポールに展開したシステムの立役者は彼だと言うではないか。そこでとりあえず、参画していた部長と課長をスライドさせたが、部長に適任がいない。だから部長にした。彼なら十分にできるだろう。あのポジション程度、回せないなら、お前の夫にはなれない」

父親の口からでた言葉に驚きの表情が隠せなかった。


「お父様だったのですか。ジュン・・、いえ山之内さんをシステム部長にしたのは」

「いや、私ではない。一企業の些細な人事に口をはさむことはしない。取締役に言っただけだ」

「ですが、お父様が言えば命令と同じです」

「そうではない。取締役連中も自分の会社の重要なポジションを私の言葉で動かすほど馬鹿ではない。前任者が、十分な采配を振れなかったことも一因だ」

「では、取締役会の決定なのですか」

「そうだ」

父親の言葉になんとなく理解しがたいものを感じながらも、自分に言い聞かせた。お父様の言っていることは正しい。ジュンには頑張ってもらわないとそう思うと

「わかりました。お父様。ところで・・久しぶりに帰国したのです。瞳の時間も取ってくれていますよね」

暗におねだりをしたいことが丸見えの仕草に、思い切り微笑むと

「当たり前だ。私に取って、お母さんとお前の時間は、帰国した後の一番の重要事項だ」

「うれしい」

そう言って、父親の左手に自分の右手を後ろから入れて思いきり甘えた。


時間が過ぎ、瞳は父と母との時間になったことを理解すると

「お父様、お母様、瞳はお風呂に入った後、お休みします」

そう言ってリビングを出て行った。その後ろ姿を見ながら

「わが子ながら、綺麗になったものだな」

目じりを落としっぱなしで言う夫に

「ええ、私も自慢の娘です。あの件さえなければ」

そう言って、目の前に座る夫を見ると

「お前の目は、お母さんそっくりだな。瞳の奥をのぞき込むほどに見つめる」

「そうですか。お母様ほどではないと思うのですが」

視線をそらして言うと

「どうするのです。瞳さんを。山之内さん以外見えていません。今更、見合い等進めても見向きもしないでしょう」

「困ったものだ。あの男に瞳をそれだけ魅了する何があるのかな」

「山之内さんの妻も、瞳と同じかそれ以上の方です。あの人には、何か備わっているものがあるのでしょう。我が家に来た時もそれを感じました」

「それが重要だ。いるだけで存在感を示し、人を魅了するカリスマ性を持つことは、経営者に取って重要なファクターの一つだ」

「そうですね。あなたも同じです」

隣に座りなおす妻が寄り添ってきた。


「最近、ジュンの帰りが遅い。前は八時前には必ず帰ってきたのに」

時計を見るともう九時近かった。独り言を言いながら夕食の準備を整え終えて、待っているとスマホが鳴った。

<ごめん。遅くなった。今、渋谷。これから帰る>

最後にお辞儀している絵が付いていた。もう、遅いんだから。でも忙しくなったのかな。なぜかな純粋にジュンを信用している奈緒は、そのままスマホにタップして

<了解。気を付けて帰ってきて>

と入力して最後にハートマークを入れると送信ボタンにタップした。


「ただいま」

玄関の鍵が開けられる音がした後、元気に聞こえる夫のジュンの声に微笑みながら

「ジュン。おかえりなさい」

娘の春奈を抱いて出迎えると、ジュンは春奈に触ろうとした。奈緒がくるっと背を向けて

「ダメ、手を洗ってから」

「えーっ、そんな」

奈緒の仕草に微笑みながら答えると

「じゃあ、着替えて早く行く」

奈緒は、夫の顔見て安心するとダイニングへ春奈を抱いて戻った。


夕食を終えるともう一〇時を過ぎていた。春奈もベビーベッドで寝ている。テーブルにウィスキーの入ったグラスを置いて、TVのニュースを見ている夫に

「ジュン、聞いてもいい」

「うんっ」

なにと言う顔をすると

「結婚した頃は、いつも七時位に帰ってくれた。でも最近段々遅くなっている。勿論仕事が忙しい事はしかないのだろうけど・・」

何か他にあるような気がするという顔で不安げに見る妻に

「奈緒、ごめん。実は、・・」

「えーっ。ジュンが部長に」

流石に驚いて声を大きくすると

「しーっ、春奈が起きる」

「うん、実は一か月前に辞令が出て、朝出勤したら課長で、昼食終わったら部長だった」

ジュンが理解出来ないことを口にすると

「ジュン、意味わからない」

「僕も。でも本当に部長」

そう言って、バッグを取ると中から会社の名刺とIDカードを見せた。

「わーっ、本当なんだ。良く分からないけど、今度のお給料期待できるかな」

嬉しそうに言う奈緒に

「うん、二倍を超えている」

「えーっ」

またまた大きな声を出す奈緒にまた、

「しーっ」

と言うと

「でも、何かおかしな感じがするから、使わずに今までの生活をしよう」

「分かった」

奈緒は、お腹に赤ちゃんがいることが分かってすぐに会社を退職した。籍をすぐに入れたものの実家にいた。結婚式は都内のホテルで、家族と親戚だけでささやかに挙げた。奈緒のウェディング姿がどれほど美しかったは、言うまでもないが。

ジュンは、その後、結婚届を会社に提出したが、特に誰に知らせるわけでもなかった。一部の親友と呼べる友人を除いては。

そして、赤ちゃんが生まれ二人だけの生活が始まると、特に慎ましいと言う程ではないが、贅沢と言う程でもない生活を送って来た。それだけに、たまには、外食や旅行に行きたかった。

「でもジュン、旅行行きたい。新婚旅行、行っていないし」

下を向きながら言う奈緒に

「そうだな。今月の給料貰ったら、一泊だけど箱根行こうか」

「えっ、ホント。嬉しい」

ジュンの言葉に目を輝かせると、ふふっと笑った。



奈緒と春奈との幸せな時間を過ごしながらも、影では、瞳との関係を断ち切れないジュン。その向こうにあるものは。

いよいよ次回が最終章です。お楽しみに。

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