表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
22/26

第六章 かげろうの中に (3)

ジュンと奈緒、そしてジュンの両親の突然の訪問に驚く奈緒の両親。そしてジュンと奈緒の口から出た言葉とは。

更に順調に行くように見えた二人の関係に暗雲が掛かります。

(3)


いきなりの娘の彼と両親の訪問に奈緒の両親は驚いた。幸い日曜日の夕方と言うこともあり、奈緒の父親もいた。

「奈緒子、どういうこと。山之内さんのご両親までおいでになるとは」

その言葉に

「淳、もうこちらのお宅には、ご挨拶には見えているの」

母親の言葉に

「うん、前に」

「まあ」

と言うと、奈緒の父親が、

「申し訳ありませんが、事の事情が呑み込めないでいる。奈緒子、説明してくれないか」


お父さんの言葉に奈緒は、ジュンを見ると

「僕が説明していいでしょうか」

「まあ、それは良いが」

「ありがとうございます。いきなりで申し訳ないですが、奈緒子さんを僕の妻に迎えたいと考えています」

いきなりの言葉に奈緒の両親が驚くと、さらに続けて

「奈緒子さんのお腹には、僕と奈緒子さんの子供がいます。順番間違えて済みません」

頭を下げるジュンに、奈緒とジュンの両親も下げると奈緒の父親は、母親と顔を見合わせながら

「取りあえず、顔を上げて下さい。しかし、いきなりだな」

妻の顔を見ながら言うと

「奈緒子、あなたの気持ちは」

お母さんの視線に頷きながら

「お父さん、お母さん。私は、淳の妻になります。お腹の事は、彼と一緒に育てます」

ついこの前まで、右も左も知らなくて心配していた娘が、はっきりとした物言いに驚きながら

「奈緒子、それでいいんだな」

「はい」

父親は少し考える様な仕草をすると、

「分かった。後は、お母さんに任せていいか。男は、もう必要なかろう。山之内さん、始めまして。順番どうも違うが、これから宜しくお願いします」

そう言って頭を下げる奈緒の父親に、ソファから立ってジュンの父親も

「一ツ橋さん、これから宜しくお願いします」

そう言って頭を下げた。奈緒はジュンの顔を見て微笑むと

「お母さん、急いで明日、入籍して来る。母子手帳もらう必要がある」

娘の言葉に

「何を言っているんですか。入籍届は二四時間受付です。まだ六時です。世田谷区役所は開いていますよ。用紙を貰って来なさい」

奈緒の母親の積極的な言葉に驚きながら

「はい」

と言うとジュンの視線を送った。


「お母さん、取りあえずここは、我々も家に戻ろう。淳、結婚届を区役所から貰ったら、家に戻りなさい。結婚届けには、証人が必要だ。お父さんが書いてあげる」

その言葉に奈緒が微笑むと

「お父さんありがとう」

と言った。ジュンの父親は、

「一ツ橋さん、日曜の夕方に突然訪問して申し訳ない。今後の事については、改めて日を決めて話しましょう」

「分かりました」

そう言って、ジュンと奈緒の父親が同時に頭を下げると

「しかし、いきなり孫ですな」

「はははっ。確かに」

そう言って、二人の父親が笑った。

 

 ジュンと奈緒は、家を出て通りでタクシーを拾うと世田谷区役所に行った。そして用紙を貰うとジュンの家に戻った。


「お父さん、お母さん。ただいま。用紙を貰って来た」

その声に

母親が玄関に来ると

「お帰りなさい、ジュン。奈緒子さん上がって」

今度は二人をしっかりと見ていると、玄関を上がったジュンの靴を揃え、自分の靴は揃えて隅に置く奈緒の姿に、大丈夫そうね。と思って微笑むと

「お父さんが、応接で首を長くして待っています。行ってあげて」

そう言って自分はキッチンに行った。

結婚届を書き終わると

「ところでジュン、これからどうするんだ」

「えっ」

「えっではない。届を出した時点で、お前たちは正式に夫婦になるんだ。結婚式もあげなければいけないし、住むところなど、準備も色々あるぞ」

そこまで頭が回っていなかった二人は、顔を見合わせると

「結婚届を出してきます。その後、一緒に考えます」

少し、あきれ顔になりながら

「そうか、二人で考えるか。まあそれもいいだろう。相談事が有ったらすぐに言いなさい」

そう言って、父親は応接を出て行った。


 奈緒は、結婚届を見ながら山之内奈緒子。うん、悪くない。そう思って微笑むと

「奈緒、どうしたの」

「うん、自分の名前、山之内奈緒子。悪くないなと思って」

その言葉に一瞬頭が冷静になると

「これからこと早く考えないといけないね。夫と妻が両親の家にそれぞれ住んでいるの、おかしいし」

ジュンの言葉に

「うん、まかせた」

いつもの奈緒の甘えた言葉に苦笑いすると

「行こうか」

と言って立ち上がった。


届け出を済ませると

「奈緒、これから色々することがある。明日は、月曜日だけど、会社の帰りに会って話そう」

「うん」

嬉しそうに返事をする奈緒の顔を見ながら、ジュンは心の中で、これからしなければいけない事、瞳の事が重く圧し掛かって来た。


<瞳、今日会える>

会社内でも薄々分かり始めた二人の関係だが、まだ、公式に婚約をしない限り、社内では、瞳はメールだけでジュンとの連絡を取っていた。

 彼からの誘いに、いつもは木曜日なのにと思いつつ、火曜の夕方に来たメールに、まあ、色々あるし、会いたいのかなと思って

<うん、いいよ。いつものとこで一八時ね>

前ほどIPCのセキュリティを気にしなくなった瞳は、そのまま返事を返した。前だったらばれないように、Mtgにごまかしたのに、そう思うとジュンとのいずれ来る時が近いと感じていた。


デスクのPCを落として、席を立つと表通りを避けて、ビルの裏門から出ると、急いで新橋の駅に向かった。歩いても一〇分は掛からない。早足で歩きながら、いつもならこの辺で、後ろから声かけてくれるのにと思い、後ろを見ながら歩くといつの間にか新橋のSLの前の通りまで来ていた。

先に来ていないかな。と思いながら探すと、SLの前で駅の方を見ながら立っているジュンがいた。彼の姿を認めるとゆっくり歩いた。SLの後ろから回って、驚かそうと思った。その時、

「へへっ、綺麗なお姉ちゃん。これからおれと楽しいことしないか」

いきなりの声の方向を見ると、髪の毛が脂ぎって、太った男が立っていた。その男がいきなり自分の腕を掴むと強引に引き寄せた。瞳はその姿を見て

「きゃーっ」

信じられない程の声を出すと、掴まれた腕を離そうと引き寄せると、その男が信じられない力で握っている。周りの人は、見るだけだった。

「助けてー」

誰も何もしてくれない。

「姉ちゃん、今時、誰も何もしないよ。それよりおれと楽しいことしようぜ」

そう言って、いきなり瞳の胸を掴もうとした時、瞳の手を握っていた腕を横からひねる様に掴まえると、右の頬に強烈なストレートが入り、その男が横に飛んだ。

瞳は、いつの間にか自分の腕が解放され、気持ち悪い男が、路上に転がるの見た後、自分の助けてくれた男の顔を見た。

「大丈夫か瞳」

「ジュン」

恐怖の中に救いを見つけた目をすると、飛ばされた男が、路上から立ち上がり

「ふざけんじゃねえよ」

と言ってジュンに殴りかかって来た。

殴りかかる右腕を下から流しながらそのまま男を前に出し、右腕を肘から内側に回して背中に持って行くと、男がそのまま前屈みになり、膝をついて崩れた。

「このまま正当防衛で腕を折ってもいいんですよ。ついでに足の一本も」

右腕を締め上げると、男が苦しみながら

「うっ、うるせえ、なにすんだ。離せ、このやろう」

「状況が分からないようですね」

そう言って、男の右腕を更に絞め上げると

「ぐあーっ。分かった。止めてくれ」

男の腕を離すと

「覚えてろ」

と言って、右腕を抑えながら日比谷通り沿いに走り去った。


「ジュン、遅い。怖かったんだから」

そう言っていきなり自分の胸に飛び込んできた瞳に

「遅いって、言われても・・」

べったりと体を寄せあう二人に

「すげーっ」

「かっこいいな。あんた、私があんな状況になったら出来る」

「大丈夫だよ。お前は、襲われない」

「何言ってのよ」

「やっぱり、彼女守るのは、腕っぷしだよな」

「ちょっとうらやましい」

好きな事を言いながら、段々周りで見ていた人がまばらになると

「瞳、大丈夫だった」

「大丈夫じゃないから」

思いきり目元に涙を浮かべながら言う瞳に、本当は話したかった事が遠くに行った。


「ジュン、いつになったら・・。ねえ」

いつもの様に銀座線で渋谷まで出ると、センター街の途中右側にある寿司屋に入った。瞳と会うと、いつの間にかここが常連になっていた。

カウンタで話しながら言う瞳は、何も言わないままに隣に座る彼を見つめると、気付いているはずはない、でもそろそろ話すと気かなそう思うと

「ジュン、席変えない。話したいことがある」


寿司屋を出ると右に歩いてすぐに左側にカウンタのバーが有った。いつの間にかこのルートが決まりになっていた。

「話したいことって」

席に座りバーテンにいつものジャックをオーダーした後、聞くと

「うん・・」

なにも言わずに前だけ見ている瞳をそのまま見ていると下を向いて

「ジュン、会社経営とか、会社のオーナーとかどう思う」

全く意味の分からない言葉に

「瞳、質問の意味が分からない」

バーテンが持ってきたジャックのオンザロックを口にして、ゆっくり味わいながら喉を通した後、聞くと

「難しく考えなくていい。ジュンのそのままの気持ちで聞きたい」

今度は顔を上げると、しっかりと自分の顔を見て言った。グラスを両手で手に持って前を見ながら

「僕には分からない。自分とは関係ない世界だから」

「そう」

寂しそうに言いながらモスコミュールを口にすると静かに

「ごめん。ジュンに言っていなかったことがある。・・」

少しだけ間を置いて、彼が何も言わないと

「落ち着いて聞いてね。前にジュンと知り合った時、今の会社に入ったのは、お父様に言われたからだって。そしてお父様は、わが社のオーナーだって。・・でもね。それだけじゃないの」

瞳を真っ直ぐ見ながら、表情を変えずに、何も言わない彼に

「竹宮家は、葉月家の一門。あなたも葉月の名前は知っているでしょ。お母様は、今の葉月家の長女として生まれたの。もちろん、お兄様が葉月家を継いだ。でもお母様にも葉月の家の人間として、二〇社のオーナーとしての責任を負わされた。負わされたと言ったら誤解するわね。一門で葉月家を守る為の一部を任されたと言った方がいいかな」

少しモスコミュールを口に含むと

「お母様は、目に留まる男性がいなかった。葉月家の長女としての品格と人となりが、男を容易く近づけなかった事もあるとは思うけど。でも三井のおばさまが、紹介した今のお父様と知り合ってから・・。お父様は、しっかりと竹宮家を継いでいる。葉月家もそうだけど、女が家を守り、男が仕事を継ぐことがしきたりなの。ジュン。ごめん、はっきり言う。私の旦那様になる方の宿命。そして私はあなたにそうなってほしい」

瞳の言葉に何も出なかった。あまりにも宇宙の深淵を見ているようだった。三井家、葉月家。日本のビジネスを表からも裏からも全て握る一族。社会人として知らない人間はいない。理解出来なかった。

「ジュン、今でも私、いえ私たちはセキュリティに守られている。それが宿命。ごめんなさい」

隣に座る綺麗な女性。家は大きく裕福だと思っていた。でもそれだけと思っていた。結婚すれば妻として迎え、そのまま二人で普通の家庭を築く、そんな思いだった。勿論な奈緒の事を除けば。それだけに瞳の言葉はショックだった。

両手に持っているグラスに残っているジャックダニエルを一気に飲み干すと

「瞳、考えたい。いきなりすぎて」

彼の言葉に頷くと

「ごめんなさい。もっと早く言えばよかったのだけど・・。でもジュン、約束したよね。信じていいって」

恋すがるような顔をしながら言う瞳に頷きながら

「今日は、もう帰ろう」

「でもジュン。話したいことが有るって」

瞳の顔を見ながら

「今日は止めておく。ちょっと重くなった」

今の一言を重く感じながら下を向いて

「分かった」

と言うと

「今日はだめだよね」

「ごめん。そんな気持ちになれない。瞳、送る」

「ううん、今日は一人で帰る」

寂しそうに言う彼女に

「分かった」

そう言うとカウンタの席を離れた。


渋谷の東横線中央改札口に瞳が入り、分かれ惜しそうにする姿が、見えなくなるまで見送ったジュンは、思い切り疲れた感じがした。

その時だった。いきなり右脇腹に強烈な痛みが走った。更に痛みが走った。振り向きながら見ると新橋で瞳を襲った男だった。

なんでこんなところまで。刺した男の腕を掴んだが、振り切られると

「ばあか、みんなお前が悪いんだ」

そう言って消えていった。

くっそう。痛いじゃないか。右脇腹に深く刺さった物を右手で握りながら、意識が遠のく向こうで誰かが声を掛けていた。


自分の部屋でくつろいでいると階下で電話がなった。お母さんが出たが、驚いた声を出している。なんだろうと思いながら聞き耳をつい立てていると

「奈緒子、急いで降りてきなさい。淳さんが、淳さんが」

ドアを開けて

「どうしたの、お母さん。ジュンに何か」

そう言いながら降りて来ると

「淳さんが、病院に」

「えっ。ジュンが病院」

「うん、刺されて急患で、池尻大橋の病院に運び込まれたって」

「えーっ」

お母さんからのいきなりの言葉に驚くと

「お母さん。すぐに行く。着替えてくるから、タクシー呼んで」

「はっ、はい」

奈緒は、着替えも早々に玄関口に来たタクシーに乗って行先を告げた。

「奈緒子、着いて容体が分かったら電話して」

「うん」

タクシーに乗り込み、心配そうに見つめる母親の姿が、後ろに過ぎ去りながら、ジュン、どういうこと。刺されたなんて・・。まったく状況が掴めない苛立ちを抑えながら、窓の外を見ていると、火曜日の夜のせいもあり、思ったより早く着いた。

緊急外来の受付に聞くとまだ、ICUの中だと言う。急いでそこに行くとお腹に包帯が巻かれた彼が横になっていた。警察の関係者がいた。

「先生、ジュンは」

「あなたは」

「妻です。山之内奈緒子です」

妻と言う言葉に奈緒を認めると

「ご主人は、右脇腹を刺されました。幸い、肝臓などの重要な部位に損傷は有りませんでしたが、大腸まで刃が達していた為、外科処置をしました。明日の朝にはICUを出て一般病棟に移れます」

そう言って奈緒の顔を見ると

「いったい誰が、こんなことを」

ガラス越しに見ていると

「奥様ですか。渋谷署の者ですが、お話を伺いたい」

警察官が医者と奈緒の話が終わるのを待って、話しかけて来た。

なにっと思いながら

「母に先に連絡したいのですが」

「分かりました。その後で」

と言うと、医者と何やら話し始めた。

ICUから少し離れてスマホをオンにすると家に電話した。少しの呼び出し音の後、

「お母さん、奈緒子です。今病院にいます。お医者様からジュンの事を聞きました。今日はICUに入っていて明日一般病棟に移るそうです」

「そう、どうなの容体は」

「今、寝ています。麻酔だと思う。・・・」

最初は、気が張っていたが、母親の声に、心が段々寂しくなると涙がこぼれて来た。

「お母さん。私、・・」

受話器の向こうで涙声になる娘に

「奈緒子、しっかりしなさい。明日には、一般病棟に移るって言ったでしょ。気をしっかり持ちなさい」

母親の言葉に何とか

「はい」

と答えると

「完全看護だから、ずっといられない。警察の人の話が終わったら帰ります」

「気を付けてね」

母親の思いやる声に心が持ち直すと

「分かりました」

と言ってスマホの通話をオフにした。



瞳を助けた事でジュンは、暴漢から逆恨みされ深手を負います。次回はこれを気に一気に話が進展します。

お楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ