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恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
20/26

第六章 かげろうの中に (1)

突然気持ち悪さを感じた奈緒。自分の体に新しい生命が宿った事を知ります。不安を抱えながらも、急いでジュンにこの事を知らせると彼は、「二人で育てる」と奈緒に言いますが。


第六章 かげろうの中に


(1)


「うっ」

ジュンがシンガポールの出張から帰って三か月が過ぎ、二月に入ろうとしていた。昨日もジュンと会っていた。

母親と夕食を取ろうと二階から降りて来た時だった。ダイニングからの匂いに感じると急いでレストルームに行った。

まるで口の中に指を入れられたような、腹の底から来る気持ち悪さだった。便座に手を置きながら、胃の中が空なのか、苦い胃液しかでない。少しそのまま休んでいると

「奈緒子。大丈夫。どうしたの」

「うーん、ごめん。最近、調子悪くて。でも、もう大丈夫。すぐにダイニング行くから」

理由も分からないままに起き上がると洗面所でうがいしてそのままテーブルに着いた。

「奈緒子、どうしたの。顔が青いですよ。病院に行ったら。一人でいやなら一緒に行きますよ」

母の言葉に

「お母さん。ちょっと体調崩したからって、母親が病院に付いて行くはないでしょう。もう二五になるのよ。こうやって普通にごはん食べれるし」

本当は、あまり食欲がなかった。だが、母親が心配すると思うと、無理して美味しそうに食べた。


奈緒は、お風呂に入ろうと脱衣所に行って、部屋着を脱いでブラを取ると

「えっ」

明らかにあの時の胸のトップに似ていた。まさか、でもあの時あれから三か月が経っていた。でも、そんな・・

もうすぐ二五を迎える体は、若く、はちきれんばかりだったが、そこだけは、明らかにお腹に子供がいる女性の形になっていた。

お母様に知られる訳にはいかない。そう思うと急いでバスルームに入った。


どうしよう。とにかくジュンに相談しないと。・・今度は大丈夫。私の旦那様になってくれると言ったあの時の言葉を自分都合でとりながら奈緒は思うと

とにかく・・でも、一人じゃ。・・でも、はっきりした方が、ジュンも・・そう思うと湯船を上がった。

体を拭いて、髪の毛を乾かす為に乾いたタオルで、髪の毛を包む様に巻くと二階に上がり、自分の部屋のドレッサーの前で、お腹を優しく手で触ると赤ちゃんとつぶやいた。

そのまま、ドレッサーの横のテーブルに置いてあるスマホに目をやった。

ジュンに連絡とろう。そう思いながら手は動かなかった。何故か、怖い気がした。

パジャマに着替えてもう一度スマホを見た。手に持って、ディスプレイをオンにすると、二一時二七分を表示していた。

まだ、大丈夫な時間。そう思うと淳と表示されている部分をタップした。


「ジュン、もうすぐ二月ね」

「うん」

「ねえ、はっきりしたいことが有る」

なにと言う顔をすると

「ジュンのここにいるもう一人の女性ひと。どうするの」

痛烈な言葉に、口が固まると

「ふふっ、ジュン、知っていたわよ」

私を選ぶでしょ。という自身ありげな言いように

「ジュンの家に行きたいな。連れて行ってくれると言ってから、行っていない」

確かに去年の夏も終わりの頃約束はしていた。だが奈緒の事もあり、そうそうに瞳を連れて行く訳にはいかなかった。自分自身、まだ心が決まっていない。

強く、自分の目を見られると、何も言えないままにしている自分に

「やっぱり」

視線を外さない瞳にジュンは、まだ言えないままにしていると

「分かったわ。私がジュンのお母さんに会いに行きます」

「えーっ」

と言うと

「何か困ったことでもあるの」

「困った事と言われても」

「ジュン、信用していいって言ったよね」

きつく差すような視線で、私を裏切らないわよね。という風に見ると

「分かった。来週、行こう」

「何故来週なの。今週じゃダメなの」

「うーん、今週はさすがに」

「何がさすがによ」

「だって、お母さんの誕生パーティだし」

「誕生パーティ」

頭の中に疑問符が山の様に浮かぶと

「我が家は、全員誕生日を祝う。親父がずっとそうして来た」

「お父様が」

家庭環境柄、誕生パーティなんて、小さい頃の思い出でしかなかった瞳は、流石に驚くと

「瞳、誕生パーティ来る」

来ないでしょ。と言うニュアンスで言ったつもりが、

「えっ、ジュン、呼んでくれるの。嬉しい。何をプレゼントすればいい」

わっ、完全誤解された。まずい。撤回できなくなったジュンは、困り顔をしながら

「何ほしいか聞いておく」

と言った。


 瞳を家まで送った帰りの電車の中で、ポケットの中のスマホが震えた。手に取ってディスプレイを見ると奈緒と表示されている。すぐにタップするとで

<今、電話出来る>

と書かれていた。電車の中を考えて

<今、電車の中、後五分位で電話する>

そう入力すると送信ボタンをタップした。

五分、仕方ないか。今まで仕事していたのかな。と思いながらテーブルにスマホを置くとドレッサーに映る自分の顔を見ながら何も考えられないでいた。


テーブルのスマホが震えた。淳と表示されている。すぐに手に取り、スライドして耳に当てると

「奈緒、僕だけど」

その声にすぐに返事が出来ずにいると

「奈緒、どうしたの。何かあったの」

「ジュン、話したいことがある。とても大事な事。明日会える」

「明日」

いつもなら水曜日辺りに電話が来て、金曜日の約束をする。ただ、スマホの向こうから聞こえる声に

「分かった。何か分からないけど、いいよ。奈緒の大事な事なら」

「ありがとう。じゃあ、ハチ公前交番一八時半でいい」

「うん、いいよ」

「じゃあ、明日」

そう言って、スマホをオフにすると、奈緒は少しだけ心の疲れ、自分だけ考えていた事をジュンに話せる事で和らいだ。

奈緒、大事な事って何だろう。毎週会っていても何も言わなかったし、理由が分からない。ジュンは、そのまま田園都市線で自宅に向かった。


玄関を開け、家に上がると玄関まで出て来ていた母親に

「お母さん、今週の土曜日の誕生パーティだけど」

なに。と言う顔で息子を見ると

「実は、・・・」

「えーっ、本当。楽しみだわ。淳が女性を紹介するなんて。お母さん、楽しみにしているわ」

母親の嬉しそうな言葉に、ますます流れがそちらに行くことを考えると、また心に痛みを感じた。


「瞳、お母さんが喜んでいた。プレゼントはいいからぜひ来てほしいって」

次の日、いつもの様に会社から少し離れたレストランでランチを二人で取りながら、ジュンは母親の言葉を素直に伝えると

「本当、嬉しいわ。ねえ、何着ていけばいい」

えーっ、そんなこと分からないよ。という顔をすると

「あはっ、流石にそれは無理か」

ランチを取りながら話す彼の顔を見ながら言うと

「何時に行けばいい。迎えに来てくれるよね」

えーっと思いながら

「分かった。四時には迎えに行く。駅でいい」

「うん」

と言うとこれで、お母様にも何も言わせない。と思いながら微笑んだ。

「ジュン、今日は」

「えっ、昨日会っているし」

「いやなの」

「そうじゃなくて、僕も家で色々あるし」

「何が」

少ししつこい言い様に、さすがにジュンは、

「いいだろう。僕も色々ある」

きつい言い方をされた瞳は、下を向きながら

「ごめんなさい。毎日でも会いたいから・・」

「気持ちは嬉しいけど、毎日は無理だよ。瞳だってプライベートな時間必要だろ」

少しだけ、突き放されたような気がした。何となく寂しい気持ちになりながら時計を見ると

「あっ、もう五〇分、会社に戻ろう。確かにジュンの言っている事も確かね。自分自身で割り切る」

そう言うと瞳は席を立った。


昨日の電話で約束したハチ公前交番に五分前に着くと、下を向きながら奈緒が立っていた。通りすがりの男たちが奈緒の事を見ているのがはっきり分かる。

早足で近付くと気配を感じたのか、奈緒がこちらを向いた。寂しそうな顔から急に笑顔になると、こちらに歩き始めた。


「奈緒、どうしたの。急に会いたい。大事な事があるって言うから心配した」

「ジュン、どこか入ろう。静なところがいい」

「分かった」

そう言うと奈緒の右手を握った。

食事中もほとんど話さない奈緒に、無理には話しかけず、食事が終わるとバーに連れていった。いつものコースだ。

「奈緒、食が細かったけど、どうしたの」

「ジュン、聞いて」

時間を置いてゆっくりと

「赤ちゃんがお腹にいる」

ジュンは、一瞬、ジャックダニエルの入ったグラスが手から落ちそうになった。

「ジュンが、シンガポールから帰って来て、会った時が理由見たい」

奈緒の言葉に確かにあの日は、一日中奈緒を抱いていた。そう思うと、すぐに言葉が出なかった。

二人とも言葉が続かないままにいると

「ジュン、今回は堕胎したくない。お願い。あの時からもう一年半。いいでしょう」

言葉は無くても結婚と言う意味を十分に含んでいた。

「奈緒、この事知っているのは」

「ジュンだけ」

「分かった」

自分が優柔不断なままに時を過ごしたツケが、回って来たのだ。と思った。隣に座る可愛く美しい女性。こうしていても周りから視線が来るのが分かる。


奈緒の声は、僕の体に届く・・。瞳は・・。

頭の中で、結論は決まっている様に思えた。でもその結論をすぐに口に出すことが、何故か、躊躇われた。

奈緒は産みたいとはっきり言っている。僕も二九になろうとしているんだ。結論を出す時が来たのかな。そう考えると自分に向けられる視線をしっかりと受け止めると

「奈緒、二人で育てよう」

急に満面の笑顔になった奈緒は、

「ジュン、ありがとう」

彼の言葉に嬉しさをにじませながらも少し時間を置くと

「お母さんには、すぐにばれると思う。つわりが始まったから」

奈緒の言葉に少なくないショックを受けながら、言っている意味を頭の中で消化すると

「分かった。準備しないといけないね」

「うん」

と言うと、ほとんど水になっているモスコミュールを飲んで喉を通すと

「ジュン、今度の土曜日、会いたい。色々相談しないといけない。今後の事」

自分の質問に答えを躊躇しているジュンに

「土曜日、何かあるの」

「うん、ちょっと」

「何、あるの」

「うん、家で用事があって」

「用事って」

「お母さんの誕生パーティ」

「えーっ、羨ましい。ジュンのお家は、誕生パーティするんだ。我家は、もうしていない。小さい時の記憶はあるけど、流石に今は」

さっきのジュンの言葉に安心感が出た奈緒は、そう言って素直に聞くと

「うん、親父がずっとそうしている」

「そうか、ジュンのお父様って素敵な方なんだ」

「なんで」

「だって、家族のそういうイベントを大切にする人って素敵じゃない。ジュンもそうしてくれるんでしょ」

明らかに自分のお嫁さんになることを前提とした言葉だった。少しだけ黙っていると

「ジュンは、私の誕生パーティしてくれないの」

えっと思いながら質問の意図が見えると

「もちろん、するよ」

「本当、嬉しいな」

少しだけ間を置くと

「ねえ、ジュン、お母様の誕生パーティ・・私参加出来ないよね」

黙っているジュンに

「そうだよね。ごめん。馬鹿な事聞いて」

寂しそうに言う奈緒に

「ごめん」

本当は心の中から言いたかった。来ていいよと。瞳の事がなかったら。赤ちゃんの事もあり、素直に招待しただろうと思う自分の心が深くそして重く感じた。


僕は奈緒の方が・・何となく自分自身が見えながら、何故か時の流れは、別の方を選択していた。

「でも、日曜日なら会えるよ。朝から会おう」

ジュンの言葉に

「ほんと、嬉しい。お母さんにも話しておく」

奈緒の言葉に

「だめ、奈緒のお母さんとお父さんには、正式に僕から言う」

ジュンの言い様に

「ジュン。ありがとう」

ジュンは心を決めてくれたんだ。心からそう思う奈緒は、本当に嬉しそうな顔をした。


奈緒を経堂の家まで送ったジュンは、豪徳寺-山下経由で世田谷線に出ると三軒茶屋から田園都市線で用賀に向かった。

どうすれば。瞳は、土曜日の母親の誕生パーティに来る。当然家族は、瞳を結婚相手として見るだろう。二七才の女性を連れて来たんだから。瞳も僕の妻になれると考えるだろう。最近の瞳の言い様は、はっきりしたものがある。でも奈緒は・・

自分の赤ちゃんが出来ながら、向こうの家に挨拶にも行っておきながら、母親のパーティには、別の女性を連れていかなければならなくなった、自分自身の無計画さが頭に来ていた。


ジュンは土曜日の午前中、奈緒に電話を掛けた。奈緒は、会えないと思っていただけに

「ジュン、どうしたの。今日会えないからゴロっとしてた」

「ゴロってしてたの」

「うん。ちょっと気持ち悪いし。でもお母さんには、ばれていない。ジュンが話してくれるまで、何とかします」

言葉に重みを感じながらも

「うん、なるべく早く行く。明日は、色々相談しよう」

「ありがとう。ジュン。お母様にも宜しくいておいて。あっそうか。まだ紹介されていないよね」

言葉が一瞬途切れると

「ジュン、大丈夫だよね」

まだ、不安を心から拭い切れない奈緒は、心配そうな声で言うと

「奈緒、僕を信じて」

スマホの向こうから聞こえる言葉に

「うん、信じてる」


奈緒の言葉が、自分の心に突き刺さった。そして自分の口から出る言葉に自分自身の気持ち悪さを感じた。

「じゃあ、奈緒、明日。経堂の駅まで迎えに行くから」

「本当。うれしいな。何時に来れる」

「九時にしようか」

「うん」

「じゃあ」

そう言って通話をオフにすると、心に言い様のない重さが残った。奈緒・・。


心にわだかまりを持ちながら、ジュンは田園調布の駅まで、瞳を迎えに行った。改札を出て待っていると、坂道を上ってくる女性がいた。女性用のトレンチのコートを着ている。中の洋服は見えないが、白のローヒールの靴を履いていた。唇には、薄いピンクのルージュが付けられていた。瞳だった。

「待った」

「ううん、今来たところ」

瞳が時計を見ると

「ちょうど四時ね」

ふふっと笑いながら

「恥ずかしいな。でも嬉しいな。ジュンのお母様の誕生パーティに呼ばれるなんて。家族になった気分」

その言葉にドキッとしながら、

「そこまでは」

とぼやかそうとすると

「何でいけないの。素直に言っただけなのに」

今度は急に寂しそうな顔をする瞳に

「分かった。ごめん。僕も瞳がパーティに来てくれて嬉しいよ」

少し恥ずかしそうに言うジュンに

「ふふっ、許してあげる」

最近の瞳の言葉や言い様に、少しだけ重く感じていた。


自宅に着くと玄関に母親が出て来た。

「いらっしゃい。楽しみにしていました。どうぞお上がり下さい」

そう言って、スリッパが用意してあるのを見て、一度玄関を上がると自分の靴を隅に置き、ジュンの靴も整えて中央に置いた姿を見て、この子ならば。とジュンの母親は思った。


パーティが始まるとジュンの母はとても喜んだ。自分の誕生パーティに年頃の娘さんを紹介する息子に

「最高の誕生日プレゼントよ、淳」

「瞳さん、淳をずっと宜しくお願い」

「はい」

ジュンの母親に公認された言いように、瞳は満面の笑みを浮かべて喜んだ。

「ジュン、こんな素敵なお嬢様、何で早くお母さんに紹介しなかったの。お父さんの顔を見なさい。目元が緩みっぱなしよ」

実際、ジュンの父親は、瞳が家の敷居をまたいだ時から、さすが我が息子。綺麗なお嬢さんだと思っていた。そして人柄も良い事が分かると頭の中は、いつの間にか孫の事しかなかった。妻の言葉に

「ジュン、孫はいつ見られるんだ」

流石に瞳は、顔を赤くして下を向くと

「お父さん、世の中には順番と言うものが有ります。ねえ、瞳さん」

ますます、顔を赤くしながら、これで大丈夫。お母様も安心する。ジュンも言葉には、出さないけど私を選んでくれている。心の中でしっかりと感じていた。



自分の心とは、別に時の流れは、別の方向に流れて行きます。瞳を母親の誕生パーティで紹介したジュンですが。

次回は、ジュンと奈緒の関係が急展開します。お楽しみに。

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