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恋はかげろうの中に  作者: ルイ シノダ
2/26

第一章 誰 (2)

東京から西伊豆にドライブに来て、恋人岬を見て回った後、ジュンと奈緒は、予約してある、景色の良いホテルに向かいます。

素敵なフロントに嬉しさを一杯に出しながら喜ぶ奈緒ですが。

(2)


ウィンカーを左につけてゆっくりと玄関の車止めに着けた。すでにジュンたちの車が、入って来るのが分かっていたのだろう、ポーターならぬ、男版の仲居さんが、助手席側のドアを開けると嬉しそうな顔をして

「いらっしゃいませ」

そう言うと奈緒が助手席から出るのを待って、今度は後部座席のドアを開けてジュンと奈緒のバッグを持った。そしてもう一人の男が、ジュンが開けた運転席側に近づいて来て、

「キーは入れたままにしておいて下さい」

と言われたので、これだけと言ってマスタキーを見せると

「お預かりします。駐車場へは私が持って行かせて頂きます」

丁寧な言いように、まあいいかと思うとそのままマスタキーを渡した。

奈緒と視線を合わせると先ほど自分たちのバッグを持った男がそのまま、ホテル・・というか大きな旅館のフロントの待合のシートに荷物を置いて、

「こちらで少しお待ちください」

そう言って、シートに荷物を置いた。


ジュンは、周りをゆっくり見ると、お土産物屋が左奥に、右にバーらしいカウンタが有って、その手間にフロントがあった。家族連れや、ジュンたちと同じカップルなどが、五組位いた。

 ふっと奈緒の顔を見ると、目を輝かせてうれしそうな気持と、少しの緊張がはっきりと顔に出ていた。ジュンは、

「思ったより大きなところだね。奈緒は知っていたの」

「ううん、友達に教えてもらった。西伊豆なら、景色、料理、お風呂、サービス、どれをとっても一番の所と言われた」

うっ、奈緒は友達に言ったのかな。ちょっとだけ、気にしなくてもいいことを気にしていると、仲居さん・・今度は女性の・・が、お茶とお茶菓子と、宿泊シートを持ってやってきた。

お茶とお茶菓子をテーブルに置いた後、

「こちらにお名前とご住所をお書きください。お連れ様は、他一名でも結構ですよ」

慣れた言い回しに、一瞬だけジュンは奈緒と顔を見合わし、微笑むとジュンは自分の名前と住所を書き、他一名と記載した。

いいよね・・。という顔をすると、奈緒が、最初、少しだけ目を下に向け、残念そうな顔をした後、にこっと笑った。ジュンが書き終わったのを見て、

「お部屋は、別館、五階です。今ご案内しますので、少々お待ちください」

と言って、仲居が宿泊シートを持って、ジュンたちのテーブルを離れると、奈緒は、またにこっとして

「ふふふっ、嬉しいな。ジュンと二人だけ」

ジュンはその言葉に何とも言えない嬉しい感情が満ちてくるのを感じながら

「うん、僕も」

そう言って同じようににこっと笑った。


やがて別の女性の仲居さんが来て、

「こちらへ」

と言って、奈緒のバッグを持った後、ジュンのバッグを持とうしたので、

「あっ、これは僕が持ちます」

と言って、仲居さんが持とうとしたバッグを自分で持った。

 玄関を一度出るとそのまま右に曲がり、別の大きなドアを通ると、先ほどのロビーと匹敵するくらいの広さの空間に真ん中にグランドピアノ、その右にテーブルやソファのセット、更に左には、バーのカウンタがあった。

 ジュンは、へーっと思うと、

「あそこのカウンタは営業しているんですか」

「はい、夜七時以降に開きます。ご利用ください」

と言って、にこっと笑った。


エレベータで五階に上がり、右に曲がると二つ目の部屋の入り口の前で

「こちらでございます」

そう言って、挿入型のカードキーをドアのノブの下のスリットに入れると、ガチャという音がしてドアのロックが外れるのが分かった。

仲居さんが、先に入り荷物を部屋の隅に置いた。ジュンが先に入り、奈緒が後から入ると、すぐに窓際に近付いて、

「うわーっ、綺麗」

窓の外に思い切り広がる海と空が見える。横に内湯型の温泉が付いている。景色を嬉しそうに見る奈緒を見ながら、視線を仲居に戻すと、部屋の説明や食事の事、温泉設備の事を説明し始めた。

やがて、仲居も部屋の外へ出ると奈緒が、じーっとジュンの顔を見た。そして、にこっと笑って、

「ジュン、温泉行こうか」

嬉しそうに言う奈緒に

「うん、そうしよう」

そう言うと洋服かけの扉を開いた。

LとMサイズの男物とMとSサイズの女性用の浴衣と洗面セットが入っていた。男物は、浅黄色とやや灰色をベースとした柄物、女性は黄色系とピンク系を基調とした浴衣だった。バスタオルは、横に二つ置いてある。ジュンは、Lサイズの浅黄色の男物と洗面セット、それにタオルを取ると

「奈緒」

と言ってテーブルの側にある、ふわっとした座布団に座っている奈緒の顔を見た。

奈緒が、ふっと笑顔にして立ち上がると、自分もMサイズのピンク系の女性用浴衣と洗面セット、そして自分の小物の入ったポシェットを手にして、

「ジュン、行こう」

と言うと、ジュンは、一瞬だけ考えた後、洋服かけにかけてあるジャケットの右内ポケットから長財布、左サイドポケットから小銭入れを取り出すと

「ちょっと、待って。金庫に貴重品入れていかないと」

そう言って、金庫の中に入れた。奈緒も自分の財布と自宅のキーを出した。


仲居の案内だと、一階にあると言っていた。奈緒と一緒にエレベータで一階に降りると仲居さんが立っている。まるで目的が分かっているかのように

「お風呂は、あちらでございます」

と言ってほほ笑んだので言われた通りに、エレベータを右に回り込む様に歩いて少し行くと左が男湯、右が女湯と書かれたのれんが下っていた。

ジュンは、ここかと思うと、

「奈緒、出たら、そこの待合で待っている」

そう言うと奈緒が微笑みながら

「うん」と言って中に入って行った。


お風呂場は、広かった。大きなお風呂場と外には露天風呂が三か所ある。更に内側にサウナ室もあるので、ジュンは嬉しかった。最初に外の露天風呂に行くと目の前が思い切り開けた海と青空の景色が広がっている。

うわーっ、これはいいや。そう思いながら、手を付けると少しだけ熱い。最初、湯船の側にある洗い桶を使って、ゆっくりと足と手、体の順番で湯の暖かさをなじませると、足先からゆっくりと湯船に入った。

気持ちいいなー。奈緒の事が、一瞬だけ頭から消え、湯のぬくもりを感じていると

「お兄さん、どこかの来たのかね」

初老の男性が、気持ちよさそうしながら話しかけて来た。

「東京からです」

と言うと

「そうかい、私は、会社の旅行でここに来たのだが、もう何回も来ている。いいところだよ、ここは」

そう言って両手で、顔に湯をかけると嬉しそうな顔をした。


ジュンは、少しの間、体を温めると今度は、サウナに入った。サウナは、結構好きだ。ドアを開けると、四人ほど先客がいる。結構広い方だ。テレビまである。

最初だからだろう、少し熱いなと思いながら、最初は、五分と思って、体から出る汗を手で落としながらテレビを見ていると、さすがに我慢できなくなって、サウナの外に出た。

すぐ目の前に水風呂がある。温度計が二四度を示している。まあまあかなと思って、手と足を水につけた後、胸の部分にも水をつけて、ゆっくりと足先から入った。

ひゃーっ、これだよこれ。そう思って、なるべく水が動かないようにして入った。体が水の冷たさに慣れてきている。やがて、頭をすぽんと水風呂に潜らすと、数秒我慢してから出た。水風呂から出ると、またサウナに入る。今度は一回目より長く入っていられる。

結局、三回ほどサウナに入った後、体を洗って出た。体が火照って、とても暖かい。温泉効果かなと思いながら体を拭いて、髪の毛をドライヤで乾かすと、脱いだ下着を備え付けの袋に入れて、お風呂の外に出た。


 奈緒、待っているかな。待合を見ると、まだいないか。あっ、マッサージチェアだ。あれに座って待ているか・・。そう考えると待合の横に置いてある、マッサージチェアに座って、チェアの横に置いてある説明書を読み始めた。五分ほど過ぎるとドアが開く音がした。右手で、女湯と書かれた薄赤な色ののれんを右手でたくし上げながら、微笑んでいる感じに見える。

 えっ・・。一瞬どきっとした。頬が上気して、いつも透き通るような肌が、ピンク色に染まっている。ほとんど化粧しているようには見えない。可愛いな。と思いながら奈緒を見ていると、

「ジュン、待った」

微笑みながら言ったので

「ううん、さっき出たばかり」

そう言ってマッサージチェアから立ち上がると、奈緒が自分の側に近付いて来た。ほんのり暖かさを感じる。何も言わないままに二人で部屋に戻った。夕飯は六時に食べれるように依頼してある。

時計を見ると五時四〇分。まだ二〇分ある。ジュンは、タオルをタオル掛けに干した後、冷蔵庫からビールを出した。中瓶なのでちょうどいいと思って

「奈緒、ビール飲む」

「うん、ちょっとだけ」

奈緒は、そう言って、冷蔵庫の上にあるグラス入れからグラスを二つ取ると、テーブルの上に置いた。ジュンが、栓抜きで抜き、奈緒のグラスに半分、自分のグラスには、グラスの縁まで一杯注いだ。奈緒が手を伸ばし、グラスを取ったので、ジュンもグラスを取ると

「楽しい旅行に乾杯」

「うん、乾杯」

二人でグラスを軽く合わせるとジュンは、一気に三分の二を飲んだ。ちょっとぐふっとしたが、温泉の後の乾いたのどには最高だな・・。コップの残りをもう一度飲むとグラスをテーブルに置いた。

 奈緒が、もう一度グラスに注いだので、

「ありがとう」

と言うと奈緒が嬉しそうに微笑んだ。いつの間にか、夕飯まで一〇分を切っている。

「行こうか」

「うん」嬉しそうな顔をして頷くと、二人で部屋を出た。


奈緒の顔が、アルコールでほんのりとピンク色に染まっている。別館の一階にあるバーのカウンタで、二人で食後の時間を過ごしていた。九時を少し回っている。

カウンタの中には、五〇才前後のバーテンが、二人に干渉しないように他の客のオーダーを作ったり、グラスを拭いたりしている。

 目線をカウンタのバーテンから左横に座る奈緒に視線を向けると、奈緒はグラスに入っているペパーミントとソーダの入った液体を眺めていた。視線をグラスの中にある液体に落としながら、何を考えているのか、ほんの少しだけ疲れている様子が有った。

多分、今日は朝からの遠出と緊張のせいだろうと思いながら、横顔から視線を少し落とすと旅館に備え付けの浴衣の胸元が少し開けて透き通るような肌と可愛いピンクのブラが少しだけ見えていた。

何となく、ジュンが、自分の胸元を見ているのを感じた。視線を向けずに、これから起きるであろう事を想像すると不安と興味と期待で心が一杯だった。

どうしよう、でもジュンなら。分かっていて来たんでしょ。自分に言い聞かせるようにすると、

「ジュン、部屋に戻ろう」

いきなりの声に、ふっと少しだけ酔った頭を戻すと、ピンク色に染まった頬を見せながら言う奈緒に頷き、カウンタの中にいる男に目線で合図した。慣れているのか、すぐにチェックを出したので部屋の番号を記入した後、

「このグラス持って行っていいですか」

と聞くと

「いいですよ」

と言ったので、奈緒と二人で、ペパーミントソーダとジャックダニエルのオンザロックの入ったグラスを手に持って部屋に戻った。


テーブルが、窓際方向に動かされて、お布団が二つ並べて敷いてある。ジュンはちょっと、どきっとしたが、奈緒は、気にもしないで、窓の側に動かされているテーブルには座らずに、ベランダにある椅子に行くと

「ジュン、こっちにしよう」

と言って手招きした。

ジュンは、奈緒と自分のグラスをサイドテーブルに置くと自分も椅子に座った。

「ジュン、素敵だね。来てよかった」

「うん」

目の間に広がる暗闇の中に、波打ち際の音だけが聞こえてくる。静かだった。何も話さずにしていると、奈緒が自分のグラスを持って口をつけて

「ジュンも飲まない」

そう言ってジュンの顔を見た。少し俯き加減に緊張した顔で

「ジュン、初めてなの。男の人と二人で旅行なんて」

少し、間を置くともう一度グラスに口を付けて

「勢いで来ちゃったけど、ちょっとだけ怖い」

奈緒の両親は、いわゆる普通の親で、干渉もあまりしないが、叱る時は叱るという感じだ。奈緒の事は全面的に信頼している。中学、高校、大学と常に中の上か、上の中を行き、いわゆる頭のいい子の部類に入っていた。

行いも品行方正な方だ。勉強では遅くまで起きていたが、ゲームとか、流行の事には、興味も示さず、普通に過ごしてきた。友達が、男の子と恋仲だかとか、キスをしたとか言っても何も興味がなかった。

ゆえに今回の旅行は、自分にとっては晴天の霹靂のはずだった。だが、なぜか普通に体が動いた。まして、自分から誘うなんて思いもよらなかった。

実際にアルコールが入って気が緩んでいるにも関わらず、なんとなく急に冷静な頭が半分戻って来ている部分が、未知の事に対する不安と期待に渦巻く心の整理を出来ないでいた。

奈緒の言葉を聞いたジュンは、何も言わないで隣に座る少し俯き加減の女性を見た。

ジュン自身、奈緒と一緒に居る時、とても魅力的で惹かれる様な気持ちになる時はある。しかし、今回の旅行は、奈緒が行きたいから連れて行ってあげる程度に考えていた。それゆえに奈緒の言葉に戸惑いを覚えた。

ジュンは、学生の時と会社に入って二年目の時の二回ほど、女性とは体を合わせたことがある。最初の時は、彼女と呼べるほどではなかったが勢いのままだった。

二回目は、近くのスナックで意気投合した年上の女性となんとなく行ってしまった。二人とも一年程度しか続かなかった。理由はよくわからない。

それだけに奈緒の事は大切にしたかった。自分から見ればとても魅力的な女性である面と、妹みたいに大切にしたい面の二つが心の中に有った。だから今回の旅行も奈緒がいやなら何もしないでいようと考えていた。

ゆっくりとグラスを手に取ると奈緒の方は見ずに、海の波打ち際から聞こえてくる水の音を耳にしながら

「奈緒の心のままでいいよ。楽しい旅行だから」

そう言って、グラスの中にあるロックアイスと漂うジャックダニエルの香りを鼻に感じながら口に付けた。


羽毛とすぐにわかるふわっと軽い上掛けを上げて別々のお布団に入ると

「お休み」

と言って、リモコンで消灯した。

「ジュン、真っ暗にしないで。怖い」

耳元に聞こえる声に、再度リモコンでスモールライトだけ点けると、そのまま眠りにつこうとした。

アルコールの勢いで眠気が襲ってくる一方で、奈緒の事も気になった。純粋に男からすれば、非常に魅力的な女性であるには、間違いない。

 頭の中で少しだけ意識のある部分を起こしながら、奈緒の方に体を向けると、奈緒がじっとこちらを見ていた。

 何も言わずに少しの時間が経った後、

「来る」

と言うと頷いて、何も言わずにジュンのお布団の中に入ってきた。

「ジュン、初めてなの。何も知らない。男の人好きになったのもジュンが初めて」

そう言って、ジュンの胸元に顔をうずめた。目元に涙が溜まっていて、ジュンは自分の胸が濡れるのを感じた。


 カーテンからこぼれる朝日に目を覚ますと、奈緒が気持ちよさそうに自分の腕の中で目をつむっていた。浴衣の前は、完全にほどけて、吸い込まれるような透き通った肌と外観では分からなかった豊満な胸が、夕べの事を物語っていた。

天使の様に可愛い寝顔だった。ゆっくりとおでこにキスをすると、目がゆっくりと開いた。少し恥ずかしそうな顔をして、見えている胸元を閉めると、目をつむった。

 ジュンは唇を当てた。マシュマロの様に柔らかく小さな唇が、一生懸命自分に合わせてくる。ジュンは、自然と手が奈緒の胸に行った。


「ふふふっ、これで奈緒は、ジュンの恋人って言ってもいいよね」

体を合わせている時の反応と、甘えっこのようなこの笑顔のギャップに目元を緩ますと

「うん、奈緒は、僕の大切な人だよ」

そう言って、もう一度、唇を合わせた。


帰りの車の中で奈緒は、静かになったと思うと急にお喋りになったり、また静になったりと忙しかった。たぶん初めての事に心が揺れ動いているのが分かった。

東名用賀インターを降りて用中通りに入ると

「奈緒、家まで送る訳にはいかないよね」

「うん、経堂の駅で降ろして」

「分かった」


 経堂で降りる時、奈緒は、じーっとジュンの顔を見て、

「ねえ、明日も会ってくれる」

「えっ、明日」

いつも土曜か日曜のいずれかだったので少し戸惑ったが、

「いいよ」

と言うとにこっとして、

「じゃあ、電話するね」

と言って車から離れた。ジュンは、コーティ方向に歩いて行く後姿を見えなくなるまで見送ると家に戻った。


予定外・・二人の取って暗黙の予定内で有ったかもしれない二人だけの秘密を持った。ジュンと奈緒。さて、次回は、奈緒の心の揺らぎを描きます。

来週をお楽しみに。

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