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 一月プリミリス二十八日はルニエの誕生日である。それも今日は、待ちに待った二十回目の誕生日だ。昨晩は緊張していたためなかなか寝付けず、しかも今朝はまだ暗いうちから目が覚めてしまう。とはいえ、日が短くなっているので暗いうちといっても、それほど早い時間帯ではなかったが。


 六時になると、やはりいつものように女中が扉をノックした。


「おはようございます、お嬢様。今日は本当に……おめでとうございます」


「ありがとう」


 中に入ってきた彼女に微笑んで答えると、ルニエは窓を開ける。新しい空気の冷たさも、この大いなる日の前では、オリンジジュースに浮かべた氷くらいの存在になってしまう。朝食の卵焼きが焦げていても、コーフィが苦くても、特別に笑って食べられそうだった。窓を閉めて食堂へ下りる。なにを食べるかはずっとまえから決めており、ラ・コスタに貰った蜜の残りを全部トウストに塗って食べるつもりでいた。


 朝食後から昼食までにかけて、ルニエは自分の部屋を片付ける。キュラソウが迎えにくれば、きっとどこか、ほかの国へ行くだろうから……、と身辺整理というやつだ。


 これが最後になるだろう、と残りの午後は、父などに止められながらもパーティの準備を手伝う。無理にでも参加したかった。


 しかし、さすがに準備も大詰めになってくると、当人に秘密で進めたいことも多いらしく、ルニエはついに現場を追い出される。仕方なく部屋に引きこもり、パーティが始まる八時までの間、家に残しておこうと思っているアルバムを見ていた。最後に家族四人で写った写真を一枚だけ抜き取った。そして、身の周りの品と一緒に鞄へ詰めた。


 およそ四年経っても、ルニエはキュラソウへの気持ちは変わっていなかった。だが、家族と別れるのも辛く、胸が押し潰されそうになる。キュラソウとずっと一緒にいたい、家族とも別れたくない、それが本心だったが、その二つは絶対に両立できないものだということを、ルニエは知っていた。


 キュラソウが迎えにこないのではないか、という不安は今年のカランダを見て、ルニエがちょうど二十歳になる今日が偶然にも満月だと知ったときから全くなくなった。彼は今日来るのだ。


 パーティの直前になるとルニエは黒のドレスに着替え、胸元には白いロウザのブロウチをつけ、赤い口紅を塗り、腰の辺りまで伸びた髪をまとめてもらう。


 パーティに参加したのはコルドン家で働く人々が中心で、その他にはごく少数の人しか招かなかったらしい。もちろん、いまでは家庭教師の役目を終えたエルも呼ばれていた。


「ルニエ! 久しぶり……」銀色っぽい光沢のあるカクテルドレスを着たエルが近寄ってくる。「元気だった?」


 彼女に会うのは去年のこの日以来だ。しばらく二人で近況や世間話をしていたら、エルがとんでもないことを口にした。


「先生も呼んであったのね」


「先生?」どの先生だろうと思った。


「なによ、忘れたの? キュラソウ先生よ。パーティに来るのは初めてじゃない?」


 驚いたルニエは、視界が涙で薄れていくのを感じた。目の前のエルは、不思議そうにルニエの顔を覗き込んだ。


「あのね、わたしたち……結婚するの」


「さっき紹介されたドマールさんね」彼女は意外と驚かない。


「違うわ。キュラソウ先生と……」小さな声で囁いて、ルニエは彼女にぎゅっと抱き付いた。「だから、今日がお別れになるかもしれない……。大好きよ、エル」


「え? 彼、あなたを攫いにきたの? 彼に対する私の認識を、少し変更する必要がありそうね。……おめでとう、お幸せに……」彼女もルニエをぎゅっと抱き締める。


「このことは、お父様には言ってないの。どんなに親不孝か、解っているわ。でも、どんなに父が心配していても、このことは絶対言わないでね」


 エルは頷いたが、明らかに、判断しかねているようだった。


 そのとき、コルドン氏がルニエを呼ぶ声が聞こえてきたので、ルニエは精一杯の笑顔でエルにお別れを言って、父のところへと向かう。


「こちらへ来なさい」ルニエがコルドン氏の隣に立つと、彼の向かいに立っていたシャン・ドマールが嬉しそうに微笑んだ。


 やはりコルドン氏は、ルニエが二十歳になるまで結婚しないと言ったことを、二十歳になったら結婚すると解釈したらしい。


「本当に、今日はお綺麗ですね」少し上ずった声で彼は言った。


「まあ、光栄ですわ」澄まして軽く首を傾げる。純粋そうな青年はルニエが微笑むと、やはり顔を真っ赤にしていた。


 頃合いを見計らい、ルニエは部屋への階段を駆け上がる。パーティ会場で、ルニエがキュラソウを見付けることはなかった。ほかには誰もいない二階は静寂に包まれ、パーティ特有の賑やかさが床や壁越しに微かに伝わってくるほどだった。暖房が入っていないので肌寒い。ましてやルニエのドレスは、かなり肌を露出するデザインのものである。


 部屋に駆け込み扉をそっと閉めた。明かりが点いていないにもかかわらず、部屋の中は薄っぺらいカーテンの隙間から満月の光が差し込んで、光の世界を作り出している。


 カーテンには人影が映っていた。ルニエは迷うことなくベッドの上に置いてあったプラスティックの球体を引っ掴み、勢いよくバルコニィに飛び出す。待ち構えていたように、手摺に腰をかけていた少年が振り返った。

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