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01

「お嬢様、そろそろお休みになられて下さいませ」


「分かっています」ルニエ・コルドンは、与えられた自室のソファで本を読んでいた。扉の向こうから聞こえる声に内心嫌々ながらも機械的に答える。


 この応答は今夜、既に三度目。四度目になれば、夜も遅いから早く寝るように、とわざわざ父親が直々に説得しにくるのだ。今度こそ明かりを消して、ベッドに入って寝た振りをしなければならない。


 ルニエはもうすぐ十六歳になるというのに、この年になってまだ、十時にはベッドに入って寝なさい、と言ってくる父が信じられなかった。だから、女中と今夜のようなやり取りをどうにか繰り返して、せめて十一時まではベッドに入るのを引き伸ばすようにしている。


「わたし……、もう幼い子どもではないのに」溜息を吐いて読みかけの本を畳み、照明を消しながら、ルニエはそう呟いた。


 照明を消して初めて気付いたのだが、どうやら今宵は満月らしく、人工的な光源がなくとも、差し込む月光で部屋はまだ仄かに明るい。ルニエは窓の前に立つと、窓グラース越しに光り輝く月を見ながら、恨めしそうにカーテンを閉めた。


(わたしはもう眠らなければいけないのに、おまえは随分と暢気に輝いているのね)


 カーテンによって光が遮断され、辺りが暗闇に限りなく近くなると、周りに比べてぼんやりと光っている場所に自然と目が行った。天井から吊り下げられている数々の丸い物体は、太陽系の惑星を再現した模型で、誕生日に父から貰ったものだった。


 自分で飾り付けをする、と言ったルニエを父が必死に止めたので、仕方なくその作業を、椅子から落ちても大丈夫そうな人物を選りすぐって任せた。模型は彼によって順番どおりに並べられたが、当然ながら距離の縮尺は滅茶苦茶だった。それ以前に、そもそも忠実に再現すると見映えが悪いためか、全ての惑星の大きさも似たり寄ったりではあったが。


 けれど、ルニエはこの模型が気に入っていた。コルドン氏がいままでくれた贈り物の中では、きっと一番だ。ただ、その理由は……、と考えると、説得力のあるものを思い付くことはできなかった。曖昧な理由のはっきりとした感情である。


 ルニエは昔のことを思い出しながらベッドに滑り込む。


 初めコルドン氏は、ごく普通の父親にマスタードをちょっと足した程度のピリッとした人だったが、あれはルニエが七歳のときだった。妻が二人目を産んだあとそのままこの世を去り、彼はそれ以上なにかを失うことを怖れるように、まるで消えた穴を埋めるかのように、残された二人の娘たちを可愛がった。いまになって思うと、可愛がるというよりは過保護がさらに行きすぎた感じで、『母さんの分まで生きろ』は父の口癖になった。


 それを聞くたびにルニエは母のことを思い出し、父が可哀相になる。だから、できるだけ良い子を装って、できるだけ父の言うとおりにした。彼の気遣いは嬉しかったし、そうすることで自分も親孝行をしているつもりだった。


 けれど、ふとルニエは気付いた。『母さんの分まで生きろ』と言われるたびに、肩が少し重くなることに。その圧力の中でも走れそうだったが、ときどき足がもつれて転びそうで、全力ではとても走れそうではなかった。初め少しだったマスタードは次第に入れすぎになって、顔をしかめて我慢しないと涙が出るくらいになってしまったのだ。


 眠る時間に関しては、ルニエは眠りたいという欲求があまりなかったので、最近では七時間以上も寝ていると、寝過ぎで頭がとろけそうになる。かといって、父に睡眠過多であると文句を言うのも気が重い。そしてたどり着いたのが現在の中途半端な作戦だ。


 無理やりベッドに横になり、何度も瞬きをするうちに目が暗順応していくのを感じながら、久しぶりに薄く光る模型の太陽と惑星を数える。何度も何度も数え直したが、どうしても一つ足りなかった。


(……太陽と水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星……)


 全部ある。しかし貰ったときは、確かに十個あったはずだ。ルニエは首を傾ける。


「一体、なにが足りないのかしら?」


 考え始めると、それが何なのか気になって気になって、どんどんどんどん眠れなくなっていった。模型が入っていた箱も説明書もとっくに捨ててしまったし、こんな時間にわざわざ誰かに聞くというわけにもいかない。


 仕方なくルニエは起き上がると、ベッドの横のランプを置いてある小さな机の上にアロマセラピィに使うポットを置く。水を注ぎ、オイルを垂らし、スウィッチを入れてタイマを合わせた。改めてシーツを被ると、部屋の中にそっと満ちていく新しい空気で、深くゆっくりと呼吸をする。


(良い夢が見られますように…………)


 ルニエは目を閉じた。



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