終焉
俺の視界は、赤い液体で埋めつくされた。右を見ても、左を見ても、目に入るのは鮮血だけ。
――そうだ。こんな風景が拝みたかったんだよ俺は。恐怖と憎悪で乱れた最低な街が見たかったんだ。
と、足に何かが触れたことを感じた。足元を見ると、全身血だらけ傷だらけの男が俺の足にすがりついていた。
「どうか……どうか助けてください……」
頭を擦りつけて命乞いしている。まあ俺は優しいから聞いてやる。
「おお助けてやるとも。苦しいもんなあ」
俺が屈む素振りを見せると、男の目が輝いた。しかし、それも束の間。
「あの世へ行かせて楽にしてやる!!」
少し屈んだ体勢から、腰の剣を抜き放ち、目の前の薄汚い男へ凪ぎ払う。
ギャッ、という短い悲鳴を上げた後、男は額から大量の鮮血を俺に浴びせてから地面へと崩れ落ちた。
「けっ、汚い凡人共はさっさと死ね!」
俺の足に乗った男の頭を蹴りあげ、唾を吐くと次の獲物を探す為に歩きだした。
こんなことしちゃいけないって分かってる。でも、僕の力だけでは"僕"を止められない。なんで僕はこんなに非力なんだ……
普通の思春期の少年が悩むことなんて、せいぜい友達関係か恋愛のことくらいだろう。自分を止められないで悩んでるなんて聞いたことも無い。
と、僕が考えている間にも"僕"は小さな子どもへと剣を振りかざしていた。その数瞬後に血を吹き出しながら倒れる。
――こんなの見たくない。でも僕の意志は通じない。僕の体は今、"僕"によって支配されている。勿論、僕が"僕"を支配できる時もある。なんでこんな時に"僕"が行動出来るようになったんだ……
僕は"僕"へ語りかけようとした。でも通じることはない。答えは簡単。"僕"に支配された今、僕が付け入る隙など一ミリもないのだ。
僕は、なんて非力なんだ……。
「後は……」
城なんかはとっくに潰している。街の繁華街は案外楽だったし、住宅街に至っては虫を踏み潰すのとさほど変わらず、味気なかった。
……そうだ、忘れていた。まだ城の地下を回っていない。犯罪者なんかは一番最初に潰すべきだったんだが……俺としたことが、なんという不覚。
俺は振り返ると、街の中心にある城へと足早に向かった。
城の一番奥の部屋、そこの階段の下に牢獄はある。
階段を踏みしめるように降りると、鉄格子が見えてきた。南京錠を剣で潰して、鉄格子を蹴る。勢い良く開いた鉄格子が囚人の入っている牢屋の鉄扉に当たって、中の囚人がびくっと身を震わせた。
牢獄の廊下に降り立つと、鉄格子を閉めて、すぐ右の牢屋の中の男に目を向け、言い放つ。
「おい、そこに膝まづけ愚民」
「ああ? 誰に向かって口きいてんだ坊主?」
「ふうむ、俺の命令を無視する訳か……。ならあんたは死にたいと言ったと解釈させてもらおう」
「ああん? 何言ってんだお前」
俺は、また南京錠を剣で潰し、鉄扉を蹴った。鉄扉が動いて、囚人の鼻に直撃する。囚人が鼻を押さえながら怒鳴った。
「てめえ何しやがる!!」
囚人が素早く立ち上がって手を振りかぶる。
「やめときなって愚民君」
まだ右手に持っていた剣を軽く振った。すると、俺に向かっていた手は囚人の後方に吹っ飛ぶ。
「う……うわぁぁぁぁ!?」
手首を反対の手で握りながら、囚人が喚く。
今、コイツの頭の中は色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざってるんだろうな……。
そう考えながら、囚人の髪を力を込めて握った。
囚人は泣きながら消え入る声で言う。
「助けてくだせえ……」
涙でぐちゃぐちゃの顔には、恐怖、悲しみ、情けなさ……色々な感情が感じ取れた。その感情全てが、俺にとっての大好物だ。正直、コイツをこのまま殺すのは惜しい。しかし、今は感情よりも血が見たい。その為にはまずコイツから潰さねば。
「人に助けろってすがるくらいなら法を犯すな愚民!!」
剣を振った。体だけが地面へと沈み、手の中には恐怖を浮かべた頭だけが残る。
その後、"僕"は囚人達を苦しませた挙げ句、自分で血を浴びながら無惨に殺した。勿論、その情景は全て見てしまった。今なら、どれだけリアルな霊も、どれだけ冷酷な独裁者も、ただの余興だと思えてしまう程気持ち悪い。
残忍で、冷酷で、恐怖しか作り出すことのできない真の悪――。
僕は、なんでこんなに不幸なんだ……。
俺は、一通り掃除すると、ふと廊下へ目をやった。
「ん?」
そこには、重そうな鉄扉があった。取っ手と扉の大きさが合っていない。
「もしかしたら……」
小走りで扉へ向かう。両方の取っ手を持って、思い切り押した。
扉がゆっくり開く。その先には、まだまだ深く続いていそうな階段があった。
――この中に行くべきだ。……そう心が呟いた気がした。勿論言われなくても行く。可能性は徹底的に潰す。
俺は、深い深い闇の中を降りていった。
やっと着いたらしい。最後の一段を降りきって、辺りを見回した。
広い部屋だ。石造りで、長年使われていないのか黴臭い。
そういえばこの部屋だけ明るい。さっきの階段は手探りで降りた程だった。ここは松明がある訳でも、蝋燭が点いている訳でもない。
と、視線の先で何かが動いた。そちらへ目を凝らす。
人間だ。剣を地面に突き立てて、あぐらをかいて座り込んでいる。
「こんにちは〜」
軽く挨拶しながら歩み寄る。どうも中年の男らしい。体格がそんな感じだ。
「こんな所で何してるんですか〜?」
微笑みながら話しかける。すると、男は俯いたままでこう言った。
「汝、我にひれ伏せ!」
瞬間、目の前に居た男が残像を残して消えた。振り向きながら剣を抜く。
剣が大きな金属音を炸裂させて、俺の五センチメートル前で止まった。
「汝は我を倒せない!!」
切り返し。刃を俺の横腹へと向けた。それを冷静に剣で受け止める。
「簡単には倒せないか……なら本気で行かせてもらおう」
男がニメートル程後ろに跳んだところで残像となって消える。
その瞬間、俺は理解した。男は俺を倒しにきている。そしてそれを成し遂げるだけの実力も……
――後方に気配。振り返って剣を凪ぎ払う。
横腹をかすったが、なんとか軌道を逸らした。その体勢から無理矢理突く。
しかし切っ先は空を切るばかり。男はまた残像となって消えた。
……それから何回もそれを繰り返した。だが、当たらない。ましてや完全に避けられたのなんて数える程だ。
――俺が……負ける?
そんなこと認めない。俺は最強なんだ。こんな男になんて負ける訳がない。
と、目の前に男が現れた。
残った体力を振り絞って、剣を振った。しかし、それに人を斬れる程の力はない。また残像となって男は消えた。
こんなに情けない自分は初めてだ。力が欲しい。昔欲しがった、誰にも負けない力。
ついさっきまで、俺はそれを手に入れたと思っていた。しかしそれ間違いだった訳だ。この時にはもう、死ぬことを理解していた。
首筋を柄で殴られた。よろめき、床にへたり込む。
男は無表情に俺を見つめ、剣を振り上げた。
「最後に一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
その声は、無機質で、酷く枯れていた。
「お前は……なんだ?」
男が目を見開く。しかし、すぐに元の表情に戻って、こう言い放った。
「ただの大量殺人者だ」
そこからの意識は無い。
なんで僕がこんなに苦しまなきゃいけないんだ……全て"僕"が悪いのに……
もう一度、腹に刺さった剣に手をかける。しかし抜ける気配すらない。
あれから何時間苦しんだだろう。いや、五分も経っていないかも知れない。
どちらにしても、僕がなんで苦しまなければいけないのか分からない。
全て"僕"が悪いのに。
なん……で……。
如何だったでしょうか?
初めてのオリジナル短編を一日クオリティで終わらせてしまった……←
主人公が特殊な二重人格だったりいきなり人殺ししてたりする理由は読者様に任せます
ではまた
PS
現在連載中の長編小説があるので、そちらも読んでいただけたら幸いです