第7話 終焉の魔女は〇〇を決心する
「はぁ……今日からまた出勤かぁ……」
俺はリアが作ってくれた朝ご飯を口にしながら、ぼやく。
「頑張ってください……! もし、辛かったら何時でも言ってくださいね?」
「ありがとう。リアは俺が帰ってくるまで好きにしてて良いからな。お金は幾らか置いておくから」
「そう……ですか。ありがとうございます」
リアは少し寂しげな表情を浮かべると――
「ちなみに……帰って来るのはいつ頃なんでしょうか?」
「ん? 帰ってくる時間は……大体、日付変わってしばらくした頃かな」
「……はい?」
リアは凍り付いたようにピタリと動きを止めていた。
「ええっと……代わりにお仕事が始まるのはお昼からだったり……」
「いや? 普通に朝の8時だよ?」
「……」
リアは唇を噛むと、おもむろに立ち上がった。
「……アスタさんの代わりに、職場に辞表を叩きつけてきます」
「リア!?」
「だって、そんなのおかしいですよ! そんな生活送っていたら仕事以外に何も出来ないじゃないですか! それどころか、睡眠時間も十分に取れませんし……」
「まあまあ、落ち着いてよ。確かに俺もおかしいと思うよ? でもさ……どうしようもないことなんだよ」
「……どうしようもない、ですか? お金でしたら最悪、私がどうにかしますよ?」
10歳の少女が何を言っているんだ……と普通なら思うだろうが、リアだから本当に大金を稼いできそうで怖い。
「ありがとう。けど、そういう意味じゃなくて……俺がやらなきゃ、冒険者ギルドが成り立たなくなるんだよ」
「そういう意味ですか……わかりました」
リアはしばらく考える仕草をした後、渋々といった様子で頷いた。
わかってくれて良かった。
――◇――◇――◇――
「はぁぁぁ……やる気でねぇ……」
俺は山積みになった書類の前で、深い溜め息をつく。
「副ギルマス、週初めですが頑張ってください」
そう言ったのは女性職員のミーナだ。
「ああ……頑張るよ。でも、なんか依頼書がいつもより多くないか?」
「ええっと……昨日だけで2000は来てますね……」
「2000!? いつもの1.5倍くらいあるじゃん……」
「どうやら、最近、モンスターが増えているようで各地から討伐依頼が出てるみたいなんです」
これは長引きそうだなぁ。
俺の仕事の一つは依頼書の確認だ。
依頼内容が犯罪ではないか、報酬が正当な額か、依頼主が危ない人物ではないか……などなど、色々と確認しなきゃいけない。
犯罪や詐欺に冒険者たちを加担させるわけにはいかないからな。
「じゃあ、とりあえず1000はお願いしますね」
ミーナが俺の机の上にドサッと紙の束を置く。
「ずっと思ってたんだけど……確認に副ギルドマスターかギルドマスターのハンコが必要って制度、やめない?」
「無理ですね。ギルドの本部が許してくれません。というわけで……がんばってくださいね」
「うっ……」
俺は渋々、大量の依頼書に向き合い、ハンコを押していく。
「――それにしても……副ギルマス、休日になにかありました?」
すると、ミーナが俺をまじまじと見つめながら、首をかしげた。
「え?」
「なんだか、いつもよりも今日はやけに生気に溢れてる気がするんですよね」
「そんなまさか……気の所為じゃ……」
もしかしたら……リアから元気を貰っているのだろうか?
前世で子供が周りに元気を与える……という話を聞いたことがあるような気がする。
「……もしかして、彼女ですか!?」
「はいっ!? どうしてそうなる!?」
「いやだって、明らかに怪しい間でしたもん! 副ギルマスにもついに春が来たんですね……!」
「いや、誰も彼女なんて――」
「いやいや、恥ずかしがらないでくださいよ~」
ミーナはニヤニヤしながら俺をからかってくる。
くっ……面倒くさい。全然彼女とかじゃないのに……。
「本当に違うよ。神に誓って彼女とかじゃない!」
「えー? じゃあ、どうして今日は元気なんですか?」
「いや、まあ……それは……色々あるんだよ」
「ふぅん……?」
ミーナは訝しむような眼差しで俺をじっと見つめる。
ミーナが恋バナが好きだとは知っていたが、ここまで面倒臭くなるとは思ってなかった。
「さっ、黙って仕事してくれっ! これ以上、面倒くさいこと言ったら副ギルマス権限で減給にするからな?」
「はいはーい。副ギルマスはつまらないですねぇ」
俺は彼女の気の抜けた返事を聞いて、溜め息をつくのであった。
絶対にミーナにだけはリアのことをバレないようにしよ……。
――◇――◇――◇――
「疲れた……」
俺は街灯もない夜道を歩きながら、小さく溜め息をついた。
結局、他の仕事も入り、帰路についたのは深夜1時。
リアには強がったが、やっぱり仕事やめてえ……。
「さて……リアはもう流石に寝ているかな」
家に着いた俺は静かに扉を開ける。
すると、当然ながら部屋の明かりは消えていた。
「良かった、ちゃんと寝てる……」
俺は安心して電灯のような魔道具のスイッチを押すと――
「……すぅ……すー……」
――リアが机に突っ伏して寝ていた。
もしかして……俺のことを待とうとしてくれていたのか?
「……ありがとうな」
リアをこのまま寝かせるわけにもいかないので、俺はそっとリアの腰に手を回し、お姫様抱っこのように抱き上げる。
そして、ゆっくりとベッドへ運び――
「ん……あれ……アスタさん……?」
しかし、ベッドに寝かせる寸前でリアが目を覚ました。
「あ~……り、リア……おはよう」
「アスタさん……ようやく帰ってきたんですね。こんな真夜中までお仕事していたなんて……」
リアは俺の服の袖をガシッと掴み、強い不安が籠もった瞳を向けてくる。
「悪い……これも仕事だからさ」
「……そうですか」
リアはしばらく、何かを考える仕草をした後――
「――決めました」
突然、小声で何かを言った。
「え? どうかしたのか……?」
「……何でもありませんよ。でも……帰るのが遅かった代わりに、私が寝るまで隣に居てくれませんか?」
リアは寂しそうに俺を上目遣いで見つめる。
「っ……わかったよ。リアが眠るまでだからな?」
「はいっ……! やった……!」
俺はリアを寝かせると、ベッドに座った。
すると、リアが俺の手を握ってきた。
「……アスタさんの手……やっぱり、温かいです」
「そ、そうか?」
「はい……誰の手よりも温かくて……安心します」
リアはじっと俺の手を見つめると、「ふふっ」と小さく微笑んだ。
しばらくすると……彼女の瞼は閉じ、安らかな寝息が聞こえてきた。
「……寝たか」
俺が寝室から出ようとした時。
「――アスタさんのことは絶対に私が幸せにしますからね」
寝ているはずなのに、そんなリアの声が聞こえてきた気がした。
そして数日後――予想外の事が起こった。




