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第七話 格の違い

海で、息をする。七話です!今回は突如として現れた謎の影と戦います!

【前回あらすじ】

リンネットとその他五人とBクラスのレヴィアタンを討伐する任務を受けた潮斗は、適正値が乱れて本領発揮が難しくなっていたが、無事に討伐できた。あとは帰るだけ、そのはずだった……

「今すぐここから逃げろ!」


一等兵の声が、水の層を切るように鋭く響いた瞬間、空気ならぬ水圧が一段と変わった。推進器の残響が途切れ、周囲の粒子が一斉に舞い上がる。次の瞬間、大きな影が落ち、砂煙が濃く巻き上がった。水の色が一瞬、濃く沈む。


視界が戻ると、そこにいたのは――これまで見たどの個体とも違う姿だった。ヒレが異様に発達し、腕のように伸びたそれは、四足で海底を蹴り、巨体を支えている。呼吸すらできないほどの圧が、胸を押し潰すように襲う。


「くそ! コイツはSクラスのレヴィアタンだ! お前ら今すぐ逃げ――」


一等兵が叫んで突進した。護衛として、指揮として、真っ先に仲間を守るべき人が前に出るのは当然のことだ。だが、彼が刃を振るった瞬間、無情な現実が示された。


刃が――弾かれる。


刃先が鱗に触れた感触はあった。だが刃は鱗の表面で跳ね返され、刃筋は滑るように逸れた。鉄と生体が直接ぶつかる“感触”が、俺の腕を伝って逆流する。刃が通らない。力が通じない。


「くそ……くそ! 適正値が……!」

一等兵が叫ぶ。だがそれは最期の言葉になった。次の瞬間、上半身が、文字通り、消し飛んだ。


水の中に、体の断面が残らないほどに一瞬で断たれた。音があるはずなのに、それが抜け落ちるような感覚。大きな肉塊が舞う前に、水圧が弾け、そして静寂だけが洪水のように押し寄せた。仲間の顔が、次々と青ざめる。


理由は単純で、残酷だった。実力が足りなかったのではない。アロンダイトが、アロンダイト適正値が――乱れていたのだ。共鳴が狂っている。武器はただの金属の棒と化し、刃は生物の本能に跳ね返された。


「う、うわぁぁあああ!」

恐怖が、空気ならぬ水を震わせた。三等兵の一人が、パニックに飲まれるように銃を抜き乱射する。だが、彼の持つ銃型アロンダイトは、そもそもSクラスを相手に想定された物ではない。過剰な振動と共鳴のズレが彼をさらに狂わせる。


銃声のように聞こえるのは、実は推進器と金属の打撃音が混ざっただけで、真の打撃は届かない。弾が鱗を削ることはなく、ただ砂を巻き上げるばかりだ。次の瞬間、彼の叫びは断ち切られ、海中に重い沈黙だけが残った――喰われた。


「嘘だろ……」

その言葉は、俺の唇を震わせるほどの絶望を引き起こした。自分の内側が、冷たい闇に沈んでいくのを感じる。頭の中で何かが「絶望」を定義し直す。これまでに感じた敗北や悔しさとは違う規模の、世界そのものを否定されるような重さだ。


だが、その絶望の淵で、リンネットの声が突如として鋭く響いた。


「皆んな! 冷静になって! 今は生きることだけを考えて!」


彼女の声は命令でも叱責でもない。生き残りを最優先とする現場の鉄則だ。短く鋭いその一言に、俺たちは一瞬で現実に戻される。流石だ――脳裏にそういう感嘆が不意に浮かんだが、考える暇もない。


リンネットは刃を構えながら味方の側を確認している。血で汚れた水の色が、彼女の視線の奥で反射する。あの人が、ここにいるからまだ可能性はあるのだと、俺は無意識に思った。


「潮斗くん、姿勢を低く! 斬りかかって来る瞬間に腰を引かないで!」と、リンネットの指示が飛ぶ。だが、その声の裏には、昨日と違う諦観が漂っている。彼女もまた、完全な勝利を信じているわけではない。ただ、仲間を一人でも多く生かすために動く。それが彼女の選択だ。


俺は大剣を握りしめる。手のひらに伝わる冷たさは、いつもより重く感じる。脚は震え、呼吸は浅くなる。だが、震えながらも体は反応する。仲間を守るため、守りたいから立つ。理屈ではなく、本能で立つ。


二等兵たちも、散開しながら構えを取る。緊迫の波が、五人の周囲に薄く立ち上る。だが、その眼差しは決して恐怖だけではない。いや、恐怖は確かにある。だが、それ以上に「やらなければならない」という覚悟が光っている。


リンネット先輩を中心に、こちらは一斉に攻撃を仕掛けた。だが鱗に刃が食い込む気配は、まるでゼロだった。


「効かねぇ……へへ、流石はSクラスだな」


緊張の糸が一瞬だけ緩むかに見えた二等兵の侃侃諤諤が、水流の隙を作してしまった。


「ダメ! 隙を見せないで……」


リンネットの声が、優しさを帯びながら鋭く響く。潮のような声が俺の耳を刺し、思考の焦点が戻る。しかしその瞬間――悲鳴が上がった。


腕が、遠くへ飛んだ。


「ぁがぁぁぁぁ!! ぁああ!」


二等兵の声が水中に金切り音のように広がる。彼の左腕はレヴィアタンの一撃で吹き飛び、血の代わりに濁った水が周囲を赤く染めた。俺は目がくらむ感覚に襲われる。痛みと恐怖が同時に襲い、吐き気が胸にわく。


「マイク!」


別の二等兵の叫びが、隙を生む隙をまた生んだ。瞬間、レヴィアタンの太い腕が一閃し、そのままもう一人の二等兵へ向かう。だが彼は間一髪でアロンダイトで受け止めた——かに見えたが、音と振動が違っていた。防いだはずの衝撃が胸へ刺さり、肋骨の数本がミシリと音を立てて折れる。


「うっ……!」


彼は水中で吐息を漏らし、目を白くした。戦闘の代償は即座に明らかになった。


「二等兵が一瞬で……」


俺の声は震え、言葉にならない。だがリンネットは判断を曇らせない。


「諦めないで! 時間さえ稼げば……」


リンネットが再び前に出て、畳み掛けるように攻撃を続ける。彼女の刃が水を斬り、鱗を狙うが、その刃はまるで厚い壁に触れているかのように跳ね返る。隙を見つけては攻め、しかし効果は薄い。俺はただ、彼女の背中を頼りに立っている。


だが人間の体力に限界はある。リンネットの動きに微かな遅れが生じた。足が砂地に引っかかる。筋肉が悲鳴を上げる。


「はっ!」


瞬間的に防御体勢を取った彼女だったが、次の一撃は想像以上に強烈だった。ブロックはしたはずなのに、全身が水の反発を受けて吹き飛ばされ、硬い岩に叩きつけられてからだが滑り落ちる。彼女は沈むように倒れ、薄く痛みで顔を歪めた。


「リンネット先輩!」

だが周囲を見渡せば、戦えるのは俺だけだった。もう一人の三等兵はどこかへ消えている——恐らく生き残るために散ったのだろう。残るのは五人。二人は死に、三人が瀕死。戦況は壊滅的だ。


身体の奥が冷たくなる。だが、目の前に倒れているリンネット先輩の姿を見て、理性が叫ぶ前に反射で動いた。


「ダメ! 逃げて!」


リンネットの声が、割れそうに響く。彼女は腕を伸ばし、俺をじっと見ていた。優しさの中に鋭さが光る。だが俺の答えは既に体に乗っていた。


「嫌です! また命令違反ですが……それでも!」


言葉は震え、胸が張り裂けそうになる。だが、叫んだ瞬間、俺の中の何かが固まった。脚は震え、腕は冷たいが、心は燃えている。守るものを放して逃げることなどできないのだ。


その刹那、視界の端で――もうひとつの影が落ちた。


水の流れが一瞬、逆転するかのように歪んだ。大気のない海中で、圧の変化が指先の感覚を鋭くさせる。それはスピードというより、水そのものが裂けるような反応で現れた。砂煙が舞い上がり、濁流が渦を作る。


「皆んな…来たよ…」


淡く、でも確かな声が砂煙の向こうから届いた。声は優しく、子どもを呼ぶ親のような響きがあった。その声だけで、何か重たいものが胸に落ちる。


砂煙が晴れて、そこに立っていたのは人の形をした影だった。だが、その姿が放つオーラは人のそれを越えていた。短く切られた黄色の髪、その根元から覗く水色のインナーカラーが、HmO₂の光を受けて淡く煌めく。白を基調にした装甲は聖騎士めいた佇まいで、縁に施された黄色と水色の彩りが静かに目を引く。肩からは水色のマントが垂れ、ゆっくりと水の波を映していた。


「アーサー……?」


震えるようにリンネットが名を呼ぶ。床に横たわりながらも、彼女は必死で上体を起こし、目を見開いた。


次の瞬間、レヴィアタンが大きく振り下ろす。水中に生まれる波紋が、刃先を迎え撃つ。だが――その一撃は、当たらない。


水を裂く音が遅れて届き、俺が気づいた時には、レヴィアタンの巨体が横一文字に静かにずれていた。光の反射が一瞬変わり、鱗の継ぎ目が露出する。アーサーの姿は、水流の中でほんの一瞬だけ確立され、次の瞬間にはもう刃が振られていた。


一撃。静かで、何の誇示もない一撃だ。刃は鱗を縦に裂き、巨体を横半分に突き刺す。レヴィアタンの上半身は、まるで紙を切るように水の中で分かれ、ゆっくりと力を失って沈んでいった。水の層に、静かな断面が生まれた。


その光景を前に、俺は言葉を失った。


「……強い」


それしか出てこなかった。言葉にならない敬慕とあまりに遠い力の前で、舌が固まる。肋骨を砕かれた二等兵の一人が、震える声で呟いた。


「……さすが円卓の騎士だ。格が……桁違いだ……」


アーサーは何も言わず、ただ背を向けて去ろうとした。その歩幅に無駄はなく、存在自体が静かな結論を示していた。


とっさに、俺は叫んでいた。


「待ってください!」


彼が振り返る。胸の奥に溜めていた言葉が、考える前に口をついて出た。


「俺でも……! 貴方みたいに、強くなれますか!」


一瞬、アーサーの目が驚きで見開かれた。だがそれは僅かで、すぐにあの柔らかな微笑みが戻る。


「あぁ……もちろんだよ」


その一言は、重くも軽くもない肯定だった。次の瞬間には、彼の姿は水の反応に溶けるように消えていた。人の速度とは思えない速さで、ただ遠ざかっていく。


砂煙が収まり、残るのは瓦礫と呻き、そして生き残った者たちの荒い呼吸だけだった。リンネットが痛みに顔を歪めながらも、潮のように落ち着きを取り戻そうとしている。俺は深く息を吸い、震える手で剣を握り直した。目の前にできた「差」を胸に刻み、いつかその背中に追いつけると、ただ一心に誓った。


【エピローグ】

Sクラス・レヴィアタンを討ち、誰にも告げずその場を去ったアーサーは、海中に聳える断崖の縁に立ち、ゆっくりと流れる水の景色を眺めていた。揺れる水、遠くを漂う光、静寂。さきほどまでの死闘が嘘のように、世界は穏やかだった。


その背後で、水を押し分ける重い気配がひとつ。

振り返らずとも、誰かは分かっている。


「どうしたんだ?アーサー」


低く、落ち着いた声。

特等兵――円卓の騎士 第二位、ランスロット。


「なにか思いに浸ってるようだが」


アーサーはゆっくりと息を吐くように、微笑んだ。


「あぁ、ランスロット。そうだね……少し、思い出してただけさ」


そう言って、彼は振り返る。水色のマントが、静かに揺れた。


「私が、君に初めて会った時のこと……覚えてる?」


その問いに、ランスロットは即答した。


「もちろんだ」


短く、だが迷いのない返事だった。アーサーはどこか懐かしそうに目を細める。


「あの時に言った言葉をね……

 今日、まったく同じ言葉で言われたんだ」


「ほう?」


「『俺でも、あなたみたいに強くなれますか』って」


一瞬の沈黙。次の瞬間、ランスロットが声を上げて笑った。


「ハハッ!

 あのセリフを、そのまんまか!そりゃ笑えるな」


「ちょっと、そんなにバカにしなくていいでしょ。ランスロット」


アーサーも、つられるように小さく笑う。断崖の向こうで、水が静かに流れていく。


「……でもさ」


アーサーは再び、景色へと視線を戻した。


「あの目は、本気だった。

恐怖の中でも、逃げなかった」


ランスロットは、その背中を見つめながら、ゆっくりと言った。


「また一人、面倒なのが増えそうだな」


「ふふ……そうかもしれないね」


どこか嬉しそうに、アーサーは笑った。円卓の騎士が歩んできた道の、その“始まり”が、確かに――あの場所に重なっていた。

海で、息をする。七話はどうでしたか!世界に12人しか居ない円卓の騎士…その第一位が登場しましたね!ついでに二位も。今後もこのような円卓の騎士が登場しますので楽しみにしててください!もし面白いと感じたら感想や評価をいただけると励みになります!

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