第二十七話 長期休暇一日目
お久しぶりです!しばらく投稿を休んでましたが、今日から不定期ですけど投稿するようにします!
海で、息をする 二十七話です!
「ふわぁぁ……」
休日一日目は、潮斗の深い欠伸から始まった。
ゆっくりとベッドから起き上がり、カーテンを開ける。窓越しに差し込む海中の淡い光に目を細めながら、キッチンへ向かった。
豆を挽く。
ザラリ、とした手応えと共に、香ばしい匂いが立ち上る。
(こういう静かな時間、嫌いじゃない)
挽いた粉を湯通ししたフィルターへ入れ、静かにお湯を落とす。
ジョボボボ……と、細く注ぐ湯の音が、誰もいない部屋に溶けていく。潮斗は高校時代、外縁の喫茶店でアルバイトをしていた。その時に教わった淹れ方を、今も律儀に守っている。
まずは少量の湯で蒸らす。粉がふわりと膨らむのを待つ。
それから、九十度前後のお湯を「の」の字を描くように、三、四回に分けて丁寧に注ぐ。豆の挽き方、フィルター、湯の温度、注ぎ方――どれか一つ違えば味は変わる。コーヒーは、思っているよりもずっと繊細な飲み物だ。
最後の一滴が落ちきるのを待ち、フィルターを外す。
お気に入りのマグカップへ注ぎ、立ち上る湯気を静かに眺めた。
「いただきます……」
一口。
苦味の奥にある、ほんのわずかな甘み。それが、こびりついた戦場の血と硝煙の匂いを少しだけ遠ざけてくれる。
この世界のコーヒー豆は、木の実ではない。海藻にできる“種”から作られている。
ホーブアルブァー――そう呼ばれる深海性の海藻だ。
細長い葉の先端に、真珠のような硬い種子を実らせる。それを乾燥させ、焙煎し、砕くことで、あの独特の香りが生まれる。かつて地上にあったというコーヒーとは起源が違う。だが人は、沈んだ世界にあっても、苦味の中に安らぎを見つける生き物らしい。
ホーブアルブァーを栽培する村も少なくない。潮流の安定した海域で、丁寧に育てられた海藻は高値で取引される。焙煎の仕方次第で、香りも味も大きく変わる。浅煎りは塩味を帯びた爽やかな酸味。深煎りは、わずかに磯の香りを含んだ重い苦味。
潮斗が飲んでいるのは中深煎り。苦味の奥に、ほんの少しだけ甘さが残る。それが、彼の好みだった。
ホーブアルブァーは、特別な嗜好品ではない。庶民も飲むし、兵士も飲む。
だが――同じホーブアルブァーでも、価値は大きく違う。潮流が安定し、栄養塩が豊富な地形で育ったものは、粒が大きく香りも深い。逆に、栄養の乏しい海域で育ったものは、苦味が強く香りも荒い。
さらに、種子の収穫量が極端に少ない希少品種もある。そういったものは高級店や中央区で扱われ、円卓クラスの士官が口にすることもあるという。
潮斗が今飲んでいるのは、ごく普通の等級の大量栽培品だ。喫茶店時代に覚えた淹れ方で、少しだけ味を底上げしているに過ぎない。
――同じ種でも、育つ環境と手のかけ方で価値は変わる。
(どこか、俺たちにも似ているな)
そんなことをぼんやりと考えていると。
ブルルルルルル……。
静寂を裂くように、スマートフォンが震えた。湯気の立つマグカップを手にしたまま、潮斗は眉をひそめる。
「……朝からなんだ?」
リビングのテーブルに置いてあった端末を手に取る。表示された名前を見て、さらに顔をしかめた。
「隼人?」
(なんだ……? でも、嫌な予感しかしねぇ……)
通話ボタンを押す。
『うお! 潮斗! おはよう!! 今日ヒマだろ!? 遊びに行かね!?』
鼓膜を叩く大声。
「っ……!」
思わず端末を耳から離す。マグカップが傾き、危うく中身をこぼしかけた。
「朝からうるせぇ……」
文句を口にしつつも、その騒がしさが妙に安心感をくれるのも事実だった。つい数日前まで、命のやり取りをしていたとは思えない。
それでも。(……本当に、それだけか?)
理由のない胸騒ぎが、ほんの一瞬だけよぎる。
隼人の声量に危険を感じ、潮斗はマグカップを机へ戻した。
「遊びにって……もう疲れ取れたのか? てか、行くとしてもどこだよ」
『流石に取れてねぇよ。俺はアルティ准特等じゃねぇんだからな』
電話越しに笑い声が弾ける。
『あの人マジで化け物だろ。昨日まで松葉杖だったのに、もう歩幅デカくなってたぞ』
「聞こえたら殺されるぞ、それ」
苦笑しながら、潮斗はソファに腰を下ろす。
『それでだな。その疲れを癒しに行こうってわけだ。ひとりだと虚しいだろ? だからお前を選んだ!』
「選んだ、ってなんだよ……」
『光栄に思え。ちゃんと考えてる。今日は“静かなとこ”だ』
その言葉に、潮斗は少しだけ眉を上げる。
(静かなとこ、ね……)
さっきまで味わっていたコーヒーの余韻が、まだ口の奥に残っている。
「で? 具体的には?」
『着いてからのお楽しみだ!』
「怪しいな……」
だが、嫌な予感はない。ただの、騒がしい友人の誘いだ。数日前まで命を懸けていたとは思えないほど、平和な朝。潮斗は小さく息を吐いた。
「……わかったよ。三十分くれ」
『よっしゃ! じゃあ迎え行く!』
通話が切れる。部屋に再び静寂が戻る。だがさっきとは少し違う。どこか、胸の奥がわずかにざわついている。
理由はわからない。ただ――物語は、まだ終わっていない。そんな気がした。
コーヒーを飲み干し、潮斗は立ち上がった。
「本当に急な奴だな……」
小さくぼやきながら着替え、装備ではなく私服を選ぶ。ベルトにアロンダイトの重みがないだけで、体が妙に軽い。準備を終え、玄関へ向かう。
ガチャ……。
ドアを開けた瞬間。
「よ!」
そこには、満面の笑みの隼人が立っていた。潮斗は一瞬、固まる。
「……俺、部屋教えたっけ?」
「聞いた!」
隼人は悪びれもせず胸を張る。
「『親友なんです』って言ったらな、すぐ教えてくれたぜ? あの受付のおばちゃん」
ニヤニヤとした顔。潮斗は額に手を当て、小さく息を吐いた。
「それ絶対盛ってるだろ……」
「盛ってねぇよ。ちょっと感動エピソード足しただけだ」
「それを盛ってるって言うんだよ」
二人の間に、戦場では聞けなかった種類の空気が流れる。軽い。温い。平和だ。
だが。
(……本当に、ただの休日なんだよな)
自分でも理由のわからない違和感を、潮斗は心の隅に押しやった。
「で、どこ行くんだ?」
隼人はにやりと笑う。
「海藻公園。今日は波が穏やかでな、ホーブアルブァーの花が見頃らしいぜ」
「あそこか」
潮斗は小さく頷いた。アトランティス海藻公園。都市区画の一角を丸ごと使い、様々な海藻が植えられているアトランティス内で最も広い公園だ。全部で三つしかない海藻公園の中でも、ここは規模も種類も別格だった。季節ごとに色が変わり、品種によっては発光するものもある。市民の憩いの場であり、観光客も訪れる名所だ。
「そうだ! 目的地言ったんだから、さっさと行くぞ!」
隼人が勢いよく腕を掴む。
「うおっ!」
不意を突かれ、潮斗は一歩よろめく。
「引っ張るなって……!」
「のんびりしてたら混むぞ! 今日は見頃なんだ!」
隼人に半ば連行される形で、二人は廊下を進む。休日の住宅区は静かだ。戦闘の緊張も、警報も、怒号もない。ただ、穏やかな海流が建物の外壁を撫でているだけ。
(……悪くないな)
潮斗はそう思いながら、足を速めた。
海藻公園は、想像以上に賑わっていた。
色とりどりの海藻が揺れ、光を反射して柔らかく輝いている。子供たちの笑い声と、屋台の呼び込みが重なり合う。
「ほらな? 早く来て正解だったろ?」
隼人が胸を張る。
「この混み具合は……確かにそうだな」
潮斗は小さく微笑み返した。
今日はホーブアルブァーの旬。期間限定の焙煎や希少種の販売もあるらしく、公園内には即席のコーヒー屋台がずらりと並んでいる。
「今はホーブアルブァーが旬だからな。コーヒー屋台も多いはずだ。カフェイン中毒者にはたまらん日だな!」
隼人が横目で見る。
「誰が中毒者だよ」
笑いながら、潮斗は軽く肩を叩いた。二人でゆっくり歩いていくと、焙煎機の並ぶ一角が見えてくる。
ジュウ……と豆が炒られる音。挽きたての粉に湯が落ちる音。立ち上る、ほろ苦い香り。
「すげぇ匂いだな」
「“いい匂い”って言えよ。それじゃ臭いみたいだろ」
「すまんすまん。じゃあ先頭はコーヒーに詳しい潮斗だな!」
隼人は当然のように潮斗の後ろに立つ。
「いや、俺はただ好きなだけで――」
「好きなら詳しいだろ?」
にやついた横顔。「偏見め……」と言いながらも、潮斗は自然と屋台の豆を見比べていた。粒の大きさ。焙煎の色。香りの立ち方。
(……この店、悪くないな)
気付けば、足は一軒の屋台の前で止まっていた。
「この豆……」
潮斗の視線が、屋台の奥に控えめに置かれた一袋で止まる。深い群青色の殻。ほのかに金の斑点が浮かぶ、明らかに他とは違う豆。
「お? 兄ちゃん若いのにセンスいいねぇ!」
店主が身を乗り出す。
「そいつはな、希少種だ。普段は上層区の連中が回してる代物さ。だが今回は“特別”に屋台で出してる。どうだい? 高いけど、飲む価値は保証するぜ」
“特別”という言葉に、潮斗はわずかに眉を動かした。
「……じゃあ一杯だけ」
「毎度」
手際よく挽かれ、ゆっくりと抽出される。立ち上る香りは、さっきまでとは別格だった。甘みのある香ばしさに、ほんのり塩気のような後味が混じる。店主が紙カップを差し出す。
「1500円ね」
「……1500円」
思わず復唱してしまう。一瞬、躊躇。だが、潮斗は財布から金を出した。
カップを受け取る。湯気が、ゆらりと揺れる。
ひと口。
――濃い。
だが苦味だけじゃない。海藻特有のほのかな甘さが、後から静かに広がる。
(……なるほどな)
「おい? 俺の分は?」
後ろから隼人が不満そうに顔を出す。潮斗は無言でカップを差し出した。
「半分こだ」
「ケチ!」
「1500円だぞ」
「うっ……」
隼人は観念したように受け取り、一口飲む。
目が丸くなる。
「……なんだこれ。うまっ」
潮斗は少しだけ得意げに笑った。その瞬間、周囲の喧騒がやけに遠く感じられた。穏やかな休日。湯気の向こうで揺れる海藻。隣で文句を言いながらも笑っている友人。
守るべきものは、たしかにここにある。
「もうちょっと回ってみるか」
潮斗の目は、完全に火がついていた。
「そうこなくっちゃ!」
隼人は満足げに笑い、後ろをついていく。
屋台は思った以上に奥が深かった。
山間部で育てられた豆は、輪郭がはっきりしていて酸味が強い。低地で育った豆は、まろやかで重い。陽光をたっぷり浴びた豆は華やかに香り、洞窟で見つかったという希少種は、どこか湿り気を含んだ独特の甘みがある。
潮斗は一杯ごとに真剣な顔で味を確かめる。
隼人はというと――
「……もう無理だ」
額を押さえ、ふらついた。「コーヒー飲み過ぎて頭痛い……」
「大丈夫かよ?」
潮斗は近くの自動販売機で、念のために買っておいた水を渡す。
「水飲んで休んどけ」
「サンキュー……」
隼人は一気に飲み干し、深く息を吐く。
「まさかカフェインの対処法がアルコールと一緒だったとはな……」
「酒に関しては対処になってないだろ」
即座にツッコむ潮斗。隼人は「確かに」と笑いながら、ベンチにどさっと座った。周囲では、家族連れが写真を撮り、若い兵士たちが笑い合い、遠くではホーブアルブァーの花がゆっくりと揺れている。
潮斗は紙カップを見つめる。
(……飲み過ぎたかもな)
隼人がぐったりとベンチにもたれかかっていると――
「きゃっ!」
乾いた音と共に、目の前で小さな影がつまずいた。紙袋が宙を舞い、コーヒー豆が石畳に散らばる。
「うわっ!」
潮斗は反射的に立ち上がった。転んだのは、年の頃は二人より少し下に見える少女だった。淡い色の髪が水流に揺れている。
「あ……す、すみません……!」
慌てて豆を拾おうとするが、袋は破れ、中身はほとんど外へ出てしまっている。
「待て待て、手伝う」
潮斗はしゃがみ込み、豆を拾い集める。隼人も頭痛を忘れて立ち上がった。
「こんな量、ひとりじゃ無理だろ」
「で、でも……」
少女は戸惑ったように視線を泳がせる。潮斗はふと、豆に目をやった。
――あの“特別”と同じ種類。
「これ、高いやつだろ」
「……はい」
少女は小さく頷く。「大事なものだったんです」
隼人は笑う。
「じゃあ尚更ほっとけないな」
拾い終えた豆を、潮斗は自分の買った空袋に入れて差し出した。
「完全には戻せないけど、これで足りるか?」
少女は一瞬、驚いたように目を見開いた。それから――
ふっと、柔らかく笑った。
「……ありがとうございます」
その笑顔は、どこか凛としていた。ただの市民とは違う、芯の強さが一瞬だけ覗く。だが二人は気づかない。
「気をつけろよ」
「今度は転ぶなよー」
少女は軽く会釈すると、人混みの中へ消えていった。潮斗はなんとなく、その背中を見送る。
「……なんか、変な感じの子だったな」
「美人だったな」
「お前それしか言わねぇのか」
笑い声がまた戻る。
だが――
少し離れた場所。少女は立ち止まる。
散らばったはずの豆の欠片が、指先で静かに消えていく。
その瞳は、先程とはまるで違う光を宿していた。
円卓の騎士、十二位。エイレン。
「……接触成功」
小さく呟く。そして視線を、潮斗へ向けた。
コーヒー豆の袋を両手いっぱいに抱えた少女は、足音を抑えながら廊下を進む。
目的地はTWC研究部。
扉が静かに開く。
「戻りました、アグラヴェイン」
その声は無機質。しかし呼吸はわずかに速い。
視線の先に立つのは、円卓の騎士第十一位、アグラヴェイン。
「状況報告を、エイレン」
呼ばれた少女――エイレンは一歩前に出る。
「目的の人物と接触しました……」
その人物。潮斗。
報告は簡潔。無駄はない。だが。
アグラヴェインの視線が、すっと横に逸れる。
「待て。その袋は?」
エイレンの腕に抱えられたコーヒー豆。任務報告には不要。作戦にも無関係。
ほんの一瞬。エイレンの思考が止まる。
0.2秒。誤差の範囲。でも彼は気付く。
「……任務に不要な物資だ」
声は冷静。しかし問いの本質はそこじゃない。
なぜ買った? 誰のために?
エイレンの喉がわずかに動く。
「……嗜好品です」
嘘ではない。でも本当でもない。
「……そうか」
アグラヴェインの声は平坦だった。感情の揺らぎはない。視線は一瞬だけコーヒー豆の袋に向けられ、すぐにエイレンへ戻る。
「状況報告を続けろ」
命令。ただそれだけ。
「はい……」
エイレンはわずかに間を置いて答える。抱えていた袋を足元に置く。布が擦れる音が、やけに大きい。
「対象・潮斗。接触成功。警戒度は中程度。思想傾向は未確定――」
声はいつも通り。抑揚はない。だが、ほんの僅かに呼吸が乱れている。
アグラヴェインはそれを記録する。0.1秒の沈黙。0.3秒の視線移動。声帯振動の微差。
だが何も言わない。
報告が終わる。部屋に沈黙が落ちる。研究機材の低い駆動音だけが響く。
そしてアグラヴェインは淡々と告げる。
「引き続き観察を続行。独断行動は許可しない」
命令は正しい。論理的だ。エイレンは頷く。
「了解しました」
だが視線は、一瞬だけ足元の袋へ落ちる。その仕草もまた、彼は見ている。だが――触れない。
「では、失礼します」
エイレンが踵を返す。
その瞬間。
「それは置いていけ」
アグラヴェインの声が、静かに落ちた。
0.4秒。エイレンの動きが止まる。振り向く。視線が合う。
理由は告げられない。説明もない。ただ命令。
エイレンはゆっくりと歩み寄り、袋を机の上に置いた。
布の擦れる音。やけに小さく、やけに重い。
「……失礼します」
今度こそ、扉が閉まる。研究室は再び静寂に包まれる。
廊下。
ドアの前で立ち止まるエイレン。自分の胸に手を当てる。
「……体温上昇。心拍数増加」
解析。数値化。異常の切り分け。「原因不明」
ほんの一瞬、まぶたが伏せられる。そして歩き出す。足取りはいつも通り。
しかし内部では、まだ数値が下がらない。
そして研究室。
アグラヴェインは机の上の袋を見る。触れない。ただ、見る。
数秒。やがて椅子に座り、静かに呟く。
「……不要な変化だ」
だが処分はしない。袋はそこに置かれたまま。
夕暮れの街。
「もう大丈夫か?」
潮斗が隣を歩く隼人を見る。
「ああ……頭痛は治った」
隼人はこめかみを押さえながら苦笑する。コーヒーの飲み過ぎだ。
「てか、お前もすごい買ったな」
視線が潮斗の胸元へ向く。両手いっぱいのコーヒー豆。袋、袋、袋。
「いや〜、いい買い物した」
潮斗は本気で幸せそうな顔をする。それを見て隼人が吹き出す。
「目の前で転んだ女の子より持ってねえか?」
「俺は転ばねぇよ」
笑い合う。何の計算もない。何の記録もない。ただの会話。
しばらく歩いたあと、潮斗が少しだけ真面目な顔になる。
「……てか、ありがとうな。連れて来てくれて」
隼人は一瞬きょとんとする。
「なんだよ急に……恥ずいな」
照れたように目を逸らす。けれどすぐ、口角が上がる。
「潮斗が楽しそうで良かったわ」
その言葉は軽い。でも、嘘はない。潮斗は少しだけ目を伏せて、また笑う。
「……そっか」
コーヒー豆を抱えたまま、二人は潮斗の家へ戻る。
「ただいまぁ〜」
鍵を開けるなり隼人が先に入る。続いて潮斗も、「ただいま」と部屋に入る。
すると隼人が振り返って、にやっと笑う。
「おかえり」
「お前の家じゃねぇだろ」
潮斗が呆れた顔をする。
「まあ、友の家は俺の家って言うじゃん?」
「いや言われねぇよ。なんだそれ?」
軽いツッコミ。空気が柔らかい。
「よいしょ……」
潮斗は机の上にコーヒー豆の袋をどさっと置く。袋が積み重なって小さな山になる。
「なぁ潮斗?」
隼人が急に真面目な声を出す。
「今日泊まっていいか?」
「はぁ? なんで?」
「だって疲れた〜」
言いながら、勝手にソファへ沈み込む。深く、気持ちよさそうに。
「このソファいいねぇ」
「勝手にくつろぐなよ……」
潮斗は呆れつつも、本気で追い出す気はない。しばらく沈黙。部屋に生活音がある。冷蔵庫の低い音。窓の外の遠い車の音。
「……まあ、いいけど」
潮斗が小さく言う。隼人は目を閉じたまま、口角を上げる。
「さすが親友」
「その言い方やめろ」
でも、潮斗の声も少し嬉しそうだ。
「……もう夜か」
潮斗がカーテンの隙間から外を見る。街灯だけが光っている。
「こーんな夜中に人をひとりで帰させるほど冷酷じゃないよな? 潮斗?」
ソファに寝転んだまま、隼人がニヤニヤする。
「今すぐ出て行かせることもできるぞ?」
潮斗も負けじと笑う。
「へいへい」
隼人は大げさに両手を上げて立ち上がる。
「風呂入っていいか? もうクタクタだ」
「本当に自分の家みたいに扱うな……別にいいよ」
「サンキュ〜」
廊下へ向かいながら、隼人が振り返る。
「そうだ、お前も一緒に入るか?」
「誰が入るかお前と!」
即答。間髪入れず。
隼人は爆笑しながら風呂場へ消える。潮斗は深くため息をつく。
「……なんであいつあんな元気なんだよ」
一人になったリビングで、潮斗は小さく呟いた。
でも、その口元は少しだけ緩んでいるのだった。
海で、息をする。二十七話はどうでしたか?もし面白いと思ったら感謝と評価をいただけると励みになります!この物語はまだまだ序章ですので、また見返せるようにブックマークの登録をお願いします!次回も休暇回です!




