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第二十六話 余熱

海で、息をする。二十六話です!今回は平和な回です!

【前回のあらすじ】

崖崩れと海賊の待ち伏せにより、戦場と化した海底採掘現場。激闘の末、重傷を負いながらも踏みとどまるアルティの前に、ラエナンジ海賊団幹部ヴェスティスが現れる。倒れたヴァルドを回収し、撤退を図る海賊たち。


だがその瞬間――海底を震わせる衝撃とともに現れたのは、円卓の騎士・第三位ガウェイン。


ヴェスティスは撤退と引き換えに“置き土産”を投下する。鉄箱から解き放たれたのは、推定Sクラス相当のレヴィアタン。満身創痍の部隊に、さらなる災厄。しかしガウェインは逃げない。拳に装着するカタール型アロンダイトを展開し、単身で怪物へ踏み込む。


一撃目、二撃目、三撃目――それは布石。

そして四撃目。


《クアルト・テンポール》発動。


四度目の斬撃にのみ解放される“絶対切断”が、巨体を正中から両断する。Sクラス相当の怪物は、わずか四撃で沈黙した。圧倒的な実力を前に言葉を失う兵士たち。ガウェインは静かに告げる。


「終わった。撤収しろ」


こうして戦場は鎮圧された。だが、任務情報の漏洩という不穏は残されたまま――。円卓第三位の“後始末”が刻んだ四撃は、潮斗たちの初長期任務に、あまりにも鮮烈な爪痕を残したのだった。

Sクラス相当のレヴィアタンが沈み、戦場にはようやく静寂が戻った。討ち取ったのは円卓第三位、ガウェインだが、余韻に浸る余裕は誰にもなかった。


あちこちで兵士が呻き、安堵の息が漏れ、膝を折る者もいる。

「ようやく終わったぁ……」と、隼人は力尽きたように座り込む。初めての長期任務を終えた疲労が、全身を落ち着かせていく。


背後からからかうように呟いたのは潮斗だ。


「情けねぇなあ」


「いや情けなくないだろ? 俺だっていっっぱい、頑張ったんだからよ」


少しむきになって言い返す隼人。

潮斗は一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。


「それもそうだな」


そのとき、医療スタッフの声が場を引き締める。

「担架を持ってこい!」──血に染まった准特等兵、アルティが急ぎ医療テントへ運ばれていく。ヴァルドとの死闘の代償は大きく、誰もが言葉を失った。


「……あの准特等、凄かったな」


隼人がぽつりと言えば、潮斗も静かに頷く。勝利の影にある砕けた武器、削られた命。それでも彼らの胸にはまだ熱が残っている。


戦いは終わった。だが、「強さとは何か」「正義とは何か」という問いだけが、海底の砂とともに静かに舞い続けていた。


「そういえば、なんで円卓の騎士のガウェインがここに居るんだ?」


隣で素朴な疑問を口にしたのは、隼人だった。その声が途切れると、すぐ隣から低く落ち着いた応えが返ってきた。


「それは……海賊を追跡していたからだ」


「うぉ!?」


いつの間にか隣に立っていたのは、円卓第三位――ガウェインその人だった。心臓が跳ね、思わず隼人は声を上げる。


「おいコラ! 失礼だぞ!」


潮斗が小声で肘を入れると、慌てて頭を下げる隼人。


「あ、あぁ! す、すいません!」


だがガウェインはわずかに視線を動かしただけで言った。


「謝らなくていい……事実を述べただけだ」


淡々とした声には怒りも威圧もない。ただ静かな圧があった。隼人はごくりと唾を飲み込む。


「ま、まさか……あの円卓第三位のガウェイン様が助けに来てくれるなんて……本当に心強かったです!」


急に背筋を伸ばし、妙に丁寧な口調になる隼人。そのあからさまな態度に、潮斗は少しだけ引いた表情を浮かべた。


(……まあ、無理もねぇか)


目の前にいるのは、単独でSクラス相当のレヴィアタンを四撃で沈めた男だ。誰だって多少は取り繕う――そう潮斗は思った。


ガウェインは二人を一瞥し、ゆっくりと戦場を見渡した。


「助けに来たわけではない。任務の延長だ」


それだけ言うと、彼は視線を医療テントの方へ向ける。


「だが……よく持ちこたえたな」


短い一言だったが、それは前線で戦った兵士たちへの評価だった。隼人と潮斗は一瞬顔を見合わせる。


円卓の騎士は遠い存在だと思っていたが、今ここで同じ海底に立ち、同じ戦場を見ている。

その事実が、不思議と胸に残った。


医療テントへ運ばれていくアルティの背を見送ったあと、ガウェインが静かに口を開いた。


「今は准特等兵の隊長が怪我で不在だ……あの状態では、任務終了後もしばらくは動けないだろう」


その言葉で場の空気がピンと引き締まる。


「代わりに、任務が終わるまで私が隊長を代行する」


ざわりとどよめきが起きる。近くで聞いていた兵士たちだけでなく、潮斗や隼人の顔も強張った。円卓の騎士が――臨時とはいえ、自分たちの隊長になるという話は重かった。


数秒の沈黙の後、ガウェインがわずかに眉をひそめて続ける。


「……まさか、嫌なのか?」


拗ねたような、ほんの少し柔らかい口調に、場の緊張がふっと緩む。


「え?! い、いや逆ですよ!」


隼人が慌てて手を振ると、ほかの兵士たちも間髪入れずに続いた。


「本当に嬉しいです!」「そうですよ! 円卓の騎士が隊長として俺らを導いてくれるなんて感激です!」「光栄です!」


次々に上がる声に、ガウェインは静かに頷いた。


「……ならばいい」


短いが覚悟のこもった一言だ。


「任務はまだ終わっていない。負傷者の搬送を優先しつつ、周囲の索敵を強化する。海賊の本隊が近くにいる可能性もある」


冷静で的確な指示が続く。円卓の騎士が前に立つという事実だけで、兵士たちの背筋は自然と伸びた。


戦いが一区切りついた今も、任務は続く。だが、この部隊には確かな“柱”が立ったのだった。


その後の作業は、ガウェインの采配で驚くほどスムーズに進行した。


負傷者の搬送、周囲の見張り、採掘班の護衛──無駄のない配置で現場は次第に落ち着きを取り戻す。

海賊の襲来は来ず、先ほどまでの地獄のような緊張は嘘のように和らいでいった。


海底では掘削機が再稼働し、作業員たちが慎重に目的の鉱石を掘り進める。

機械音と作業の声が静かに、規則正しく響いた。


しばらくして、作業員の一人がふと笑って言った。

「海賊が襲ってこないのは、ガウェインさんのお陰だな」


──誰も反論しない。兵士も作業員も、心のどこかで同じ結論に達していたのだ。


円卓第三位の名がこの場にあるだけで、手出しできる相手ではない。

誰かが小さく頷き、誰かが安心の吐息を零す。任務は確実に成功へと近づいていた。


だが、問題が消えたわけではない。

任務は本来極秘で、そこへ海賊が介入したこと自体が既に異常だ。掘削機のハッキングもまた、偶然とは思えない手際の良さを示していた。


「……」


誰も口に出さない。だが疑念は確実に広がっている。

内部の情報が漏れたのか、裏切り者がいるのか――考えれば考えるほど、仲間への視線がぎこちなくなる。


皆、その空気を読んで目をそらした。

「気にするな」「今は任務に集中しろ」──自分にそう言い聞かせながら、各自が持ち場へ戻っていく。


静かな海底で作業は続く。

だがその裏側には、誰にも見えない“不穏”が、確かに残り続けていた。


「……何故皆、暗い?」


海底の作業風景を見渡しながら、ガウェインは低く呟いた。


「死者は奇跡的に出なかっただろう? むしろ喜ぶべきだ……」


その声に、近くにいた潮斗が静かに口を開く。


「皆さん、おそらく……あの出来事を気にしないでいようと必死なんですよ」


ガウェインの視線が、ゆっくりと潮斗へ向けられる。

真っ直ぐで、値踏みするような目だ。


「……なんですか」


わずかに戸惑いながら潮斗が言うと、ガウェインは短く問いかけた。


「お前、名前は?」


「え? し、潮斗です」


はっきりと名乗った瞬間――


(潮斗……)


ガウェインの脳裏に、数日前の本部でのやり取りがよみがえる。


TWC本部、執務室の光景。


「期待の新人?」


当時そう問い返したのは、ガウェイン自身だった。


「ああ、そうなんだよ。潮斗って名前の奴なんだけどな。新人にしては強いんだ」──と語っていたのはアーサーだ。


(あのアーサーさんが“期待の新人”と言った男か……)


再び視線を戻す。


目の前に立つ若い兵士は、まだ荒削りだ。だが、先ほどまでの戦場での立ち回りは確かだった。恐怖に呑まれず、状況を見て動いていた。


(まさか、こんな所で会うとはな)


ガウェインは無言のまま潮斗を見つめる。


「……な、何か?」


潮斗は居心地悪そうに肩を揺らす。


やがて、ガウェインは小さく息を吐いた。


「いや……名を覚えておく」


それだけ言うと、再び視線を前へ戻す。


潮斗はきょとんとした顔で立ち尽くした。

円卓の騎士に名を覚えられた――それがどれほどの意味を持つのか、まだ彼自身ははっきりと理解していなかった。


「ところで、“あの出来事”とは?」


ガウェインは静かに核心を突いた。


潮斗は一瞬視線を落とす。


「あぁ……それは」


ゆっくりと言葉を選びながら話し始める。


崖崩れがあまりにも正確すぎたこと。

偶発とは思えない爆破位置――退路だけを断つように崩れ落ちた岩盤。


さらに、海賊たちは既に待機していた。

到着時刻も採掘地点も、まるで把握していたかのように。


「準備が……整いすぎてたんです」


声は低い。


「それに、任務は極秘だったはずなのに……情報が漏れてる」


そして掘削機のハッキング。

外部からの不正アクセスでビーコンが強制起動し、位置情報が海賊側へ筒抜けになった。

それがヴァルドとアルティ・チュードの死闘を招いた流れでもある。


「そういうことがあって……皆さん、暗いんですよ」


仲間を疑いたくない。だが偶然で片づけるには出来すぎている。


言葉が終わると、短い沈黙が落ちた。

ガウェインは表情を変えず、作業現場を見据える。崩れた岩壁。修復された掘削機。警戒を続ける兵士たち。


「……なるほどな」


短く相槌を打つ。


「内部に裏切り者がいる可能性を、皆が無意識に考えているわけか」


潮斗は明確には頷かない。ただ否定もせず、胸の内を晒すことを避けた。


疑心は部隊を蝕む。口にすれば亀裂は広がる。だから、誰も触れない――目をそらす。


ガウェインは細めた目で潮斗を見据える。


「安心しろ」


低く、よく通る声だ。


「事実は、いずれ必ず掴む。掴めぬなら、私が掴む」


誇張はない。淡々とした宣言のようだった。


「今は任務を完遂する。それが最優先だ」


潮斗は小さく息を吐き、胸の重みが少しだけ軽くなるのを感じた。

円卓の騎士が“調べる”と言った。それだけで、不安が形を帯びる。


見えない影はまだ消えていない。だが今、この部隊には――

その影に正面から踏み込める存在がいるのだった。


「その出来事に関しては本部の方で片付けておく。今は忘れろ」


ガウェインは短く言い切った。迷いのない声音に、潮斗の胸の奥がふっと軽くなる。


(本当に頼もしい人だ……)


「ありがとうございます!」


潮斗が深く頭を下げると、ガウェインはそれ以上何も言わず次の指示へと歩いていった。


その後の任務は、嘘のように平穏だった。襲撃はなく、掘削も予定通り進み、採掘目標は無事に達成される。部隊は帰還準備へと移っていく。


「無事に終わってよかったな」と隼人が荷物を運びながら言う。


「あぁ、戦闘の後はな」と潮斗はコンテナを車に積み込みつつ答えた。


「しけたこと言うなよ。今は無事に生きてることを祝え!」と隼人が笑い飛ばす。その強引な明るさに、現場の空気が少しだけ和らいだ。


「こちら、荷物運び終わりました!」「こっちもです!」と報告が続く。


「よし、荷物は終わったな! テントも片付いてる。帰るぞ!」と、松葉杖をつきながらアルティが声を張った。


「准特等……あまり無理は……」と医療スタッフが心配そうに眉を寄せる。


「うるせぇ! 心配してくれんのは嬉しいが、俺は元気だ!」


包帯だらけでも胸を張るアルティに、医療担当は呆れ混じりに小言を続けられない。隣で肩に刀をかけた一等兵がぽそりと呟く。


「あんなボロボロだったのに一日経ったらアレだもんな……身体どうなってるだ?」


確かに、昨夜は担架で運ばれていくほどの状態だった。だが今は松葉杖で立ち、隊をまとめるその背中が、誰よりも頼もしく見えた。


戦いは一区切りついた。疑念は胸に残るが、今は帰還が最優先だ。エンジンが唸り、車両はゆっくりと動き出す。海底の任務は、ひとまず幕を下ろそうとしていた。


帰還車両の中は、戦場の喧騒から一変して静まり返っていた。


エンジンの唸りと微かな振動だけが、海底を進んでいることを伝える。


「本当にありがとうございました、ガウェインさん」


助手席に座る准特等兵――アルティが、素直に頭を下げた。


その視線の先には、ガウェインがいる。


「いや、私はやるべきことをやったまでだ。それに……貴方が持ちこたえてくれたお陰で間に合いました」


ガウェインは一拍置いて、アルティの包帯に視線を落とす。


「その回復力には、私も驚いています……」


本心の讃辞だった。


アルティは小さく笑う。


「この身体のお陰で准特等にまで上り詰めたんですよ」


冗談めかした口調だが、誇りが滲む。


ガウェインは目を細めて、穏やかに頷いた。


「そうか……」


短い言葉に、確かな敬意が込められている。


そのやり取りを運転しながら聞いていた一等兵は、内心でぼやいた。


(アルティさんが敬語なの、違和感があって落ち着かねぇ……)


普段は荒っぽく部下を叱る男が、きちんと礼を尽くしている。相手が円卓の騎士なら当然だが、それでも新鮮だった。


車内には、戦いを終えた後特有の、少しだけ柔らかい空気が満ちている。


任務は成功。死者三名。


被害は最低限に抑えられたが、疑念は消えない。だが今はまず帰還だ。


海底の道をゆっくり進む車両の中で、それぞれが今日という一日を静かに噛み締めていた。


アトランティスの防壁が視界に入ると、車内の張り詰めた空気がふっとほどけた。


拠点に着き、装備の引き渡しと簡易報告を済ませたあと、ガウェインは振り返って一言だけ告げる。


「今回の任務、ご苦労だった」


短い挨拶だが、その一言に込められた重みは深い。ガウェインが踵を返すと、兵士たちは自然と背筋を伸ばし、彼の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。


――あの人がいなければ、今ここに立っている誰もいなかったかもしれない。

Sクラス相当のレヴィアタン、海賊の待ち伏せ、そして内部の不穏。どれか一つでも噛み合わなければ、全滅していても不思議ではなかった。皆、運が良かったと胸のどこかで思っている。


静寂を破るように、松葉杖が床を叩く音が響いた。


「テメェら!」


アルティが声を張る。


「明日からは休暇だ! ゆっくり体休めて、次の任務に活かせ!」


松葉杖をビシッと差し出され、返事が一斉に返ってくる。


「はい!」


疲労も傷も、不安も残っている。それでも――生きて帰ってきた。


潮斗は静かに天井を見上げる。初めての長期任務が終わったのだ。恐怖も、達成感も、悔しさも、全部が混ざり合って胸の中で渦を巻いている。


だが、確かなことがひとつだけある。


――生き延びた。


こうして、潮斗の初長期任務は幕を閉じた。

海で、息をする。二十六話はどうでしたか?もし面白いと思ったら感謝と評価をいただけると励みになります!この物語はまだまだ序章ですので、また見返せるようにブックマークの登録をお願いします!次回は久しぶりの休暇回です!

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