第二十一話 守れる量
海で、息をする。二十一話です!今回は人が死んだり少し重めな内容です!
【前回のあらすじ】
山岳地帯で潮斗と長谷川 隼人がレヴィアタンを討伐し、負傷者は出たものの命はひとまず守られ護衛は継続される。だが山上の爆発で道が塞がれ、そこへ現れたのは海賊の増援部隊――完全な待ち伏せだった。准特等兵のアルティ・チュードが単身で岩を粉砕して突っ込み、合図とともに護衛隊が再出撃。隼人が盾で道を切り開き、潮斗が大剣で敵を薙ぎ払う。
終わったはずの任務は再び戦火へ――これが“最後の死者ゼロ任務”の終わりの始まりとなる。
「オラァ!」
アルティの怒号と共に振るわれたハンマーが、海賊の装甲車を横から叩き上げる。巨体は宙を舞い、そのまま崖下へ落ちていった。直後、谷底から大きな爆発音が鳴り渡る。
その轟音に続いて、潮斗たちも次々と海賊を撃ち倒していく。銃声と怒号が入り乱れ、山岳地帯は一気に戦場へと変わった。
潮斗は岩を蹴って間合いを詰める。大剣が唸り、振り下ろされた斬撃は海賊の銃身ごと叩き折れた。しかし、倒しても倒しても、煙の向こうから次の影が消えず湧き出してくる。
「隼人!」
「おう!」
隼人が盾を構え、飛んでくる銃弾を弾き返す。その反動で生じた一瞬の隙を、潮斗が踏み込んで突く。ふたりの連携で、一角を押し返すのだ。
「クソ……どんどん湧いてくる」
隼人が吐き捨てるその瞬間――
ドォォオン!!
山の上から再び爆音が轟き、岩壁が崩れる。無数の岩が濁流のように流れ落ちてきた。
「逃げろ!」
一等兵の声に、全員が一斉に退避を開始する。
だが――
「あ!」
作業員の一人が石につまずいて転倒した。
「ま、待って!助けて!」
迫り来る岩塊。逃げ惑う足音。断末の叫び。
「今行く!」
潮斗が反射的に飛び出そうとするが、アルティが強く腕を掴む。
「待て!」
「まだ人が!」
振り払おうとする潮斗。だが――
「た、助け!」
その言葉が終わらぬうちに、作業員は崖崩れにのみ込まれ、土煙と共に姿を消した。叫びは途中で途切れ、もう戻らない。
静寂は戻らない。崩落の轟音だけがいつまでもこだまする。
「…ッ!どうして…」
潮斗は歯を食いしばり、拳を震わせる。消えた影が視界から離れない。
アルティは短く息を吐いた。
「…全てを守ることはできねぇ…」
冷たい現実の一言。そのまま彼は振り返らずハンマーを握り直す。
「戦闘続行だ!」
銃声が再び鳴り始める。山岳地帯の戦いは、もう後戻りできない地点へと踏み込んでいた。
「潮斗…これ以上犠牲を出さないためにも行こう」
長谷川 隼人が肩に手を置く。その温もりで、潮斗の荒れた呼吸がわずかに落ち着いた。
「あぁ…すまん、行こう」
悔しさを押し込み、潮斗は前を向く。戦場へ戻る足取りは重いが、止まるわけにはいかない。
崖崩れで相手も巻き込まれたのか、敵の数は多少減っていた。だが三十人以上という数は依然として脅威だ。
「誰か大口径の弾くれ!」
スナイパーライフルを構えた一等兵が叫ぶ。
「これで残り3マガジンです!」
二等兵が弾倉を投げ渡すと、一等兵は苦い顔で呟いた。だが照準は外さない。大口径の一撃が装甲車を貫き、爆炎が上がる。
その閃光の中、潮斗は剣を振るう。鋼の軋む音、肉と刃がぶつかる感触。相手の刃ごと叩き潰し、影がまた一つ倒れる。
「ハァ…ハァ…」
呼吸は乱れ、身体は重い。
「一人一人の実力はクソだけど、数で押されてる…」
腕の震えを抑えながら潮斗は呟く。握力が削られ、集中力も少しずつ薄れていく。
そのとき、隣から力強い声が飛んだ。
「絶対に生き残るぞ潮斗!」
隼人が前へ出る。盾で敵の剣を受け止め、火花を散らしながら斬り払う。倒れた敵の隙を潮斗が突く。二人の背中は、互いを預け合っている。
「背中は任せろ!」
潮斗は一瞬だけ笑った。
「あぁ、頼む!」
銃声、怒号、爆発の連続。疲労は確実に溜まっている。それでも――まだ倒れない。まだ終われない。
山岳の戦場で、二人は歯を食いしばりながら立ち続けていた。
「明らかに敵は消耗している!畳み掛けろ!」
海賊の怒号が響くと、野太い雄叫びが一斉に上がり、押し潰すような勢いで敵が雪崩れ込んできた。
「ギャハハ!」と高笑いする一人が二等兵へ飛びかかり、刃が「うっ!」と肩に突き刺さる。周囲の群がりが瞬く間にその兵士を切り刻み、「う、うわぁぁぁ!」という叫びが怒号と銃声に掻き消されていく。
その光景を見た瞬間、アルティ・チュードの声が低く唸った。
「クソ!」
地を抉るように振るわれたハンマーが炸裂音を上げ、何人もの海賊がまとめて吹き飛ばされる。骨が砕ける鈍い音、砕け散る肉と土の匂いが戦場を満たす。
だが数は依然として多く、血と硝煙の匂いはますます濃くなる。潮斗の視界には、さっき助けられなかった作業員の姿と、今倒れた二等兵の姿が重なって映った。守れなかったという事実が、胸の奥で嫌な軋みを鳴らす。
「潮斗!」
長谷川 隼人の声が飛ぶ。はっと我に返った潮斗は、歯を食いしばって大剣を握り直す。
「……これ以上、やらせるかよ!」
踏み込むようにして斬撃を叩きつける。怒りを乗せた刀光が唸り、山岳の戦場はさらに激しさを増していった。
戦いは、日が傾くまで続いた。
撃ち、斬り、殴りつけ——怒号と銃声が何度も谷に跳ね返り、やがてそれらは途切れ途切れになっていった。最後に残ったのは、静寂と息を切らす者たちだけだった。
山間に漂うのは、鉄と血と硝煙が混じった生臭い匂い。足下には崩れた装甲車の残骸、岩陰に横たわる影が点々と見える。
「やっと…打ち止めか?」
二等兵の一人が辺りを見回す。立っている海賊の姿は、もはや一人も見当たらない。刀を握った一等兵が、膝に崩れ落ちるように座り込んだ。刃先が岩に触れて、かすかな金属の音が鳴る。
確かに勝利だった。しかし、それは重い対価を伴っていた。
採掘班の十五人のうち、二人が命を落とした。ひとりは崖崩れに飲まれ、もうひとりは海賊の刃に倒れた。そしてTWC側でも二等兵が一名、戦死している。
その事実だけが、静まり返った戦場に重く横たわっていた。
「……車から袋出せ」
低く、無機質な指示が下る。装甲車から黒い袋が取り出され、無言のまま死体が運び込まれていく。崖崩れに呑まれた作業員の姿は、もう確認することも出来ないままだ。
潮斗は、ただ黙してそれを見ていた。拳を固く握りしめ、爪が肉に食い込む。守れなかった命の重みが、胸の奥で冷たく固まっていく。
風が通り過ぎる。血の匂いを運びながら、山岳は静かに息をついた。
勝利のはずなのに、誰の顔にも笑いはなかった。
「今日はここで野宿だ。お前ら、疲れを癒せ……」
アルティ・チュードの声は低く短く、命令だけを残してその背を向けた。崖の向こうへ歩き去る背中が見えなくなると、すぐに――
ドンッ。
鈍い振動が地面を伝わる。
もう一度、ドォンッ。
岩肌が微かに揺れ、細かな砂がぱらぱらと落ちる。皆は言葉を失い、何が起きているかをそれぞれに理解していた。やがて戻ってきた彼の拳は擦り切れ、皮膚は裂け、血が滲んでいた。無言で歩くその姿は、怒りを叩きつけてきた者の証だった。
潮斗はその拳を見て胸の奥が締めつけられる。守れなかった命のイメージが何度もよぎり、自然と自分の拳を強く握り締めていた。爪先に力を入れるようにして爪が食い込み、皮膚が裂け、血が滲む。けれど痛みはほとんど意識の外にあった。
隣では長谷川 隼人も黙ったまま拳を握っている。肩がわずかに震え、顔は火照っているが、誰も大声を上げず、誰も泣かなかった。ただ、それぞれが悔しさを噛みしめている。
焚き火の炎が小さく揺れる。山の夜は冷たく、空気は鋭い。血の匂いと重い沈黙だけが、その場に静かに漂っていた。誰もが胸の中で、守れなかったものの数を数え、次に同じ過ちを繰り返さぬと誓うように夜を過ごした。
翌朝。
確かに横になったはずなのに、からだの重さが抜けない。筋肉ではなく、心が前へ進むのを拒んでいるような感覚だった。──目の前で誰かがまた死ぬのを見るのが、怖い。そんな本音が足に絡みついて、ひとつひとつの動作が鈍る。
車内の揺れがやけに大きく感じられる。ガタッ、ガコンッとタイヤが岩を越えるたびに、意識が何度も引き戻される。
「大丈夫か?」
隣から覗き込む声。見ると、長谷川 隼人が真剣な顔でこちらを見ていた。
潮斗は視線を逸らし、短く答える。「……大丈夫だ。まだ疲れが取れてないだけだ」と言いながら、自分でもそれが嘘だと分かっていた。無理に膝に力を入れ、昨日の夜に握りしめた拳の跡が指先に赤く残っているのを確かめる。
窓の外を流れる景色は同じ山道のはずなのに、色が薄く見えた。水面も、岩も、海藻も――世界の色彩が自分の内側から削がれたように、灰味を帯びている。
そのとき、無線が静かに入った。声は、いつもの豪快さとは違う。
『お前ら、人を守れなくて落ち込んでるだろうが――』
声の主は、アルティ・チュードだった。低く、静かで、どこか柔らかさすらあるその口調が車内を満たす。
『全てを守るのは無理だ。』
空気が一瞬止まる。
『だからって、守らないって訳じゃねぇ。今この瞬間に守れる奴を、全力で守るんだ。』
命令というより、共に背負う覚悟の表明のような言葉だった。
潮斗はゆっくりと拳を開く。まだ痛みは残るが、昨夜ほどの鋭さはない。全部を救えない現実を受け入れつつも――今ここにいる仲間なら守れるかもしれない。次に出会う誰かを守れるかもしれない。そんな小さな希望が、色の薄かった景色に少しだけ彩りを戻していく。
車は揺れながら、前へと進み続ける。止まらない。自分たちも、止まらない。
海で、息をする。二十一話はどうでしたか?人が殺され、悔しさで拳を強く握る潮斗。このような感じの雰囲気が少し続きます!次回は目的地到達です!




