第十七話 親友と昇格
海で、息をする。十七話です!今回は平和な回です!
【前回のあらすじ】
四人でAクラス一体を討伐する任務のはずだった。しかし二体目が出現し、その個体はSクラスだと判明する。激戦の末、二人が戦闘不能となり、残されたのはラースと潮斗だけ。それでも二人は諦めず、ついにSクラスを討伐するという偉業を成し遂げた。
Sクラスを倒し、四人で息をついていると、後ろの方から足音とざわめきが近づいてきた。「もしかしてSクラス討伐したのか?」と誰かが呟くと、数人の中から一人がざわりとかき分けられて飛び出してきた。勢いよく走ってきたのはリンネットだ。
「潮斗くん!」
「リンネット先輩…」
潮斗が振り返ると、リンネットは息を整えながら周囲を見渡した。視線の先には、大きなレヴィアタンが二体、砂に倒れている。
「もしかして倒したの?」
「ま、まぁこの人と一緒に…」
潮斗は自然とラースの方へ顔を向ける。ラースは無口のまま微動だにしなかったが、リンネットは真剣な表情で言った。
「ありがとうございます!」
ふいに声を掛けられて、ラースは思わず「え?」と声が出る。リンネットは続ける。
「貴方が一緒に戦ってなかったら全滅してたよ…!」
ラースは少し戸惑いながら口を開く。
「わ、私は…ほとんどサポートだったし…最後はヘマしちゃって、結局はそいつが最後に決めただけで……」
照れ隠しめいた言い方をするが、その表情には確かな疲労と誇りが滲んでいた。
「でも、正直ラースさんがいなかったら死んでました。ありがとうございます」
潮斗も真っ直ぐに礼を述べると、ラースはふっと肩の力が抜けたように少しだけ笑った。
「いやぁ…リンネットさん、この子、凄く強いよ」
田中が口を開けば、ヘルガーも短く肯きながら言った。
「確かにな…二等兵の中でも飛び抜けてる」
周囲の評判が自然と潮斗へ向く中、四人の間には言葉にならない連帯感が生まれていた。静かな夕刻の空気に、わずかながら温かさが戻ってくるようだった。
援護に入っていた兵士たちの間から噂が広まった。
「二等兵がSクラスを討ったらしいぞ――」という、ありふれた驚きの声がひとりふたりと伝播していく。結果、潮斗は一時的にちょっとした有名人になった。
翌日、TWC本部に足を踏み入れると、廊下の空気がいつもと違っていた。人々が小声で囁き、すれ違うたびに視線が突き刺さる。耳に入ってくる断片的な言葉はどれも同じ種類の驚きで満ちていた。
「アイツがやったのか?」
「信じられないな」
「本当に二等兵なのか?」
潮斗はそのざわめきに少し違和感を覚えていた。嬉しくないわけではない。だけど胸のどこかで引っかかるものがある。
「認めてくれるのは嬉しいんだけど……俺一人で戦った訳じゃないし…」
潮斗の視線は自然と、あの時並んで戦った無口な相棒へと向かった。ラースの面影が頭をよぎる。
隣でその愚痴を聞いていたリンネットは、肩をすくめて軽く笑った。
「噂ってのはね、勝手に盛られるものなんだよ〜。でも安心しな。公式記録にはちゃんとラースさんの名前も残るはず」
潮斗がそれに頷こうとしたとき、後ろから声が飛んできた。振り向くと、群衆をかき分けて一人の顔が勢いよく飛び出してきた。眼鏡を掛けた明るい男──長谷川隼人だ。
「よぉ!潮斗!久しぶりだな!」
「おお!隼人じゃねえか!久しぶりだな!」
潮斗は思わず手を伸ばし、勢いよくハイタッチを交わす。リンネットが首をかしげて二人を見比べる。
「知り合い?」とリンネットが問うと、潮斗は笑って答えた。
「はい。同じTWC専門学校を卒業した同期です。腐れ縁ってやつで」
「腐れは余計だろ!!」と隼人は悪戯っぽく返す。次いで、にやりとリンネットの方を向きながら言った。
「お前、いつの間にか有名人になって…しかも美人な彼女まで連れちゃってさぁ!置いてかれちまったな!」
「彼女?!」
リンネットの声が思い切り裏返る。慌てた潮斗は隼人の耳元で慌てて小声で訂正する。
「バカ、先輩だ」
隼人はその瞬間、血の気が引いたように顔色を変え、「すいませんでした!」と勢いよく頭を下げる。リンネットは呆れながらも手を振って制し、にこっと笑って言った。
「えぇ?! い、いや大丈夫だよぉ〜……頭上げなぁ…」
その場は一気に和み、廊下のざわめきはほんの少しだけ潮斗の肩の上で解けた。だが潮斗の胸の中では、噂の重みと同期の再会が静かに混ざり合っていた。
隼人はまだ頭を下げたまま、気まずそうに顔を上げた。
「いやぁ〜……まさか先輩だとは……」
「いや、わかるだろ」と潮斗が即座に突っ込む。
「いやいや……とても若々しかったので……」
隼人は苦し紛れにリンネットへ視線を向ける。リンネットは一瞬ぽかんとした後、困ったように笑った。
「フォローになってるのかそれは……」
沈黙が一拍だけ降りる。軽い間を置いて、隼人は咳払いを一つした。
「スゥゥゥ……ところで潮斗?」
あからさまに話題を変えようという息づかいだ。
「どうやって“一人で”Sクラス倒したんだ?」
廊下のざわめきの向こう、いくつかの視線がふっとこちらに寄る。潮斗は小さく首を振った。
「あぁ……アレか。あれは一人で倒した訳じゃない。ラースって名前の一等兵と一緒に倒したんだ」
その名を口にする時だけ、潮斗の声は少し落ち着く。
「なるほど、だからか……」
隼人は腕を組んで納得したように頷く。
「でもさ、Sクラスなんて普通は一等兵数人で当たるレベルだぜ? それを二人って時点で十分おかしい。普通にスゲーよ」
軽い調子だが、言葉の重みは確かだ。潮斗は視線をそらし、少しだけ照れくさそうに言う。
「俺が決めただけだ。土台はラースが作った」
「ほらそういうとこだよ」
隼人は小さく笑う。
「昔からさ、全部自分の手柄みたいに言われるとすぐ否定すんだよな。変わってねぇ」
その言葉に、潮斗の表情はふっと緩んだ。同期の軽口は、確かな安心感をもたらす。外からの噂が消えない廊下でも、こうしたやり取りは肩の力を抜かせる。
隼人はふと真顔になり、ほんの一瞬だけ潮斗の目を覗き込んだ。
「ま、でも無理はすんなよ?」
冗談めかした声音だ。けれど、その視線だけは真剣だった。潮斗はその真剣さを受け止め、短く頷いた。外の視線と噂の熱気はまだ続いているが、二人の間に交わされた言葉は、確かな支えとなって胸の奥に残った。
ひとしきり笑い合ったあと、隼人は腕時計型の端末に目を落とした。
「それじゃあ俺、任務あるからこれでお別れだ」
「ああ、そうだな。また話そう」
潮斗がそう返すと、隼人はいつもの調子でニヤリと笑った。
「そうだな!」
大きく手を振りながら、軽い足取りで廊下の向こうへ去っていく。その背中はどこまでも明るく、周囲のざわめきさえ弾き飛ばすようだった。
隣で見送っていたリンネットが、少し感心したように言う。
「仲が本当にいいんだね」
潮斗は一瞬だけ視線を細め、去っていった背中を思い浮かべる。
「はい。俺の親友です」
その言葉には迷いがなかった。誇らしさと、どこか安心したような温度が滲んでいる。噂に囲まれても、任務が過酷でも、ああして変わらず声をかけてくれる存在がいる──それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなっていた。
「俺達も行きましょう」と、潮斗が言うと、リンネットは小さく頷いた。
「そうだね」
二人は隼人とは反対側の廊下へと歩き出す。ざわめきはまだ残っているが、今はそれを気にする余裕もない。向かう先は、結果を告げられる場所──TWC本部の一室だ。
「失礼します」
潮斗が扉を開けると、重い空気が流れ出た。室内には上官が座り、その正面にはラースが静かに立っている。
「待っていたよ、潮斗…」
上官の声はいつもの威圧を含みつつ、どこか穏やかさも帯びていた。
「二人ともSクラスの討伐、ご苦労だった。一等兵一名と二等兵一名だけでのSクラス討伐は極めて稀な事例だ。もちろんその価値に見合うものを、我々は与える権利を持っている」
一瞬の静寂が流れる。上官は軽く息を吸い、まずラースへ視線を向けた。
「ラース一等兵。君は准特等兵へ昇格だ。おめでとう。この先の活躍に期待している」
「ありがとうございます」
ラースは深く頭を下げた。普段は無表情なその横顔に、わずかに揺れるものがあった。
続いて上官の視線が潮斗へ向く。
「潮斗二等兵。我々上層部の判断で、准一等兵への昇格が決まった。おめでとう」
【准一等兵】
二等兵以上の実力を持ちながら一等兵には届かない者に与えられる階級。潮斗の胸が強く鼓動する。
「ありがとうございます!」
彼は力強く言って深く頭を下げた。
「それでは二人とも、改めておめでとう。そして、この先の活躍に期待している」
「はっ!」
礼を終え、二人は静かに部屋を後にする。扉を押し開けた瞬間、待ち構えていたリンネットが満面の笑みで駆け寄った。
「おめでとう!潮斗くん!そしてラースさんも!」
「ありがとうございます、リンネット先輩」
潮斗が答えると、ラースも小さく、
「ありがとう…」
と返した。
リンネットはぱっと手を叩きながら提示する。
「どうする?昇格祝いで飲みに行っちゃう?」
潮斗はラースを見やり、少し照れくさそうに言う。
「いいですね。ラースさんもどうですか?」
一瞬の間があった後、ラースは短く、
「……行く」
とだけ答えた。その一語には照れもあれば素朴な喜びもあった。
「よし! なら行こ!」
リンネットは二人の背に軽く触れて押し出すように歩き出す。廊下のざわめきはいつの間にか遠くなり、昇格も噂も、重圧も──今はただ三人で向かう居酒屋の温かさだけが、足音を軽くしていた。
海で、息をする。十七話はどうでしたか?潮斗の親友が登場し、更には昇格!昇格した事によって新たな任務がきっと舞い込んでくるでしょう!
次回は親友との任務です!




